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2 ヘラクレスファクトリーの殺し屋

 ボーンは葉巻をくわえたまま、挑戦者を値踏みした。
 左目の義眼のスキャン機能を使うまでもない。

『本当にボウヤだねえ……』

 黒地に白のラインの入ったボディスーツを身に着けたその少年超人は、ボーンよりわずかに大柄だ。
 体格もいい。
 それなりの体力はあるのだろうが、実力はボーンの足下にも及ばない。
 その生徒は赤い顔のまま、ボーンを睨み付けている。

「始め!」

 ゴングが鳴らされた。

 挑戦者の生徒が突っ込んでくる。
 ボーンは葉巻をふかし、薄笑いを浮かべたまま迎えた。

「食らえ! ツナミインパクト!」

 渾身の力を込めたスクリューパンチが、ボーンを襲うと見えた瞬間、彼の体がフッと沈み込んだ。
 足払いをかけられ、生徒がバランスを崩す。
 同時にボーンがその両腕を閂の形に固めて、その状態のまま背後に飛翔した。

「リバース・ブレインクール!」

 生徒の頭が、鉄柱に叩き付けられた。
 血が噴き出す。

 ボーンはくるりと身を翻して、キャンバスに着地した。
 彼に挑んだ生徒は、そのままリング内に落下。
 キャンバスが血に染まっていく。

 ウルフマンが10カウントを数える。
 10がコールされても、生徒は立ち上がらなかった。

 ゴングが乱打され、ボーンの勝利が告げられた。
 彼はくわえたままだった葉巻をふかした。

「す、凄え……一撃だぜ」

 見ていた生徒たちの間から、恐怖と驚嘆の混じった呻きが上がった。

 倒された生徒が担架に乗せられ、医務室に運ばれた。
 多分病院に連れて行かれるだろうな、とボーンは踏んだ。

「さあ! 次は誰だ!?」

 バッファローマンが怒鳴る。

 今の情け容赦ない勝利を見て、生徒たちの膨れ上がっていた怒気もしぼんだ。
 顔を見合わせ、しきりに囁いている。

「しかし強いズラ……」

 ジェロニモが誰に言うともなく呟いた。

「あの男、実力の10分の1も使っておらぬ……。あの残虐さ、情け容赦のなさ、緻密さ……全く隙のない強さだ」

 ラーメンマンが、ボーンに目を据えたまま評した。

「さあ! 誰かいないのか! お前ら、それでも正義超人志望か! 殺し屋が怖くて正義超人ができるかー!」

 バッファローマンが竹刀で地面を叩く。
 生徒たちは静まり返っているばかりだ。

「無駄だろ。殺し屋が怖いんじゃなくて、俺が怖いのさ。至極まっとうな反応だぜ」

 ボーンは葉巻の煙を吐き出した。
 恐らくもう挑戦者は出ないだろう、と踏む。
 何かまた、正義超人の価値観を揺すぶるような話をしてやろうかと思った、その時。

「俺がやります!」

 若々しい声がした。
 萎縮する生徒たちをかき分けてリングに近付いてきたのは、鮮やかな緋色の髪をたてがみのように逆立てた、ワイルドなコスチュームの少年超人だった。
 剥き出しの両腕には、生まれつきか後天的にか、炎を象った紋様が入っており、ワイルドな雰囲気を強調している。

