このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

2 ヘラクレスファクトリーの殺し屋

 ボーンはバッファローマンに連れられ、ヘラクレスファクトリー校庭のリング脇に立った。
 周囲には教官である他のレジェンドたちと、生徒である若い正義超人が30名ほど取り囲んでいる。
 アタルも少し離れたところで一同を見守っていた。

 バッファローマンが声を張り上げた。

「午後は特別講師を招いての、特別授業を行う!」

 そして傍らのボーンを指し示す。
 ボーンは冷たい関心のなさそうな目で、生徒たちを眺めた。
 デビュー前の、首に値段も付いていないガキンチョども。

「このボーン・コールドは、少し前まで正義超人専門の殺し屋だった男だ!」

 生徒たちの間に、怯えたようなざわめきが広がった。

「まさに、正義超人を殺すためのスキルを持つ元悪行超人だ。実際、この学校の卒業生ジャイロは、このボーンに殺されている。お前たちには実習として、このボーン・コールドと試合をしてもらう!」

 驚愕の叫びが、生徒たちの間から湧き上がる。

「そんな……殺される!」

「無茶ですよ、先生!」

 口々に抗議の声が上がる。

「黙れ!」

 しかし、バッファローマンは一喝した。

「お前らが正義超人として活動すれば、こうした殺し屋の注意も引くことになる。当然考えられる戦いだ! 怯えてどうする、馬鹿者ー!」

 バシッと竹刀で地面を叩き、バッファローマンはボーンを振り返った。

「ボーン、リングインして準備していてくれ」

 ボーンは一跳びでリングに駆け上がると、ロープ最上段に手をかけてひょいとリングインした。

「さあ! 誰からでもいい、元殺し屋ボーン・コールドに挑む者はいないか!」

 バッファローマンが生徒たちを睨み回す。
 生徒たちはすっかり腰が引けている。

「どうした! この男に挑もうとする根性のある奴は誰もいないのか!」

 再びバッファローマンの竹刀が地面を打つ。
 生徒たちは、お互いに顔を見合わせるだけだ。

「ボクちゃんたち。せっかくだから、お兄さんがイイコト教えてあげようか?」

 リング上で葉巻をふかしながら、ボーンが突然切り出した。
 生徒は勿論、教官のレジェンドたちも、何事かという顔をしている。

「俺が元正義超人専門のヒットマンだということは言っただろう? 正義超人の始末を依頼するのは、悪行超人ばかりだと思うかい?」

 ボーンの言葉の意図を図りかねて、生徒たちは怪訝な顔をした。
 教官たちも目を見交わし合っている。

「俺、ターゲットの正義超人の、妻って女から依頼受けたことがあるんだよ。どうか亭主を殺してくれってな」

 ざわっと、驚愕のざわめきが正義超人たちの間から沸き上がった。

「それはどういうことズラ!?」

 ジェロニモが教官の立場も忘れて叫んでいた。

「聞いてそのまんまだよ。とある正義超人の嫁さんから、亭主を殺して欲しいって頼まれたんだ。報酬は、亭主が死んだ時に下りる保険金の中から払うって条件で。俺も、何事かと思ったよ。それなりに名前の知れた正義超人の嫁さんが、亭主を殺してほしいって言うんだからな。で、事情を聞いてみた。そしたらその女、何て言ったと思う?」

 ボーンは一旦言葉を切って返事を待った。
 誰もが沈黙している。
 葉巻を深く吸い込んで煙を吐き出し、ボーンは言葉を継いだ。

「その亭主の正義超人って奴、嫁さんと子供に暴力振るうんだとさ。巧妙なことに、外から見えるような場所にゃ、絶対に傷やあざは付けねえ。服で隠れるような場所を殴ったりつねったりする。超人の腕力で、女と年端もいかねえ子供にそんなことしやがる。いやらしいことに、そいつ外面は完璧で、嫁さんと子供を虐待していることなんぞお首にも出さねえ。だから、嫁さんが亭主以外の正義超人に助けを求めても、信じてもらえねえんだとよ。挙句には、あんたが悪いから暴力振るわれるんじゃないか、なんて言われる始末だったそうだぜ」

 唖然として、正義超人たちはボーンの言葉を聞いていた。

「まさか……」

 生徒の誰かから声が上がった。

「正義超人じゃないだろう? 悪行超人だろう?」

 また別の声。

「正義超人だっつーの。だからたちが悪い。仕方なく、その嫁さんは、正義超人専門のヒットマンである俺に接触して、亭主を消そうとしたんだ。このままじゃ自分ばかりか子供も殺される、あの男を殺してってな」

 ボーンはフーッと煙を吐き出した。

「……それで、あんた、実際に殺したのか?」

 誰かが問いかけた。

「殺したさ。ああ、その前に、楽しいことがあったがね」

「楽しいこと?」

 ウルフマンが尋ね返した。

「俺、その依頼人である正義超人の嫁さんと寝たんだよ。彼女曰く、前金がないから、体で払いますってな。いやあ、楽しかったぜ。亭主と違って俺は優しいって、彼女も喜んでた」

 ええ!? というどよめきが、生徒たちの間に広がっていく。

「んで、その暴力正義超人を殺る時、俺はそいつに言ってやったんだ。俺はお前の女房と寝たぜってな」

 もはや口あんぐりの聴衆を、ボーンは面白そうにリング上から見下ろした。

「ま、ボクちゃんたちにはちょ~っと刺激の強い話だったかな? ま、大人になって結婚できたら、嫁さんに殺害依頼されないように、ボクちゃんたちも気をつけるんだなあ……」

 ボーンは広い肩を揺らして笑った。
 葉巻の煙がそれにつれて揺れる。
 彼の数限りない殺人の中で、いささか印象に残ったその一件。
 契った依頼人の、鮮やかな青い瞳が脳裏に蘇り、ボーンはふっと微笑んだ。

「う、嘘だっ! あんたは嘘を言ってるんだっ!」

 一人の生徒が、真っ赤な顔で進み出た。

「残念ながら嘘じゃねえよ。依頼人の身元バレちまうから、これ以上詳しく言えねえが、全部実話だ」

 ボーンはにやにやしながら答える。

「ああ、そう言えば、ボクちゃんたちが俺に挑戦するって言う話はどうなったかね? 俺の、ちょっと大人向けの話で終わりかい?」

「俺が行くっ!」

 嘘だと叫んだ生徒が、リングに上がった。
 怒りのこもった顔でボーンを睨み付ける。
2/6ページ
スキ