5 魔法と超人オリンピック
だだっ広い荒野には、乾いた風が吹き抜けていた。
見渡す限りの、黒っぽくひび割れた石と砂礫だけが広がる、茫漠とした場所は、かつて大きな戦場か何かでもあったものか。
真上から見ると、まるで大地に宿った悪魔が哄笑しているかのような形の、巨大な渓谷というか裂け目が走っているのが、またこの地の禍々しい雰囲気を増す。
ところどころにどうにか貼り付いたような侘しい雑草の他、生命の気配らしきものが見当たらない。
いや。
例外がごく一か所にわだかまっている。
わずか3人の超人を、重武装した40人あまりの超人たちが取り囲んでいた。
「あの宇宙に名の轟いたノーリスペクトも、ヤキが回ったもんだぜえ~!」
重武装した集団の中の一人が、露骨に3人を嘲った。
彼らはそれぞれ、身体の一部が重火器になっていたり、刃物になっていたりと、生まれながらに戦争に赴くために在るかのような超人たちだ。
それが何十人と、ノーリスペクトの3人を完全に包囲しているのだ。
「このヘヴィアームズ星の超人は、ヌルいキン肉星の超人とは違うぜえ~! それをこの人数敵に回して、無事に帰れると思ってるのかあ~!」
「何、多人数を相手取るやり方なんてモンは、いくらでもあるさ」
ボーンは葉巻をくわえたままで気だるく応じる。
このヘヴィアームズ星で、悪行超人に使われる違法傭兵集団の摘発をアタルに命じられたのは、つい先日のことだ。
宇宙船でこの星に降り立ったノーリスペクトたちは、アタルを宇宙船に残し、3人だけで傭兵団を追い詰めた。
この星の超人たちはみな身体が兵器化しており、戦いを生業にしている者たちが多いが、その中でも悪行を専らにする違法傭兵団の存在は知れ渡っており、追跡は容易だった。
ノーリスペクトの3人が、違法傭兵団に接触すると、彼らは大都市郊外の荒野にノーリスペクトを呼び出し、決着をつけることを提案してきたのだ。
「ノーリスペクトを倒したとなりゃあ、俺らの株は上がるぜえ!」
「覚悟しな!」
違法傭兵団がそれぞれの武器を構えたその時だった。
「ダークネス・ジュエル!!」
ボーンの死の魔力を帯びた魔法が、突然の豪雨よろしく傭兵団に降り注いだ。
悲鳴と絶叫。
一切の手加減をしない魔法は、傭兵たちの急所を撃ち抜き、死の魔力によって万が一の生存の確率も奪い去る。
40体あまりの死骸が累累と折り重なり、血の匂いの風が現場を吹き抜けた。
その中に、ぽつんと一つだけ、取り残された影。
「あ……あ……」
その若い女は、一瞬のうちに40人の仲間が潰えたことに、咄嗟に反応できずにいた。
美しい娘だ。
丁度、CDの表面のように、虹色の反射を見せる長い髪。
女にしてはやや大柄な身長にグラマラスな体つき、ベルトで止めたブラジャー状のトップスに、迷彩柄のショートパンツがワイルドな魅力を醸し出す。
腕は金属光沢のある重火器らしきものになっているのが、何より雄弁に、このヘヴィアームズ星出身の超人だと主張する。
「俺は女は殺さない主義なんでね、お嬢さん。見逃してやるから、このまま立ち去りな」
ボーンが殊更さりげなく警告する。
「ふむ、相変わらず女に甘いな、ボーン」
ハンゾウが呟く。
「くっ!」
女が、右腕を上げた。
その手首か開き、まばゆく輝く極太の光線がノーリスペクトたちに放たれる。
「あぶねえ!」
フォークの警告よりも早く、ボーンの魔法が完成した。
「歪曲空間!」
空間に黒い穴が口を開き、光線はまるであらかじめそう定められていたかのように、そこに吸い込まれて消滅した。
愕然とするしか、女に残された道はない。
恐らく彼女にとって、生まれて初めての訳がわからぬ状況であっただろう。
「分かったろ? もう、どんな抵抗も無駄だ」
ボーンの静かだが有無を言わせぬ口調に、女ががっくりと肩を落とす。
「去れ。このボーンは女を殺さぬが、俺たちは殺す。これ以上攻撃を続けるなら、お前を殺さなくてはならなくなる」
ハンゾウが静かに最後通牒を突きつけた。
「あたしは……お前らなんかに負けない……」
女は上目遣いにノーリスペクトたちを見たまま、じりじりと後ずさりした。背後には、巨大な峡谷が横たわる。
「おい、待て!」
