1 ボーンの秘密
ボーンは右手を握り、精神を集中すると、また開いた。
大きな掌の上に、煌めくダイヤモンドが出現していた。
60カラット以上はある大きなものだ。
綺麗にカットされており、本物のダイヤモンドの証である鮮やかなファイアを放っている。
ボーンは満足気にそれを見下ろすと、目の前のテーブルの上に放り出した。
座っているソファにもたれかかり、葉巻を取り出して火を点けた。
深々と煙を吸い込んで吐き出す。
さて、俺もカシドゥア人らしくなってきたかね?
ボーンは放り出したダイヤモンドを見下ろすと、にやりと笑った。
日増しに、自分の中の魔力が増大するのを、ボーンは感じていた。
少し前まで、魔力というものが何かということすらわからなかったのが嘘のように、魔力を物質のような確かさで感じている。
魔力を凝縮して宝石を造り出すのは、カシドゥア人にとって基礎中の基礎の魔法だ。
つい最近使えるようになった魔法を、ボーンは面白半分に使いこなしてみせた。
と、ドアベルが鳴らされる音がした。
ボーンはソファから立ち上がり、玄関に出る。
キン肉族政府から住居として与えられたその家は、大して広くない。
扉を開けると、そこにいたのは迷彩服のキン肉族……キン肉アタルだった。
「これは王兄殿下。どうかしたかい?」
ボーンは人を食った笑みで、アタルを出迎えた。
「お前に少し話がある」
「入んな」
ボーンはアタルを住居に迎え入れた。
「お前が休日の度に出かけているのは、魔女サフィーアのところか?」
「何でそう思う?」
テーブルを挟んでソファに差し向かいで座ったボーンに、アタルは切り出した。
「お前の使っている宇宙船の航行記録を調べた。特定の航行記録だけが消去されている。サフィーアの元へ行き、その後、その記録を消去してあの女の居場所を俺たちに知らせないようにしているのではないか?」
「それがどうした? あんたらにあいつの居場所なんぞ、教える訳ないだろうが」
ボーンはあっさり認める。
「ふむ。やはりか……」
アタルはうなずく。
「第一、あんたサフィーアの居場所を知ってどうする? あいつを捕まえるのかね? 何の罪で? キン肉族の法律に、魔法を使って他人を害することを規制する項目はなかったはずだがね?」
ボーンが笑うにつれて、口元の葉巻が揺れた。
「確かにその通りだ。あの女のやっていることは、直接法に触れることではない」
アタルは認め、ふうとため息をついた。
「じゃ、あいつをつけ回そうとするのはやめるんだな。あんたらにあいつは捕まえられねえよ。魔法を悪用する罪であいつを捕まえるのか? そもそもあんたらにゃ、魔法かそれ以外の術か、はたまた偶然なのかすら、見分ける術はない訳だろ?」
名前の通り、恵まれた筋力と火事場のクソ力を主に戦うキン肉族に、魔法の素養はない。
従って、魔法を本当に使っているのか、そもそも魔法とは何なのかすら分からないのだ。
サフィーアを悪行超人として逮捕するのは、無理があった。
「……これは、どうした?」
アタルはテーブルの上に放り出された、ダイヤモンドを取り上げてしげしげ眺めた。
「俺が造り出したんだよ。ほれ」
ボーンは右手を握って念を込め、そのまま開いた。
手の中には、アタルが手にしているのと同じような大きさのダイヤモンド。
「欲しけりゃやるよ。ほら」
ボーンはぽんとダイヤモンドをアタルに放った。
彼が空中で受け止める。
「カシドゥア人の魔法か……。サフィーアに教わったか」
「まあ、その辺は想像に任せるがね」
カシドゥアの神像から声が聞こえた一件以来、まるで閉じていた回路が開いたかのように、ボーンの魔力が開花した。
サフィーアの指導もあるが、何かが確実に代わってきているという実感がボーンにはあった。
「もう一ついいもん見せてやるよ」
ボーンはキッチンに立って、空のコーヒーカップを二つ持ってきた。
一つをアタルの前に、一つを自分の前に置く。
「?」
意図が分からぬアタルが、怪訝そうな顔をする。
