真夏の海と不機嫌なマーメイド
【おまけ】
先週より少しだけ人出の少ない海岸だった。
白い砂浜にパラソルを立て終えたシオンは、持参した荷物を整理しながら、ふと首を傾げる。今日のメリッサは妙に機嫌が良く、鼻歌まで歌っているのだから、何か良いことでもあったのだろうか。
「あのね、シオン様」
案の定、彼女は隠しきれない期待を顔いっぱいに浮かべながら振り返った。
「ん?」
「今回は別の水着にしたんだよ」
「ほう」
前回の競泳用水着とは違うものらしいが、シオンは特に深く考えなかった。せいぜい色かデザインが変わった程度だろうと思っていたのである。
「見て!」
そう言ってメリッサが羽織っていたシャツを脱ぎ捨てると、現れたのは赤いギンガムチェック柄の三角ビキニだった。胸元には小さなフリルがあしらわれ、腰のリボンも愛らしい。露出は決して過激ではないはずなのに、健康的な可愛らしさがかえって彼女の魅力を際立たせていた。
「どう?」
両手を広げたメリッサが、その場でくるりと一回転する。潮風を受けて栗色の髪がふわりと舞い、その無邪気な笑顔と相まって、夏の日差しそのものが人の姿を象ったかのようだった。
その姿を見た瞬間、シオンは固まった。
「か……」
「か?」
「可愛いな」
「えへへ、でしょ~?」
予想していた通りの反応に、メリッサは満面の笑みを浮かべた。苦労して選んだ甲斐があったというものである。だが、その喜びは次の瞬間、思わぬ方向へ転がった。
「だが……それはだめだ」
「は?」
可愛いと言われた直後に飛び出した否定の言葉に、メリッサはぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「なんで!?」
意味が分からない。せっかく褒められたと思ったのに、だめとはどういうことだろう。
しかしシオンは冗談を言っている様子ではなく、むしろ深刻そうな顔つきで彼女を見つめている。
「可愛すぎる」
「は?」
「私の心臓に悪い」
本人は至って真面目だった。
そして、その言葉を証明するように、シオンはおもむろに自分のシャツへ手を伸ばす。
「ちょっ――」
制止の声が間に合うより早く、白いシャツがふわりと広がり、メリッサの肩を覆った。
「着ていなさい」
「なんで!?」
「その格好でビーチを歩くのは危険だ」
「何が!?ビーチなんだから水着は当たり前でしょ!?」
「当たり前ではない」
きっぱりと言い切ったシオンは、わずかに視線を逸らした。
「少なくとも私には刺激が強すぎる」
「そんな理由!?」
あまりにも身勝手な理屈に、メリッサは呆れた。
呆れたのだが、ふとシオンの様子が気になって顔を覗き込む。すると、普段ならどんな場面でも揺るがないはずの紫の瞳が落ち着きなく彷徨い、どこへ視線を置けばいいのか分からなくなっているではないか。
教皇として人々を導く時の威厳も余裕も影を潜め、そこにいるのは恋人の水着姿に翻弄されている一人の男だった。
どうやら本当に動揺しているらしい。
それを悟った瞬間、メリッサの口元がゆっくりと吊り上がった。
(よし!見れた!)
前回の競泳用水着では見られなかった顔だ。
市場へ行ったきり戻ってこなくなるほど鈍感なところがあるくせに、こういう時だけは驚くほど分かりやすい。
肩に掛けられたシャツの前を軽く握りながら、メリッサは満足そうに微笑んだ。
「ふふっ」
「何だ?」
「別に?」
機嫌よく答えながら、胸の内では小さくガッツポーズを決める。
ビキニを見せたかったのもある。
可愛いと言ってほしかったのもある。
けれど、それ以上に見たかったものがあった。
自分の姿を目にした瞬間、シオンがどんな顔をするのか。
そして、その期待は見事なまでに裏切られなかったのである。
先週より少しだけ人出の少ない海岸だった。
白い砂浜にパラソルを立て終えたシオンは、持参した荷物を整理しながら、ふと首を傾げる。今日のメリッサは妙に機嫌が良く、鼻歌まで歌っているのだから、何か良いことでもあったのだろうか。
「あのね、シオン様」
案の定、彼女は隠しきれない期待を顔いっぱいに浮かべながら振り返った。
「ん?」
「今回は別の水着にしたんだよ」
「ほう」
前回の競泳用水着とは違うものらしいが、シオンは特に深く考えなかった。せいぜい色かデザインが変わった程度だろうと思っていたのである。
「見て!」
そう言ってメリッサが羽織っていたシャツを脱ぎ捨てると、現れたのは赤いギンガムチェック柄の三角ビキニだった。胸元には小さなフリルがあしらわれ、腰のリボンも愛らしい。露出は決して過激ではないはずなのに、健康的な可愛らしさがかえって彼女の魅力を際立たせていた。
「どう?」
両手を広げたメリッサが、その場でくるりと一回転する。潮風を受けて栗色の髪がふわりと舞い、その無邪気な笑顔と相まって、夏の日差しそのものが人の姿を象ったかのようだった。
その姿を見た瞬間、シオンは固まった。
「か……」
「か?」
「可愛いな」
「えへへ、でしょ~?」
予想していた通りの反応に、メリッサは満面の笑みを浮かべた。苦労して選んだ甲斐があったというものである。だが、その喜びは次の瞬間、思わぬ方向へ転がった。
「だが……それはだめだ」
「は?」
可愛いと言われた直後に飛び出した否定の言葉に、メリッサはぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「なんで!?」
意味が分からない。せっかく褒められたと思ったのに、だめとはどういうことだろう。
しかしシオンは冗談を言っている様子ではなく、むしろ深刻そうな顔つきで彼女を見つめている。
「可愛すぎる」
「は?」
「私の心臓に悪い」
本人は至って真面目だった。
そして、その言葉を証明するように、シオンはおもむろに自分のシャツへ手を伸ばす。
「ちょっ――」
制止の声が間に合うより早く、白いシャツがふわりと広がり、メリッサの肩を覆った。
「着ていなさい」
「なんで!?」
「その格好でビーチを歩くのは危険だ」
「何が!?ビーチなんだから水着は当たり前でしょ!?」
「当たり前ではない」
きっぱりと言い切ったシオンは、わずかに視線を逸らした。
「少なくとも私には刺激が強すぎる」
「そんな理由!?」
あまりにも身勝手な理屈に、メリッサは呆れた。
呆れたのだが、ふとシオンの様子が気になって顔を覗き込む。すると、普段ならどんな場面でも揺るがないはずの紫の瞳が落ち着きなく彷徨い、どこへ視線を置けばいいのか分からなくなっているではないか。
教皇として人々を導く時の威厳も余裕も影を潜め、そこにいるのは恋人の水着姿に翻弄されている一人の男だった。
どうやら本当に動揺しているらしい。
それを悟った瞬間、メリッサの口元がゆっくりと吊り上がった。
(よし!見れた!)
前回の競泳用水着では見られなかった顔だ。
市場へ行ったきり戻ってこなくなるほど鈍感なところがあるくせに、こういう時だけは驚くほど分かりやすい。
肩に掛けられたシャツの前を軽く握りながら、メリッサは満足そうに微笑んだ。
「ふふっ」
「何だ?」
「別に?」
機嫌よく答えながら、胸の内では小さくガッツポーズを決める。
ビキニを見せたかったのもある。
可愛いと言ってほしかったのもある。
けれど、それ以上に見たかったものがあった。
自分の姿を目にした瞬間、シオンがどんな顔をするのか。
そして、その期待は見事なまでに裏切られなかったのである。
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