1 ボーンの秘密
意識が回復したボーンは、キン肉星総合病院の集中治療室から個室へと移された。
特別病室というやつで、他の病室から離れており、高級ホテル並の設備が整っていた。
本来王侯貴族などのVIPが使う病室だが、ボーンにあてがわれた理由は単純、隔離のためだ。
それが証拠に、病室の前では超人ポリスが二人頑張っている。
傷付いた体でも、その程度なら殺して逃走することも可能だったが、ボーンはあえてそうしなかった。
キン肉族が自分をどう扱うのかに興味があったからだ。
特別病室に移るに当たり、衣服と眼帯は返されたが、武器とターバンは取り上げられたままだった。
武器はともかく、ターバンを取り上げたままというのには特別な意図が感じられる。
ボーンはにやりと笑った。
病室付属の洗面台の前に立つ。
大きな鏡の中から、死灰色の肌をした、引き締まったシャープな体格の超人がこちらを見返していた。
紅い隻眼に、白い短髪。
顔立ちは整っているが、通った鼻を横切るように凄い傷跡がある。
しかし何より目を引くのは、額の中央に輝く、黒いダイヤモンドだった。
装着している訳ではない。
彼の肉体の一部として額から「生えて」いるのだ。
普段はターバンを厳重に巻き、隠しているのだが、今や剥き出しだ。
ボーンは、五歳の頃生き別れた母親を思い出していた。
美しいが、いつも悲しげな顔をしていた母親。
ファティマというエキゾチックな名を持つ彼女の額にも、宝石が輝いていた。
今でも思い出す、鮮やかな紫色のダイヤモンドだった。
彼女はそれを隠すように、いつもヴェールで顔を覆っていた。
幼い頃は、この額の宝石の意味など分からなかった。
ただ、危ないから人前で見せないようにしなさいと言ってターバンを巻いてくれた母親の忠告を、忠実に守っていただけだ。
それが単なる言葉以上の意味があると分かったのは、大人になってからだった。
ボーンが病室に戻ると同時に、ドアがノックされた。
誰何の声より早く、筋肉質の人影が病室に押し入って来る。
「これは王兄殿下。何の用かね?」
ベッドに腰を下ろし、片足をだらしなく放り上げた格好で、ボーンはキン肉アタルを迎えた。
アタルは傍らの椅子を引き寄せ、ボーンの正面に座る。
「カシドゥア人か……。知識としては知っていたが、実物を目にするのは初めてだな」
アタルの目は、ボーンの額の黒ダイヤに注がれていた。
「雑種だがね。どうでもいいが、ターバン返しな」
ボーンは剥き出しの額の宝石をじろじろ見られる不快感に耐えながら要求した。
ある意味、素裸を見られるより羞恥心が刺激される。
「14000年前に奉ずる神と故郷の惑星を失い、事実上滅びたとされる幻の超人種族。お前の母は、その末裔だった訳か。お前の容姿が他のドクロ星人と大きく違うのもうなずけるというものだ」
アタルはボーンの全身を眺め回す。
「他人事のように言うがね。カシドゥア人を主に滅ぼしたのは、あんたらキン肉族じゃなかったかね?」
ボーンは冷たい隻眼をアタルに向けた。
14000年前、超人史上最悪の殲滅戦と言われる、超人大戦が勃発した。
サタンが数多くの超人種族とその神を巧みにたきつけたことが原因と言われるその戦いは、やがてキン肉族とカシドゥア人という、当時宇宙を二分していた勢力の全面戦争へと発展し、結果、カシドゥア人は敗北した。
彼らは故郷の星惑星カシドゥアを捨てて宇宙に離散し、カシドゥア文明は終焉した。
戦いの中、カシドゥア人の主神・生と死の神カシドゥアがサタンに吸収されるという悲劇も、神の民と言われたカシドゥア人の滅亡を決定的にした。
「伝説によると、カシドゥア人は額にある宝石が発する魔力によって、自在に魔法が使えたという。カシドゥア人たちの文明は魔法によって支えられていたという話だな」
アタルはボーンを意味ありげに見やった。
「しかし、カシドゥア人の血を引くはずのお前が魔法を使っている形跡はない。何故だ? カシドゥア人の魔法の脅威については、実際に戦ったキン肉族の記録に繰り返し登場する。単に使えないのか、それとも使わないのか」
「言ったろ。俺は雑種だ。魔法なんざ、どうやって使ったらいいのか見当もつかねえ」
