1 ボーンの秘密
びょうびょうと乾いた風が吹き荒ぶ。
舞い上げられた砂塵が、砂漠に踏み込んだ二人の超人にまとい付く。
無慈悲な太陽が真上から照りつけ、砂に埋もれた石造りの廃墟を照らす。
風の音以外静まり返った、死の都がそこにはあった。
「相変わらず鬱陶しい場所だぜ」
いつもの格好の上にマントを羽織ったボーンが、周囲を見渡して呟いた。
見渡す限り、崩れた石の廃墟が続いている。
廃墟は細かい砂に半ば埋もれ、悠久の時間、打ち捨てられていたことを示していた。
「カシドゥアの王都シャリザーンの廃墟。この砂漠の真ん中に、これだけの都を造り上げるとは、カシドゥアの文明は大したものだったというのは本当らしいな」
アタルが細かい砂を踏み締めながら、そう評した。
彼らがいるのは、砂に埋もれたかつての大通りだ。
足首まで砂に埋まりながら、彼らが目指すは通りのどん詰まりにある神殿と王宮だった。
「かつてこの都は魔法によって豊かな水と緑に覆われ、数十万の人々が暮らしていたという。魔法を供給する人々が去り、廃墟と砂だけが残ったという訳だ」
アタルはぎらつく太陽から身を守るように、羽織ったマントをかきあわせた。
ちらりとボーンを見る。
きっちり巻かれたターバンとそこから垂れる首覆いの布、そしてショールとマントが、砂漠の太陽と熱風から効果的に身を守っている。
ボーンの出で立ちはカシドゥア人のそれなのだと、アタルは納得した。
本人が、どの程度そのことを自覚していたかは不明だが。
「王宮と神殿に行っても何もないぜ」
ボーンはちらりと背後のアタルを振り返った。
「王宮はもぬけの殻だし、神殿には気味悪い神像があるだけだ。見てもしょうがないぜ」
アタルはふと脚を止めた。
「お前は、やはりここに来たことがあるのだな」
「随分昔にな。一応、自分のルーツってやつだからな」
ボーンの父、キン骨マンが属するドクロ星人は愚にもつかない弱小種族だが、母の属するカシドゥア人はかつて宇宙に君臨した偉大な一族だ。
その痕跡をたどりたくなったボーンの気持ちも分からないでもない。
「かつてキン肉族と並ぶ栄華を築いたカシドゥア王族の王宮と、その主神カシドゥアの神殿……見て無駄ということはあるまい」
アタルは足を速めた。
王宮は静まり返っていた。
乳白色の石で造られ、丸い屋根が特徴の美しいその建造物は、死んだような沈黙の中、砂に埋もれていた。
ボーンとアタルは、砂に半ば埋もれた入り口から内部に滑り込んだ。
内部は連続したアーチ状の天井が広がり、天球を模した華麗な装飾が施されていた。
砂に半ば隠された壁には、豊麗な楽園を示す様々な紋様が描かれ、未だ残る鮮やかな色彩は、往年の栄華を語りかけるようだった。
「ふむ。美しい」
アタルは感心して壁画に目を凝らした。
「カシドゥア人はあらゆる面でキン肉族とは対照的だと聞くが、本当らしいな。キン肉族の建築・美術様式が豪快なら、カシドゥアのそれは妖艶華麗だ」
見慣れたマッスルガム宮殿の様式と比べながら、アタルは呟く。
「……いいのか?」
にやにやしながら、ボーンがアタルに尋ねた。
「何がだ」
「カシドゥアを誉めるようなこと言いやがって。キン肉族にとってカシドゥア人は不倶戴天の敵、邪神を奉じて怪しげな魔術を使う邪悪な存在じゃねえのか?」
キン肉族がカシドゥア人をどう見ていたかは、同じくカシドゥアの血を引く魔女サフィーアが教えてくれた。
「美しいものを美しいと言ったまでだ。カシドゥア人が本当に邪悪であったのか、今となっては知るよしもない。まあ、お前個人は、邪悪と言われても致し方ない超人だったが、カシドゥア人全員がお前のようではなかろう」
そのお前も、今は生き方を変えていることだしな。
アタルはそう続けた。
「けっ。好きで変えたんじゃないがね」
ボーンは一度はちぎれた右手首を見下ろした。
ふと思う。
キン肉族に協力している自分の行為は、他のカシドゥア人たちにとって裏切りではないのかと。
すぐに振り払う。
自分は純粋のカシドゥアではなく、雑種だ。
血族意識の強いカシドゥア人は純血を重んじ混血児を認めないという。自分が何をしようと、今生き残っている純粋カシドゥア人たちには知ったことではないであろう。
ただ、恐らくは例外であろう女の面影を思い浮かべ、ボーンの顔に一瞬笑みがよぎった。
幾つかの部屋を探索した後、ボーンとアタルは、宮殿を後にした。
