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6 ボーンとハンゾウとデーモンシード

「全く、これからどうなっちまうんだ?」

 フォーク・ザ・ジャイアントが、ホテルのラウンジで喚いた。
 髪の毛があったらかきむしっているところだろう。

 地方のビジネスホテルなので、そう広いラウンジではない。
 ぱっと見超人と判別できるような客は、奥まった席に陣取っているボーンとフォークの他にはいない。
 スキーシーズンでもないこの時期は、空いているとネットの評価サイトに記載されていたが、よく見ると、明らかにビジネスマンではなさそうな客で、いささか嵩増しされているような。
 これからこの近くの名所で起こりそうなことを考えれば、当然超人格闘技マニアが詰めかけるのは当たり前であるが。

「ハンゾウは死んじまった上にどこかに連れて行かれちまった。恐怖の将とやらは復活しかけてる。なのに万太郎とケビンの野郎は仲間割れしたまま……。どうなるんだよ、一体~!?」

 フォークが喚き散らすのもむべなるかな。
 ここから少しばかり離れた恐山には、ジェネラルパラストが合体してできた闘技場がそそり立ち、地元民の恐怖を煽っている。
 恐怖の将こと悪魔将軍を模したその内部では、リボーンアシュラマンとボルトマンがキン肉万太郎とケビンマスクを待っているはずだ。

 そして、持ち去られたミートの肉体も、その中にあるのだ。

「ガキどもは、いざ戦わなきゃならねえ段になったら、嫌々でも協力し合うだろうぜ。あいつらだって死にたかねえだろうからな。だが、それで勝てる保証はねえ」

 ラウンジは禁煙なので、葉巻を我慢してコーヒーをすすりながら、ボーンが呟く。

「ついでに言うと、俺の予測では、ハンゾウの死体もあのけったいな闘技場の中にあると思うぜ」

 ハンゾウが海に消えた後、ボーンとフォークはジェネラルフェイス下の海へ急行。
 彼を捜索した。
 体の構造上、水に入れないフォークを浜に残し、ボーンは一人で海に潜り、ハンゾウを探し始めた。

 まず生きてはいないだろうが、死んでいてもサフィーアの魔法で何とかなるかも知れない。
 そのことに希望を託して、ボーンはハンゾウの死体から漂ってくるはずの微弱な生命波動の残滓を探る。

 しかし、どんなに魔力のアンテナを張り巡らせても、ハンゾウの気配は引っかかって来なかった。
 目視でも、左の義眼のサーチ機能を最大にしても、ハンゾウの姿を捉えることは全くできなかったのだ。

 どうも、ハンゾウの遺骸は、一瞬にして何者かに持ち去られたようだ。
 そう判断し、ボーンはフォークと共に、一旦引き上げたのだ。

「ボーン!!」

 響きの良い女の声が、ホテルのラウンジのざわめきを縫って聞こえた。

「サフィーア!!」

 ボーンは喜色も顕に立ち上がる。
 振り返ると、エキゾチックで扇情的な衣装をまとった青い女が、こちらに近付いてくるところだった。

「お久しぶり、ボーン。何だか大変なことになっているようですわね。例の中継、視聴していましたわ」

 ボーンの抱擁を受けながら、サフィーアはそう切り出す。

「ああ。お前に頼らなくちゃならないことができちまった。来てくれて嬉しいぜ、サフィーア。無茶言ってすまねえな」

 サフィーアは、滅多に正義超人の前に姿を見せない。
 魔女の悪名が轟いているのもあって、面倒ごとに巻き込まれる可能性が極めて高いからだ。
 その暗黙の掟を押してまで、サフィーアはボーンの要請に応じてくれた。

「非常事態ですもの。あなたの友達を見捨てる訳にはいきませんわ……。ごきげんよう、フォーク。あなたも大変ですわね」

 ボーンに微笑みかけると、サフィーアはフォークに声をかける。

「久しぶりだなあ、サフィーア。あんたが来てくれりゃ百人力だあ~!!」

 フォークは目に見えて安堵したようだ。
 死者を甦らせるほどの魔法を、サフィーアは使うとボーンから聞いている。
 彼女がいてくれれば、ハンゾウの死骸さえ取り戻せたら、即座に彼を甦らせることができるのだ。

「大体の経緯はご連絡を受けて察しましたけれど、やはりハンゾウの亡骸はどうやらあの建物の中にあるので間違いないようですわね……」

 ボーンたちと同じテーブルに着くや、サフィーアはそう断言する。

「ああ。どういう訳か、サタンはハンゾウの死骸を持ち去っていやがる。ついでに、サタン本人も、確実にあの悪趣味な建物の中にいるはずだ……当然、ミートもな」

 ここから数十km離れた、日本有数の霊山にある異形の建物に、ボーンの目指すものがある。
 問題は、ハンゾウの亡骸を、どう取り戻すか。
 ボーンとしては、ミートの肉体の安全も確保したいところではある。
 向こうの用意した最後の戦士二人は、何としてもミートの肉体をエサに、万太郎とケビンマスクを引っ張り出したいようだ。
 だが、奴らが戦うにせよ、何も律義に、ミートの肉体まで、そんな危険な場所にいつまでも曝しておく必要はない。

