かけがえのない花(翡翠様リクエスト)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
涙を浮かべ、何度も謝罪を繰り返す名前に、積怒は心配そうに眉を下げる。
突然様子が変わった名前に何があったのかは気になるところだが、とりあえず彼女を落ち着かせるのが先決だろう。
そう考えた積怒が、ゆっくりと名前へ手を伸ばす。
「ごめん、な…さい………積怒様っ、」
しかし、その瞬間聞こえて来た彼女の声に、積怒の手は思わず止まる。
普段の聞き慣れたものとは違う呼び方だが……
遠い昔、想いが通じ合えたあの頃と同じ懐かしい響きに積怒は大きく目を見開いた。
「……名前、……其方まさかっ、」
「ごめっ、…なさ…い……私…」
まさか、何かを思い出したのか?
そう問いかけようとして、積怒はぐっと口を噤む。
ずっと彼女が記憶を取り戻すと信じて待ち続けていたのだ。今すぐにでも問い質したいところではあるが……
ぼろぼろと大粒の涙を流し続ける名前の姿に積怒はハッと我に帰る。
気になる事は山ほどあるが、大切な人が泣いているのだ。今はそんな事後回しだと思い直すと、積怒は名前の肩をそっと支えた。
そして、そのまま近くのベンチへと誘導すると、彼女が腰掛けたのを確認しハンカチをそっと差し出した。
「少し落ち着くまでこうして座っていよう」
「っ、……」
「大丈夫じゃ、儂が側にいる。儂はいつだって、名前の味方じゃからのぅ……落ちついたらゆっくり其方の言葉で話してくれれば良い」
そう言って優しく背中を摩ってやれば、顔を上げた名前が不安そうに瞳を揺らすものだから、積怒は困ったように笑みを漏らした。
******
蘇る記憶に混乱し言葉を詰まらせていた名前だが、背中をそっと支えてくれている大きな手に、段々と落ち着きを取り戻し始める。
「大丈夫か?」
それを見計らい積怒が優しく問いかければ、こくりと小さく頷いた名前は遠慮がちに口を開く。
「……突然取り乱したりしてすみませんでした……積怒さ、…先輩は……あの、……えっと」
しかし、直ぐに言葉が続かなくなり眉を下げる。
前世の記憶を取り戻したからと言って、彼にも記憶があるとは限らない。ましてや、何て問いかければいいのかすら分からない名前は必死で考えを巡らせる。
そんな名前の様子に気づいた積怒は、優しい笑みを浮かべると彼女へ向かって口を開く。
「名前は昔から自分の事を口にするのが下手じゃったからのう」
「……え?」
「危険が迫っても助けを求める事もない……一人で戦う其方に、肝が冷えた思いを何度した事か」
その言葉に名前が驚いて顔を上げると、積怒は笑みを深くする。
「何か思い出したんだろう?」
「……積怒様」
「あの頃とは違う、平和な世になったもんじゃのぅ」
そう言って、そっと手を握りしめてくれた積怒の優しさに、名前の目頭は熱くなった。
******
それから二人はベンチに座りながら互いの話を沢山した。
「そう、ですか……積怒様も刀鍛冶の里で……」
「ああ、だがそれはもう遠い昔の話じゃ……最近では、何の因果か、鬼も鬼狩りも……昔の顔馴染みばかりが周りに増えていくもんじゃからのぅ。本当に平和な世の中になったとつくづく考えてしまうな」
懐かしむように目を細めた積怒に反して、名前は悲しそうに顔を歪ませる。
鬼だった頃の名前の最期ー……
主からの命を受け、名前は単独で青い彼岸花を探索する為、一時的に積怒達の元を離れていた。
しかし、妓夫太郎達が討たれた後、再び積怒達の補助に就くようにと命じられた為、探索を打ち切り名前は刀鍛冶の里へと急いでいた。
だが、そんな彼女の前に同じく里を目指していた鬼殺隊の恋柱が立ちはだかり、抵抗虚しく名前は頸を斬られてしまったのだ。
……あの時、なんとか恋柱から逃げ
彼らが命を落とす事もなかったかもしれないし、何より彼の側にいると誓った筈なのにその約束を守れなかった。
そんな不甲斐ない自分を思い出し名前が表情を曇らせていれば、そんな名前の心中を察しているかのように、積怒は優しく眉を下げる。
「其方の最期は狛治から聞いておる。儂らの元へ向かってくれていたのだろう?」