次に目指したのは、宮殿の更に奥、小高い丘の上に築かれた神殿だった。
白い宮殿とは対照的に、つやのある真っ黒な石で造られており、宗教施設だということを示す尖塔付きの様式で造られていた。
「黒って色は、カシドゥア人にとっては聖なる色なんだってねェ」
ボーンは丘の下から黒い神殿を見上げながら、そう呟いた。
口にした葉巻の煙が空に登っていく。
「黒は主神カシドゥアを示す色なんだとさ。カシドゥアの戦士は、神の加護を願って黒い衣装を身にまとって戦場に向かったんだそうだ」
まさにトレードカラーであるかのように、黒のターバンとショールを身にまとっているボーンは口にした。
「……お前も神の加護を願っているのか?」
アタルの問いに、ボーンは皮肉な笑いを返した。
「ハッ!! 俺がカミサマに助けていただけるようなタマだと思うかよ!? お祈りする暇があったら、シューティング・アローをぶっぱなすぜ!!」
神の加護を願っていたのは、ボーンの母親だろう。
彼女が幼いボーンに黒いターバンを与えた。
それ以来、例え彼女が自分を置いて家を出ても、ボーンは黒いターバンを身に着け続けた。
その後、彼が大人になってから、黒が聖なる色だと教えてくれたのは、魔女サフィーアだ。
ボーンのカシドゥアに関する知識は、ほぼ彼女からのものだ。
「……行こう」
アタルが促し、丘を登り始めた。
砂に覆われた斜面を踏み締め、神殿の廃墟に向かう。
ボーンはその道すがら、奇妙な感覚に襲われた。
誰かに見られているような、呼ばれているような、そして頭の中に直接何かの力が送り込まれているような。
「どうした? ボーン」
足が止まりがちなボーンを、アタルが振り返った。
「いや。何でもねえ……」
ボーンは違和感を振り払って歩を進めた。
以前に来た時にも、説明し難い奇妙な感覚を覚えたことを思い出す。
ただし、今回の方がずっと強力だ。
以前は気のせいで片付けられるレベルだったが、今回の名状し難い違和感は、はっきり異常と分かる。
さて。
これはどうしたことかねえ?
ボーンは不敵に笑んで砂を踏み締めた。
呼んでいるのだろうか。
カシドゥアの血を引く自分を。
ボーンは、アタルに続いて神殿の中に入った。
高台に建っているためか、神殿の内部の砂は宮殿に比べて心なしか少なく、侵入は楽だった。
変わった形の入り口をくぐり、中に入ると、黒一色のだだっ広い空間が現れる。
窓から差し込む光が、白い帯となって夜のような内部を照らしている。
見上げると天井は高く、宮殿で見たのと似た、だがそれより精緻な天球を模した細工で飾られている。
神殿の最も奥まった部分は高く段になっており、その上に高さ10m近い巨大な神像が安置されていた。
ドクロに似た凶悪な顔、複雑な巻き方のターバンから垂れる炎のような髪。
禍々しい骨の装飾で覆われた体と衣装、黒い羽毛らしき襟飾りと骨の突起の肩当てで飾られたマント。
あたかも死神のようなその神像こそ、超神カシドゥアだ。
不思議なことに、うっすらと光を放っている。
「禍々しい……これがカシドゥアの神か」
アタルが間近で神像を見上げながら呟いた。
「どこかお前に似ている気がするな、ボーン・コールド……どうした?」
傍らのボーンの様子がおかしいと気付き、アタルは彼を覗き込んだ。
ボーンはひどい頭痛でも感じているかのように、頭に手をやっていた。
来る途中から感じていた、名状し難い違和感が頂点に達する。
頭の中のどこかが、何かの力によって無理矢理開かされているような異常な感覚。
耐えられず、微かな呻き声が彼の口から洩れた。
彼は何かに引かれるように、顔を上げ、神像を見た。
傍でアタルが何事か話しかけたが、耳に入らない。
神像と目が合った。
『我を解放せよ!』
突然、頭の中で轟雷のような声が轟いた。
ボーンは雷に打たれたようにびくりと跳ね上がる。
今までに経験のない事態に、さしものボーンも凍り付いた。
幻聴ではあり得ない。
声は確かにカシドゥアの神像から轟いたのだ。
「ボーン? どうした、気分が悪いのか?」
アタルに肩を揺すられて、ボーンは我に返った。
どうやらアタルには声は聞こえていないようだと瞬間的に悟り、ボーンは頭を振って強引に意識を平常に戻した。
「……もういいだろ。帰ろうぜ」
神像から来る、強烈な引力を感じつつ、ボーンは視線を引き剥がし、外へと体を向けた。
全身をじっとりと汗が濡らす。
「……行こう」
アタルは不審を押し殺し、外に出ていくボーンの後を追った。