「相手が指定してきたのは、キン肉万太郎とケビンマスクの二人ですわね……どうしますの?」

 サフィーアの問いは、もしや彼らに加勢するのかという意味である。

「指定してきた本人たちは、あくまでサタンの兵隊だ。サタン本人の狙いはミートだ。あの場所にサタンがいる以上、そしてミートが囚われている以上、つけ入る隙があるはずだ」

 そう言や、ミートはどんな状態に置かれていやがるんだ、とボーンは内心呟いた。
 ある感傷が、彼の内心を横切る。

 同時に気になるのは、ハンゾウの亡骸が何に使われているのか、ということ。
 勝っても負けても、死んだ超人になど、サタンは用がないはずだ。
 なのに、何故、奴はわざわざハンゾウの――ついでに言うと、彼以外にも、あの戦いで散って行った他のアイドル超人たちも――亡骸を持ち去る必要があったのか。
 全く、サタンの意図が読めない。
 不気味だった。

「あくまであなたはサタンと戦いたいと思ってらっしゃるのね」

 サフィーアが吐息を落とす。

「私の占いによると、それはまだ時期尚早ですわ……。ただし、思いがけない別の戦いがあなたを待っているの。フォークも当然、それに巻き込まれるわ。恐らくは、この私も」

「別の戦い……?」

 ボーンは隻眼をすがめる。
 フォークも、そしてサフィーアまで巻き込まれる戦いとは。

「どういうことだあ? デーモンシードって連中は、あと二人しかいねえよな? 伏兵でもいるのかあ?」

 フォークは怪訝な顔だ。
 もし本当にそんなに沢山の兵士を作り出しているなら、何故に奴らは今までもったいぶっている必要があったのかと、彼ならずとも納得いかないだろう。

「あの時、与那国の海底遺跡から飛んでったダイヤモンドは6つ。だが、あの手法を使ったのがあの時だけだとは限らねえ。別の機会はいくらでもあったはずだ……。伏兵がわんさかいる可能性は否定しきれねえよ」

 ボーンは考え込む。
 サフィーアは、自分をカシドゥアのメシア、超神カシドゥアの化身と考えている。
 カシドゥア本人はと言えば、自分に彼を解放させたいようだ。
 そういう超人を、カシドゥアを吸収したサタンが放っておくだろうか?
 いち早く倒して危険を排除しようとするのが、合理的判断というもの。

「俺は今から行って、あの悪趣味な建物に侵入しようと思ったんだが……」

「いえ、それはやめた方がよろしくてよ。デーモンシードが指定した二人……キン肉万太郎とケビンマスクが動き出すのを待つべきですわ」

 サフィーアが静かな、だがきっぱりした口調でボーンをいさめる。

「それも占いかあ?」

 フォークが不思議そうに尋ねる。

「ええ。今回は慎重に占いましてよ。ボーンの人生に関わることですし、ハンゾウという犠牲者が出ていますもの。否応なくあなたも巻き込まれることになるのも分かっていましたしね、フォーク」

 サフィーアにそう断言され、さしものフォークがいささか緊張した様子。

「明後日、だな……」

 サフィーアの占いに間違いはないだろう。
 実際、10年前、ボーンたちはサフィーアの忠告を無視してキン肉星を襲い、挙句に逮捕拘禁されている。

「彼らが動く時、あなたの運命も動く……。焦らないで、ボーン」

 ボーンはその言葉にうなずく。
 今は、10年前ではない。
 受け止めるべきものは、ずっと多いのだ。

「万太郎とケビンは、まだ特訓の最中かあ?」

 フォークがそれぞれの場所で己を磨いているであろう二人に思いを馳せる。
 基本的に大雑把な彼だが、いくら敵に指定されているとはいえ、子供みたいな年齢の二人組を前面に出して、何もしてやれないというのは、いささか気が引ける事柄には違いない。

「ギリギリまで特訓して、後は休むってとこか。あいつらのことだから、休むのを省略するかもな。とりあえず俺たちは、明後日までは暇になる訳だ」

 気だるい調子で、ボーンが呟いた。
 サフィーアに振り向いて、へらっとした笑顔になる。

「どうだい、サフィーア? 少し恐山の下見にでも行かねえか? 多分面白いと思うぜ?」

「そうですわね……。日本の霊山……興味ありますわ」

 サフィーアは艶然と笑った。
 すいっと形の良い指で、ボーンの手に触れる。

「ちぇ、お前らはデートかよ~っ!! 俺もスペクトラでも連れて来れば良かったなあ~っ!!」

 フォークが不満をこぼす。

「ま、お前は食べ歩きでもしてろや。この辺の地元料理もオツなもんらしいぜ。……さて、俺らは行こうぜ、サフィーア」

 ボーンはサフィーアと連れだって、ホテルを後にした。
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