Eine Kleine Ⅳ

 割れた石畳の上で、アリシアは息をついた。
 膝は震え、脚の感覚が薄れている。だが、立ち止まることは許されなかった。
 王都は、まだ呻いている。
 焼け焦げた壁、砕けた尖塔、倒壊した回廊。
 そこかしこで黄金の光が揺れ、聖闘士たちが瓦礫を退かし、人を掘り起こしていた。
 アリシアは、その中心へと歩み出る。瓦礫の欠片に足を取られた。次の瞬間、膝が石に打ち付けられる。
「……っ」
 声を漏らす暇もなく、立ち上がった。
 衣の裾は裂け、足には細かな傷が増えている。纏めていた髪は解け、額に張り付いていた。汗と埃が視界を曇らせている。
 それでも彼女は、顔を上げる。
「――黄金聖闘士の皆さま」
 その声は掠れていたが、放たれる凛然とした声に、救助に当たっていた数名が、同時に振り返る。
 王女の姿を認め、動きが一瞬止まった。
「お願いがあります」
 アリシアは、胸元で手を握り締める。
「どなたか――私を、聖域へ送り届けてください!」
 周囲の空気が、張り詰めた。
 瓦礫を退かしていたアイオロスが、状況を測るように王女を見据えた。
「王女殿下。この状況であなたが移動されるのは、賢明な判断ではありません」
「承知しています」
 被せるように、アリシアは言った。
「ですが、今すぐでなければなりません」
 声が、わずかに震えた。
「聖域に、命の瀬戸際にある方がいらっしゃいます。皆さまもよくご存知でしょう……メリッサ・ドラコペトラさんです」
 無意識に拳を強く握る。アリシアはよく分かっていた。自分はメリッサのように、体力に恵まれているわけではない。長時間走り回れる体力も、瓦礫を跳び越える瞬発力もない。それでも、自分にしかできないことが確かにある。
「彼女が――この国を救いました」
 唇が震える。
「その代償を、彼女ひとりに負わせることはできません。私は、エルダニア王国第一王女です。そして――この国の責任を負う者です」
 一瞬の沈黙。やがて、アイオロスが一歩前に出た。
「……分かりました。私が、殿下をお連れします」
「感謝します」
 アリシアは、深く頭を下げた。
 次の瞬間、黄金の小宇宙が、彼女の身体を包み込む。瓦礫と血と灰に満ちた王都が、遠ざかっていく。
 どうか間に合って。
 胸の奥で、ただそれだけを祈りながら。

 黄金の光が収束したとき、足裏に伝わる感触は、王都の砕けた石畳ではなかった。
 白い大理石が整然と敷き詰められた床は、ひび一つなく、ひんやりと澄んでいる。
「こちらです、殿下」
 アイオロスが短く告げる。
 アリシアは頷き、足を踏み出そうとして、ふらついた。膝に力が入らない。王都を駆け回った疲労が、今になって一気に押し寄せてきた。アイオロスが手を差し伸べたが、その手を取ることはしなかった。
「大丈夫です」
 反射的に言い、姿勢を正す。誰かに支えられるわけにはいかなかった。
 十二宮を抜ける道すがら、視線を感じた。
 白衣の医官、女官、下位の聖闘士たち。
 皆、何かを察しているのか、声を潜めている。
 その沈黙が、胸に重くのしかかる。
 やはり、状況は深刻なのだ。
 歩きながら、アリシアは魔物の言葉を反芻していた。
「エルダニアを真に救ったものに、死を」
 あの響き。古くて、でも、刃のように研ぎ澄まされた言語。
 聖域の叡智をもってしても、容易に解けぬほどの古代語。
「真に」。
 その一語が、何度も脳裏で反響する。
 メリッサ・ドラコペトラ。
 彼女はエルダニアの崩壊を陰で阻止した。見えない所で動き、走り、整え、守った。彼女は普通の大学生なのに、エルダニアに留学していたばかりに、こんなことに巻き込んでしまった。
 アリシアは知らず、唇を噛み締めていた。
 やがて、回廊の奥に、厳重に守られた一角が見えてくる。
 空気が変わった。
 消毒と薬品の匂いが混じる、医療機関独特の空気。足取りが、自然と早まる。重厚な扉の前で、アイオロスが立ち止まった。
「ここです」
 アリシアは、扉を見つめる。
 白い石に刻まれた紋章。
 その向こうに、今、命の危機に瀕したメリッサが横たわっている。
 胸が、ひどく痛んだ。
 どうか間に合って。
 王女としてではなく一人の人間として願う。

