暗闇に咲く花(翡翠様リクエスト)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
名前がいつも通り報告をあしらわれたその日の晩ー……
彼女が危惧していた、由々しき事態は起きていた。
「他の鬼狩りとは纏う気配が違う……貴方、柱ですね?」
「そうだと言ったらお前はどうする?」
花街の表通りを外れ、人通りのない路地裏で名前はその男と睨みあっていた。
男の細められた瞳からはありありと怒りの色が垣間見える。
その後ろ、彼が引き連れてきた数名の鬼狩り達も、今にも飛び掛からんと鞘に手をかけている。
多勢に無勢。
まさにそんな状況下で、男が静かに口を開いた。
「お前がこの花街に巣食う鬼か?」
「……」
「昨日、消息を経った隊士達はどうした?」
「……」
「もう一度聞く。攫った人達を何処へやった?」
威圧的な男の問いかけに名前は口を閉ざしたまま、流れるような動作で口元に軽く手を添えると、ふーっと優しく息を吐く。
その様子に鬼狩り達が咄嗟に刀を構えれば、それより前に、ふわりと甘い香りが彼らの合間を駆け抜ける。
……が、格段変わった事は起きない。
「鬼、一体何をした?」
「……私はあの方の命に従うだけです。貴方の質問に答える義理はありません」
漸く口を開いた名前は、耳にかけていた挿頭の赤い椿を手に取ると、その枝で迷う事なく自分の掌を切りつけてー……、
「血鬼術
刀を構える鬼狩り達を見据えて静かに口を開いた。
その足元には、名前の手を伝い落ちた数滴の雫が、地面に赤黒い染みを作っていた。
******
窓の隙間から舞い込んだ風ー……、
ふわりと届いた花の香り。
それから同時に運ばれてきた数枚の花びらを視界に入れて、堕姫は徐に顔を上げる。
「……この花?アイツの血鬼術か?」
その知らせは、先程名前が送ったもので。
床に落ちた花びらを掬い上げると、興味本位で堕姫は窓の外へと身を乗り出した。
「ふぅん、微かだけど何処かで爆発音もする。柱でも来ているのかしら」
微かだが聞こえる戦闘音に、堕姫は口元を吊り上げる。
知らせを送ると言う事は名前が不利な状況に立たされている、あるいは……
「ふふっ、もう頸を斬られていたりして」
その状況を想像して、堕姫はふっと笑みを溢す。
今まで補佐なんていなくとも、難なく二人でやってきた。
それは間違いのない事実だし、これからもそれが変わることは決してない。
きっとお兄ちゃんだって、無惨様からの命令さえなければ、とっくにあの女を追い出していたはずだ。
それなのに、あの女ときたら……
無惨様のお気に入りだか何だか知らないが、私たちを守るなんて見栄を張って。
十二鬼月に名を連ねる事すら出来ない雑魚に何が出来ると言うのだろうか。
現に、助けを求めて花風を送ってきた辺り、最悪の場合、鬼狩り達によって既に始末されているかもしれない。
いや、その方が此方としては好都合ではあるのだが。
そんな事を考えながら戦闘が起こっているであろう場所へとやってきた堕姫は、周りが見渡せる屋根の上に降り立つと、一点を見つめて動きを止めた。
目の前に広がる光景ー……
それは堕姫が想像していたものとは、随分かけ離れている光景だった。
恐らく息も絶え絶えだろうと思っていた名前は驚く程にピンピンとしているし、あれは名前の血鬼術なのだろうか……
見覚えのない椿の木。
蕾を実らせたその木に名前はそっと手を添え立っている。
そして、そこから伸びる無数の枝が鬼狩り達の体を貫き、まるで生気を吸い取るかのように真っ赤な花を咲かせ始めた。
「ふふっ、最後に一ついいことを教えてあげましょう」
「っ、……」
