可憐な花(翡翠様リクエスト)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
積怒が迫ったあの日以来、名前の隣にはいつも当たり前のように積怒が寄り添うようになった。
勿論鬼狩りと出会せば、今まで通り名前が先陣切って攻撃を仕掛ける事には変わりない。
しかし、万が一彼女の元へ近づく者がいようものなら、積怒が一瞬にして雷で丸焦げにしてしまうのだ。
まるで、名前の用心棒である。
〝私が守らなければいけないのに……〟
積怒に助けられる度、名前は自分の不甲斐なさを痛感する。だが、それと同時に彼に守られる事が嫌ではないような……何か、彼に対して特別な感情が芽生えていくような気がして、少しだけ怖くなった。
******
そんな日々を過ごしていたある日。
突然、目の前の景色が変わり、名前は驚いたように辺りを見回した。
「ここは……」
そこには先程まで行動を共にしていた四鬼達の姿。そして、その奥には他の上弦や、下弦の鬼達の姿も確認できた。
上弦の鬼達は流石のもので、慌てふためく下弦達とは違い、皆落ち着いたようにどしっと構えているように見える。
この状況から考えるに、どうやら鳴女の能力で十二鬼月全てが無限城へと招集されたのだろう。
そんな事を考えて辺りを見回していた名前の背後から、スッと腕が伸ばされる。
それに名前が驚くよりも早く、腰回りに回った腕がぎゅっと彼女を抱きしめた。
「名前!久しぶりね!」
「わっ、堕姫様、…と妓夫太郎様も。ご無沙汰しております」
堕姫に後ろから抱きつかれた状況で、身動きが取れない名前は、首だけで振り返り彼らにペコリと頭を下げる。
「名前ったら、全然私達の所に来てくれないんだもん。寂しかったわ〜」
「申し訳ありません。半天狗様に支えるようご命令を受けておりまして」
「無惨様の命令なら仕方ないけど……って、あれ?なんか名前が可愛くなってる!どうしたの、耳に花なんかかけちゃって!」
「こ、これは…その……」
キャッキャッとはしゃぐ堕姫の一言で、名前は頬を赤く染めた。
それを少し離れた所で見ていた積怒は、面白くなさそうに眉間に深く皺を寄せる。
「名前は綺麗な顔してるんだから、もっと着飾ったらいいのよ!どう?私が今度可愛く髪でも結ってあげようか?」
「いえ、そんな……綺麗だなんて……」
そんな積怒に気づきもしない名前は、堕姫の言葉に恥ずかしそうに視線を泳がせている。それをすぐ隣で眺めていた妓夫太郎だけが、積怒からの視線に気づき、慌てて妹を止めに入る。
「名前に会えて嬉しいのは分かるがぁ……その辺にしておけぇ」
「なんでよ、お兄ちゃん!」
「………なんでもだ」
こちらを睨みつけて来る積怒の視線に耐えきれず、妓夫太郎は苦し紛れに言葉を続けた。
勿論、そんな返答に頷くような彼女ではないのだが……
「頭を垂れてつくばえ」
「「「「ハッ」」」」
その直後、姿を現した我らが君主に、堕姫は名前から勢いよく離れると、嬉しそうに頬を染めた。
「今回、貴様らを呼び出した理由は分かっているか?……何故私の望みは未だ叶えられぬのか。今一度、貴様らに理解させるためだ」
平伏す鬼達を見下ろし細められた赤い瞳に、下弦の鬼達は震え上がる。
「私の望みはたったの二つ。鬼狩りどもを根絶やしにし、私に青い彼岸花を差し出すこと。……何も難しい事ではない筈だ」
苛立った様子でそう告げた無惨様は、役に立てるよう最善を尽くせと続けた後、青い彼岸花の捜索は最優先事項だと皆に言い渡し、鳴女が作り出した扉の先へと消えていった。
******
無惨様が退室した事で、今回の招集は事実上の終了となる。
あまりの威圧感に深呼吸を繰り返す者、怯えたように辺りを伺う者や、足速に退室しようとする者など……
鬼達が各々に行動し始めた頃、名前も積怒達の元へと向かうため腰を上げた。
「おーい、名前殿」
しかし、そんな名前を呼び止めた童磨に、彼女は振り返り歩みを止めた。
「童磨様、ご無沙汰しております。私に何か御用でしょうか?」
「いや、用って程のものじゃないけれど…… 名前殿は、最近半天狗殿に付きっきりのようだね」
