アセルスとレッド
ファシナトゥールは、王が代替わりしてからというもの、そのリージョンの性質そのものが変わったのだと言う。
かつてのファシナトゥールは、薄明のような紫色の暗い空を持ち、いつでも夜のような趣があったが、今はそうではない。
星屑のように煌めく空に、常に壮大なオーロラが輝いている。
確かに他のリージョンに比べれば夜のようだが、その夜は闇夜ではない。様々な光に満ちている。
球形のリージョン全体を覆う巨大なオーロラを眺めながら、レッドはリージョン進入の準備を整えた。
◇ ◆ ◇
着陸したのは、広大な湖の岸辺にある、黒い平らな石を敷き詰めたシップの発着場だった。
そこを管理している妖魔の一人に尋ねると、ネルソンからの一日二本の定期便があり、そのシップが帆船型であるため、船舶型リージョンシップ対応の水辺に発着場を設けたという。
今はネルソンのシップは停泊していなかったが、発着場には他に二、三機のシップの機影があった。
少ないようだが、かつてから比べると、格段に外部との交流が増えたと、発着場の管理人はレッドとヒューズに述べた。
「お前さんの話では、そのアセルスさんとやらは高校生くらいで成長が止まっているって話だが、なかなかどうして、政治家としては優秀じゃないか」
ヒューズが発着場から一般道へと続く石のスロープを下りながら、レッドに水を向けた。
「姉ちゃん……アセルスが本当にあのアセルス姉ちゃんなら、リージョンを閉ざしたままにはしておかねえよ」
レッドは白い石畳の道を踏み締めて進む。
「姉ちゃんは本屋の娘でさ、いっぱい本を読んでて頭が良かった。多少は、政治向きの知識があったのかも……俺は、当時ほんの子供だったから、実際のところは分からねえけど」
レッドは甘酸っぱい思いを噛み締めた。
すらりとスタイルが良く、少年のような少女で、快活な性格で、頭も運動神経も抜群で、美形だったアセルスは誰からも好かれた。
特に同性からの人気は高かったと、レッドは後に聞かされた。
初恋ってやつだったのかな。
それは成長し、別の恋をしてから気付いた想いだったけれど。
「水盤の城まで遠いな」
ヒューズの呟きで、レッドは我に返った。
「タクシーが……ある訳ねえか。王が代替わりしようと何だろうと、妖魔が機械音痴なことにゃ変わりねえだろうしな」
遠くを望むと、貝殻を組み合わせたような街並みの向こうに、無数の水盤を組み合わせた巨大で不思議な城がそそり立っていた。
丁度珊瑚のように枝が張り出した形の塔が連なり、その先端に大小様々な水盤が据えられている。
上の水盤から下の水盤へと水が流れ落ちる仕組みになっているようで、城から流れ出した膨大な水は川をなして街中を流れ、最後に湖に行き着く仕組みだ。
城自体が無数のダイヤモンドを貼り付けたように、キラキラと輝き、飛び散る水盤の飛沫と相まって、絢爛たる存在感を醸し出していた。
巨大なため城は近くに見えるが、実際にはかなり遠いことは、自分たちと城との間にある家々の連なりの分厚さからして明白だ。
「仕方ない。歩こうぜ。あれだけばかでかい建物なら、見失うこともないだろうし」
レッドは肩をすくめて歩き出した。
「君たち、IRPOの捜査員?」
不意に背後から声をかけられて、レッドとヒューズははっと振り向いた。
そこに立っていたのは、鮮やかな緋色の髪を結い上げた、驚くばかりに美形の男だった。
ボンテージスタイルの、奇抜な衣装をまとっているが、それですら整い過ぎた容貌のスパイスにしかならない。
さっきまでは絶対にいなかったはずの場所から、その男は悠然たる足取りで二人に近付いて来た。
「あのIRPOのシップは、君たちのだろ?」
「ああ……確かに俺たちはIRPOの者だけど……あんたは?」
レッドは怪訝な表情で誰何した。