「私は主人の指示でこの街に来ただけ……この街に巣食う鬼は、私では到底敵わない実力を持ったお方なのですよ?……ああ、でも、そこで力尽きた柱といい……」
私なんかに負ける貴方達には、関係のないお話でしたね。
そう言ってくすりと笑みを落とした名前。
その表情は普段の弱々しい印象が嘘の様で…
鬼らしく残酷で、それでいて何処か儚く美しい。
そんな彼女の様子に、堕姫は面白いものを見つけたと口角を吊り上げる。
だが名前が鬼狩り達に笑いかけた瞬間ー……、
「ぐっ、…この悪鬼め!!」
それまで俯いたまま全く動く事のなかった柱が、最後の一撃とでもいうのだろう。
捕らえられたままの体制で大きく刀を振りかぶると、そのまま名前へと刀を投げ飛ばしたのだ。
まさか既に死んだと思った相手から、それもあろう事か鬼狩りの命綱でもある日輪刀を直接投げてくるなどと考えもしなかった名前は、一瞬反応が遅れてしまう。
たった一瞬の気の緩みで目前にまで迫った刀身。
成すすべなく固く目を瞑る名前だが、訪れる筈の痛みは一向にこない。
恐る恐る目を開ければ、目の前で不自然に止まる刀に名前は思わず息を呑んだ。
刀の先を目で追えば、柄に巻きつく幾重もの帯が目に入る。
この血鬼術には見覚えがある。
「っ、……これは、堕姫様の……」
それに気づいたとほぼ同時、先程まで咲き乱れていた筈の椿の花がぽとりと地面に落下する。
するとあちこちで呻き声を上げていた鬼狩り達が一斉に静かになり、漸く血鬼術の効果でこの場の鬼狩り達が絶命したのだと安堵する。
「全く……詰めが甘いわねぇ。最後まで油断は禁物でしょ」
「……堕姫様」
すると頃合いを見計らったように姿を現した堕姫が、名前に近づきながら小言を漏らす。
勿論、今回は彼女が正論である為、名前は静かに頭を下げると謝罪の言葉を口にした。
そんな名前の元へ、一歩、また一歩と距離を詰めた堕姫は、俯く名前の頬へ手を伸ばすと、優しい手つきでその顔を上げさせた。
「だけど、悪くはなかったわ」
「……え?」
「あんたの血鬼術よ……花の血鬼術を使う鬼は他にも知っているし、何回か実際に見た事もあるけど、その中でもあんたの血鬼術は妖艶で美しいわね」
いつも罵倒されてばかりの堕姫から、まさか褒めて貰えるんて思っていなかった名前はパチパチと瞬きを繰り返す。
それから漸くその言葉を理解した名前は、ふにゃりと目尻を下げると、頬を染めながら嬉しそうに礼を口にした。
「…あ、ありがとうございます」
そんな名前の様子に、堕姫は口元を緩ませる。
〝いつも謝ってばかりで面白くない奴〟
そんな印象しか持っていなかったが、美しい血鬼術の数々も、それでいて鬼らしい残忍な一面を見るのも初めてで。
柱を倒すほどの実力があるならばもっと胸を張ればいいのに、恥ずかしそうに頬を染める姿には何処か愛らしさすら感じてしまう。
「ふーん。あんた意外と可愛い所があるのね」
「……?」
「ふふっ、いいわ!名前を補佐として認めてあげる」
そう言って笑みを深めた堕姫の様子に、名前は困惑したように彼女を見つめた。
******
それからというもの、堕姫の態度は一変した。
前はあんなに毛嫌いしていた筈の名前を頻繁に部屋へ呼びつけるようになったし、いつのまにか名前を名前で呼ぶようになった。
たまにしか姿を現さない妓夫太郎にまで、嬉しそうに名前の話をするようになったのだから、随分な変わりようである。
それから一番名前を困惑させたのは……
「……あの、堕姫様」
「ん?なぁに?…って、コラ。動くんじゃ無いわよ」
まるで人間の女達のように、堕姫によって美しく着飾られるようになった事である。
今だって、名前の顎に手を添えた彼女は何処か楽しそうで。
淡々と化粧を施していくその様子に、名前は戸惑いを隠せないでいた。