ボーンがカップの上で手を水平に滑らせる。
一瞬でアタルのカップの中に、湯気の立つコーヒーが満たされる。
「ほう?」
アタルが目を丸くする。
ボーンは続いて自分のカップにもコーヒーを満たす。
「ま、大したことはできないけどな」
コーヒーをすする。
アタルは見ているだけだった。
「どうやらカシドゥアの血が目覚め始めたようだな」
「多少はな。ただし、雑種だからそう大したことはできないだろうが」
魔法など使わなくとも、ボーンはこれまで並外れた身体能力と戦闘センスでどんな敵も倒してきた。
カシドゥア人は魔法抜きでもそれらに長けている。
だからこそ14000年前、キン肉族の恐るべき敵になったのだろう。
同時にボーンは思い出す。
サフィーアの言った、主神カシドゥアをサタンから解放し、カシドゥア人を救う救世主の話を。
彼女は、ボーンがその救世主かも知れないと言った。
馬鹿な。
ボーンは内心笑う。
散々超人を仕留めてきて、超人の殺し方になら習熟しているが、実体のない悪魔の王の倒し方など、見当もつかない。
だがしかし。
「なあ、アタルさんよ。サタンって奴のこと、何か知ってるかい?」
ボーンの突然の問いに、アタルは首をかしげた。
「サタンか…。そう言えばカシドゥア人の神カシドゥアはサタンに吸収されたのだったな。気になるのか?」
「少しな」
ボーンは葉巻をくゆらせた。
「ここ数十年、サタンの噂は聞かないが……。そうだな、奴が消滅していない以上、安心とは言いきれぬ。少し情報を持っている奴に連絡を取るか……」
アタルはソファから立ち上がった。
「しばらく自宅待機しろ。少しばかり思い付いたことがある」
アタルはそう言うと、玄関に向かった。
「何かおかしなこと考えていやがるな?」
アタルを玄関から見送りながら、ボーンはそう問うた。
「まあ、楽しみにしていろ。お前にも絶好の気晴らしになるだろう」
アタルはそう言い残し、去って行った。
ボーンは何となく嫌な予感を覚えながら、葉巻の煙を深く吸い込んだ。
大きな掌の上に、煌めくダイヤモンドが出現していた。
60カラット以上はある大きなものだ。
綺麗にカットされており、本物のダイヤモンドの証である鮮やかなファイアを放っている。
ボーンは満足気にそれを見下ろすと、目の前のテーブルの上に放り出した。
座っているソファにもたれかかり、葉巻を取り出して火を点けた。
深々と煙を吸い込んで吐き出す。
さて、俺もカシドゥア人らしくなってきたかね?
ボーンは放り出したダイヤモンドを見下ろすと、にやりと笑った。
日増しに、自分の中の魔力が増大するのを、ボーンは感じていた。
少し前まで、魔力というものが何かということすらわからなかったのが嘘のように、魔力を物質のような確かさで感じている。
魔力を凝縮して宝石を造り出すのは、カシドゥア人にとって基礎中の基礎の魔法だ。
つい最近使えるようになった魔法を、ボーンは面白半分に使いこなしてみせた。
と、ドアベルが鳴らされる音がした。
ボーンはソファから立ち上がり、玄関に出る。
キン肉族政府から住居として与えられたその家は、大して広くない。
扉を開けると、そこにいたのは迷彩服のキン肉族……キン肉アタルだった。
「これは王兄殿下。どうかしたかい?」
ボーンは人を食った笑みで、アタルを出迎えた。
「お前に少し話がある」
「入んな」
ボーンはアタルを住居に迎え入れた。
「お前が休日の度に出かけているのは、魔女サフィーアのところか?」
「何でそう思う?」
テーブルを挟んでソファに差し向かいで座ったボーンに、アタルは切り出した。
「お前の使っている宇宙船の航行記録を調べた。特定の航行記録だけが消去されている。サフィーアの元へ行き、その後、その記録を消去してあの女の居場所を俺たちに知らせないようにしているのではないか?」
「それがどうした? あんたらにあいつの居場所なんぞ、教える訳ないだろうが」
ボーンはあっさり認める。
「ふむ。やはりか……」