 アリシアは、医務室の扉を押し開けた。
 その瞬間、目に飛び込んできた光景に、息が止まる。
 シオンがいた。
 白い寝台の傍らで、シオンがメリッサを強く抱き締めていた。周囲の視線も、威厳も、立場も、すべてを忘れたかのように。
 嗚咽が、抑えきれずに零れている。
 それでも腕の力だけは決して緩まらない。
「メリッサ……頼む……戻ってきてくれ……」
 掠れた声で、何度も、何度も名を呼ぶ。
 まるで――言葉を途切れさせた瞬間、彼女が二度と手の届かぬ場所へ行ってしまうと信じているかのように。
 アリシアは、その背中から目を離せなかった。
 そこにいるのは、聖域を統べる教皇でも、数多の戦場を越えてきた黄金聖闘士でもない。
 ただ、愛する者を失いかけ、恐怖に身を震わせる一人の若者だった。
 その事実が、胸を強く打つ。
 やはり、この方にとって、彼女は特別なのだ。
 言葉にならない確信が静かに、しかし確実に胸の奥へ沈んでいった。
 あまりにも無防備で、痛ましい姿。
 胸の奥で、何かが静かに崩れ落ちる。

 ――この方は、こんな顔をするのか。

 アリシアは、知らず拳を握り締めていた。
 爪が掌に食い込む痛みで、ようやく自分が震えていることに気づく。
 理解した。
 呪詛の言葉が、誰に向けられたものなのか。
 そして――なぜ、自分やシオンには異変がなかったのか。
「……教皇猊下」
 声をかけるまでに、ほんの一瞬の逡巡があった。
 今、この世界で最も壊れやすい均衡を、自分の声が壊してしまうのではないかと、そう思ってしまったのだ。
 それでも、アリシアは一歩、踏み出した。
 王女として。そして、この惨禍を生き残った者として。

 アリシアは、静かに息を整えた。
 これから告げる言葉が、どれほど残酷な刃となるかを、誰よりも理解していたからだ。
「猊下……あの魔物が放った呪詛は、古代王族語でした。意味は――」
 一瞬、視線が伏せられる。
 それでも、逃げなかった。
「『エルダニアを、真に救った者に死を』」
 その言葉が、空気に落ちた瞬間だった。
 シオンの身体が、はっきりと強張る。
 否定も、問い返しも、ない。
 ただ、腕の中の温もりを、反射的に強く抱き締める。
 真に、救った者。
 門を閉じたのは、自分とアリシアだ。
 だが、それは“結果”に過ぎない。
 誰が動いた。
 誰が繋いだ。
 誰が疑われ、傷つき、退路を断たれ、それでも前に立ち続けた。
 その答えは、あまりにも明白だった。
「……私にも……異変は、ありませんでした」
 アリシアの声が、静かに続く。
「猊下にも。ですので、ずっと……おかしいと思っていたのです。呪詛は、私たちに向けられたものではないのでは、と」
 その瞬間、
 シオンの中で、すべてが繋がった。
 メリッサが王都にいた理由。
 戦線の裏で、誰にも知られぬまま積み重ねてきた働き。
 そして今、原因不明のまま蝕まれていく命。
 理解してしまった。
 してはならなかった。したくなかった。
「……そんな、ことは……」
 否定の言葉は、喉で砕けた。
 もし、その呪詛が――
 メリッサを“正しく”選んだのだとしたら。
 彼女は、救ったからこそ、殺されようとしている。
 シオンは、震える息を吐いた。菫色の瞳が、絶望に揺れる。
「……私が、送り出した……」
 誰にも向けぬ懺悔が、零れ落ちる。
「私が、あの地へ……そなたを……」
 腕の中のメリッサは、答えない。ただ、かすかな呼吸だけが、命の名残を告げていた。
 理解してしまった真実は、あまりにも残酷で、あまりにも――遅すぎた。