何もない空間から突然出てきたことと言い、その男が妖魔、しかもその美しさからするに上級妖魔であろうことは推察出来る。
問題は用件だ。
「僕はゾズマ。このファシナトゥールのNo.2さ」
その名乗りに、レッドとヒューズは顔を見合わせた。
「No.2だって? じゃあ水盤の城に住んでたりするのか?」
「いつもいる訳じゃないけどね。一応あの城には、僕の部屋ってモンがあるよ」
その言葉に、レッドは喜色に顔を輝かせた。
「それじゃ……剣の君に取り次ぎを頼めないか? 火急の用件なんだ、指名手配の上級妖魔が、このファシナトゥールに逃げ込んで……何としても逮捕拘禁しなきゃならないんだが、それには剣の君の許可と協力がいるんだ」
ゾズマは、ふうん、と鼻を鳴らした。
「確かにそれらしい噂は聞いてるよ。アセルスに教えようと思っていたところさ。取り次ぐのはいいけど、まず君たちの名前も知らないんじゃどうしようもないな」
「俺はレッド。小此木烈人」
「ロスターというのが本名だが、コードネームのヒューズの方が通りがいいな」
ゾズマが反応したのは、レッドの名前だった。
「小此木烈人だって? ……もしかして君、アセルスの幼なじみの小此木烈人じゃないか?」
じろじろと無遠慮に顔を覗き込まれ、レッドは鼻白んだ。
「確かに、アセルス姉ちゃんとは幼なじみだけど、ここの女王様と同一人物かは……」
「ハイジャックされたリージョンシップに乗り合わせて、一緒に戦ったかい?」
しどろもどろの慎重論を無視して、ゾズマは尋ねた。
「その時、十年も経っているのに歳をとってないのはおかしいと責めた? 黙りこんだ彼女の代わりに答えたのが、一緒にいた髪に白薔薇を咲かせた女性だった?」
「あ、ああ……確かに……」
その答えを聞くと、ゾズマは高らかに笑い出した。
「ああ、間違いないよ。君の幼なじみは、今あの水盤の城の城主に収まっているアセルスさ。良かったね、君の目的は、これで半分遂げられたも同然だよ」
レッドの胸が、バクバクと高ぶる。
「本当に……あのアセルス姉ちゃんが、妖魔の君なのか?」
信じられないというのが本音だった。
アセルスは確かに人並みよりは少し目立つ方だったが、それ以外は平凡な17歳の少女だったはずだ。
それが妖魔の頂点に立つ妖魔の君の一人。
何がどうなっているのだろう。
何が彼女をそうさせたのか。
「実際に見てみるといい。彼女は、ちゃんと君のことを覚えているよ。城には一緒に行ってあげるよ。彼女自身にたどり着くまで、取り次ぎ役なしじゃ面倒だろうからね」
ゾズマの申し出に、レッドは礼を言い、うなずいた。
何だか引き返せない場所に足を踏み入れたような気がする。
だが、いつまでも逃げ回ってはいられない問題であることも確かだ。
「……そう言や俺、以前あんたに会った気がするんだが?」
唐突にそう言い出したのは、ヒューズだった。
ゾズマが首をかしげる。
「何年か前、IRPO本部に、盾のカードを取りに来なかったか? 緑の長髪の男と、もう一人、やっぱり緑の髪の、ショートカットの女の子と一緒に?」
「……ああ」
ようやく、ゾズマは思い出したようだった。
「そんなこともあったね。そう、そのショートカットの女の子がアセルス、現ファシナトゥール女王、剣の君さ」
喜ぶのかと思いきや、ヒューズは何となくげんなりしているようだった。
「……ヒューズ?」
「俺は水盤の城に行かない方がいいかも知れねえ」
げっそりと、ヒューズが呟く。
「何でだよ?」
「そうだねえ。君、アセルスに見殺しにされかけたからねえ」
本人に代わって答えたのは、ゾズマだった。
「ええ!?」
「……アセルスと一緒に、俺を恨んでいる女が同行してたんだ」
げんなりしながらも、ヒューズは説明し出した。
「エミリアって奴だ。奴は俺らがムスペルニブルの朱雀の山で、盾のカードを渡すための試練を終えるのを山の麓で待ってやがった。麓で鉢合わせした途端、ズドンだ」
