2025/11月(1~6)

 好きな女に触れたい、と思うのは、動物であるならば本能に近い願望であろう。
 少なくとも健全且つ理性的な成人としてイーガに仕える鬼の幹部は、彼女が隣に立つ度、その形の良い頭を撫で繰り回してしまいたい衝動に駆られるのが事実であった。
 いや、許されるのであれば頭と言わない。その真っ白で、傷ひとつない手の平が良い。ふっくらとした親指の肉を触ってみたいと思ったし、人差し指と中指と薬指と小指を分ける指の間に、自分の指を滑り込ませて絡めたいと常々に思っていた。
 もしくは、ぽってりと赤く染まった頬も良い。丸みを帯びた柔肉を、指先でほんの少しつついてみたい。ふるりと揺れるか、もしくは弾力性を伴って跳ねっ返してくるのだろうか。きっとあいつは不思議そうな顔をして、どうかしたんですか、台座さん、なんて、鈴を転がしたようなリンリンという声で首を傾げるのだ。
 もちろん、主の大願の元に集まった集団の幹部役が、浅慮極まる振る舞いを堂々おこなえるわけもない。
 彼女に拒否される以前に、自らの矜持だという以前に、それを目撃した部下からの揶揄・悲鳴・呆然とした瞳・後に続く汚名。考えるだけでもおぞましい。
 故に、彼の選択肢は無防備にうなじを晒す彼女に欲情することではなく「身だしなみをきちんとしろ」と、上役の立場から叱責するしかなく。
 しかし、それに事由があれば、話は別ではなかろうか?

「──ッあぶない!」

 階段の上から「台座さん!」と駆けよってくる彼女が、砂に足を取られて宙に浮いた。一瞬の出来事だった。
 気付けば階段を駆け上がり、腕を伸ばしていた。全てが遅く見えた。
 自分の胸板に捕らえ、全霊をかけて踏ん張る、が持たない。力いっぱいに抱きしめ守って、階段に倒れ込んだ。がんがんと重い痛みが背中と腰を襲う。

「台座さんッ、大丈夫ですかッ!?」

 ずれた仮面から覗く大きな瞳。緊迫した鈴の声。ひっしりと抱き留めた彼女の体温。
 呻くほどでもなく、怪我をした風はない。痛みはあるが、暫くすればすぐ引ける程度のものだろう。
 大丈夫だ、と答えかけて、幹部ははたと思い直した。仮面があるのを良いことに押し黙る。
 撫で回せるわけじゃない、絡められるわけじゃない、つつけるわけじゃない。しかし腕の中の彼女は温かく、柔らかかった。
 このまま少し。・・・ほんの少し。
 果たされた願望に甘んじる男の狡さを、今日ばかりは彼女に見ないふりして欲しかった。
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