2 ヘラクレスファクトリーの殺し屋
ボーンはバッファローマンに連れられ、ヘラクレスファクトリー校庭のリング脇に立った。
周囲には教官である他のレジェンドたちと、生徒である若い正義超人が30名ほど取り囲んでいる。
アタルも少し離れたところで一同を見守っていた。
バッファローマンが声を張り上げた。
「午後は特別講師を招いての、特別授業を行う!」
そして傍らのボーンを指し示す。
ボーンは冷たい関心のなさそうな目で、生徒たちを眺めた。
デビュー前の、首に値段も付いていないガキンチョども。
「このボーン・コールドは、少し前まで正義超人専門の殺し屋だった男だ!」
生徒たちの間に、怯えたようなざわめきが広がった。
「まさに、正義超人を殺すためのスキルを持つ元悪行超人だ。実際、この学校の卒業生ジャイロは、このボーンに殺されている。お前たちには実習として、このボーン・コールドと試合をしてもらう!」
驚愕の叫びが、生徒たちの間から湧き上がる。
「そんな……殺される!」
「無茶ですよ、先生!」
口々に抗議の声が上がる。
「黙れ!」
しかし、バッファローマンは一喝した。
「お前らが正義超人として活動すれば、こうした殺し屋の注意も引くことになる。当然考えられる戦いだ! 怯えてどうする、馬鹿者ー!」
バシッと竹刀で地面を叩き、バッファローマンはボーンを振り返った。
「ボーン、リングインして準備していてくれ」
ボーンは一跳びでリングに駆け上がると、ロープ最上段に手をかけてひょいとリングインした。
「さあ! 誰からでもいい、元殺し屋ボーン・コールドに挑む者はいないか!」
バッファローマンが生徒たちを睨み回す。
生徒たちはすっかり腰が引けている。
「どうした! この男に挑もうとする根性のある奴は誰もいないのか!」
再びバッファローマンの竹刀が地面を打つ。
生徒たちは、お互いに顔を見合わせるだけだ。
「ボクちゃんたち。せっかくだから、お兄さんがイイコト教えてあげようか?」
リング上で葉巻をふかしながら、ボーンが突然切り出した。
生徒は勿論、教官のレジェンドたちも、何事かという顔をしている。
「俺が元正義超人専門のヒットマンだということは言っただろう? 正義超人の始末を依頼するのは、悪行超人ばかりだと思うかい?」
ボーンの言葉の意図を図りかねて、生徒たちは怪訝な顔をした。
教官たちも目を見交わし合っている。
「俺、ターゲットの正義超人の、妻って女から依頼受けたことがあるんだよ。どうか亭主を殺してくれってな」
ざわっと、驚愕のざわめきが正義超人たちの間から沸き上がった。
「それはどういうことズラ!?」
ジェロニモが教官の立場も忘れて叫んでいた。
「聞いてそのまんまだよ。とある正義超人の嫁さんから、亭主を殺して欲しいって頼まれたんだ。報酬は、亭主が死んだ時に下りる保険金の中から払うって条件で。俺も、何事かと思ったよ。それなりに名前の知れた正義超人の嫁さんが、亭主を殺してほしいって言うんだからな。で、事情を聞いてみた。そしたらその女、何て言ったと思う?」
ボーンは一旦言葉を切って返事を待った。
誰もが沈黙している。
葉巻を深く吸い込んで煙を吐き出し、ボーンは言葉を継いだ。
「その亭主の正義超人って奴、嫁さんと子供に暴力振るうんだとさ。巧妙なことに、外から見えるような場所にゃ、絶対に傷やあざは付けねえ。服で隠れるような場所を殴ったりつねったりする。超人の腕力で、女と年端もいかねえ子供にそんなことしやがる。いやらしいことに、そいつ外面は完璧で、嫁さんと子供を虐待していることなんぞお首にも出さねえ。だから、嫁さんが亭主以外の正義超人に助けを求めても、信じてもらえねえんだとよ。挙句には、あんたが悪いから暴力振るわれるんじゃないか、なんて言われる始末だったそうだぜ」
唖然として、正義超人たちはボーンの言葉を聞いていた。
