2 ヘラクレスファクトリーの殺し屋
「なあ、あんた、キン肉族の王族だろ?」
宇宙船の運転席に座ったボーンが、隣の席のアタルにこぼした。
「ついでに超人機動警察隊のリーダーで、その昔王位争奪戦では残虐チームのリーダーだったんじゃなかったかね? こういう場合、向こうを呼び出すのが筋じゃないのか? こっちからわざわざ行くんじゃなくてよ?」
アタルは計器類に目を走らせながら、静かに言葉を返す。
「そう言うな。向こうでもお前の仕事がある。たまにはこういうのもいいだろう」
モニターに、レッスルまで10分の表示が浮かんだ。
ボーンはあーあと吐息を洩らし、大気圏突入に備えた。
かくしてボーンとアタルは、ヘラクレスファクトリー上空へと侵入した。
◇ ◆ ◇
「久しぶりだな、ソルジャー!」
ヘラクレスファクトリーでアタルと彼に連れられたボーンを出迎えたのは、そこの鬼教官として有名なバッファローマンだった。
応接室の中で、かつてのチームメイト同士はがっちりと握手する。
「元気そうだな、バッファローマン。実は、事前に連絡した通り、このボーン・コールドがお前に訊きたいことがあるそうだ」
アタルは背後で葉巻をふかしているボーンを振り返る。
「お前がボーン・コールド……元殺し屋か」
バッファローマンは強い視線をボーンに向ける。
「なるほど。血の匂いがプンプンする。俺も元悪魔超人だ。楽しみで殺す奴なら大勢知ってるが、仕事で殺す奴には独特の 雰囲気がある。お前はまさにそれだな」
「誉め言葉かね? 殺し屋はもう廃業したんだが」
ボーンは不敵ににやりと笑った。
「用件は分かってる。まあ、座れ」
バッファローマンは、ボーンとアタルを応接セットに導いた。
「サタン、か……。久しぶりに聞く名だな」
かつてその存在に魂を売り渡し、1000万パワーを手に入れた男は苦々しく笑った。
「しかし、どうして元殺し屋が、サタンの情報なぞ知りたがる? まさか悪魔に魂を売り渡したい訳でもあるまい?」
バッファローマンは怪訝な顔つきだった。
「ちょいと事情があってな……サタンが今、どこで何をしているのか知りたい」
ボーンは備え付けの灰皿に葉巻の灰を落とした。
「悪魔超人のツテである程度は伝わってくる。教えてもいいが、その前に、お前の意図を知りたい。どんな事情があって、お前はサタンについて知りたいんだ?」
バッファローマンは警戒している。
無理もない、とボーンは思った。
悪魔に魂を売った者たちを、自分自身を含め大勢見てきたことだろう。
正義超人に転身した身としては、同じ轍を踏む可能性のある奴は一人でも減る方がいいはずだ。
「ボーン、このバッファローマンは、かつて隆盛を誇ったバッファロー一族の生き残りで……お前の気持ちを多少なりとも理解できる。口も固く、信頼のできる男だ。お前の秘密を、まず開示してみんか? その上でなら、こやつも情報を教えるのにやぶさかではあるまい」
ジェロニモが、コーヒーを持ってきた。
アタルと挨拶を交わす傍ら、ボーンにもちらりと畏怖のこもった視線を投げかける。
ボーンは、ゆっくりと葉巻を吸った。
「火事場のクソ力修練は俺もテレビで見ていた」
バッファローマンはボーンに視線を据えて言葉を紡いだ。
「お前はキン骨マンの息子だそうだな? キン骨マンと言えば、あの極めつけに弱い、ちょっと訓練した人間にも負けるような奴だろう? スグルの周囲をうろちょろしてたのを、俺も見たことがある。が、お前は父親に似ず強い。あの弱い男の遺伝子からお前のような強者を生む母親とは何者だ? その辺りがお前の秘密か?」
ボーンはフッと笑った。
「ターバンを取って見せてやったらどうだ、ボーン? 百聞より一見だ」
アタルがボーンに勧める。
「気安くおっしゃるがね。これを人前で取るのは、死ぬほど恥ずかしいんだがね?」
ボーンはアタルを隻眼で睨み付けた。
「お前の面の皮の厚さなら、心配ない」
あっさり言われ、ボーンはため息を落とす。