 沈黙が医務室を支配していた。
 重く、冷たく、息をすることさえ憚られるような静寂。それを断ち切ったのは、アリシアだった。
「……猊下」
 その声は、恐怖も、悲嘆も、すべてを呑み込み、前へ進む者の声だった。
「もし、その呪詛が『エルダニアを真に救った者』を選び取るものであるなら――それは、意味を持って放たれたものです」
 一歩、踏み出す。
「無差別ではない。偶然でもない。条件付きの呪詛です」
 シオンの腕の中で、メリッサが小さく息を吐く。
 その微かな動きに、アリシアは視線を落とし、そして、また上げた。
「条件があるなら、必ず――“外し方”もあります」
 はっきりと、断言した。
「古代の呪詛は、特にそうです。一方的な破壊ではなく、意味と論理で組まれています。だからこそ、選別が起きたのです」
 アリシアは、シオンをまっすぐに見据える。
「猊下。どうか、絶望なさらないでください」
 その言葉は、共に立て、と告げる宣言だった。
「メリッサさんが“真に救った”存在だと呪詛が認識したなら――その前提を、覆せば良いのです」
 息を吸う。
「彼女一人が救ったのではない。救いはまだ完結していないと、世界に示せばいいのです」
 その瞬間、シオンの瞳に、かすかな光が戻る。
「……完結、していない……?」
「はい。エルダニアは救われた、とは言えない。復興も、贖罪も、未来も、まだこれからです。ならば、呪詛の条件は、まだ満たされていない。“真に救った者”は、まだ定義できません」
 それは、理屈だ。だが同時に――賭けでもある。
「猊下。私に、少しだけ時間をください。この呪詛を“未成立”にする道を、必ず見つけます」
 その言葉に、シオンは、ようやく顔を上げた。
 絶望の底で、初めて――希望の輪郭が、浮かび上がった。

 とはいえ――
 メリッサの身体は、すでに限界に近かった。医官の診断は、冷静で、そして残酷だった。
「……瘴気が、全身に回っています」
 通常の医療は、対症療法にしかならない。
 鎮痛剤、血液浄化、輸液、強心剤。
 どれも“苦痛を和らげる”ことはできても、原因そのものを断ち切ることはできなかった。
 若く、健康で、体力がある。だからこそ、ここまで持ち堪えている。だが、それもせいぜい数日。
「時間を稼ぐ方法は、三つ考えられます」
 アリシアが、はっきりと言った。
「ひとつは、小宇宙による生命維持。教皇猊下、あるいは複数の黄金聖闘士が交代で小宇宙を流し込み、命の火を繋ぐ方法です」
 だが、それは延命に過ぎない。呪詛が続く限り、流し込んだ分だけ、また削られる。
「二つ目は、呪詛そのものを“眠らせる”こと」
 完全な解除はできなくても、発動条件を一時的に曖昧にし、効力を鈍らせる。
 封印、結界、聖遺物。
 それらを重ねることで、“死に向かう流れ”を緩めることはできる。だが、完全には止まらない。
 そして。
「三つ目が……最も危険で、最も可能性のある方法です」
 アリシアは、言葉を選んだ。
「呪詛の前提を、書き換える」
 シオンの指が、メリッサの背に食い込む。
「……“真に救った者”という定義を、無効にする……」
「はい。メリッサさんが“唯一”であるという前提を崩す。あるいは――救いが、まだ完結していないと示す」
 そのためには、エルダニアの未来に彼女が“不可欠である”状態を作る、あるいは、彼女は“エルダニアを救えなかった”とする。
 生きて関わり、救い続けるか、あるいはエルダニア自身が崩壊への道筋を辿るのか。
 そうすれば、呪詛は終点を見失う。だが、どちらも時間がかかるのは間違いない。
「……猊下」
 アリシアは、静かに告げた。
「私たちは、同時に進めるしかありません。延命、封印、そして――定義の書き換え」
 どれか一つでは、足りない。三つすべてを重ねても、なお綱渡りだ。
 それでも。
 シオンは、メリッサの額に額を寄せ、誓う。
「……そなたを死なせぬ。世界の理が敵となろうとも、必ず」
 それは、教皇としてではなく、愛する者を失わないと決めた男の、静かで燃えるような決意だった。