舞い上げられた砂塵が、砂漠に踏み込んだ二人の超人にまとい付く。
無慈悲な太陽が真上から照りつけ、砂に埋もれた石造りの廃墟を照らす。
風の音以外静まり返った、死の都がそこにはあった。
「相変わらず鬱陶しい場所だぜ」
いつもの格好の上にマントを羽織ったボーンが、周囲を見渡して呟いた。
見渡す限り、崩れた石の廃墟が続いている。
廃墟は細かい砂に半ば埋もれ、悠久の時間、打ち捨てられていたことを示していた。
「カシドゥアの王都シャリザーンの廃墟。この砂漠の真ん中に、これだけの都を造り上げるとは、カシドゥアの文明は大したものだったというのは本当らしいな」
アタルが細かい砂を踏み締めながら、そう評した。
彼らがいるのは、砂に埋もれたかつての大通りだ。
足首まで砂に埋まりながら、彼らが目指すは通りのどん詰まりにある神殿と王宮だった。
「かつてこの都は魔法によって豊かな水と緑に覆われ、数十万の人々が暮らしていたという。魔法を供給する人々が去り、廃墟と砂だけが残ったという訳だ」
アタルはぎらつく太陽から身を守るように、羽織ったマントをかきあわせた。
ちらりとボーンを見る。
きっちり巻かれたターバンとそこから垂れる首覆いの布、そしてショールとマントが、砂漠の太陽と熱風から効果的に身を守っている。
ボーンの出で立ちはカシドゥア人のそれなのだと、アタルは納得した。
本人が、どの程度そのことを自覚していたかは不明だが。
「王宮と神殿に行っても何もないぜ」
ボーンはちらりと背後のアタルを振り返った。
「王宮はもぬけの殻だし、神殿には気味悪い神像があるだけだ。見てもしょうがないぜ」
アタルはふと脚を止めた。
「お前は、やはりここに来たことがあるのだな」
「随分昔にな。一応、自分のルーツってやつだからな」
ボーンの父、キン骨マンが属するドクロ星人は愚にもつかない弱小種族だが、母の属するカシドゥア人はかつて宇宙に君臨した偉大な一族だ。
その痕跡をたどりたくなったボーンの気持ちも分からないでもない。
「かつてキン肉族と並ぶ栄華を築いたカシドゥア王族の王宮と、その主神カシドゥアの神殿……見て無駄ということはあるまい」
アタルは足を速めた。
王宮は静まり返っていた。
乳白色の石で造られ、丸い屋根が特徴の美しいその建造物は、死んだような沈黙の中、砂に埋もれていた。
ボーンとアタルは、砂に半ば埋もれた入り口から内部に滑り込んだ。
内部は連続したアーチ状の天井が広がり、天球を模した華麗な装飾が施されていた。
砂に半ば隠された壁には、豊麗な楽園を示す様々な紋様が描かれ、未だ残る鮮やかな色彩は、往年の栄華を語りかけるようだった。
「ふむ。美しい」
アタルは感心して壁画に目を凝らした。
「カシドゥア人はあらゆる面でキン肉族とは対照的だと聞くが、本当らしいな。キン肉族の建築・美術様式が豪快なら、カシドゥアのそれは妖艶華麗だ」
見慣れたマッスルガム宮殿の様式と比べながら、アタルは呟く。
「……いいのか?」
にやにやしながら、ボーンがアタルに尋ねた。
「何がだ」
「カシドゥアを誉めるようなこと言いやがって。キン肉族にとってカシドゥア人は不倶戴天の敵、邪神を奉じて怪しげな魔術を使う邪悪な存在じゃねえのか?」
キン肉族がカシドゥア人をどう見ていたかは、同じくカシドゥアの血を引く魔女サフィーアが教えてくれた。
「美しいものを美しいと言ったまでだ。カシドゥア人が本当に邪悪であったのか、今となっては知るよしもない。まあ、お前個人は、邪悪と言われても致し方ない超人だったが、カシドゥア人全員がお前のようではなかろう」
そのお前も、今は生き方を変えていることだしな。
アタルはそう続けた。
「けっ。好きで変えたんじゃないがね」
ボーンは一度はちぎれた右手首を見下ろした。
ふと思う。
キン肉族に協力している自分の行為は、他のカシドゥア人たちにとって裏切りではないのかと。
すぐに振り払う。
自分は純粋のカシドゥアではなく、雑種だ。
血族意識の強いカシドゥア人は純血を重んじ混血児を認めないという。自分が何をしようと、今生き残っている純粋カシドゥア人たちには知ったことではないであろう。
ただ、恐らくは例外であろう女の面影を思い浮かべ、ボーンの顔に一瞬笑みがよぎった。
幾つかの部屋を探索した後、ボーンとアタルは、宮殿を後にした。
次に目指したのは、宮殿の更に奥、小高い丘の上に築かれた神殿だった。