ボーンは自分にカシドゥアの血を伝えた母親が魔法を使わず、息子にも伝えなかった訳を考えた。
魔法さえ使っていたら、母親は暴力を振るう父親に対してあれほど無力でなかっただろうに。
「カシドゥア人と目されていて、確実に魔法を使う者も存在するな」
アタルの言葉に、ボーンの肩がぴくりと震えた。
「魔女サフィーアを知っているだろう。裏社会では有名だ」
アタルが口にした名を知らない者は、裏社会にはいない。
魔女とあだ名されるその女は、魔法の力を用いて、呪殺や正規のルートでは治療できない者たちの回復など、様々な非合法活動を行なっていた。
ボーンも世話になったことがある。
いや、ただ世話になっただけの間柄ではなかった。
鮮やかな紺碧のストレートの髪、額に輝く青いダイヤモンド、妖艶な顔立ちと肢体を思い出し、ボーンは懐かしさに駆られた。
「お前とサフィーアは深い仲だという噂だな。本当か?」
アタルの不躾な問いに、ボーンは沈黙をもって答えた。
「言いたくない、か。なるほど。あの女に危害が及ぶことを恐れるか。お前のような男でも、そういう気持ちがあるのだな」
アタルがふっと笑う。
ボーンはアタルがサフィーアの逮捕を少なくとも今すぐに目論んでいる訳ではないと知り、安堵の胸を撫で下ろした。
「んで、結局あんたの用は何なんだ? 俺がカシドゥア人だってことを確かめたいだけかよ?」
ボーンは今一つアタルの真意を図りかねていた。
かつてのキン肉族の宿敵カシドゥア人の血を引く自分をどうするつもりなのか。
始末するなら、こんな風にやり取りする必要はない。
眠っている間に筋弛緩剤でも注射し、安楽死させれば済むことだ。
「お前がカシドゥア人の血を引くのは分かった」
アタルがいずまいを正す。
どうもこれからが本題のようだ。
「伝説が本当なら、お前にはまだ秘められた潜在能力があるはずだ。どうだ? 俺の元で、その才能を伸ばしてみんか? このままプリズンに戻るよりずっといいと思うがな」
「……具体的にどうしろってんだ?」
ボーンは、わずかに隻眼をすがめる。
「俺に協力し、悪行超人を取り締まる仕事をしてもらう。その代わり、プリズンに戻らなくても良い」
「司法取引ってやつかい」
ボーンはにやにやした。
「そういうことだ」
アタルがうなずく。
「嫌だと言ったら?」
投げかけた言葉の後に一瞬の沈黙があった。
「お前がカシドゥア人であることを公表する」
冷厳に、アタルは告げた。
「その結果、どうなろうと俺の知ったところではない。……カシドゥア人の額の宝石は高く売れるらしいな。お前は狙われる者になるだろう……」
ボーンの不吉な笑みが深くなる。
卑怯な、という感慨はなかった。
相手の弱みがあれば、つけこむのが当然。
彼はそういう世界で生きてきた。
わずかの時間考えて、彼は返答する。
「いいぜ。やってやるよ」
アタルはうなずいた。
「その腕のギプスが取れたら、迎えに来る」
アタルは椅子から立ち上がり、ボーンを見下ろした。
「武器もその時返す」
「武器はともかく、ターバン返しやがれ。落ち着かねえぜ」
ボーンが噛みつくと、アタルは肩を揺らして笑った。
特別病室というやつで、他の病室から離れており、高級ホテル並の設備が整っていた。
本来王侯貴族などのVIPが使う病室だが、ボーンにあてがわれた理由は単純、隔離のためだ。
それが証拠に、病室の前では超人ポリスが二人頑張っている。
傷付いた体でも、その程度なら殺して逃走することも可能だったが、ボーンはあえてそうしなかった。
キン肉族が自分をどう扱うのかに興味があったからだ。
特別病室に移るに当たり、衣服と眼帯は返されたが、武器とターバンは取り上げられたままだった。
武器はともかく、ターバンを取り上げたままというのには特別な意図が感じられる。
ボーンはにやりと笑った。
病室付属の洗面台の前に立つ。
大きな鏡の中から、死灰色の肌をした、引き締まったシャープな体格の超人がこちらを見返していた。
紅い隻眼に、白い短髪。
顔立ちは整っているが、通った鼻を横切るように凄い傷跡がある。
しかし何より目を引くのは、額の中央に輝く、黒いダイヤモンドだった。
装着している訳ではない。
彼の肉体の一部として額から「生えて」いるのだ。