指で銃の形を作って、銃撃ポーズを取ったヒューズを、レッドはまじまじと見詰めた。
「……アセルス姉ちゃんもそれに加担して……?」
「万事打ち合わせ済みだったみたいだな。脚を撃たれて通信機を取り上げられ、雪の中に放置された俺を、見捨てて下さったぜ」
アセルスが妖魔の君なのも信じられないが、彼女がそんな無慈悲な真似をしたのは、もっと信じられなかった。
「君さ、アセルスやエミリアが一方的に悪いみたいに言うけどさ、確か、エミリアを無実の罪で裁判もなしにディスペア送りにしたのは君だろ? それで恨みを買うのは当然じゃないか?」
いきなり痛いところを突かれて、ヒューズはうぐっと詰まった。
「何だって!? そんなことしたのか!?」
さしものレッドも唖然とした。
そもそも、一捜査官がそんなことを出来る事実に驚くが、否定しないということは本当にあったことなのだろう。
ヒューズの性格からして、嘘があれば、そんなことあるかとあっさりキレているはずだ。
「まあ、そちらのレッド君とやらはアセルスから大歓迎されるだろうけど、ヒューズ君とやらは友好的には扱ってもらえない可能性が高いよ。それでも水盤の城に行く?」
ゾズマが人が悪く笑いながら尋ねた。
ヒューズが大きく息をついた。
「嫌われてそうなので捜査から降りますって訳にはいかないだろ。行くしかねえ。アセルス様との交渉は、専らお前に任せるからな、レッド」
無責任な言い種に、腹が立つよりも呆れた。
まあ、そうするのが最善だろう。
レッドは苦笑し、うなずいた。
「外部から来た連中向けに、辻馬車があるんだ」
ゾズマが、形の良い顎をしゃくった。
「この近く。案内するよ」
「辻馬車だあ!?」
レッドがすっとんきょうな声を上げる。
今の時代に、そんなレトロな交通機関があるとは。
「まあ、タクシーが見つかったようなモンだろ」
ヒューズは、さっさと歩き出したゾズマの後を追った。
かつてのファシナトゥールは、薄明のような紫色の暗い空を持ち、いつでも夜のような趣があったが、今はそうではない。
星屑のように煌めく空に、常に壮大なオーロラが輝いている。
確かに他のリージョンに比べれば夜のようだが、その夜は闇夜ではない。様々な光に満ちている。
球形のリージョン全体を覆う巨大なオーロラを眺めながら、レッドはリージョン進入の準備を整えた。
◇ ◆ ◇
着陸したのは、広大な湖の岸辺にある、黒い平らな石を敷き詰めたシップの発着場だった。
そこを管理している妖魔の一人に尋ねると、ネルソンからの一日二本の定期便があり、そのシップが帆船型であるため、船舶型リージョンシップ対応の水辺に発着場を設けたという。
今はネルソンのシップは停泊していなかったが、発着場には他に二、三機のシップの機影があった。
少ないようだが、かつてから比べると、格段に外部との交流が増えたと、発着場の管理人はレッドとヒューズに述べた。
「お前さんの話では、そのアセルスさんとやらは高校生くらいで成長が止まっているって話だが、なかなかどうして、政治家としては優秀じゃないか」
ヒューズが発着場から一般道へと続く石のスロープを下りながら、レッドに水を向けた。
「姉ちゃん……アセルスが本当にあのアセルス姉ちゃんなら、リージョンを閉ざしたままにはしておかねえよ」
レッドは白い石畳の道を踏み締めて進む。
「姉ちゃんは本屋の娘でさ、いっぱい本を読んでて頭が良かった。多少は、政治向きの知識があったのかも……俺は、当時ほんの子供だったから、実際のところは分からねえけど」
レッドは甘酸っぱい思いを噛み締めた。
すらりとスタイルが良く、少年のような少女で、快活な性格で、頭も運動神経も抜群で、美形だったアセルスは誰からも好かれた。
特に同性からの人気は高かったと、レッドは後に聞かされた。
