ハデ始

その日、人間の行事の複雑怪奇さを冥界の王であるハデスは呪いたくなった。

「先日の菓子か? すでにおてんば娘と共に食べてしまったぞ?」
「……そうか」
「柔らかき食感で口どけもよく、とても美味であった!」
「…………」
「中にチョコレートが入っていた所も気に入った!」

ホワイトデーと人間達が呼ぶ地上界の行事から数日後の昼下がり。
貰った菓子に関し始皇帝が上機嫌に手放しで褒めてつかわす中。
その褒め言葉の一つ一つが神へとグサグサと突き刺さった。

誤解をされては困ると思い始皇帝を前にしたはずが。
水を差すのは無粋ではないかという考えが頭に浮かんでは消え。
何も知らない様子の相手に対し、言葉が詰まり出てこない。

「もしや其方、朕と共に食したかったのか?」
「そうではない」

そうではないが、良心と呼ぶ部分がギリギリと痛む。
何故、神がこれほどに後ろめたく思わなければならないのか。

返礼として贈る菓子の種類によっても意味があるのは百歩譲って許すが。
ホワイトデーに白い菓子を選ぶことが致命的などと誰が思うのかと。


「なに、心配をするな冥界の王よ。
 朕にとっては其方からの贈り物であるというだけで、嬉しき物である」

どう伝えるべきかと神が思考する中、何事もないかのように人は笑い。
無問題と日頃の口癖を付け加える人の子を前に、神は意味を理解し、ため息を吐いた。

「――知っていたのか」
「おてんば娘からな」

聞きはしたが、些事であると断言し。
始皇帝はハデスへと嬉しげに問いかけた。

「其方は、そのような意味は込めていないのであろう?」
「当然だ」
「ならば、あの菓子は朕にとって、ただの甘き菓子である」

無論、愛しき者から贈られたが冒頭に入る菓子だと冗談めかし。
わざわざ人間ごときの誤解を解きに来た神へと始皇帝は近付き。
褒美として口付けを許すと言わんばかりに相手の顔を見上げた。



白き菓子を
『嫌い』だと思う訳もなく。


end
(2022/03/16)
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