 医官たちが、互いに視線を交わした。
 複数の黄金聖闘士で小宇宙を繋ぐ。理論上、最も安定した延命方法。
 だが。
「……不要だ」
 揺るぎのない声が、室内に落ちた。
 シオンだった。
「メリッサには、私が触れる」
 それだけで、場の空気が変わる。
「教皇猊下、それは――」
 制止しかけた医官の言葉を、静かに遮る。
「他の者の小宇宙は必要ない。メリッサには、誰一人として触れさせぬ」
 その声音には、理屈ではなく、意思があった。揺らぐ余地のない、独占にも似た決意。だが、それは感情だけではない。
「万が一容体が悪化したとしても、誰かに罪悪感を抱かせたくはない」
 自分が選び、自分が与え、自分が見届ける。教皇としてではなく、愛する者の傍に在る人間として。
「……すべて、私が引き受ける」
 その言葉に、反論できる者はいなかった。
 シオンは、メリッサの身体をさらに抱き寄せ、胸の奥に沈めていた小宇宙を、静かに解き放つ。金色の光が、彼の内側から滲み出し、触れ合う肌を通して、ゆっくりと彼女へ流れ込んでいく。
 温もり。
 鼓動。
 呼吸。

 ――生きろ。

 言葉にせずとも、その願いは、確かに届いていた。
 メリッサの呼吸が、ほんのわずかに安定する。
 それは治癒が成功したのでも、奇跡が起きたのでもない。ただ、時間を買っただけだ。
 それでも。
 その時間を、誰よりも重く、誰よりも尊く受け止める覚悟がシオンにはあった。
「……どうか、助かってくれ」
 呟きは、祈りに近かった。

 医務室を出た瞬間、アリシアは足を止めた。
 胸の奥が、ざわめいている。それは、不安でも恐怖でもない。
 違和感だ。
 呪詛は、確かに意味を持っていた。
 だからこそ、選別が起きた。
 だからこそ、メリッサだけが蝕まれている。
 だが。
(……それでも、何かがおかしい……どこか歪だわ)
 “真に救ったもの”。
 その言葉が、どうしても引っかかる。
 救いとは、本来、完了を意味する言葉ではない。ましてや国とは、一度の戦で衰退したり救われるような、単純な存在ではない。国家存亡の危機というのは、いつの時代にも訪れる可能性はあるし、将来、更なる災厄や国難に見舞われるかもしれないのだ。
 今が最大の危機とは思えない。
 門は閉じた。
 魔物は退いた。
 だが――
 エルダニアは、まだ瓦礫の中にある。
 民は傷つき、死者は数え切れず、王は罪を問われ、国そのものが裁きの途上にある。
(……救われてなど、いない)
 その瞬間、思考が、一本の線として繋がった。
 呪詛は“事実”を見ていない。
 呪詛は“定義”を見ている。
 ならば、定義を変えればいい。
 個人が救ったのではない。まだ、誰も救い切ってなどいない。そして、救う責任を持つ者は最初から決まっている。
 国家元首。
 王位を継ぐ者。
 アリシアは、はっと息を呑んだ。
 父だ。
 否――
 父であり、同時に。
(次は、私だわ……)
 その自覚が、胸に重く落ちる。
 逃げ場のない、しかし揺るぎない重み。
 エルダニアを“真に救う”主体とは、誰か一人の行為ではない。王位の継承によって連なる、国家そのものの意思だ。
 本当に必要なのは、神の加護でも、聖闘士の力でもない。恋人の愛でもない。
 公式な言葉だ。
 世界に対する宣言が必要だ。
 アリシアは、即座に歩き出した。
 向かう先は、通信室。第三国の監視下に置かれ、身柄を拘束されているアンドレアス国王。罪を犯した王であり、現時点でエルダニア国王王位を保持する唯一の存在。
(お父様にしか、できないのだわ)
 父を救うためではない。
 国を守るためでもない。

