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1 ボーンの秘密

 情事の後の倦怠感の中で、ボーンは葉巻を吸いながら、ベッドの天蓋を見上げていた。
 楽園の果実と、その間を飛び交う鳥を螺鈿で表現したそれは、甘美な時間の舞台に相応しい。

 10年ぶりの女体の感触は、ボーンを狂喜させた。
 サフィーアの胎内に二度、男としての欲望を吐き出し、ボーンは満足してキングサイズのベッドに横たわっていた。

「……何を考えてらっしゃるの?」

 サフィーアがボーンの死灰色の胸に白い繊手を滑らせた。

「……一週間前に、妙なことがあった」

 ボーンは深々と葉巻を吸って吐き出した。

「妙なこと?」

「俺は、惑星カシドゥアに行ったんだ。正確に言えば、連れていかれた。キン肉アタルにな」

 サフィーアは肘で上体を支え、ボーンの顔を覗き込んだ。

「王宮の廃墟と、神殿の廃墟を見てきた……。問題は神殿の廃墟だ」

「神殿がどうかしまして?」

 サフィーアは怪訝そうに先を促した。

「神殿そのものがどうにかなった訳じゃねえ。俺に妙なことが起きた」

「あなたに?」

 ボーンは葉巻の灰を、枕元の灰皿に落とした。

「……神殿に近づくにつれて、妙な感じがしやがった。なんつうか……頭の中に何か突っ込まれて、どこかをこじ開けられているような、そんな感じだった」

 ボーンはあの時の奇妙な感覚を思い出し、すうっと目を細める。

「神殿の神像に近づくと、凄い違和感で顔も上げていられなくなった。その時、急に神像から声が聞こえたんだ」

「神像から!?」

 まさかという表情を、サフィーアは浮かべた。

「頭の中にだ。最初は自分がイカれたのかと思ったが、どうもそうじゃねえ。馬鹿でけえ声だったぜ」

「……その声は何て?」

「我を解放せよ、だとよ。急に何言いやがると思ったぜ。同行していたアタルにゃ、全然聞こえてねえみたいだったな」

 ボーンはあまりにも奇怪だったその現象を思い返し、生々しい驚愕と不可解な高揚を再び味わった。

「わからねえ。カシドゥアとかいうカミサマなのか? 何から解放しろってんだ? あんたはどう思う、サフィーア?」

 ボーンは、葉巻を灰皿に押し付けて消した。

「……我々カシドゥア人には、主神カシドゥアについて、ある伝説があるの……」

 サフィーアは上体を起こし、真剣な表情でボーンを覗き込んだ。

「伝説?」

「サタンに吸収されたカシドゥアは、滅びたように見えても、実はサタンの中で生きている。時が来れば、カシドゥアはサタンを滅ぼし復活する」

「ハ、本当かね?」

 ボーンは懐疑的だ。

「この伝説には続きがあるの。カシドゥアをサタンから解き放ち、失われたカシドゥア文明の栄光を取り戻す救世主が現れる。その者は滅ぼすことができぬはずのサタンを、完全に滅ぼす偉大な力を持っている」

 サフィーアはいつになく真剣な顔でボーンを見つめながら、言葉を紡いだ。

「サフィーア……?」

「あなたが救世主かも知れないわ、ボーン」

 一瞬の間の後、ボーンは破裂するように笑い出した。

「こいつはいい、今まであんたが言った中で、一番面白い冗談だぜ!」

「ボーン。私は真剣に言っているの」

 サフィーアはボーンの額に指を伸ばした。
 煌めく闇とでも言うべき黒ダイヤモンドに触れる直前で手を止める。

「カシドゥアの聖色は黒。そしてあなたの額の宝石は、黒ダイヤ。偶然かしら?」

「あんたにしちゃ、短絡的なんじゃねえか?」

 ボーンは揶揄する。

「俺はカシドゥア人の血が半分しか入ってねえ。その上カシドゥア人の最大の特徴である魔法も使えないんだ。も一つついでに言うと、職業は元殺し屋だ。そんな奴をカミサマが選ぶかね?」

 ボーンはくるりと体勢を入れ替えて、サフィーアを組み敷いた。

「カシドゥア人の額の宝石は、生まれてくる時に神カシドゥアから直接授けられると言われているの。私が言っていることは、単純な連想ではなくってよ」

 ボーンは答える代わりに口づけを落とした。

「ボーン、あなたはただの混血児ではないわ……あっ……!」

 乳房を愛撫され、サフィーアは喘いだ。

「サフィーア……」

 今は、何も考えたくない。
 ボーンはサフィーアを抱きしめた。
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