2024/12月(7~37)
お前には新しく、ヘブラを回ってもらいたい。
告げられた土地の名を聞き、俺は「それって」と息を飲みこんだ。
ヘブラとは、ハイラルの最北西に位置する極寒の地。毎年多くの行方不明者が現れ、その度にリトの警備隊が捜索に当たることから死の山と呼ぶ者も多い土地だ。
ヘブラを担当する団員は、数年の内に外を歩けなくなる──イーガ団員の間で、そこが”曰はく付き”だと言われていることを、諜報部隊に従事する俺は当然知っていた。
「厳しい土地だが、お前ならやってくれると期待している」
上司の幹部から肩を叩かれる。しかし、俺の胸中には説明のつかない不安が渦巻いていた。
引継ぎ書を受け取った俺は、とある人物へ話を聞くために医務室へと向かった。
前任の担当者。俺がこれから行くことになるヘブラを、数年にわたって歩き回っていた構成員だ。
医療班の治療を受けていたところに「あの」と声をかけると、俺が来ることを分かっていたかのように彼は「待っていたよ」と振り返った。かと思えば、仮面の下に拳を潜り込ませ、ぐすぐすと鼻を鳴らしながら目を擦る。
・・・彼は泣いていた。「畜生」と漏らしながら、両手で目を押さえる。
彼の涙ながらの引き継ぎを、俺は聞き洩らさないよう一言一句筆録した。
彼は最後にこう言った。
「どんだけ気を付けたって、あすこに居続けるんだったら、こんな身体になることを覚悟してなきゃいけねえ。今がどれほど健康体だったとしてもだ。いやしかし、こんなことで任務を諦めるなんてな。・・・悔しいよ、俺は」
俺といえば、ただ神妙に頷くことしかできなかった。
旅立ちの朝。
正直不安は残っている。しかしコーガ様に身命を捧げると決めたあの日から、どうなっても構わないと覚悟をしてきたはずだ。
せめて数年もってくれればそれで良い。いや心だけは勇ましく、俺の身体が彼の地に受け入れられることを祈ろうか。
青空に煙る砂塵を仰ぐ。それから、俺は死の山ヘブラへと、足を進めたのだった。
────
物語には何事も、終わりが存在するものだ。
数年にわたるヘブラ回りで、遂に俺の身体は限界を迎えた。もうこれ以上、あの土地での任務は無理だ。
幹部は「長きにわたり、ご苦労だったな」と静かに労ってくれた。
俺は泣いた。鼻水も止まらない。だから仮面の下では綿を詰めた。目をごしごし擦る俺を見て、幹部が呟く。
「やはりお前もそうなってしまったか。あすこにはやはり魔がいるな」
「この季節は特にダベでずね・・・頭痛ばでずるんで、正直こうなると任務に差じざわりが出ばず」
「うむ・・・仕方ないな、ヘブラはハイラル杉が多いから。医療班には診てもらったか?」
「ばい、前任らと同じく花粉症だぞうでず」
「そうか・・・しかし本当に酷いな。暫く養生してくれ」
肩を叩かれ、失礼しますと頭を下げた。そして今季の薬を貰うため、医務室へ向かった。
死の山ヘブラ。あすこには恐ろしい魔が潜んでいる。後任は、花粉アレルギーを発症しないことを願うばかりである。
告げられた土地の名を聞き、俺は「それって」と息を飲みこんだ。
ヘブラとは、ハイラルの最北西に位置する極寒の地。毎年多くの行方不明者が現れ、その度にリトの警備隊が捜索に当たることから死の山と呼ぶ者も多い土地だ。
ヘブラを担当する団員は、数年の内に外を歩けなくなる──イーガ団員の間で、そこが”曰はく付き”だと言われていることを、諜報部隊に従事する俺は当然知っていた。
「厳しい土地だが、お前ならやってくれると期待している」
上司の幹部から肩を叩かれる。しかし、俺の胸中には説明のつかない不安が渦巻いていた。
引継ぎ書を受け取った俺は、とある人物へ話を聞くために医務室へと向かった。
前任の担当者。俺がこれから行くことになるヘブラを、数年にわたって歩き回っていた構成員だ。
医療班の治療を受けていたところに「あの」と声をかけると、俺が来ることを分かっていたかのように彼は「待っていたよ」と振り返った。かと思えば、仮面の下に拳を潜り込ませ、ぐすぐすと鼻を鳴らしながら目を擦る。
・・・彼は泣いていた。「畜生」と漏らしながら、両手で目を押さえる。
彼の涙ながらの引き継ぎを、俺は聞き洩らさないよう一言一句筆録した。
彼は最後にこう言った。
「どんだけ気を付けたって、あすこに居続けるんだったら、こんな身体になることを覚悟してなきゃいけねえ。今がどれほど健康体だったとしてもだ。いやしかし、こんなことで任務を諦めるなんてな。・・・悔しいよ、俺は」
俺といえば、ただ神妙に頷くことしかできなかった。
旅立ちの朝。
正直不安は残っている。しかしコーガ様に身命を捧げると決めたあの日から、どうなっても構わないと覚悟をしてきたはずだ。
せめて数年もってくれればそれで良い。いや心だけは勇ましく、俺の身体が彼の地に受け入れられることを祈ろうか。
青空に煙る砂塵を仰ぐ。それから、俺は死の山ヘブラへと、足を進めたのだった。
────
物語には何事も、終わりが存在するものだ。
数年にわたるヘブラ回りで、遂に俺の身体は限界を迎えた。もうこれ以上、あの土地での任務は無理だ。
幹部は「長きにわたり、ご苦労だったな」と静かに労ってくれた。
俺は泣いた。鼻水も止まらない。だから仮面の下では綿を詰めた。目をごしごし擦る俺を見て、幹部が呟く。
「やはりお前もそうなってしまったか。あすこにはやはり魔がいるな」
「この季節は特にダベでずね・・・頭痛ばでずるんで、正直こうなると任務に差じざわりが出ばず」
「うむ・・・仕方ないな、ヘブラはハイラル杉が多いから。医療班には診てもらったか?」
「ばい、前任らと同じく花粉症だぞうでず」
「そうか・・・しかし本当に酷いな。暫く養生してくれ」
肩を叩かれ、失礼しますと頭を下げた。そして今季の薬を貰うため、医務室へ向かった。
死の山ヘブラ。あすこには恐ろしい魔が潜んでいる。後任は、花粉アレルギーを発症しないことを願うばかりである。