「まさか……」
生徒の誰かから声が上がった。
「正義超人じゃないだろう? 悪行超人だろう?」
また別の声。
「正義超人だっつーの。だからたちが悪い。仕方なく、その嫁さんは、正義超人専門のヒットマンである俺に接触して、亭主を消そうとしたんだ。このままじゃ自分ばかりか子供も殺される、あの男を殺してってな」
ボーンはフーッと煙を吐き出した。
「……それで、あんた、実際に殺したのか?」
誰かが問いかけた。
「殺したさ。ああ、その前に、楽しいことがあったがね」
「楽しいこと?」
ウルフマンが尋ね返した。
「俺、その依頼人である正義超人の嫁さんと寝たんだよ。彼女曰く、前金がないから、体で払いますってな。いやあ、楽しかったぜ。亭主と違って俺は優しいって、彼女も喜んでた」
ええ!? というどよめきが、生徒たちの間に広がっていく。
「んで、その暴力正義超人を殺る時、俺はそいつに言ってやったんだ。俺はお前の女房と寝たぜってな」
もはや口あんぐりの聴衆を、ボーンは面白そうにリング上から見下ろした。
「ま、ボクちゃんたちにはちょ~っと刺激の強い話だったかな? ま、大人になって結婚できたら、嫁さんに殺害依頼されないように、ボクちゃんたちも気をつけるんだなあ……」
ボーンは広い肩を揺らして笑った。
葉巻の煙がそれにつれて揺れる。
彼の数限りない殺人の中で、いささか印象に残ったその一件。
契った依頼人の、鮮やかな青い瞳が脳裏に蘇り、ボーンはふっと微笑んだ。
「う、嘘だっ! あんたは嘘を言ってるんだっ!」
一人の生徒が、真っ赤な顔で進み出た。
「残念ながら嘘じゃねえよ。依頼人の身元バレちまうから、これ以上詳しく言えねえが、全部実話だ」
ボーンはにやにやしながら答える。
「ああ、そう言えば、ボクちゃんたちが俺に挑戦するって言う話はどうなったかね? 俺の、ちょっと大人向けの話で終わりかい?」
「俺が行くっ!」
嘘だと叫んだ生徒が、リングに上がった。
怒りのこもった顔でボーンを睨み付ける。
周囲には教官である他のレジェンドたちと、生徒である若い正義超人が30名ほど取り囲んでいる。
アタルも少し離れたところで一同を見守っていた。
バッファローマンが声を張り上げた。
「午後は特別講師を招いての、特別授業を行う!」
そして傍らのボーンを指し示す。
ボーンは冷たい関心のなさそうな目で、生徒たちを眺めた。
デビュー前の、首に値段も付いていないガキンチョども。
「このボーン・コールドは、少し前まで正義超人専門の殺し屋だった男だ!」
生徒たちの間に、怯えたようなざわめきが広がった。
「まさに、正義超人を殺すためのスキルを持つ元悪行超人だ。実際、この学校の卒業生ジャイロは、このボーンに殺されている。お前たちには実習として、このボーン・コールドと試合をしてもらう!」
驚愕の叫びが、生徒たちの間から湧き上がる。
「そんな……殺される!」
「無茶ですよ、先生!」
口々に抗議の声が上がる。
「黙れ!」
しかし、バッファローマンは一喝した。
「お前らが正義超人として活動すれば、こうした殺し屋の注意も引くことになる。当然考えられる戦いだ! 怯えてどうする、馬鹿者ー!」
バシッと竹刀で地面を叩き、バッファローマンはボーンを振り返った。
「ボーン、リングインして準備していてくれ」
ボーンは一跳びでリングに駆け上がると、ロープ最上段に手をかけてひょいとリングインした。
「さあ! 誰からでもいい、元殺し屋ボーン・コールドに挑む者はいないか!」
バッファローマンが生徒たちを睨み回す。
生徒たちはすっかり腰が引けている。
「どうした! この男に挑もうとする根性のある奴は誰もいないのか!」
再びバッファローマンの竹刀が地面を打つ。
生徒たちは、お互いに顔を見合わせるだけだ。
「ボクちゃんたち。せっかくだから、お兄さんがイイコト教えてあげようか?」
