2024/12月(7~37)

 10日ぶりに帰る村が林の隙間から見えた瞬間、ふぅー、と長い息が勝手に漏れた。
 野獣避けに焚かれた松明が、遠目にもチロチロ見える。光に集まる蛾のように吸い寄せられ、ぼうぼうと火の粉を散らすそれを眺める。・・・あともうひと踏ん張り。そんな気概が沸いてきた。
 家では、妻が五人の子供と俺の帰りを待っている。とはいえ、こうまで夜が更けっては、子供たちは既に寝静まっているのだろうな。撤回しよう、俺を待つのは愛しい妻と、彼女の作った手料理だ。
 アジトの台所に従事し、俺の胃袋を掴んだ彼女の料理は相変わらずだった。素材を存分に生かし、旨味や香りを最大限に引き出した飯の数々。あれらにはこの季節、熱燗を合わせるのが良いだろう。口に入れた瞬間、帰れない日々や疲労感を含め、全てが充足感に昇華される。
 ただ、まぁ。
 ノックをする直前、ふと思う。
 ここ数年、たった一人で飲んでばかりいるのが少々物足りない。
 彼女と最後に晩酌したのはいつだ?ここ数年は妊娠と出産続きで、今も5人目の哺乳で彼女は酒を控えている。
 そんな彼女を前にして一人晩酌するのは、やはり何かと心苦しいものだ。
「おかえりなさい」
 出迎えた彼女を腕に抱き、ただいまと口づけする。それからぎゅう、と首筋に埋まり、俺たちは家に入った。

 料理を温め直してもらう間、彼女から矢継ぎ早の近況を聞く。
「下の子もぐずらずに寝てくれて。貴方が帰ってきたのを見つけると、夜が長くなるから助かりました」
「俺としては複雑だな、それは」
「ふふ・・・その分、ゆっくりできるじゃないですか」
「まぁな」と相槌を打ちながら、出されたぐい呑みに酒を注ぐ。
「子供たちも、どんどん手を離れていきますねぇ。感慨深くなっちゃう」
「そうだなぁ」
「そういえば、乳離れも済んだんですよ。女の子は割り切りが早いみたいで」
「そうか。そりゃあ大変だったろう」と答えながら、はたと思いたつ。
「・・・乳離れが済んだのか?下の子の?」
「ええ、数日前に。これでやっと授乳から解放されました」
「ということは・・・飲めるのか!? 酒が!!?」
「えっ、・・・えぇ、まぁそういうことになります」
「飲もう!!」
 立ち上がった瞬間、椅子ががたっと大きな音をたてた。瞬時に押さえる俺と、「しーっ!」と指をたてる彼女。耳をそばだてるが、隣の部屋で眠る我が子が起きた様子はない。
 ホッと胸をなでおろした彼女が言った。
「飲んでも良いですけど、もう数年口にしてませんし・・・飲んでも一杯ですよ?」
「いいんだ、俺はお前と、ずっと一緒に飲みたかった。今日はお祝いだな、一杯やろう!」
 逸る気持ちを抑えつつ食器棚を漁る。すると、「しょうがない人」と息吐きながら、彼女は迷いなく同じ白磁のぐい呑みを棚の奥から取り出した。
 手ずから注いだ清酒。彼女があらたまったように持ち上げて、俺も彼女のはにかんだ瞳を見返す。
「乾杯っ」
 こん。初めてぶつかるぐい呑みの音に、埋まらなかった心の隙間が、漸く満たされた気になった。
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