2024/12月(7~37)
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砂埃が溜まった玄関をノックすると、暫くしてカチャリと扉が開く。
「よく来たな」と嬉し気に登場したのは、幹部詰所を一人で切り盛りしている恋人の幹部である。
女がアジトからの供給品を差し出すと、彼は仮面越しに「いつもすまないな、助かるよ」と屈託なく笑み綻んでみせた。
詰所の奥へと進んだ幹部は、部屋の隅に寄せてあった木箱を引き摺り出してから、奥へと引っ込んでいった。暫くして帰ってきた彼の手には、お盆の上にコップが二つ。
「ありがとうございます」と来客用のコップを手に掴んだ女は、ふうふうと湯気を飛ばす。ズ・・・と啜った淡緑色の茶が、身体の中へ筋となって落ちていく。
ほお。陶磁のコップに感じる水気を指で撫でながら、女は息を吐いた。
そして、同じく茶を啜る幹部に、切り出した。
「さっきまで昔馴染みの・・・例えば、部下の女性が来てたりしませんでした?」
その途端、幹部詰所の主たる幹部は「がふ」と咽た。続けて酷く咳き込む。
ゲホゲホと騒がしい彼をまじと彼女は見つめた。口元を拭いながら「な・・・なんでそう思うんだ」と幹部はなんとか返す。
女は「えっと、ですね」と語りだした。
「まず、玄関の掃き掃除が終わってないようだったので・・・朝から幹部候補生でも来て忙しかったのかなと思ったんですが、たぶん、お茶をもてなしてますよね? ただの候補生に貴方がお茶を出すとは思えないし、だから親しい人が来たのかなと思って」
「・・・なぜ、お茶を出したと?」
「だって、このコップ、濡れてます。さっき使って、洗ったばかりなんじゃないですか?」
幹部は口を噤んだ。その通りだったからである。
女は続けた。
「いつもの鍛練班の幹部さんはここへ来る前にアジトで見たし、ラネール勤務の後輩だという幹部さんが来たとも思えなくて」
「・・・なぜ」
「あの方、いつも手土産にカカリコのお茶っぱを持ってきますよね? そういうときはいつも濃い目にお茶を淹れるのに、今日は割と薄めで・・・茶葉が尽きかけてるから、少な目に淹れたんじゃないかと思ったんです。節約のために」
幹部は、コップの中身に視線を落とした。湯気立つ先に見える淡緑色の液体は、確かに出涸らしに近い。
「薄すぎか・・・これは」と呟いた幹部は、もはや長期に渡るカツカツ節約生活で、無意識の節制が身についてしまっていたのだ。
解説は更に続く。
「だから、ラネールの人じゃない。あと考えられるのは、貴方が目をかけている新人の幹部。でもあの人が来た時は、あの人が来たって話をいの一番にします。でも今日はそれもなかった。なので、私が感知していない人間関係・・・昔の部下、なんじゃないかなって思いました」
「なぜ、女性だと?」
恋人のイーガの瞳が、らんと光る。「木箱が部屋の隅に寄せてあったので」
「・・・どういうことかな」
「誰かがきていたことを前提に考えると、きっと貴方は木箱を椅子と机代わりに使ったはず。なのに、私がきたとき、それらが片付いていた。推測するに、やってきていた女性が恐縮して、それらを片付けたんじゃないでしょうか。・・・いつもの男性たちのときは、出しっぱなしです」
一息に説明した女は、しかし突如として「それに・・・」と声を萎ませた。
「・・・いつもだったら、すぐさま誰がやってきたって話をする貴方が、今日は何も言ってくれなかった」
「・・・」
「女性だったから、・・・私に負い目があって、言わなかったのかなって」
それきり、女は手に包んだ茶の水面に視線を落として黙り込んでしまった。
突如として降りた沈黙に、幹部は観念したように「はぁ」と息を吐く。
「・・・君にはほんと、まいったな」
「・・・」