「……私が不甲斐ないばかりに、積怒様達の援護も出来ずっ、……申し訳ございません」
「もう終わった話じゃ。そんなに自分を責めなくて良い」
「ですが、私が役目を果たせぬばかりに積怒様達まで……っ」
「それを言うなら儂も同じじゃ……あの時、名前の側にいてやれんかった事……それどころか、其方の危機にすら気づかぬままとは……今更じゃが、何故守ってやれなかったのかと後悔している。すまなかったのぅ」
「そんな…っ、」
まさか彼からそんな言葉がかけられるとは思ってもみなかった名前は、一瞬言葉を詰まらせると、慌てて首を横に振る。
だが、それを優しく制した積怒は、名前の掴んでいた手を手繰り寄せ、彼女を腕の中に閉じ込める。
「だから、あの日図書館で其方と再会した時に儂は心に誓ったんじゃ。もう二度と名前を離さない、必ず名前を守り抜くとな」
彼の言葉に名前の瞳から再び涙が溢れ出す。
「名前、もう一度儂と共に生きてくれぬか?」
「……っ、…勿論です」
「今度こそ何があっても其方を離さない。ずっと名前の側にいる」
彼女に誓うように言葉を紡げば、名前は声を震わせながら何度も小さく頷いた。
名前が側にいるだけで、冷え切っていた心が、ほわほわと暖かく満たされていくようで……
小さく笑みを溢しながら静かに瞼を伏せた積怒は、今までの時間を取り戻すように名前を力強く抱きしめた。
******
******
「名前、兄貴から中庭に来るようにとの伝言だ」
「ありがとう、憎珀君」
背後から掛けられた声に、名前は家事の手を止め振り返る。
揺れる髪はあの頃と同じ……けれどもその表情はあの頃よりも大人びている。
そんな彼女に憎珀と呼ばれた青年は、普段は苛立っている事が多い癖に、彼女にはとんと甘い自分の兄を思い浮かべ、人知れずため息を落とすのだった。
******
あの日ー……、
名前が記憶を取り戻してから、もう八年もの歳月が流れていた。
初めは取り戻した記憶に戸惑う事も多かった名前だが、記憶の有無に関わらず、当たり前のように側にいてくれる積怒のおかげで、笑顔で毎日を送れるようになった。
と言っても、名前が記憶を取り戻した事で、彼女を取り巻く環境も目まぐるしく変わっていったのだから、戸惑うのは当然である。
積怒から事前に聞いてはいたが、改めて見渡してみるときめつ学園には鬼も鬼殺隊も入り乱れているし、その中には記憶を持ち合わせている者も多くいた。
卒業生には、自分を討ち取った恋柱もいたと言うし、そんな彼女に伊黒先生が想いを寄せていると知った時には驚きすぎて声にならなかった。
積怒の兄弟達に今まで忘れていた無礼を詫びれば、含みを持たせた笑みで(積怒が)大変だった、と揶揄われるし。
梅に至っては、思い出すのが遅い!と他の生徒が見てる前で号泣するものだから、妓夫太郎と共に宥めるのに苦労した。
ちなみに、記憶を忘れていた頃も、名前は密かに積怒へと想いを募らせていた。きっと出会い方とか、記憶の有無は関係なく、積怒の人柄に惹かれていたのだろう。
そんな事、恥ずかしくて本人には伝えられないが……
「漸く想いが通じて良かったですね?」
「し、しのぶ先輩……」
何故か、しのぶにはバレていた事は、今でも彼に秘密にしている。
その後、積怒達兄弟が進んだ大学に、名前も彼らを追うように進学した。
弟の憎珀天を紹介された時は、いきなり呼び捨てにされて驚きはしたが、それを制す彼の兄達に思わず笑ってしまった事を覚えている。
この八年、どの場面を切り取っても、必ず名前の側には積怒がいて。
不意に見せる彼の笑顔に、優しい言葉に何度も支えられて来たんだと思い知る。
昨年、名前が大学を卒業するのを待って結婚式を挙げた時も、謝花兄妹や素山夫妻、胡蝶姉妹やカナヲ先輩、アオイ先輩……
沢山の人に祝福されて〝あぁ、この人に出逢えて私は本当に幸せ者だなぁ〟なんて、心の底から思えたのだ。
結婚後は、積怒達の家で一緒に暮らしているのだが、あの頃のようで何だか少し照れくさい。
そんな事を考えながら中庭までやって来た名前は、牡丹の花を眺めている彼の後ろ姿に口元を緩めた。
