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アセルスとレッド

「いい時代になったもんだ」
 ナビゲーターシートのヒューズが、暢気に言った。

「ほんの数年前……先代の妖魔の君の統治下じゃ、ファシナトゥールには例えパトロールと言えど入り込めなかった。奴ら、妖魔の掟とやら以外には、守る必要なんか欠片も感じちゃいやがらねえ。妖魔以外の種族の作ったリージョン法なんざ、知ったこっちゃなかった訳だ。従って、パトロールの出番もなかった」

「……俺で良かったのか?」

 おずおずと口にしたのは、運転席のレッド――小此木烈人だった。
 いつもなら、威勢の良さが売りの彼だが、今日はいつもの勢いがない。

「妖魔主体のリージョンなんだろ? 俺よりサイレンスの方が……上級妖魔だし」

「何言ってんだ、お前」

 ヒューズが苦笑した。

「指名手配犯も上級妖魔だ。従って水盤の城にいる上級妖魔の――もっとハッキリ言えば、妖魔の君アセルスの助力を得なけりゃならねえ。そいでもって、お前はよりにもよって、そのアセルス様の幼なじみと来ている。これを利用しない手があるかよ」

 サイレンスじゃ無口過ぎて、相手の反感を買う恐れがある、あの無口さが通じるのは、相手が奴より格下な場合に限るだろう。
 ヒューズはそんなことも付け加えた。

「本当に俺の幼なじみのアセルス姉ちゃんなのか……俺の身近な人が妖魔の君になんか」

 思い出す。
 キグナスハイジャック事件の時、共に戦った「アセルス」。
 髪と目の色こそ変わっていたし、えらく時代がかった格好をしていたが、あれは間違いなくレッドの知るアセルスだった。
 交わした少ない言葉だけで、それを確認するのには十分だった。

 そして彼女は――半妖だった。

 手の中に光る不思議な剣を出現させるや否や、彼女の髪は緑区から輝く青に変わり、妖魔特有の技を使い出した。
 終いには彼女の剣に敵モンスターを吸収して、戦いは終わりを告げたのだ。

 だが同時に、彼女はヒューマンとしての技を使いこなしていた。

 戦いが終わった後に問い詰めると、アセルスではなく傍にいた白い薔薇を髪に咲かせた美しい女性がこう答えた。

 アセルス様は、妖魔の君の血を受け、半分妖魔になられたのです、と。

 もっと詳しく聞き出そうとすると、アセルスは、白薔薇姫なるその女性を引っ張って客室に入ってしまい、それきりになってしまった。
それ以来、ずっと心のどこかに引っ掛かって――

 その後しばらくして、ファシナトゥールの王が交代し、アセルスなる半妖の娘が「剣の君」としてファシナトゥールに君臨することになったと聞いた時、余程確かめに行こうかと思った。

 しかし、果たせず時は流れた。

「伝え聞くところによると、アセルスさんとやらは、17歳の時、先代のオルロワージュに馬車事故で殺され、しかしそいつの血を死体に注がれることによって半妖として蘇生したんだそうだ。場所はシュライク。お前の幼なじみで間違いないと思うぜ。過去の事件を調べてみると、それらしい少女失踪事件があったしな。大体、アセルスなんて珍しい名前が、そう何人もいるとは思えねえ」

 ヒューズの言葉に、レッドはうなずいた。
 実は口に出さないだけで、レッドもとっくの昔にその結論に達していた。

「どの道……ファシナトゥールには行かなきゃならねえしな」

 指名手配犯が古巣とも言うべきファシナトゥールに逃げ込んだのは確実なのだ。
 彼がリージョンパトロールである以上、後を追わねばならない。

「そう。水盤の城に行って、アセルスの事実上の支配下にあると見なされる上級妖魔を逮捕する許可と、出来れば捜査への協力を取り付ける。それが出来るか出来ないかで、捜査の行方は大きく変わる。お前をアテにしてるんだぜ、レッド」

 レッドは、ある覚悟を込めてうなずいた。
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