初恋ってやつだったのかな。
それは成長し、別の恋をしてから気付いた想いだったけれど。
「水盤の城まで遠いな」
ヒューズの呟きで、レッドは我に返った。
「タクシーが……ある訳ねえか。王が代替わりしようと何だろうと、妖魔が機械音痴なことにゃ変わりねえだろうしな」
遠くを望むと、貝殻を組み合わせたような街並みの向こうに、無数の水盤を組み合わせた巨大で不思議な城がそそり立っていた。
丁度珊瑚のように枝が張り出した形の塔が連なり、その先端に大小様々な水盤が据えられている。
上の水盤から下の水盤へと水が流れ落ちる仕組みになっているようで、城から流れ出した膨大な水は川をなして街中を流れ、最後に湖に行き着く仕組みだ。
城自体が無数のダイヤモンドを貼り付けたように、キラキラと輝き、飛び散る水盤の飛沫と相まって、絢爛たる存在感を醸し出していた。
巨大なため城は近くに見えるが、実際にはかなり遠いことは、自分たちと城との間にある家々の連なりの分厚さからして明白だ。
「仕方ない。歩こうぜ。あれだけばかでかい建物なら、見失うこともないだろうし」
レッドは肩をすくめて歩き出した。
「君たち、IRPOの捜査員?」
不意に背後から声をかけられて、レッドとヒューズははっと振り向いた。
そこに立っていたのは、鮮やかな緋色の髪を結い上げた、驚くばかりに美形の男だった。
ボンテージスタイルの、奇抜な衣装をまとっているが、それですら整い過ぎた容貌のスパイスにしかならない。
さっきまでは絶対にいなかったはずの場所から、その男は悠然たる足取りで二人に近付いて来た。
「あのIRPOのシップは、君たちのだろ?」
「ああ……確かに俺たちはIRPOの者だけど……あんたは?」
レッドは怪訝な表情で誰何した。
何もない空間から突然出てきたことと言い、その男が妖魔、しかもその美しさからするに上級妖魔であろうことは推察出来る。
問題は用件だ。
「僕はゾズマ。このファシナトゥールのNo.2さ」
その名乗りに、レッドとヒューズは顔を見合わせた。
「No.2だって? じゃあ水盤の城に住んでたりするのか?」
「いつもいる訳じゃないけどね。一応あの城には、僕の部屋ってモンがあるよ」
その言葉に、レッドは喜色に顔を輝かせた。
「それじゃ……剣の君に取り次ぎを頼めないか? 火急の用件なんだ、指名手配の上級妖魔が、このファシナトゥールに逃げ込んで……何としても逮捕拘禁しなきゃならないんだが、それには剣の君の許可と協力がいるんだ」
ゾズマは、ふうん、と鼻を鳴らした。
「確かにそれらしい噂は聞いてるよ。アセルスに教えようと思っていたところさ。取り次ぐのはいいけど、まず君たちの名前も知らないんじゃどうしようもないな」
「俺はレッド。小此木烈人」
「ロスターというのが本名だが、コードネームのヒューズの方が通りがいいな」
ゾズマが反応したのは、レッドの名前だった。
「小此木烈人だって? ……もしかして君、アセルスの幼なじみの小此木烈人じゃないか?」
じろじろと無遠慮に顔を覗き込まれ、レッドは鼻白んだ。
「確かに、アセルス姉ちゃんとは幼なじみだけど、ここの女王様と同一人物かは……」
「ハイジャックされたリージョンシップに乗り合わせて、一緒に戦ったかい?」
しどろもどろの慎重論を無視して、ゾズマは尋ねた。
「その時、十年も経っているのに歳をとってないのはおかしいと責めた? 黙りこんだ彼女の代わりに答えたのが、一緒にいた髪に白薔薇を咲かせた女性だった?」
「あ、ああ……確かに……」
その答えを聞くと、ゾズマは高らかに笑い出した。
「ああ、間違いないよ。君の幼なじみは、今あの水盤の城の城主に収まっているアセルスさ。良かったね、君の目的は、これで半分遂げられたも同然だよ」
レッドの胸が、バクバクと高ぶる。
