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5 魔法と超人オリンピック

 ノーリスペクトの3人は、アタルと共に宇宙を飛び回った。

 超人オリンピック・ザ・レザレクション期間中の悪行超人の犯罪率は実際に上がり、彼らは多忙を極めた。
 それでも時折はキン肉星の自宅に帰り、録画してあった超人オリンピックの試合の映像をチェックする。
 ボーンは試合そのものよりも、もっぱら別なことに注目していた。

「野郎同士の殴り合いなんぞはどうでもいいが、あのジャクリーンちゃんて子はいいねぇ~」

 ボーンはノーリスペクト残り二人とスペクトラに、上機嫌でそう言い出した。

「あんなにグラマー美人なのに、情容赦ない流血マニアってのがツボだ。いやあ、そんなに流血好きなら、俺の試合でも見せて差し上げたかったぜ!! サービスしたのにな!!」

「何か超人オリンピック見る視点が違うぞお前。女かよ!」

 フォークが呆れて叫んだ。

「お前、ああいう大概な女が好きだからな」

 ハンゾウは思わず苦笑する。

「流血なら、傭兵になればいくらでも見れるけどねえ~」

 血の雨が降り肉片飛び散る戦場が日常だったスペクトラは、ジャクリーンの趣味がいまいち理解できないようだ。

「ジャクリーンちゃんのために超人オリンピック最後まで観戦するぜ!! 蹴とばし合ってる野郎どもは、この際どうでもいいや」

 こちらも大概なことを口走り、ボーンは悠々と葉巻をふかした。


 ◇ ◆ ◇

 しばらく後、宇宙を飛び回っていたノーリスペクトたちが、久しぶりにキン肉星に帰還した。

 その翌日が、超人オリンピックの決勝戦に重なり、ノーリスペクトト+1は、久しぶりにボーンの家でテレビ観戦することになった。

「少しお腹に溜まるものをと思って、パイ包み焼き作って来たの」

 スペクトラが数種の具材の詰まったそれを、ボーン宅のテーブルの上に広げた。
 ハンゾウとフォークが持ち寄った酒がそれぞれのコップに注がれ、観戦の準備が整えられる。

「やはりこの二人になったな」

 テレビ画面の中で、ジャクリーンに促されてリングに上がるキン肉万太郎とケビンマスクを眺め、ハンゾウが呟く。

「このケビンって野郎、なかなかどうして強いぜ~っ! 万太郎の奴、大丈夫だろうなあ~!?」

 フォークが不安を洩らす。

「こいつらなら、ジャクリーンちゃんの期待通り、派手に流血してくれそうだぜ。ま、せいぜい殺し合うがいいさ」

 ボーンはフォークの持って来たブランデーを呷りながらあっさり言い放った。

「お前、試合より女かあ~!? ミもフタもねえな~!?」

 流石にフォークも呆れる。

「万太郎のことが心配ではないのか? ボーン」

 ハンゾウが訊くとボーンは笑い出した。

「元獲物の心配してやるほど、俺は暇じゃねえよ。それよりジャクリーンちゃんのご希望に沿うように、万太郎には派手に流血してほしいね。俺とやり合った時みたいにな!」

 ハンゾウ、フォークは顔を見合わせてため息をつくしかない。

「ここまで姿勢がはっきりしていると気持ちいいよね……」

 スペクトラが、呆れたようにボーンを見やる。

「ま、勝てないんじゃねえ? ミートもいないしな」

 ソーセージとアスパラのパイ包み焼きを一切れ口に放り込み、ボーンは、ん、美味いと呟いた。


 ◇ ◆ ◇

 超人オリンピック・ザ・レザレクション、決勝戦。
 ケビンマスクvs.キン肉万太郎の試合のゴングが鳴った。

 万太郎は先手必勝で攻めるが、ケビンに全ていなされる。

「強いぞ、このケビンという超人……!!」

 ハンゾウは酒をあおるのも忘れて呟いた。

「あの校長センセの息子ね。親父より強いかもな」

 ボーンは冷静に応じる。
 万太郎は勝てないかも知れないと予想しつつ。
 明らかに、技量が違う。

 その後も、万太郎は終始ケビンに圧された。
 反撃しても、またすぐ次の攻撃が待っている。

 そんな中、ケビンのセコンド、クロエが、勢い余ったケビンのマッハパルパライザーから、何故かラーメンマンを守るという行動に出た。
 こめかみ辺りの皮膚が破れ、黒い金属のようなものがちらりと画面に映った時、誰もが口に出さずとも、微妙な違和感を感じていた。