アタルはうなずく。
「第一、あんたサフィーアの居場所を知ってどうする? あいつを捕まえるのかね? 何の罪で? キン肉族の法律に、魔法を使って他人を害することを規制する項目はなかったはずだがね?」
ボーンが笑うにつれて、口元の葉巻が揺れた。
「確かにその通りだ。あの女のやっていることは、直接法に触れることではない」
アタルは認め、ふうとため息をついた。
「じゃ、あいつをつけ回そうとするのはやめるんだな。あんたらにあいつは捕まえられねえよ。魔法を悪用する罪であいつを捕まえるのか? そもそもあんたらにゃ、魔法かそれ以外の術か、はたまた偶然なのかすら、見分ける術はない訳だろ?」
名前の通り、恵まれた筋力と火事場のクソ力を主に戦うキン肉族に、魔法の素養はない。
従って、魔法を本当に使っているのか、そもそも魔法とは何なのかすら分からないのだ。
サフィーアを悪行超人として逮捕するのは、無理があった。
「……これは、どうした?」
アタルはテーブルの上に放り出された、ダイヤモンドを取り上げてしげしげ眺めた。
「俺が造り出したんだよ。ほれ」
ボーンは右手を握って念を込め、そのまま開いた。
手の中には、アタルが手にしているのと同じような大きさのダイヤモンド。
「欲しけりゃやるよ。ほら」
ボーンはぽんとダイヤモンドをアタルに放った。
彼が空中で受け止める。
「カシドゥア人の魔法か……。サフィーアに教わったか」
「まあ、その辺は想像に任せるがね」
カシドゥアの神像から声が聞こえた一件以来、まるで閉じていた回路が開いたかのように、ボーンの魔力が開花した。
サフィーアの指導もあるが、何かが確実に代わってきているという実感がボーンにはあった。
「もう一ついいもん見せてやるよ」
ボーンはキッチンに立って、空のコーヒーカップを二つ持ってきた。
一つをアタルの前に、一つを自分の前に置く。
「?」
意図が分からぬアタルが、怪訝そうな顔をする。
ボーンがカップの上で手を水平に滑らせる。
一瞬でアタルのカップの中に、湯気の立つコーヒーが満たされる。
「ほう?」
アタルが目を丸くする。
ボーンは続いて自分のカップにもコーヒーを満たす。
「ま、大したことはできないけどな」
コーヒーをすする。
アタルは見ているだけだった。
「どうやらカシドゥアの血が目覚め始めたようだな」
「多少はな。ただし、雑種だからそう大したことはできないだろうが」
魔法など使わなくとも、ボーンはこれまで並外れた身体能力と戦闘センスでどんな敵も倒してきた。
カシドゥア人は魔法抜きでもそれらに長けている。
だからこそ14000年前、キン肉族の恐るべき敵になったのだろう。
同時にボーンは思い出す。
サフィーアの言った、主神カシドゥアをサタンから解放し、カシドゥア人を救う救世主の話を。
彼女は、ボーンがその救世主かも知れないと言った。
馬鹿な。
ボーンは内心笑う。
散々超人を仕留めてきて、超人の殺し方になら習熟しているが、実体のない悪魔の王の倒し方など、見当もつかない。
だがしかし。
「なあ、アタルさんよ。サタンって奴のこと、何か知ってるかい?」
ボーンの突然の問いに、アタルは首をかしげた。
「サタンか…。そう言えばカシドゥア人の神カシドゥアはサタンに吸収されたのだったな。気になるのか?」
「少しな」
ボーンは葉巻をくゆらせた。
「ここ数十年、サタンの噂は聞かないが……。そうだな、奴が消滅していない以上、安心とは言いきれぬ。少し情報を持っている奴に連絡を取るか……」
アタルはソファから立ち上がった。
「しばらく自宅待機しろ。少しばかり思い付いたことがある」
アタルはそう言うと、玄関に向かった。
「何かおかしなこと考えていやがるな?」
アタルを玄関から見送りながら、ボーンはそう問うた。
「まあ、楽しみにしていろ。お前にも絶好の気晴らしになるだろう」
アタルはそう言い残し、去って行った。
ボーンは何となく嫌な予感を覚えながら、葉巻の煙を深く吸い込んだ。