「推察の通り、先ほどまで私は、部下の女性と共にいた」
くしゅ、と仮面の下で女の表情が曇る。
言葉なく空気を固くさせた恋人の指先へ、幹部は言い聞かせるように指先を重ねた。
「すまない、ただ君に負い目があったわけじゃなく、彼女のプライベートを相談されたものだから、あまり口外しない方が良いと思ったんだ」
「・・・」
「・・・その結果、君を心配させてしまった。本当にすまない」
包み込むように彼女の手のひらを握る。女はじっと自身を見つめてくる幹部の面に視線を返し、それからこくりと頷いた。別に彼を疑っているわけじゃない。現にこうやって、自分に対して真摯でいてくれる彼なのだ。
しかし、それとは関係なく聞いておかねばならぬこともある。
「プライベートって、どんな内容だったんですか」
「・・・それは・・・」
プライベートの相談をされたからといって、来客自体を黙っておこうと思った彼だ。普段であれば答える可能性など無かったかもしれないが、今はそれこそ彼女への”負い目”がある。
幹部は小さく顔を背けた。
「・・・なんでも・・・恋人と最近、上手くいってないとかで」
その途端、詰所の空気が冷え冷えとした。女はたっぷりと沈黙をもってから、「ふーーーん」と唸った。その平坦な声は幹部の肩を縮ませたわけだが、唐突に「あ、そうだ」と手を打つ。
「幹部さん。私ひとつお願いしたいことがあって」
「え・・・な、なんだろうか。言ってくれ」
「私専用のカップを、詰所の中に置いて欲しいんです。ダメですか?」
彼女が幹部詰所に入り浸るようになって暫く経つ。今後のことを考えれば、提案を無下にする理由など幹部にはなかった。
ほっと息をつきながら、「ああ、それならいいぞ。好きに置いてくれ」と答えると、彼女は「ありがとうございます」と口元をにっこり曲げてみせた。
後日、彼女が持ってきたのはハートの柄が入ったペアカップ。
それからというもの、部下の女性が幹部詰所にやってくることはなくなった。
砂埃が溜まった玄関をノックすると、暫くしてカチャリと扉が開く。
「よく来たな」と嬉し気に登場したのは、幹部詰所を一人で切り盛りしている恋人の幹部である。
女がアジトからの供給品を差し出すと、彼は仮面越しに「いつもすまないな、助かるよ」と屈託なく笑み綻んでみせた。
詰所の奥へと進んだ幹部は、部屋の隅に寄せてあった木箱を引き摺り出してから、奥へと引っ込んでいった。暫くして帰ってきた彼の手には、お盆の上にコップが二つ。
「ありがとうございます」と来客用のコップを手に掴んだ女は、ふうふうと湯気を飛ばす。ズ・・・と啜った淡緑色の茶が、身体の中へ筋となって落ちていく。
ほお。陶磁のコップに感じる水気を指で撫でながら、女は息を吐いた。
そして、同じく茶を啜る幹部に、切り出した。
「さっきまで昔馴染みの・・・例えば、部下の女性が来てたりしませんでした?」
その途端、幹部詰所の主たる幹部は「がふ」と咽た。続けて酷く咳き込む。
ゲホゲホと騒がしい彼をまじと彼女は見つめた。口元を拭いながら「な・・・なんでそう思うんだ」と幹部はなんとか返す。
女は「えっと、ですね」と語りだした。
「まず、玄関の掃き掃除が終わってないようだったので・・・朝から幹部候補生でも来て忙しかったのかなと思ったんですが、たぶん、お茶をもてなしてますよね? ただの候補生に貴方がお茶を出すとは思えないし、だから親しい人が来たのかなと思って」
「・・・なぜ、お茶を出したと?」
「だって、このコップ、濡れてます。さっき使って、洗ったばかりなんじゃないですか?」
幹部は口を噤んだ。その通りだったからである。
女は続けた。
「いつもの鍛練班の幹部さんはここへ来る前にアジトで見たし、ラネール勤務の後輩だという幹部さんが来たとも思えなくて」
「・・・なぜ」