「牡丹の花、今年も綺麗に咲きましたね」
その声に振り向いた積怒は、名前の言葉に頷くと彼女を手招き再び花へと視線を落とす。
「儂の一番好きな花じゃ」
「一番、ですか?」
「ああ、この花を見る度に名前の美しい技を思い出す。それと同時に、あの時代を名前と共に生きたことも……こうして再び出会い、また想いが通じ合えたことも……儂は本当に幸せ者だと実感するのじゃ」
「積怒さん……」
その言葉に頬を染めた名前は、積怒の隣に並ぶと彼を見つめて優しく笑いかける。
「それを言うなら、私の方こそ幸せ者です。積怒さんの傍にいられることも、こうして穏やかな時をまた一緒に過ごせることも、私にとっては本当に奇跡のようで……」
「奇跡か……そうじゃな、儂も名前を今世で初めて見つけた時は同じことを思ったのぅ」
「確か図書館で本を取って頂いたんですよね?」
「ああ、何故か踏み台を使わず必死で背伸びをしていたからのぅ」
そう言って顔を見合わせた二人は、当時を思い出したのかクスクスと笑い声を上げる。
「ふふっ、そんな事もありましたね。でも、……積怒さんは知らないでしょう?」
「……む?」
「あの日から私の大好きな場所が図書館になったことも……大切な記憶を取り戻すきっかけをくれた牡丹の花が、私にとっても大切な花であるということも……」
小首を傾げた積怒に優しく語りかけるように、名前はゆっくりと言葉を紡いでいく。
「それから来年も、再来年も…ずっと変わる事なく……積怒さんの隣で〝今年も綺麗に花が咲きましたね〟なんて、笑い合えたら……そんな幸せを夢みてるなんて知らないでしょう?」
「くくっ、……それは随分と欲張りな夢じゃのぅ」
あまりに可愛らしい告白に、くつくつと悪戯な笑みを落とした積怒は、そっと名前を抱き寄せる。
すると頬を染め恥じらう名前の姿が目に入り、自然と頬が緩んでいく。
「じゃが、安心せえ。儂の夢も名前と同じじゃ」
「………え?」
「儂も欲張りだと言うことじゃのぅ」
そう言って名前の顔を覗き込んだ積怒は、彼女の頬を優しく撫でた。
それからゆっくりと顔を近づければ、これでもかという程に名前は顔を赤らめる。
何度身体を重ねても名前の初々しさは消えないが、真面目な性格が故に、先程のような愛の言葉も平然と口にする彼女。
そこがお茶目な所でもあり、彼女の愛おしいところ。
今だって、恥ずかしがりながらも身を委ねるように瞼を伏せた名前は世界で一番愛らしいと思うのだ。
「名前、愛している」
彼女へと愛の言葉を囁いて、少しでもこの想いが届くようにと優しい口付けを送った積怒は、やっぱり自分は幸せ者だと小さく笑みを落とすのだった。
******
「兄貴達……覗きは趣味が悪いと思うが」
中庭から少し離れた場所、
縁側の片隅に集う可楽達に憎珀天は苦言を呈す。
「何を言う。儂らは覗いているわけではなかろう?たまたまここに居合わせただけじゃ」
「カッカッカッ、全く可楽の言う通りじゃ!今も昔も…あの二人は周りなどお構い無しでイチャつき出すからのぅ。無自覚ほど怖いものはないわ!」
それに空喜も賛同の声を上げれば、憎珀天はあからさまに頬を引き攣らせると「だからってジロジロ見るのは良くない」と再び苦言を口にする。
「何を言っておる。憎珀もここにいる時点で同罪じゃろうて」
「なっ、!?」
そんな憎珀天に哀絶が口を開けば、末の弟は驚いたように目を見開いた。
「「「積怒と名前の幸せを見守るなんて、よく出来た弟じゃのぅ」」」
「………はぁ、」
兄達からの揶揄いに憎珀天は大きなため息を一つ落とすが……
視線を逸らした先で幸せそうに笑い合う二人の姿が目に入り、兄達に隠れて、ふっと口元を緩ませるのだった。
******
翡翠様、大変お待たせしてしまい
申し訳ありませんでした。
最終話は漸く想いが通じ合い、甘々な展開になってしまいましたが、リクエストに添えていましたでしょうか?
リクエスト内容詳細※半天狗(積怒)現パロ
お話の流れや、言い回しでお気づきの点がございましたら、遠慮なくお声かけください。
楽しんで読んでいただければ幸いです。
2022/10/24 おもち