2024/12月(7~37)


 入相に佇む扉をノックすると、暫くしてかちゃりと開く。現れた女は「お帰りなさい、早かったですね」と随分驚いた風だった。早く終わったのだと短く返しながら、男は温かくも薄暗い家の中へと入る。彼女の手を借りて外套を脱ぎ、先に汗を流すことを伝えると、彼女はその間に夕飯の支度を済ませるといって炊事場に向かった。

 夕食はハイラルトマトの入ったポトフ、山羊肉とポカポカ草の塩焼き。それに、最近好んで食べているバターライス。彼が隠れ家に戻ってきた時に供される、馴染みのメニューである。
 正面に座り合い、ねぎらいの言葉をかけてから箸を取る。まず米を口に運び、ちりちりと照明の火が滲む音を聞きながら、静かに咀嚼する。女もそれに倣う。飲み下し、一杯の水を含み、それもコクリと喉に流す。
 一度、椀と箸を持つ手を机に置いた。
「明日からまたしばらく帰ってこられませんので」
 男に課せられた隠密の仕事は、時期に限らず忙しい。
「晦日までには戻って来られると思いますが」
「はい、わかりました」
「明日も早いです。日の出前には家をあけます。随分早いので、朝食の準備は結構。貴女も寝ていて構いません」
 分かりましたと返ってくる声を聞き、それからまた、黙々と食事を続けた。

 食事が終わり、彼は少しだけ眠った。家政を終わらせた女がベッドへやって来た音で目を覚まし、彼女を抱いた。ただ静かに女の身体を貪るのは、彼が久方ぶりに隠れ家へと帰ってきた時の儀礼のようなものだった。ここ暫くで蓄積した泥濘のような欲求を吐き出すと、女は汗にまみれた身体を拭きもせず、彼の布団に沈み込んで眠った。
 勝手な人だ。しかし遠くの山影に朝の気配が漂っているのに気が付いて、それ以上に考えてしまうこともあった。
 6日後。ハイラルの民へ一様に訪れるのは、女神ハイリアの生誕祭・クリスマスだ。
 彼にしてみればそれらは異教の祭りではあるのだが、とはいえ世間は賑わい一色となる。その浮つきは誰彼構わず伝播するようで、去年はこの女も密やかに楽しんでいるようだった。
 加えて、それを低く見ていたはずの自分も、微かに、しかしはっきりと。
 ため息を吐く。・・・今年も浮ついてしまったのだ。結局自分は。
 外套のポケットには彼女への贈り物が忍ばせてある。当日は家にいないと分かっているために、せめて今日渡すかと考えていた。しかしその機会を逸した。そもそも柄にないことで、こんなことをするものではなかった。
 全くくだらない、と思う。気まぐれに贈り物を渡したときの、彼女の顔ったらなかった。いつも化粧を欠かさない眦が大きく歪み、ぼろぼろと涙を零したあの顔。たった、かんざしひとつで。
 窓の奥では、だんだんと夜の帳が開けていく。そろそろ発つ準備をせねばならない。男はぎし、とベッドを軋ませながら立ち上がる。
 仕事着に身を包み、その上から扮装をした。最後に外套を着る。ポッケには硬い感触。
 玄関の扉へ手を伸ばし、しかしその指先をゆっくりとおろす。
 ・・・仕方ない。小さく息を吐いた男は寝室へと向かった。寝こける女の、柔らかい髪の毛を撫でた。
 かさりと包装紙を置いて、彼は玄関を抜けていった。
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