 ――一人の命を、未来へ繋ぐため。

 通信が繋がった瞬間、映像越しに映った父の姿に、アリシアは一切の感情を挟まなかった。
 王女としてではなく。
 娘としてでもなく。
「アンドレアス国王」
 はっきりと、そう呼ぶ。
「私は、エルダニア王位の継承に関する公式声明を求めます」
 息を、深く吸う。
「今この瞬間をもって、“エルダニアを真に救う責任は、未来に継承される”と、世界に示していただきたいのです」
 それは、赦しの要請ではない。
 和解でもない。
 王として果たす、最後の責務の要求だった。
 王の言葉が、一人の命を呪詛の定義から解き放つと、彼女は確信していた。

 拘束室の照明は、必要最低限に抑えられていた。
 第三国の監視下にある、簡素な一室。
 通信端末に映し出された娘の姿を見て、アンドレアスは、言葉を失った。
 乱れた髪。
 傷付き薄汚れた花の顔。
 泥と埃にまみれた衣服。
 それでも、背すじはまっすぐだった。
 王女だ。
 いや。
(……もう、王になる者の姿だ)
 王笏を投げつけた、あの瞬間を思い出す。あれは衝動ではなかった。国を託す覚悟と、自らが王座を降りる決断。その両方を、無意識に突きつけた行為だったのだ。今ならそれが分かる。
 だが。
「……アリシア」
 呼びかけた声は、王ではなく父だった。
 エルダニアは今、最も不安定な状態にある。
 瓦礫の都。
 裁かれる王。
 民の怒りと、悲しみと、不信。あるいは憎悪。
 そんな国を、娘に継がせるのか。
(国難を、我が子に押し付けるのか……)
 胸の奥が、鈍く重たく痛んだ。ここで拒めば、王位継承を先送りにすれば、アリシアは守られる。少なくとも、“王として裁かれる立場”には立たずに済む。だが――アンドレアスは、自分の手首にかかる拘束具を見下ろした。
 自分は、もう戻れない。
 二度と玉座に座ることはない。
 それは、刑罰以前に――国家としての信用が、それを許さない。
 王がいない国。
 王位が宙に浮いた国。
 それこそが、エルダニアを真に滅ぼす。
 アンドレアスは、ゆっくりと目を閉じた。
 王としての責務。
 父としての後悔。
 どちらか一方を選べるほど、世界は優しくなかった。
「……私は」
 再び目を開いたとき、そこにあったのは、逃げない眼差しだった。
「私は、すでに王ではない」
 その言葉は、自己弁護でも、同情の誘いでもない。事実の宣告だ。
「だからこそ、この国を未来へ繋ぐ言葉を今、残さねばならない」
 アンドレアスは、背すじを正した。
 拘束された身であっても、それは紛れもなく、国家元首の姿だった。
「アリシア」
 今度は、王として呼ぶ。
「国難を、押し付けるのではない」
 声がわずかに揺れた。
「……共に背負うのだ。私の罪も、失策も、すべて」
 王位とは、栄誉ではない。責任の継承だ。そして――その重みを、娘はすでに理解している。
「公式声明を出そう」
 その一言に、室内の空気が変わった。
「エルダニア王位は、次代継承者アリシアに託される」
 未来は不安定だ。だが、不在よりは、はるかにましだ。
「それが、私に残された、王としての最後の務めだ」
 通信越しに、アリシアは深く頭を下げた。
 父と娘の間に、赦しは、まだない。
 だがこの瞬間、国家の未来だけは、確かに繋がれた。
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