フォークが焦った声を上げた。
「お前らに負けて情けをかけられるくらいなら……死を選ぶ!」
女は迷いのない足取りで後ずさり、そのまま背中から峡谷に飛び降りた。
しかし。
間一髪。
落ちる金属の色をした手を、それより遥かに大きな、やはり金属の手が掴んだ。
女が、目を見開く。
彼女の手を掴んでいるのは、フォーク・ザ・ジャイアント。
「今引き上げてやる……!」
自分より遥かに小さな体を、フォークは引っ張りあげようとした。
「離せ!」
女は、咄嗟に左の二の腕に丸いチェーンソーを出現させ、フォークの腕に斬りつけようとする。
「お前……本当に俺を斬るのか?」
フォークが問う。
とても悲しそうな声で。
女は、はっとして動きを止めた。
その拍子に、フォークが彼女を軽々と引き上げる。
「ああ……良かったあ~!」
フォークが引き上げた勢いに任せて、彼女を抱き締める。
「な、何を……!!」
女がもがく。
「俺は、フォーク・ザ・ジャイアントという」
フォークは普段の荒くれぶりからは考えられないような、優しい声を出した。
「あんたの名を、教えてくれ……」
抱き合う形となった二人を、完全に放っておかれたボーンとハンゾウが覗き込み、顔を見合わせた。
「あ~。俺たちは宇宙船に帰っているからな。上手くやれよ、フォーク」
ボーンは呆れ顔で言い残すと、ハンゾウを促して、宇宙船へと帰るルートに向かった。
◇ ◆ ◇
「帰って来ねえな……フォークの奴」
ボーンは宇宙船の椅子の背もたれに寄りかかりながらぽつりと呟く。
あれから二時間ばかりも経過している時間帯だ。
上司のアタルにはとっくに報告をすませ、地元の治安維持組織にも連絡は行き届き、現場に彼らが向かったはずなのだが。
「万が一ということはないか? あの女に殺されたなどということは」
ハンゾウが、やはり宇宙船の座席に収まったまま、仮面の下で顔を曇らせたのが分かった。
「あの女、仮にも傭兵団の一人だったのだ。無力であろうはずがない。のぼせあがったフォークが隙を突かれれば、可能性がない訳ではないぞ」
座席に収まっていたアタルが、ふうむと鼻を鳴らした。
「あまり考えたくない話だが……状況を聞く限りあり得ることだ。ボーン、ハンゾウ、探しに行って来い」
ボーンからおおよその事情を聞いていたアタルは、そう判断した。
ボーン、そしてハンゾウは顔を見合わせ、大儀そうに立ち上がると宇宙船の外に出ようとする。
しかし。
「フォーク!?」
「おい。どういう状況なんだよそりゃ?」
宇宙船の外に踏み出したはんぞうハンゾウとボーンの目に飛び込んできたのは、こちらに歩いてくるフォークと、彼に抱き抱えられるように寄り添って歩く、あの傭兵団の生き残りの女の姿だ。
「俺はこいつをキン肉星に連れて帰ることに決めた!」
フォークが唖然としている仲間二人に宣言した。
「一緒に暮らす……こいつも承知してくれた」
フォークに連れられた女は、うつむいたまま、コクリとうなずいた。
「まさかの急展開つーか……」
心底呆れた調子で、ボーンが唸った。
遠距離恋愛で付き合い出すくらいの予想はしていたが、そうダイナミックに来るとは。
「待て。アタルが許可するか? 我らは司法取引で釈放されてあやつに雇われている身だし、その娘に至っては、本来取締りの対象なのだぞ?」
困惑気味のハンゾウが、もっともな疑問を呈する。
「アタルは中にいるな?」
フォークが仲間たちに問う。
「俺が説得する! こいつはもう悪事を働く気はねえ! 俺が釈放されたんなら、こいつを許してくれてもいいだろ~!」
今しがた放った、ボーン、ハンゾウと共に、フォークが女連れで帰って来たのを目の当たりにしたアタルは、流石に唖然とする。
何事かと問うアタルに、フォークは仲間2人にした説明を繰り返した。
「こいつを連れて帰ることを許してくれ! 俺は、こいつと一緒じゃなきゃ、キン肉星に帰らねえ~!」
凄い迫力で迫るフォークに、アタルはしばし考え込み、やがてため息と共に応じた。
「……良かろう。改心しているのに免じて、特例として免罪しよう。……ところで、お前の名は?」
アタルに問われ、元傭兵の女は戸惑いがちに顔を上げた。