「これで完成っ、と……いいじゃない!!やっぱり名前には、紅が映えるわねぇ」
「……そう、でしょうか?」
「そうに決まってるわよ!この私が言うんだから間違いないわ」
「……」
「だいたい名前は地味すぎるのよ!綺麗な顔してるんだから、もっと着飾らなきゃ!」
それどころか楽しそうにはしゃぐ堕姫を見て、名前は一人考えを巡らせる。
何故自分は、こんな姿をしているのか。
先日の一件も、自分が上手く立ち回れなかったからこそ、柱達を彼らの縄張りにまで踏み入らせてしまったのだ。
考えれば考えるほど、自分がいかに無力であるのか痛感し、焦りが生まれる。
そして、ふと思った言葉を口にする。
「……私は堕姫様達のお役に立てていますでしょうか?」
「は?どうしたのよ、いきなり」
「最近ずっと考えておりました。お二人をお守りするのが私の役目……それなのにここ最近は、まるで人間のように着飾ってばかり……先日の失態を招いた身なのにです……私がお二人の傍にいる意味はあるのでしょうか」
眉を下げる名前に対し、何が言いたいのかと堕姫は不機嫌そうに問いかける。
その反応にオロオロと視線を彷徨わせた名前は、意を決して口を開いた。
「誠に申し訳ないのですが……お二人の補佐の任務、今回私は辞退したいのです」
「は?」
「今まで堕姫様に言われていた通り、私は足手纏いでしかない事を今回の一件で痛感致しました。なるべくお二人に迷惑がかからぬよう、主人には私から説明をっ、…」
だが、断りの言葉を並べている途中で、両頬を軽く押しつぶされる。
その衝撃に驚きながら顔を上げれば、不貞腐れたように頬を膨らませた彼女と視線がかち合った。
「なによそれ。名前は、私と一緒にいるのが嫌なの?」
「い、いえ…そんな!嫌なんてことはありませんが……」
当初あんなに補佐を反対していたのだ。
すんなり肯定してくれると思っていた堕姫の予想外の反応に、名前は慌てて口を開く。
それから自分が傍にいる事で二人に迷惑をかけたくないこと。
そして、それは勿論実力不足の自分が原因で、決して二人を嫌っている訳ではない事を、名前は必死で伝えていく。
「な〜んだ!じゃあ、今まで通りでいいじゃない!!」
すると、みるみるうちに笑みを取り戻した堕姫は、包み込んでいた両頬から手を離し、そのまま名前へと飛びついた。
「だ、堕姫様っ……」
「名前が嫌じゃないなら出ていく必要なんてないわ」
それから名前の腕を絡めとると、名前を見上げて口を開いた。
「ふふっ、あんたは私のお気に入りで、私のものなんだから」
紅の引かれた口元は弧を描き、美しく細められた瞳に目つめられれば胸が高鳴る。
それから腕に感じる彼女の温もりに……
そのどれもが彼女を意識してしまうには充分すぎるもので。
その言葉の意味も理解した名前の頬は、みるみる赤くなっていく。
「ふふっ、本当に可愛い♪」
そんな素直すぎる名前の反応に、堕姫は満足そうに笑みを溢す。
しかしその表情の裏で、可愛い補佐を他の上弦に取られないようにする為にはと考えを巡らせる。
「ま、いざとなったらお兄ちゃんに口添えして貰えばいいか」
「……えっと、…なんのお話でしょうか?」
「ん〜?名前は知らなくていい事よ」
悪戯に笑う堕姫がまさかそんな悪知恵を考えている事など、名前には気づく余裕もないのだった。
******
翡翠様リクエストありがとうございました。
そしてそして大変お待たせしました(´._.`)
詳細※堕姫夢
お話は如何でしたでしょうか?
天真爛漫な堕姫に振り回される夢主ちゃんを描いたつもりですが、ご希望に添えていますでしょうか>_<?
お話の流れや、言い回しでお気づきの点がございましたら、遠慮なくお声かけください。
楽しんで読んでいただければ幸いです
おもち