頭を下げて挨拶をする名前に、童磨はにこにこと笑みを浮かべる。
そんな名前の後ろ姿を、少し離れた場所で眺めていた積怒は、童磨に視線を移すと、苛立ちを隠す事なくじっと睨みつける。
勿論その視線に童磨は気付いているのだが、それを無視して楽しげに名前へと笑いかけていた。
どんどん不機嫌になって行く積怒の様子に、彼の後ろから見守っていた他の分裂体達は状況が良くないと判断し、積怒に落ち着くようにと言葉をかける。
「積怒、其方が苛立った所で何も状況は変わらぬ」
「哀絶の言う通りじゃ。そもそも何故、腹が立つのかも分かっていないお主では、何も解決しないだろう」
「……何故、だと?」
哀絶の言葉を肯定するように空喜が言葉を続ければ、考えもしなかった問いかけに積怒は驚いたように振り返る。
そんな積怒に、呆れたようにため息を落とした可楽は、彼自身が気づいていないその感情を口にする。
「積怒は名前を好いている。単純な理由だろう?」
「なっ、……適当を抜かすな」
「ハッ、無意識であそこまで感情を露わにしていたとは……全く恐ろしい男じゃ」
「黙れ!儂はそんな感情を持ち合わせてはおらん!」
「全く………いい加減、自分の心に素直になればよかろう」
可楽の言葉があまりに突拍子がないものに思えて、積怒は幾度となくその言葉を否定した。
しかし幾ら違うと説明しようが、可楽は中々納得しない。それどころか、他の分裂体まで加わって、その感情を認めろと諭して来る始末だ。
となれば、ますます苛立ちは募るばかりで……いい加減くどいと積怒は声を荒げる筈だった。
「偶には半天狗殿から離れて俺の所においでよ」
「い、いえ……そのような勝手な真似は「いいじゃないか!そんな堅い事言わないでおくれよ」
しかし、その直後耳を疑うような会話が聞こえてきて、積怒は勢いよく振り返る。
すると同時に、名前へと手を伸ばす童磨の姿が目に入り、一瞬で頭に血が昇る。
気づいた時には体が勝手に動いていて、童磨の腕を振り払い、名前の腕を掴んで、自身の腕の中へと引き寄せていた。
当然、突然後ろに引き寄せられ、抱き締められてしまった名前は固まっているし、腕を振り払われた童磨も驚いた顔を浮かべていた。……と言っても、それは一瞬の事で直ぐにへらりと笑みを作った童磨は、何をするのかと積怒に問いかける。
しかし、問いかけられた積怒本人も、自分で自分の行動が信じられず愕然とし沈黙し続けている。
「…あの……積怒様?」
そんな中、名前が戸惑いながら名前を呼んだ事で、積怒はゆっくりと腕の中に収まる彼女へと視線を向ける。自ずと名前と見つめ合う形になった積怒は、その目を見つめて様々な事を思い起こす。
戦う彼女の美しい姿にいつも目を奪われていたこと。
たまたま見つけた一輪の花に、慎ましく美しい名前のようだと無意識に足を止めてしまったこと。
思わず手にした花を持て余し、名前へその花を贈ったが……今思えば、あれは気まぐれでもなんでもない。
頬を染めながら優しく微笑んだ名前の笑顔を、他でもない自分が守っていきたいと、あの時そう思ったのだ。
だから、自分以外の者が名前に触るのも……誰かのものになると想像するのも虫唾が走る。
『積怒は名前を好いている。単純な理由だろう?』
〝……そうじゃな。彼奴に気付かされるとはな〟
先程の可楽の言葉が蘇り、腹立たしいと思いながらも積怒は心の中で肯定する。
それと同時に、彼女への想いを認めた彼には、その感情を隠す必要はなくなった。
そして先程の童磨の問いかけを思い出し、積怒はスッと目を細めた。
「……名前に触れるな」
「あれれ?名前殿は積怒殿のものではないよね?」
「だとしても、貴様には関係ない話だろう。これ以上名前に構うな」
「え〜〜、どうしようかな?」
「……ふざけるなっ!」
童磨はにこにこと笑ってはいるものの、積怒は声を荒げ、完全に敵意を剥き出しにしている。名前を抱きしめていなければ、今にも殴りかかりそうな勢いである。
まさに一触即発の雰囲気に、可楽の肩に乗っている半天狗の本体は、怯えながら可楽に小さく耳打ちをする。
「あれは流石に不味いんじゃっ、……可楽、積怒を止めてくれ」