「スペクトラ。スペクトラ・アームズ」
見渡す限りの、黒っぽくひび割れた石と砂礫だけが広がる、茫漠とした場所は、かつて大きな戦場か何かでもあったものか。
真上から見ると、まるで大地に宿った悪魔が哄笑しているかのような形の、巨大な渓谷というか裂け目が走っているのが、またこの地の禍々しい雰囲気を増す。
ところどころにどうにか貼り付いたような侘しい雑草の他、生命の気配らしきものが見当たらない。
いや。
例外がごく一か所にわだかまっている。
わずか3人の超人を、重武装した40人あまりの超人たちが取り囲んでいた。
「あの宇宙に名の轟いたノーリスペクトも、ヤキが回ったもんだぜえ~!」
重武装した集団の中の一人が、露骨に3人を嘲った。
彼らはそれぞれ、身体の一部が重火器になっていたり、刃物になっていたりと、生まれながらに戦争に赴くために在るかのような超人たちだ。
それが何十人と、ノーリスペクトの3人を完全に包囲しているのだ。
「このヘヴィアームズ星の超人は、ヌルいキン肉星の超人とは違うぜえ~! それをこの人数敵に回して、無事に帰れると思ってるのかあ~!」
「何、多人数を相手取るやり方なんてモンは、いくらでもあるさ」
ボーンは葉巻をくわえたままで気だるく応じる。
このヘヴィアームズ星で、悪行超人に使われる違法傭兵集団の摘発をアタルに命じられたのは、つい先日のことだ。
宇宙船でこの星に降り立ったノーリスペクトたちは、アタルを宇宙船に残し、3人だけで傭兵団を追い詰めた。
この星の超人たちはみな身体が兵器化しており、戦いを生業にしている者たちが多いが、その中でも悪行を専らにする違法傭兵団の存在は知れ渡っており、追跡は容易だった。
ノーリスペクトの3人が、違法傭兵団に接触すると、彼らは大都市郊外の荒野にノーリスペクトを呼び出し、決着をつけることを提案してきたのだ。
「ノーリスペクトを倒したとなりゃあ、俺らの株は上がるぜえ!」
「覚悟しな!」
違法傭兵団がそれぞれの武器を構えたその時だった。
「ダークネス・ジュエル!!」
ボーンの死の魔力を帯びた魔法が、突然の豪雨よろしく傭兵団に降り注いだ。
悲鳴と絶叫。
一切の手加減をしない魔法は、傭兵たちの急所を撃ち抜き、死の魔力によって万が一の生存の確率も奪い去る。
40体あまりの死骸が累累と折り重なり、血の匂いの風が現場を吹き抜けた。
その中に、ぽつんと一つだけ、取り残された影。
「あ……あ……」
その若い女は、一瞬のうちに40人の仲間が潰えたことに、咄嗟に反応できずにいた。
美しい娘だ。
丁度、CDの表面のように、虹色の反射を見せる長い髪。
女にしてはやや大柄な身長にグラマラスな体つき、ベルトで止めたブラジャー状のトップスに、迷彩柄のショートパンツがワイルドな魅力を醸し出す。
腕は金属光沢のある重火器らしきものになっているのが、何より雄弁に、このヘヴィアームズ星出身の超人だと主張する。
「俺は女は殺さない主義なんでね、お嬢さん。見逃してやるから、このまま立ち去りな」
ボーンが殊更さりげなく警告する。
「ふむ、相変わらず女に甘いな、ボーン」
ハンゾウが呟く。
「くっ!」
女が、右腕を上げた。
その手首か開き、まばゆく輝く極太の光線がノーリスペクトたちに放たれる。
「あぶねえ!」
フォークの警告よりも早く、ボーンの魔法が完成した。
「歪曲空間!」
空間に黒い穴が口を開き、光線はまるであらかじめそう定められていたかのように、そこに吸い込まれて消滅した。
愕然とするしか、女に残された道はない。
恐らく彼女にとって、生まれて初めての訳がわからぬ状況であっただろう。
「分かったろ? もう、どんな抵抗も無駄だ」
ボーンの静かだが有無を言わせぬ口調に、女ががっくりと肩を落とす。
「去れ。このボーンは女を殺さぬが、俺たちは殺す。これ以上攻撃を続けるなら、お前を殺さなくてはならなくなる」
ハンゾウが静かに最後通牒を突きつけた。
「あたしは……お前らなんかに負けない……」
女は上目遣いにノーリスペクトたちを見たまま、じりじりと後ずさりした。背後には、巨大な峡谷が横たわる。
「おい、待て!」
フォークが焦った声を上げた。
