ハデ始

これも一種の刷り込みかと。
神の膝上へと躊躇なく来た人間を眺めながらハデスは思った。

「ん? どうした冥界の王よ?」

相手の膝上へと座ったことで幾分か差の縮まった目線を神へと向け。
早く触れてくるがよいと問うように始皇帝は首を傾げた。

「日中に、随分と他の人間と話していたそうだな」
「おお、今日は朕と同じ人類代表の者達と茶をしてな!」

なかなかに楽しき時間であったと上機嫌に告げてくる始皇帝に対し。
その茶話会にて、どのような内容が話されていたのかをすでに伝え聞いていたハデスは。
よくぞそこまで能天気に笑えるものだと、下も下の話題で盛大に暴露した人間に対して呆れた。

どのような場であれ、王である始皇帝は他者を己がペースに巻き込もうとする。
自身の発言で場を混乱の渦へと突き落とそうが、本人だけは飄々としているのが常であり。
その犠牲者が、今回は同じように対戦相手の神と付き合っている他の人類代表達だった。

対面座位が一等好きだと、力説された周囲には少しばかり哀れみは感じる。
その場にいた人間達の各反応の詳細までは伝え聞くことはなかったが。
全体的な反応を聞くに、各自一度以上は覚えのあるものだったらしく。
まさしくドン引きと言う名がふさわしいほどに絶句したと。

さもありなんと、始皇帝へと口付けを落としながらハデスは苦笑すら覚える。
どこの世界に、神側の裁量一つで地獄を見る体位を好む者がいるのか。
その場にいた者達の内心を代弁するのであれば、こんな所か。
力説される詳細を聞くことで混乱は余計に深みにはまる。

騙されていると。
親切な者は忠告を発したかっただろうが、始皇帝の前では何の意味もない。

一つぐらいは褒美のように人間が望む緩やかで甘いものを与えてやろうという神の慈悲。
もしくは、甘い褒美を与える代わりに限界まで神との共寝に付き合えという暗黙の了解から。
この体位の時は安心だと、甘やかな事しかされないと、無自覚な心の奥底にまで刻むほどに教え込まれ。
繰り返し甘やかされた結果による何の根拠もない信頼は崩れることはない。

いっそ、その信頼を崩してやるのも一興かと思う時はあるが。
今なお何一つとして警戒を示さない無防備な人間へと触れながら神は目を細め。
人が望み期待する甘やかな行為のみを与えた。



全くもって
愚かで愛おしい。


end
(2022/03/11)
8/11ページ