「そのターバンの下に何かあるのか?」
バッファローマンは不思議そうだ。
ボーンはターバンに手をかけた。
5mほどもある黒い布を、頭から巻き取っていく。
白い髪、そして額の中央に現れたのは。
「宝石!?」
バッファローマンが目を剥く。
「まさかお前……カシドゥア人なのか!?」
「雑種だがね。確かに母親はカシドゥア人だよ」
バッファローマンが額の黒ダイヤを確認したと判断すると、ボーンは再びターバンを巻き始めた。
「カシドゥア人の主神カシドゥアは、超人大戦のおり、サタンに吸収された……。こいつはその絡みで、サタンの動向を知りたいらしい」
アタルはボーンの言葉を補足する。
「そう言えば、サタン……悪魔将軍の奴が言っていた……。カシドゥアを吸収し、自分の力は増大したと」
バッファローマンは青ざめた表情で呟く。
「体を宝石に……特にダイヤモンドに変える能力は、カシドゥアから奪った力だそうだ」
ボーンはターバンを巻き終え、ソファの背に腕を投げ出した。
「そうかい……じゃ、約束通り、サタンの野郎がどこで何をしているか教えてくれ」
「お前は、もしやサタンを倒そうというのか!? そしてカシドゥアを解放しようとしてるのか!?」
バッファローマンの問いに、ボーンは皮肉な笑みで答えた。
「さあねえ?」
「やめておけ。奴は実体を持たない、言わば強大な悪の思念の塊のようなものだ。心臓をナイフで一突きという訳にはいかんのだぞ」
そう言うバッファローマンの顔は冷や汗で濡れていた。
サタンに対する恐怖は、骨身に染み付いているらしい。
「無敵の存在って訳かい? 果たしてそんな都合のいいものが存在するのかね?」
実体がない存在を攻撃する方法もあるはずだ。
例えば魔法。
「奴は実体がない。だから誰かが実体にならないと倒せない……。かつては俺が実体になったこともあったが、そうしても一時活動停止するだけで、しばらくすればまた復活してしまう……。奴は事実上不死なのだ」
「カシドゥアの伝説によると、倒す方法があるようだぜ。それが何かは分からないがな」
ボーンは葉巻を灰皿に押し付けて消し、二本目に火を点けた。
「……で、今サタンはどこにいるんだい」
バッファローマンは一瞬躊躇した。
「……奴は、ここ数十年、宇宙をさ迷っていたようだ。しかし、最近になって地球に舞い戻ったという情報がある」
ボーンはふーんと鼻を鳴らした。
「何のためにかは、わかるかい?」
「噂では、日本各地に点在する悪魔の闘技場を使って何かしようとしているらしい」
「悪魔の闘技場?」
「太古の昔、悪魔超人たちが将である悪魔将軍を讃えて建設した闘技場だ。遺跡の形で各地に残っていると聞く」
「初耳だね。そんなのがあるのかい。その闘技場で、サタンは正義超人と一戦やらかそうとしているって訳か?」
ボーンは興味を引かれた。
サタンがそれを目論んでいるなら、姿を現すかも知れない。
「ただし、あくまでそれらは噂に過ぎん。サタンの化身である悪魔将軍は倒され、サタンは実体を失ったし、兵隊になる悪魔超人たちももはや高齢で戦力の用をなさない。新たな実体と、新たな兵隊が必要なはずだが……」
「なるほどな」
その辺りの機をうかがっているということか。
ボーンは納得する。
「さて、こちらが情報を提供したんだ。あんたにはそれなりのものを返してもらおう!」
バッファローマンが表情と口調を一変させた。
「あ? 何しろって言うんだ?」
ボーンは僅かに悪い予感を覚える。
「バッファローマンと話し合ったのだが……お前には、このヘラクレスファクトリーの授業を手伝ってもらう」
アタルが口を開いた。
「あん? 正気かよ?」
ボーンは正直呆れる。
「お前はついこの間まで正義超人専門のヒットマンだった。実際、生徒たちが正義超人としてデビューすれば、立ちはだかる壁であったはず。生徒たちの腕を磨くのに、またとない人材だ!」
バッファローマンはにやりと笑った。
勢い良く立ち上がる。