「お前らに負けて情けをかけられるくらいなら……死を選ぶ!」
女は迷いのない足取りで後ずさり、そのまま背中から峡谷に飛び降りた。
しかし。
間一髪。
落ちる金属の色をした手を、それより遥かに大きな、やはり金属の手が掴んだ。
女が、目を見開く。
彼女の手を掴んでいるのは、フォーク・ザ・ジャイアント。
「今引き上げてやる……!」
自分より遥かに小さな体を、フォークは引っ張りあげようとした。
「離せ!」
女は、咄嗟に左の二の腕に丸いチェーンソーを出現させ、フォークの腕に斬りつけようとする。
「お前……本当に俺を斬るのか?」
フォークが問う。
とても悲しそうな声で。
女は、はっとして動きを止めた。
その拍子に、フォークが彼女を軽々と引き上げる。
「ああ……良かったあ~!」
フォークが引き上げた勢いに任せて、彼女を抱き締める。
「な、何を……!!」
女がもがく。
「俺は、フォーク・ザ・ジャイアントという」
フォークは普段の荒くれぶりからは考えられないような、優しい声を出した。
「あんたの名を、教えてくれ……」
抱き合う形となった二人を、完全に放っておかれたボーンとハンゾウが覗き込み、顔を見合わせた。
「あ~。俺たちは宇宙船に帰っているからな。上手くやれよ、フォーク」
ボーンは呆れ顔で言い残すと、ハンゾウを促して、宇宙船へと帰るルートに向かった。
◇ ◆ ◇
「帰って来ねえな……フォークの奴」
ボーンは宇宙船の椅子の背もたれに寄りかかりながらぽつりと呟く。
あれから二時間ばかりも経過している時間帯だ。
上司のアタルにはとっくに報告をすませ、地元の治安維持組織にも連絡は行き届き、現場に彼らが向かったはずなのだが。
「万が一ということはないか? あの女に殺されたなどということは」
ハンゾウが、やはり宇宙船の座席に収まったまま、仮面の下で顔を曇らせたのが分かった。
「あの女、仮にも傭兵団の一人だったのだ。無力であろうはずがない。のぼせあがったフォークが隙を突かれれば、可能性がない訳ではないぞ」
座席に収まっていたアタルが、ふうむと鼻を鳴らした。
「あまり考えたくない話だが……状況を聞く限りあり得ることだ。ボーン、ハンゾウ、探しに行って来い」
ボーンからおおよその事情を聞いていたアタルは、そう判断した。
ボーン、そしてハンゾウは顔を見合わせ、大儀そうに立ち上がると宇宙船の外に出ようとする。
しかし。
「フォーク!?」
「おい。どういう状況なんだよそりゃ?」
宇宙船の外に踏み出したはんぞうハンゾウとボーンの目に飛び込んできたのは、こちらに歩いてくるフォークと、彼に抱き抱えられるように寄り添って歩く、あの傭兵団の生き残りの女の姿だ。
「俺はこいつをキン肉星に連れて帰ることに決めた!」
フォークが唖然としている仲間二人に宣言した。
「一緒に暮らす……こいつも承知してくれた」
フォークに連れられた女は、うつむいたまま、コクリとうなずいた。
「まさかの急展開つーか……」
心底呆れた調子で、ボーンが唸った。
遠距離恋愛で付き合い出すくらいの予想はしていたが、そうダイナミックに来るとは。
「待て。アタルが許可するか? 我らは司法取引で釈放されてあやつに雇われている身だし、その娘に至っては、本来取締りの対象なのだぞ?」
困惑気味のハンゾウが、もっともな疑問を呈する。
「アタルは中にいるな?」
フォークが仲間たちに問う。
「俺が説得する! こいつはもう悪事を働く気はねえ! 俺が釈放されたんなら、こいつを許してくれてもいいだろ~!」
今しがた放った、ボーン、ハンゾウと共に、フォークが女連れで帰って来たのを目の当たりにしたアタルは、流石に唖然とする。
何事かと問うアタルに、フォークは仲間2人にした説明を繰り返した。
「こいつを連れて帰ることを許してくれ! 俺は、こいつと一緒じゃなきゃ、キン肉星に帰らねえ~!」
凄い迫力で迫るフォークに、アタルはしばし考え込み、やがてため息と共に応じた。
「……良かろう。改心しているのに免じて、特例として免罪しよう。……ところで、お前の名は?」
アタルに問われ、元傭兵の女は戸惑いがちに顔を上げた。
「スペクトラ。スペクトラ・アームズ」