「カッカッカッ、確かに不味いかもしれんのぅ」
しかし可楽は楽しそうに笑うだけで、仲裁に入るつもりはないようだ。
そんな雰囲気の中、二鬼の間でオロオロとしている名前を見兼ね、黒死牟が口を開く。
「……お前たち、もうそれ位にしておけ。鬼同士の争いは不毛だ」
その一言でニ鬼は自分達に集まる他の十二鬼月達の視線に気づき口を閉ざす。
それに漸く胸を撫で下ろした名前だったが、未だに積怒に抱き締められたままであることに気付き、頬を染める。
「積怒様、あの…もうそろそろ離していただけますか?」
「……ああ、すまないな」
それに応えるように、自身の腕の中に閉じ込めていた名前を離した積怒は、自然な流れで名前の腕を掴み直し、半天狗の本体の元へと名前を半ば引き摺るような形で早足に連れて行く。
「へえ……怒り以外の感情もちゃんとあるんだぁ。興味深いなぁ」
「……興味本位でこれ以上面倒事を起こすな」
その後ろ姿を眺めながら童磨がぽつりと呟けば、すかさず黒死牟が口を開き、呆れたようにため息を吐いた。
******
その日の晩ー……、
鬼狩りとの戦闘を終え、名前は積怒と共に本体を探して歩いていた。
そんな中、名前は昼間のお礼がまだだった事を思い出し、積怒へと遠慮がちに口を開く。
「あの、積怒様。無限城での一件、助けて下さりありがとうございました」
「……別に礼を言われるような事はしていない」
それに対して、積怒は素っ気ない返事を返すが、それでも本当に困っていたから助かりましたと、名前は再び言葉を続けた。
そんな名前を横目で見て、積怒はぴたりと歩みを止めると、不思議そうにこちらを見上げる名前の頬へと手を伸ばす。
「っ、……」
突然のことに驚き身体を強張らせた名前へと、積怒は静かに問いかける。
「儂が怖いか?」
「……いえ。積怒様を尊敬しておりますので」
「尊敬、か………では、もしも儂が名前を好いておると言ったらどうする?」
その問いかけに名前は一瞬驚くが、直ぐに優しい笑みを浮かべると、身体の力を抜き、積怒の手に自身の手をそっと重ねる。
問いかけておきながら、名前の表情や予想外な行動に、積怒は一瞬動きを止める。
そんな彼の姿に、愛おしそうに目を細めた名前は、静かに秘めた想いを口にする。
「積怒様はいつも私を気にかけて下さり、こんな私にも優しい言葉をかけて下さる……守ると言って下さったこと、本当は嬉しかったのです」
そう言って自身の耳元へ、片手をやった名前は頬をほんのり赤く染める。
「積怒様から頂いた花を見るたび、胸が温かくなります。幸せな、穏やかな気持ちになるのです」
「名前……」
「私も、積怒様の事をお慕い申し上げております」
その言葉に積怒は珍しく小さな笑みを浮かべると、彼女へと顔を近づける。
「ハハッ、儂にもこんな穏やかな感情があったとはな……名前を一等愛すると誓おう」
優しい声色で囁かれた愛の言葉を聞きながら、名前はゆっくりと瞳を閉じる。
そんな彼女を見つめ、ふっと柔らかく目尻を下げた積怒は、その想いが伝わるようにと優しい口づけを送るのだった。
******
「……全く、世話がかかるのぅ」
「まあ、そう言うてやるな。漸く想いが通じ合ったんじゃからな」
その後、他の分裂体達や本体と合流した積怒は、名前は自分の物だと我が物顔で報告し始める。
ご丁寧に、名前とのやり取りを説明した頃には、名前は耳まで赤くして恥ずかしそうに俯いていた。
それには、随分前から二人を見守っていた彼らも呆れたような視線を送っていたのだが、
「カッカッカッ、やはりお主らは見ていて飽きないのぅ」
可楽の楽しそうな笑い声に釣られ、結局皆して嬉しそうに口元を吊り上げるのだった。
******
翡翠様、リクエストありがとうございました。
そして大変お待たせしてしまい、申し訳ございません∑(゚Д゚)
お話を書いて行く上で、私もどんどん半天狗に魅力されていっている気がして(笑)
最終話は少し力が入ってしまい、随分長くなってしまいましたが……ご希望に添えていますでしょうか?
趣旨が違う・誤字脱字等ある場合は、お手数をおかけしますが、またご報告下さい。
詳細※半天狗(積怒)
おもち