「あの方、いつも手土産にカカリコのお茶っぱを持ってきますよね? そういうときはいつも濃い目にお茶を淹れるのに、今日は割と薄めで・・・茶葉が尽きかけてるから、少な目に淹れたんじゃないかと思ったんです。節約のために」
幹部は、コップの中身に視線を落とした。湯気立つ先に見える淡緑色の液体は、確かに出涸らしに近い。
「薄すぎか・・・これは」と呟いた幹部は、もはや長期に渡るカツカツ節約生活で、無意識の節制が身についてしまっていたのだ。
解説は更に続く。
「だから、ラネールの人じゃない。あと考えられるのは、貴方が目をかけている新人の幹部。でもあの人が来た時は、あの人が来たって話をいの一番にします。でも今日はそれもなかった。なので、私が感知していない人間関係・・・昔の部下、なんじゃないかなって思いました」
「なぜ、女性だと?」
恋人のイーガの瞳が、らんと光る。「木箱が部屋の隅に寄せてあったので」
「・・・どういうことかな」
「誰かがきていたことを前提に考えると、きっと貴方は木箱を椅子と机代わりに使ったはず。なのに、私がきたとき、それらが片付いていた。推測するに、やってきていた女性が恐縮して、それらを片付けたんじゃないでしょうか。・・・いつもの男性たちのときは、出しっぱなしです」
一息に説明した女は、しかし突如として「それに・・・」と声を萎ませた。
「・・・いつもだったら、すぐさま誰がやってきたって話をする貴方が、今日は何も言ってくれなかった」
「・・・」
「女性だったから、・・・私に負い目があって、言わなかったのかなって」
それきり、女は手に包んだ茶の水面に視線を落として黙り込んでしまった。
突如として降りた沈黙に、幹部は観念したように「はぁ」と息を吐く。
「・・・君にはほんと、まいったな」
「・・・」
「推察の通り、先ほどまで私は、部下の女性と共にいた」
くしゅ、と仮面の下で女の表情が曇る。
言葉なく空気を固くさせた恋人の指先へ、幹部は言い聞かせるように指先を重ねた。
「すまない、ただ君に負い目があったわけじゃなく、彼女のプライベートを相談されたものだから、あまり口外しない方が良いと思ったんだ」
「・・・」
「・・・その結果、君を心配させてしまった。本当にすまない」
包み込むように彼女の手のひらを握る。女はじっと自身を見つめてくる幹部の面に視線を返し、それからこくりと頷いた。別に彼を疑っているわけじゃない。現にこうやって、自分に対して真摯でいてくれる彼なのだ。
しかし、それとは関係なく聞いておかねばならぬこともある。
「プライベートって、どんな内容だったんですか」
「・・・それは・・・」
プライベートの相談をされたからといって、来客自体を黙っておこうと思った彼だ。普段であれば答える可能性など無かったかもしれないが、今はそれこそ彼女への”負い目”がある。
幹部は小さく顔を背けた。
「・・・なんでも・・・恋人と最近、上手くいってないとかで」
その途端、詰所の空気が冷え冷えとした。女はたっぷりと沈黙をもってから、「ふーーーん」と唸った。その平坦な声は幹部の肩を縮ませたわけだが、唐突に「あ、そうだ」と手を打つ。
「幹部さん。私ひとつお願いしたいことがあって」
「え・・・な、なんだろうか。言ってくれ」
「私専用のカップを、詰所の中に置いて欲しいんです。ダメですか?」
彼女が幹部詰所に入り浸るようになって暫く経つ。今後のことを考えれば、提案を無下にする理由など幹部にはなかった。
ほっと息をつきながら、「ああ、それならいいぞ。好きに置いてくれ」と答えると、彼女は「ありがとうございます」と口元をにっこり曲げてみせた。
後日、彼女が持ってきたのはハートの柄が入ったペアカップ。
それからというもの、部下の女性が幹部詰所にやってくることはなくなった。