「午後の実習の時間を取ってある。準備していてくれ」
宇宙船の運転席に座ったボーンが、隣の席のアタルにこぼした。
「ついでに超人機動警察隊のリーダーで、その昔王位争奪戦では残虐チームのリーダーだったんじゃなかったかね? こういう場合、向こうを呼び出すのが筋じゃないのか? こっちからわざわざ行くんじゃなくてよ?」
アタルは計器類に目を走らせながら、静かに言葉を返す。
「そう言うな。向こうでもお前の仕事がある。たまにはこういうのもいいだろう」
モニターに、レッスルまで10分の表示が浮かんだ。
ボーンはあーあと吐息を洩らし、大気圏突入に備えた。
かくしてボーンとアタルは、ヘラクレスファクトリー上空へと侵入した。
◇ ◆ ◇
「久しぶりだな、ソルジャー!」
ヘラクレスファクトリーでアタルと彼に連れられたボーンを出迎えたのは、そこの鬼教官として有名なバッファローマンだった。
応接室の中で、かつてのチームメイト同士はがっちりと握手する。
「元気そうだな、バッファローマン。実は、事前に連絡した通り、このボーン・コールドがお前に訊きたいことがあるそうだ」
アタルは背後で葉巻をふかしているボーンを振り返る。
「お前がボーン・コールド……元殺し屋か」
バッファローマンは強い視線をボーンに向ける。
「なるほど。血の匂いがプンプンする。俺も元悪魔超人だ。楽しみで殺す奴なら大勢知ってるが、仕事で殺す奴には独特の 雰囲気がある。お前はまさにそれだな」
「誉め言葉かね? 殺し屋はもう廃業したんだが」
ボーンは不敵ににやりと笑った。
「用件は分かってる。まあ、座れ」
バッファローマンは、ボーンとアタルを応接セットに導いた。
「サタン、か……。久しぶりに聞く名だな」
かつてその存在に魂を売り渡し、1000万パワーを手に入れた男は苦々しく笑った。
「しかし、どうして元殺し屋が、サタンの情報なぞ知りたがる? まさか悪魔に魂を売り渡したい訳でもあるまい?」
バッファローマンは怪訝な顔つきだった。
「ちょいと事情があってな……サタンが今、どこで何をしているのか知りたい」
ボーンは備え付けの灰皿に葉巻の灰を落とした。
「悪魔超人のツテである程度は伝わってくる。教えてもいいが、その前に、お前の意図を知りたい。どんな事情があって、お前はサタンについて知りたいんだ?」
バッファローマンは警戒している。
無理もない、とボーンは思った。
悪魔に魂を売った者たちを、自分自身を含め大勢見てきたことだろう。
正義超人に転身した身としては、同じ轍を踏む可能性のある奴は一人でも減る方がいいはずだ。
「ボーン、このバッファローマンは、かつて隆盛を誇ったバッファロー一族の生き残りで……お前の気持ちを多少なりとも理解できる。口も固く、信頼のできる男だ。お前の秘密を、まず開示してみんか? その上でなら、こやつも情報を教えるのにやぶさかではあるまい」
ジェロニモが、コーヒーを持ってきた。
アタルと挨拶を交わす傍ら、ボーンにもちらりと畏怖のこもった視線を投げかける。
ボーンは、ゆっくりと葉巻を吸った。
「火事場のクソ力修練は俺もテレビで見ていた」
バッファローマンはボーンに視線を据えて言葉を紡いだ。
「お前はキン骨マンの息子だそうだな? キン骨マンと言えば、あの極めつけに弱い、ちょっと訓練した人間にも負けるような奴だろう? スグルの周囲をうろちょろしてたのを、俺も見たことがある。が、お前は父親に似ず強い。あの弱い男の遺伝子からお前のような強者を生む母親とは何者だ? その辺りがお前の秘密か?」
ボーンはフッと笑った。
「ターバンを取って見せてやったらどうだ、ボーン? 百聞より一見だ」
アタルがボーンに勧める。
「気安くおっしゃるがね。これを人前で取るのは、死ぬほど恥ずかしいんだがね?」
ボーンはアタルを隻眼で睨み付けた。
「お前の面の皮の厚さなら、心配ない」
あっさり言われ、ボーンはため息を落とす。
「そのターバンの下に何かあるのか?」