「イグニス、お前が行くのか!?」

 バッファローマンが挑戦者の名を呼んだ。

「はい、先生! このまま引き下がったら、正義超人全部が馬鹿にされたままだ!」

 イグニスと呼ばれたその生徒は、リングロープを飛び越えリングインしてきた。
 ボーンを睨み付ける。

 イグニス(炎)、ね。
 名前は立派だねェ。

 ボーンは半ばまで吸った葉巻をくわえたまま、挑戦者を値踏みする。
 一人目と同様、左目のスキャン機能を起動させるまでもないと判断する。

「おい、あんた!」

 イグニスなる正義超人の卵が、突然ボーン・コールドに話しかけてきた。

「煙草を吸うのはやめろ! リング上は神聖なんだ!」

 なるほど、赤い顔は腹を立てているかららしい。

「ボクちゃん、超人レスリングのルールはお勉強したかな? リング上で葉巻吸うのが反則だなんて条項はどこにもなかっただろ?」

 ボーンは短くなった葉巻をマット上で踏み消し、新しい葉巻に火を点けた。
 気分良さそうに煙を吐き出す。

「貴様……!」

 イグニスはますます顔を紅潮させた。

「双方準備はいいな! 始め!」

 ロビンマスクが、ゴングを打ち鳴らした。

 イグニスが猛然と突進し、ボーンにドロップキックを放つ。

 ボーンは脇によけ、すかさずイグニスの鳩尾に毒針エルボーを落とす。
 彼は衝撃と痛みでむせ返り、胃液を吐き散らしながら海老のように体を丸めてのたうち回った。

「一撃で凄い威力ズラ……」

 ジェロニモが目を丸くする。

「動きの切れ、急所を狙い撃ちする容赦のなさ……まるで隙のない超人だ」

 呟くバッファローマンの目の前で、イグニスがボーンに引きずり上げられていた。

「プロの殺し屋の技を見せてやるぜ、ボクちゃん」

 ボーンはイグニスを空高く放り上げた。
 自らも飛び、空中でイグニスの腰に自らの片膝を当て、その首と膝を押さえ、のけ反らせる関節技に極めた。
 そのまま落下していく。

「コフィン・ブレイク!」

 そのまま着地し、膝に腰骨を叩き付けて打ち砕く。
 悲鳴が上がった。

 イグニスはごろりと転がり、動かなくなった。

 ウルフマンがカウントを数え始める。

 ボーンは放り出した犠牲者に背を向け、旨そうにくわえたままだった葉巻を吸い始める。

「また瞬殺だぜ……」

「無茶だ、こんな奴と戦うなんて……。万太郎先輩、よく勝てたな……」

 見ていた生徒たちの間から、畏怖のこもった囁きが洩れた。
 ところが。

「まだ……終わってない……」

 ボーンが振り向く。
 フラフラと、イグニスが立ち上がるところだった。
 全身に痛みが走るらしく、顔が歪んでいたが、カウント9で何とか立ち上がる。

「へえ。驚いたねこりゃ」

 ボーンは面白そうに葉巻の煙を吐き出した。
 死なない程度に手加減したことは確かだが、すぐに立ち上がれないはずなのも確かなはずだ。

 ボーンが左目のスキャン機能を起動させる。
 電子音と共に、イグニスの能力が視界に表示された。

 意外とスタミナは高い。
 それだとしても、立ち上がって来れないダメージのはずだが。

『ナントカのクソ力ってやつかね?』

 ボーンはにやりと笑った。

「……俺はお前なんかに負けない……」

 イグニスが苦しそうな息を吐きながら、そう呻いた。

「お前のような下劣漢に、正義超人が負ける訳にはいかない……!」

「負けて死んで、札束に化けた正義超人は山程いるがね」

 尚もファイティングポーズを取るイグニスを、ボーンは葉巻をふかしながら眺めた。

「下劣漢てのは俺か? それとも本来真っ当で大人しい女に、亭主を殺す算段をさせるほどに追い詰めたDV野郎の正義超人か?」

「黙れっ! お前の言うことは全て正義超人の尊厳を傷つけるための嘘っぱちだ!!」

 思いもかけぬ大きな声で、イグニスは怒鳴った。

「嘘だと思うんなら何でそんなに怒る? さっきの話を信じたから、俺を下劣漢と呼ぶんだろ? 殺した相手の嫁と寝た俺をさ」

 イグニスの脚はがくがくと震えていた。
 ダメージが来ているからばかりではない。
 精神の動揺が体に表れているのだ。

「これだけの数の正義超人がガン首揃えてんのに、誰一人として、そのいたぶられ続けた女とその子供が可哀想だとは言わねえんだな」

 ボーンの視界の端に、ぎくりと身を震わせる正義超人たちが映った。

「正義超人が殺されて、その嫁がそいつを殺した悪行超人と寝たことが許せねえ、それだけなんだろ? 弱い者がいたぶられたのなんて、どうでもいいんだろ?」

「だ、黙れっ!」

 イグニスは肩を震わせた。

「あんたら正義超人は、弱い者を守るためにいるんじゃなかったのかね? だが実際には弱い者なんてどうでもいいってんなら、それは誰のための正義なんだ?」

「うるさい……うるさいうるさーい!」

 イグニスは突っ込んで来ようとした。
 しかしダメージの蓄積した体ではスピードが出ない。

 ボーンはシューティング・アローを抜き放った。
 左目で狙いをつける。

 大音声と共に、シューティング・アローが発射された。

 ブレードはイグニスの太ももを抉り、彼は転倒した。

「本当は心臓を狙うんだが、殺っちまったらプリズンに逆戻りなんでな」

 ボーンは刃に付いた血を払い飛ばした。
 腰の鞘にブレードを収める。

 カウントが数えられる。
 それに合わせるように、倒れたイグニスの脚からゆっくりと血がキャンバスに広がっていく。
 カウントが10を数えても、イグニスは起き上がって来なかった。

 ゴングが乱打され、ボーンの勝利を告げた。
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