2024/12月(7~37)

 両ひざに掌を置き、深々と頭を下げる幹部。その先にいるのは、鬼気迫る形相で(仮面だが)彼を睨む構成員たち。本来、バキバキの縦社会であるイーガにおいて、幹部が部下たる構成員に頭を下げるなんてありえない。しかし幹部には謝る以外に選択肢がないのだと分かっているし、それは構成員たちも同じだった。
 仕方ないのだ。悲劇的な行き違いが避けられないことは以前から分かっており、それをお互いに見ないふりし続けた。両者を取り巻くのはかつての戦友が対岸へ渡り、今はもう立場も思想も相容れぬ人間に変わってしまった深い悲しみと失望。
 ややあって、団員達が一人、また一人と鍛錬部屋から去っていく。
 最後の一人が「今まで、ありがとうございました」と幹部の後頭部に声をかける。その掠れた切なさは、彼らと過ごした走馬灯を連れてくるようで──。
「・・・幹部さん、終わりました?」
 入れ違いに、そろそろと入口の影から顔を出したのは、一人の構成員だった。彼女は物陰に隠れて一部始終の様子を窺っていた。
 疲労を吐きながら幹部が笑みを返す。「ああ、心配かけたな。もう大丈夫だ」
 構成員はほっと胸をなでおろし、彼の元へと寄った。
「でも良かったんですか? 毎年のことだったんでしょう? 私、終わってからでも待てますが」
「いいんだ。それに俺は、クリスマス前の鍛錬部会に参加する資格がない。こうなることは決まってたようなもんだから」
 クリスマス前の鍛錬部会──それは3日後に迫る毎年の恒例行事の名である。
 このイベントにおいて、独り身男の肩身は狭い。イーガでは毎年、彼らを集めた地獄の鍛錬メニューを繰り広げ、恋人を持つ人間への恨みを身体強化に変えてきた。彼はその師範役だったわけだが、今年は参加資格を失っている。ご推察の通り、恋人ができたので。
 「今年は、流通班の幹部さんに頼むんだそうだ」と続けると、参加資格剥奪の原因ともいえる恋人は「そうなんですか」と、首を捻ってみせた。
「・・・それでだ。クリスマス、どうしようか?」
 可哀想な男共の話はもう良い。それより彼女と過ごす当日についての話だ。なんといっても、今年は恋人になった彼女と初めて過ごすクリスマス。どうせなら特別な日にしたい。
 彼女も話題を出した途端、仮面の奥でふわ、と笑みを浮かべる。
「そうですね・・・二人きりになるなら外の方が良いですよね。軽食でも持っていって」
「だな。夕食の品と、バナナと・・・どこかで酒でも見繕えればいいんだが」
「用立てられるかどうか、誰かに聞いてみますね」
「すまんな。・・・本当は、カラカラバザールにでも行ければ良いんだけどな、あそこもクリスマスは盛り上がるみたいだから」
 幹部役にそうそう休みなどない。遠出の選択肢がない幹部は、小さく視線を落とした。
 それを「そうですね、でも」とまどやかな声が慰めていく。
「今年は、貴方と二人で、静かに過ごしたいから」
 照れ屋な彼女の、いつにもまして小さな声だった。去年とは違い、きゅっと縮こまるように俯いた仮面が、逃げずに自分の前に居てくれる。
 彼女を抱きしめたのはほとんど無意識だった。わ、と小さく悲鳴を漏らした彼女の首筋に埋まる。彼女はそれでもなお逃げずに、むしろ腕を回して抱き寄せてくる。甘やかな彼女とのひとときはこんなにも暖かいのだ。
 そこでふと、視線を感じた。顔を上げると、陰気な独り身男集団の壁。流通班の幹部を迎えた彼らと、本格的に敵対した瞬間であった。
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