リング上で葉巻をふかしながら、ボーンが突然切り出した。
生徒は勿論、教官のレジェンドたちも、何事かという顔をしている。
「俺が元正義超人専門のヒットマンだということは言っただろう? 正義超人の始末を依頼するのは、悪行超人ばかりだと思うかい?」
ボーンの言葉の意図を図りかねて、生徒たちは怪訝な顔をした。
教官たちも目を見交わし合っている。
「俺、ターゲットの正義超人の、妻って女から依頼受けたことがあるんだよ。どうか亭主を殺してくれってな」
ざわっと、驚愕のざわめきが正義超人たちの間から沸き上がった。
「それはどういうことズラ!?」
ジェロニモが教官の立場も忘れて叫んでいた。
「聞いてそのまんまだよ。とある正義超人の嫁さんから、亭主を殺して欲しいって頼まれたんだ。報酬は、亭主が死んだ時に下りる保険金の中から払うって条件で。俺も、何事かと思ったよ。それなりに名前の知れた正義超人の嫁さんが、亭主を殺してほしいって言うんだからな。で、事情を聞いてみた。そしたらその女、何て言ったと思う?」
ボーンは一旦言葉を切って返事を待った。
誰もが沈黙している。
葉巻を深く吸い込んで煙を吐き出し、ボーンは言葉を継いだ。
「その亭主の正義超人って奴、嫁さんと子供に暴力振るうんだとさ。巧妙なことに、外から見えるような場所にゃ、絶対に傷やあざは付けねえ。服で隠れるような場所を殴ったりつねったりする。超人の腕力で、女と年端もいかねえ子供にそんなことしやがる。いやらしいことに、そいつ外面は完璧で、嫁さんと子供を虐待していることなんぞお首にも出さねえ。だから、嫁さんが亭主以外の正義超人に助けを求めても、信じてもらえねえんだとよ。挙句には、あんたが悪いから暴力振るわれるんじゃないか、なんて言われる始末だったそうだぜ」
唖然として、正義超人たちはボーンの言葉を聞いていた。
「まさか……」
生徒の誰かから声が上がった。
「正義超人じゃないだろう? 悪行超人だろう?」
また別の声。
「正義超人だっつーの。だからたちが悪い。仕方なく、その嫁さんは、正義超人専門のヒットマンである俺に接触して、亭主を消そうとしたんだ。このままじゃ自分ばかりか子供も殺される、あの男を殺してってな」
ボーンはフーッと煙を吐き出した。
「……それで、あんた、実際に殺したのか?」
誰かが問いかけた。
「殺したさ。ああ、その前に、楽しいことがあったがね」
「楽しいこと?」
ウルフマンが尋ね返した。
「俺、その依頼人である正義超人の嫁さんと寝たんだよ。彼女曰く、前金がないから、体で払いますってな。いやあ、楽しかったぜ。亭主と違って俺は優しいって、彼女も喜んでた」
ええ!? というどよめきが、生徒たちの間に広がっていく。
「んで、その暴力正義超人を殺る時、俺はそいつに言ってやったんだ。俺はお前の女房と寝たぜってな」
もはや口あんぐりの聴衆を、ボーンは面白そうにリング上から見下ろした。
「ま、ボクちゃんたちにはちょ~っと刺激の強い話だったかな? ま、大人になって結婚できたら、嫁さんに殺害依頼されないように、ボクちゃんたちも気をつけるんだなあ……」
ボーンは広い肩を揺らして笑った。
葉巻の煙がそれにつれて揺れる。
彼の数限りない殺人の中で、いささか印象に残ったその一件。
契った依頼人の、鮮やかな青い瞳が脳裏に蘇り、ボーンはふっと微笑んだ。
「う、嘘だっ! あんたは嘘を言ってるんだっ!」
一人の生徒が、真っ赤な顔で進み出た。
「残念ながら嘘じゃねえよ。依頼人の身元バレちまうから、これ以上詳しく言えねえが、全部実話だ」
ボーンはにやにやしながら答える。
「ああ、そう言えば、ボクちゃんたちが俺に挑戦するって言う話はどうなったかね? 俺の、ちょっと大人向けの話で終わりかい?」
「俺が行くっ!」
嘘だと叫んだ生徒が、リングに上がった。
怒りのこもった顔でボーンを睨み付ける。