白い宮殿とは対照的に、つやのある真っ黒な石で造られており、宗教施設だということを示す尖塔付きの様式で造られていた。
「黒って色は、カシドゥア人にとっては聖なる色なんだってねェ」
ボーンは丘の下から黒い神殿を見上げながら、そう呟いた。
口にした葉巻の煙が空に登っていく。
「黒は主神カシドゥアを示す色なんだとさ。カシドゥアの戦士は、神の加護を願って黒い衣装を身にまとって戦場に向かったんだそうだ」
まさにトレードカラーであるかのように、黒のターバンとショールを身にまとっているボーンは口にした。
「……お前も神の加護を願っているのか?」
アタルの問いに、ボーンは皮肉な笑いを返した。
「ハッ!! 俺がカミサマに助けていただけるようなタマだと思うかよ!? お祈りする暇があったら、シューティング・アローをぶっぱなすぜ!!」
神の加護を願っていたのは、ボーンの母親だろう。
彼女が幼いボーンに黒いターバンを与えた。
それ以来、例え彼女が自分を置いて家を出ても、ボーンは黒いターバンを身に着け続けた。
その後、彼が大人になってから、黒が聖なる色だと教えてくれたのは、魔女サフィーアだ。
ボーンのカシドゥアに関する知識は、ほぼ彼女からのものだ。
「……行こう」
アタルが促し、丘を登り始めた。
砂に覆われた斜面を踏み締め、神殿の廃墟に向かう。
ボーンはその道すがら、奇妙な感覚に襲われた。
誰かに見られているような、呼ばれているような、そして頭の中に直接何かの力が送り込まれているような。
「どうした? ボーン」
足が止まりがちなボーンを、アタルが振り返った。
「いや。何でもねえ……」
ボーンは違和感を振り払って歩を進めた。
以前に来た時にも、説明し難い奇妙な感覚を覚えたことを思い出す。
ただし、今回の方がずっと強力だ。
以前は気のせいで片付けられるレベルだったが、今回の名状し難い違和感は、はっきり異常と分かる。
さて。
これはどうしたことかねえ?
ボーンは不敵に笑んで砂を踏み締めた。
呼んでいるのだろうか。
カシドゥアの血を引く自分を。
ボーンは、アタルに続いて神殿の中に入った。
高台に建っているためか、神殿の内部の砂は宮殿に比べて心なしか少なく、侵入は楽だった。
変わった形の入り口をくぐり、中に入ると、黒一色のだだっ広い空間が現れる。
窓から差し込む光が、白い帯となって夜のような内部を照らしている。
見上げると天井は高く、宮殿で見たのと似た、だがそれより精緻な天球を模した細工で飾られている。
神殿の最も奥まった部分は高く段になっており、その上に高さ10m近い巨大な神像が安置されていた。
ドクロに似た凶悪な顔、複雑な巻き方のターバンから垂れる炎のような髪。
禍々しい骨の装飾で覆われた体と衣装、黒い羽毛らしき襟飾りと骨の突起の肩当てで飾られたマント。
あたかも死神のようなその神像こそ、超神カシドゥアだ。
不思議なことに、うっすらと光を放っている。
「禍々しい……これがカシドゥアの神か」
アタルが間近で神像を見上げながら呟いた。
「どこかお前に似ている気がするな、ボーン・コールド……どうした?」
傍らのボーンの様子がおかしいと気付き、アタルは彼を覗き込んだ。
ボーンはひどい頭痛でも感じているかのように、頭に手をやっていた。
来る途中から感じていた、名状し難い違和感が頂点に達する。
頭の中のどこかが、何かの力によって無理矢理開かされているような異常な感覚。
耐えられず、微かな呻き声が彼の口から洩れた。
彼は何かに引かれるように、顔を上げ、神像を見た。
傍でアタルが何事か話しかけたが、耳に入らない。
神像と目が合った。
『我を解放せよ!』
突然、頭の中で轟雷のような声が轟いた。
ボーンは雷に打たれたようにびくりと跳ね上がる。
今までに経験のない事態に、さしものボーンも凍り付いた。
幻聴ではあり得ない。
声は確かにカシドゥアの神像から轟いたのだ。
「ボーン? どうした、気分が悪いのか?」
アタルに肩を揺すられて、ボーンは我に返った。
どうやらアタルには声は聞こえていないようだと瞬間的に悟り、ボーンは頭を振って強引に意識を平常に戻した。
「……もういいだろ。帰ろうぜ」
神像から来る、強烈な引力を感じつつ、ボーンは視線を引き剥がし、外へと体を向けた。
全身をじっとりと汗が濡らす。
「……行こう」
アタルは不審を押し殺し、外に出ていくボーンの後を追った。