2024/12月(7~37)

 お疲れ、と玄関へやってきた声に聞き覚えがあった。目を遣れば冒険者に変装した団員。身動きの癖から察するに、今は補給班を務める先達の幹部であろう。
 顔なじみの登場に小さく会釈をする。彼はゆるゆるとした足取りで俺の隣へやってきて、中央に位置する高台に、大きなため息を吐きながら腰掛けた。凝りをほぐす仕草で右に左に首筋を伸ばし、また溜息を吐きながら脱力する。
 彼とは会話をしたことはあっても、決して仲良しこよしという関係じゃない。何の用事だ──と視線だけで注視していたら、おもむろに「ん」と振り返られた。
 手に持っていたのはツルギバナナ。見ればもう片方の手にも、一本のバナナが握られている。
 察するに食えということだろうが、業務中の飲食はご法度だ。・・・しかし大晦日の未明、こんな時間に見られる心配もないか。
 俺はまた小さく顎を引きながらそれを受け取り、黙ったまま尻をずらす彼の隣に座った。
 七体の石像に睨まれながら、俺達はただ黙々とバナナに齧りついた。
「お前、大掃除はなに担当だったんだ」
 咀嚼する声で先達から問われる。年末の恒例行事である大掃除は、昨日おこなわれたばかりだった。
「暗器の手入れです。刀剣だけでなく、矢尻まで砥げと言われて」
「そりゃ大変だったな。俺はここだった。どれだけ拭いても門が開けばすぐ砂まみれになって」
「・・・はは」
「まぁ年に一回は良いよな。こいつらもすっきりして、さぞ嬉しがってることだろうよ」
 彼につられて、俺も石像を見上げる。すっきりしてるかどうかは分からなかった。なんせ顔には面布が被せられている。
 いつもよりは白いか。ゆっくり口を動かしながらぼお、と見つめていると、「よし」という先達の声。
 膝を打ちながら、やおら立ち上がった。
「俺はこれから、家に帰る」
「・・・夜が明けてからの方が良いのでは。冷えます」
「うちも掃除をせにゃならんのでな」
 思わず、目を瞠った。
「奥さんは?」
「全部押し付けられんだろ。うちにはチビがいる」
「でもアンタだって、ほとんど寝てないじゃないですか」
「家の玄関を俺が掃かんと、年の瀬が入って来られない」
 一歩二歩と前に進んだ男の背中は、どこか誇らし気に見える。
 だから、振り向きざまに「こいつだけ頼めるか」と差し出されたバナナの皮を、俺はどうしても拒否する気になれなかった。
 彼は晴れ晴れとした顔で言った。
「すまんな。良いお年を」
「良いお年を」
 そういって、まだ微塵も陽の気配のない薄暗闇に、彼は身を沈めていった。

 玄関が改めて静寂で満たされる。俺は門を閉じながら、先ほど口にしたばかりの言葉を頭の中で反芻させた。
 良いお年を。口にしたとき、俺はどれほど言葉通りの真意をこめただろうか。
 先達の背中が蘇る。随分誇らしげに歩いて行った。きっと彼は良いお年を送り、良いお年を迎えるのだろう。愛する家族と共に過ごすのだから。
 では、俺の良いお年は? と考えたとき、どうにもちらつくものがある。今はもう見ることのなくなった、風に揺らめく赤い髮。
 そうだな、あいつと。ふ、と水面に浮かんで残る泡のように。赤く色づく年の瀬の予感が、俺の頭を掠めていった。
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