「本当に……あのアセルス姉ちゃんが、妖魔の君なのか?」
信じられないというのが本音だった。
アセルスは確かに人並みよりは少し目立つ方だったが、それ以外は平凡な17歳の少女だったはずだ。
それが妖魔の頂点に立つ妖魔の君の一人。
何がどうなっているのだろう。
何が彼女をそうさせたのか。
「実際に見てみるといい。彼女は、ちゃんと君のことを覚えているよ。城には一緒に行ってあげるよ。彼女自身にたどり着くまで、取り次ぎ役なしじゃ面倒だろうからね」
ゾズマの申し出に、レッドは礼を言い、うなずいた。
何だか引き返せない場所に足を踏み入れたような気がする。
だが、いつまでも逃げ回ってはいられない問題であることも確かだ。
「……そう言や俺、以前あんたに会った気がするんだが?」
唐突にそう言い出したのは、ヒューズだった。
ゾズマが首をかしげる。
「何年か前、IRPO本部に、盾のカードを取りに来なかったか? 緑の長髪の男と、もう一人、やっぱり緑の髪の、ショートカットの女の子と一緒に?」
「……ああ」
ようやく、ゾズマは思い出したようだった。
「そんなこともあったね。そう、そのショートカットの女の子がアセルス、現ファシナトゥール女王、剣の君さ」
喜ぶのかと思いきや、ヒューズは何となくげんなりしているようだった。
「……ヒューズ?」
「俺は水盤の城に行かない方がいいかも知れねえ」
げっそりと、ヒューズが呟く。
「何でだよ?」
「そうだねえ。君、アセルスに見殺しにされかけたからねえ」
本人に代わって答えたのは、ゾズマだった。
「ええ!?」
「……アセルスと一緒に、俺を恨んでいる女が同行してたんだ」
げんなりしながらも、ヒューズは説明し出した。
「エミリアって奴だ。奴は俺らがムスペルニブルの朱雀の山で、盾のカードを渡すための試練を終えるのを山の麓で待ってやがった。麓で鉢合わせした途端、ズドンだ」
指で銃の形を作って、銃撃ポーズを取ったヒューズを、レッドはまじまじと見詰めた。
「……アセルス姉ちゃんもそれに加担して……?」
「万事打ち合わせ済みだったみたいだな。脚を撃たれて通信機を取り上げられ、雪の中に放置された俺を、見捨てて下さったぜ」
アセルスが妖魔の君なのも信じられないが、彼女がそんな無慈悲な真似をしたのは、もっと信じられなかった。
「君さ、アセルスやエミリアが一方的に悪いみたいに言うけどさ、確か、エミリアを無実の罪で裁判もなしにディスペア送りにしたのは君だろ? それで恨みを買うのは当然じゃないか?」
いきなり痛いところを突かれて、ヒューズはうぐっと詰まった。
「何だって!? そんなことしたのか!?」
さしものレッドも唖然とした。
そもそも、一捜査官がそんなことを出来る事実に驚くが、否定しないということは本当にあったことなのだろう。
ヒューズの性格からして、嘘があれば、そんなことあるかとあっさりキレているはずだ。
「まあ、そちらのレッド君とやらはアセルスから大歓迎されるだろうけど、ヒューズ君とやらは友好的には扱ってもらえない可能性が高いよ。それでも水盤の城に行く?」
ゾズマが人が悪く笑いながら尋ねた。
ヒューズが大きく息をついた。
「嫌われてそうなので捜査から降りますって訳にはいかないだろ。行くしかねえ。アセルス様との交渉は、専らお前に任せるからな、レッド」
無責任な言い種に、腹が立つよりも呆れた。
まあ、そうするのが最善だろう。
レッドは苦笑し、うなずいた。
「外部から来た連中向けに、辻馬車があるんだ」
ゾズマが、形の良い顎をしゃくった。
「この近く。案内するよ」
「辻馬車だあ!?」
レッドがすっとんきょうな声を上げる。
今の時代に、そんなレトロな交通機関があるとは。
「まあ、タクシーが見つかったようなモンだろ」
ヒューズは、さっさと歩き出したゾズマの後を追った。