バッファローマンは不思議そうだ。
ボーンはターバンに手をかけた。
5mほどもある黒い布を、頭から巻き取っていく。
白い髪、そして額の中央に現れたのは。
「宝石!?」
バッファローマンが目を剥く。
「まさかお前……カシドゥア人なのか!?」
「雑種だがね。確かに母親はカシドゥア人だよ」
バッファローマンが額の黒ダイヤを確認したと判断すると、ボーンは再びターバンを巻き始めた。
「カシドゥア人の主神カシドゥアは、超人大戦のおり、サタンに吸収された……。こいつはその絡みで、サタンの動向を知りたいらしい」
アタルはボーンの言葉を補足する。
「そう言えば、サタン……悪魔将軍の奴が言っていた……。カシドゥアを吸収し、自分の力は増大したと」
バッファローマンは青ざめた表情で呟く。
「体を宝石に……特にダイヤモンドに変える能力は、カシドゥアから奪った力だそうだ」
ボーンはターバンを巻き終え、ソファの背に腕を投げ出した。
「そうかい……じゃ、約束通り、サタンの野郎がどこで何をしているか教えてくれ」
「お前は、もしやサタンを倒そうというのか!? そしてカシドゥアを解放しようとしてるのか!?」
バッファローマンの問いに、ボーンは皮肉な笑みで答えた。
「さあねえ?」
「やめておけ。奴は実体を持たない、言わば強大な悪の思念の塊のようなものだ。心臓をナイフで一突きという訳にはいかんのだぞ」
そう言うバッファローマンの顔は冷や汗で濡れていた。
サタンに対する恐怖は、骨身に染み付いているらしい。
「無敵の存在って訳かい? 果たしてそんな都合のいいものが存在するのかね?」
実体がない存在を攻撃する方法もあるはずだ。
例えば魔法。
「奴は実体がない。だから誰かが実体にならないと倒せない……。かつては俺が実体になったこともあったが、そうしても一時活動停止するだけで、しばらくすればまた復活してしまう……。奴は事実上不死なのだ」
「カシドゥアの伝説によると、倒す方法があるようだぜ。それが何かは分からないがな」
ボーンは葉巻を灰皿に押し付けて消し、二本目に火を点けた。
「……で、今サタンはどこにいるんだい」
バッファローマンは一瞬躊躇した。
「……奴は、ここ数十年、宇宙をさ迷っていたようだ。しかし、最近になって地球に舞い戻ったという情報がある」
ボーンはふーんと鼻を鳴らした。
「何のためにかは、わかるかい?」
「噂では、日本各地に点在する悪魔の闘技場を使って何かしようとしているらしい」
「悪魔の闘技場?」
「太古の昔、悪魔超人たちが将である悪魔将軍を讃えて建設した闘技場だ。遺跡の形で各地に残っていると聞く」
「初耳だね。そんなのがあるのかい。その闘技場で、サタンは正義超人と一戦やらかそうとしているって訳か?」
ボーンは興味を引かれた。
サタンがそれを目論んでいるなら、姿を現すかも知れない。
「ただし、あくまでそれらは噂に過ぎん。サタンの化身である悪魔将軍は倒され、サタンは実体を失ったし、兵隊になる悪魔超人たちももはや高齢で戦力の用をなさない。新たな実体と、新たな兵隊が必要なはずだが……」
「なるほどな」
その辺りの機をうかがっているということか。
ボーンは納得する。
「さて、こちらが情報を提供したんだ。あんたにはそれなりのものを返してもらおう!」
バッファローマンが表情と口調を一変させた。
「あ? 何しろって言うんだ?」
ボーンは僅かに悪い予感を覚える。
「バッファローマンと話し合ったのだが……お前には、このヘラクレスファクトリーの授業を手伝ってもらう」
アタルが口を開いた。
「あん? 正気かよ?」
ボーンは正直呆れる。
「お前はついこの間まで正義超人専門のヒットマンだった。実際、生徒たちが正義超人としてデビューすれば、立ちはだかる壁であったはず。生徒たちの腕を磨くのに、またとない人材だ!」
バッファローマンはにやりと笑った。
勢い良く立ち上がる。
「午後の実習の時間を取ってある。準備していてくれ」