 次いで、ジャクリーンがセコンドの選手への幇助の疑いによって、ケビンが反則負けの可能性があると告げた。
 一気に会場がざわつく。

「おいおい!! マジかあ~!?」

 フォークがまさかの急展開に呆気に取られる。

「えっ、こういう終わりな訳……!?」

 と彼の膝に座ったスペクトラも困惑の表情を見せた。

「これで万太郎の勝ちということになるが……納得いかんな」

 ハンゾウは仮面の下で渋い顔だ。

「ルールはルールだからな。超人委員会のメンツと権威にかけて、どんな有名選手であろうと、破らせる訳にはいかねえのさ。良かったな、お前ら」

 ボーンが興味なさそうに言い放ち、酒を自らのグラスに注ぐ。

「よくねえ~っ! ……あ? 試合続行?」

 クロエがタオルを拾いに行っただけと強弁し、結局、そのまま試合は続けられることになった。

 しかし、その後も万太郎は圧され続けるばかり。
 観戦しているノーリスペクトたちは、ボーンを除き、段々と興奮を抑えられなくなっていた。

「くそ~! 何とかならねえか、万太郎が負けちまう~!」

 フォークが身を乗り出して叫ぶ。
 画面の中では万太郎がOLAPに極められ凄い形相で呻吟している。

「せめて……せめて傍で檄を飛ばせれば……!!」

 もどかしげに、ハンゾウが呻く。

 ボーンは、くわえた葉巻を、静かに灰皿に押し付けて消した。

「……仕方ねえ。例の魔法を試してみるか」

 他の二人とスペクトラは、きょとんとしてボーンを見返した。

「……ボーン?」

「ハンゾウ、フォーク。俺の肩に手を置け」

 ボーンは右手の指2本で、額を押さえ、何かに集中する仕草をした。

「万太郎の意識に俺たちの意思を直接送り込む」

 何事かという顔の二人に、ボーンは説明し出した。

「いわゆるテレパシーに似ているが、こっちの方がより明瞭だ。その場で直接語りかけるのとほぼ同等の効果を持つ。俺たち自身の映像付きで、あいつの頭に檄ねじ込んでやる。……早くしろ! 間に合わなくなるぞ!!」

 二人は慌てて立ち上がり、ボーンの背後に回って、肩に手を置いた。
 スペクトラは息を詰めて見守るばかり。

「行くぞ……!!」

 ボーンは魔法を発動させた。

 ノーリスペクトの三人は意識体となり、数百万光年の距離を飛び越えて、万太郎の意識にアクセスする。
 ボーンの強烈なイメージ力で、三人の姿は火事場のクソ力修練終了直後のボロボロに傷付いたものとなって投影されていた。

「うおっ! 万太郎が見える!」

 フォークが頭の中に直接送り込まれてくる映像に興奮した。

「目を閉じて、頭の中の万太郎に集中しろ。直接話しかける要領で、万太郎に言葉を伝えろ」

 ボーンが短く指示し、自身を媒介にフォークとハンゾウ、そして自分自身の映像を万太郎の意識に直接送り込んだ。

「万太郎!」

 ボーンが見本を示す意味で、脳裏に映る映像化された万太郎の意識に直接呼び掛けた。

「万太郎よ!」

 ハンゾウが意を決してそれに続く。

「万太郎ー!」

 フォークも怒鳴った。

『フォーク・ザ・ジャイアント!! ハンゾウ!! ボーン・コールド……!!』

 万太郎の意識が反応する。

「なんでえ、そのザマは。お前が俺たちを倒して手に入れた火事場のクソ力は、その程度のもんだったのか!?」

 ハンゾウは焼け爛れた顔を半ば顕にした姿を伴って、万太郎に話しかける。

「フッ。こいつのヘタレは直っちゃいないのさ。俺たちが流した血や汗は無駄だったということだ」

 ボーンもマッスルミレニアムで大怪我した直後の姿で冷ややかに言い捨てる。
 それがどんな効果があるか、十分計算の上で。
 正直に言えば、こんな姿を再生するのは腹立たしいし屈辱だが、相手に火事場のクソ力修練を効果的に思い出させるには、これが手っ取り早い。

「いや、俺は信じてる。万太郎がこの後火事場のクソ力で逆転することを~っ!!」

 両手首から先のない姿で、フォークが万太郎をすがるように見詰める。

「俺もお前を信じるぜ万太郎!!」

 ハンゾウが賛同する。

「フッ……バカな奴らだぜ!!」

 仲間二人のあまりのいじらしさに、ボーンは思わず笑ってしまった。

「覚えておけ、万太郎!! ここにお前の逆転を信じているバカが二人……いや三人いることを!!」

 不愉快な本音を吐き出し、ボーンは意識のアクセスを遮断した。

「あんたたちの言葉、届いたんだね……。万太郎、明らかに様子が変わったよ」

 スペクトラが、意識を自分の体に戻した三人にそう告げ、テレビ画面を指差した。
 万太郎は明らかに夢から醒めたような表情で、火事場のクソ力をたぎらせている。

「おお~! 檄が効いたみたいだぜ!」

 フォークが小躍りする。

「さあ、逆転しろ万太郎……!! 俺たちと戦った時のようにな……!!」

 ハンゾウが興奮を抑えられない口調で呟く。

 しかし、勝負は無情だった。

 万太郎の両腕が、ぞっとするような音と共にへし折られる。

 続いてのビッグベン・エッジで、万太郎はKOされた。

 KOされたことにすら気付かず、超人としての本能のまま、何とか立ち上がろうとする万太郎の哀れな姿は、あらゆる悲惨を見慣れたノーリスペクトたちをしても、目を背けたくなる痛々しさではあった。

 いつしか会場は雨が降り始め、雷まで鳴り出した。
 テンカウント、そしてケビンマスクの勝利が告げられる。

 試合は、終わった。

「ちくしょー!!」

 フォークがソファに身を投げ出し、大声で叫んだ。

「まさかこんなことになるとは……」

 沈痛な面持ちで、ハンゾウが呻く。

 ボーンは一人、涼しい顔で葉巻を吸っているだけだ。

「ケビンマスクって奴のメイルシュトロームパワーとやらが上回ったってことだろ。仕方ねえさ。結果は結果でしかねえ」

「ちくしょー!! 飲んでやる!!」

 フォークがなみなみとグラスに注いだブランデーをラッパ呑みした。

「そうだな。飲むしかあるまい……」

 ハンゾウも持ってきた日本酒を手酌する。

「ま、あの思い上がった小僧には、いい薬さ」

 そう言いつつ、ボーンはスペクトラが注いでくれた日本酒を、くいっ、と飲み干した。
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