普段はターバンを厳重に巻き、隠しているのだが、今や剥き出しだ。
ボーンは、五歳の頃生き別れた母親を思い出していた。
美しいが、いつも悲しげな顔をしていた母親。
ファティマというエキゾチックな名を持つ彼女の額にも、宝石が輝いていた。
今でも思い出す、鮮やかな紫色のダイヤモンドだった。
彼女はそれを隠すように、いつもヴェールで顔を覆っていた。
幼い頃は、この額の宝石の意味など分からなかった。
ただ、危ないから人前で見せないようにしなさいと言ってターバンを巻いてくれた母親の忠告を、忠実に守っていただけだ。
それが単なる言葉以上の意味があると分かったのは、大人になってからだった。
ボーンが病室に戻ると同時に、ドアがノックされた。
誰何の声より早く、筋肉質の人影が病室に押し入って来る。
「これは王兄殿下。何の用かね?」
ベッドに腰を下ろし、片足をだらしなく放り上げた格好で、ボーンはキン肉アタルを迎えた。
アタルは傍らの椅子を引き寄せ、ボーンの正面に座る。
「カシドゥア人か……。知識としては知っていたが、実物を目にするのは初めてだな」
アタルの目は、ボーンの額の黒ダイヤに注がれていた。
「雑種だがね。どうでもいいが、ターバン返しな」
ボーンは剥き出しの額の宝石をじろじろ見られる不快感に耐えながら要求した。
ある意味、素裸を見られるより羞恥心が刺激される。
「14000年前に奉ずる神と故郷の惑星を失い、事実上滅びたとされる幻の超人種族。お前の母は、その末裔だった訳か。お前の容姿が他のドクロ星人と大きく違うのもうなずけるというものだ」
アタルはボーンの全身を眺め回す。
「他人事のように言うがね。カシドゥア人を主に滅ぼしたのは、あんたらキン肉族じゃなかったかね?」
ボーンは冷たい隻眼をアタルに向けた。
14000年前、超人史上最悪の殲滅戦と言われる、超人大戦が勃発した。
サタンが数多くの超人種族とその神を巧みにたきつけたことが原因と言われるその戦いは、やがてキン肉族とカシドゥア人という、当時宇宙を二分していた勢力の全面戦争へと発展し、結果、カシドゥア人は敗北した。
彼らは故郷の星惑星カシドゥアを捨てて宇宙に離散し、カシドゥア文明は終焉した。
戦いの中、カシドゥア人の主神・生と死の神カシドゥアがサタンに吸収されるという悲劇も、神の民と言われたカシドゥア人の滅亡を決定的にした。
「伝説によると、カシドゥア人は額にある宝石が発する魔力によって、自在に魔法が使えたという。カシドゥア人たちの文明は魔法によって支えられていたという話だな」
アタルはボーンを意味ありげに見やった。
「しかし、カシドゥア人の血を引くはずのお前が魔法を使っている形跡はない。何故だ? カシドゥア人の魔法の脅威については、実際に戦ったキン肉族の記録に繰り返し登場する。単に使えないのか、それとも使わないのか」
「言ったろ。俺は雑種だ。魔法なんざ、どうやって使ったらいいのか見当もつかねえ」
ボーンは自分にカシドゥアの血を伝えた母親が魔法を使わず、息子にも伝えなかった訳を考えた。
魔法さえ使っていたら、母親は暴力を振るう父親に対してあれほど無力でなかっただろうに。
「カシドゥア人と目されていて、確実に魔法を使う者も存在するな」
アタルの言葉に、ボーンの肩がぴくりと震えた。
「魔女サフィーアを知っているだろう。裏社会では有名だ」
アタルが口にした名を知らない者は、裏社会にはいない。
魔女とあだ名されるその女は、魔法の力を用いて、呪殺や正規のルートでは治療できない者たちの回復など、様々な非合法活動を行なっていた。
ボーンも世話になったことがある。
いや、ただ世話になっただけの間柄ではなかった。
鮮やかな紺碧のストレートの髪、額に輝く青いダイヤモンド、妖艶な顔立ちと肢体を思い出し、ボーンは懐かしさに駆られた。
「お前とサフィーアは深い仲だという噂だな。本当か?」
アタルの不躾な問いに、ボーンは沈黙をもって答えた。
「言いたくない、か。なるほど。あの女に危害が及ぶことを恐れるか。お前のような男でも、そういう気持ちがあるのだな」
アタルがふっと笑う。
ボーンはアタルがサフィーアの逮捕を少なくとも今すぐに目論んでいる訳ではないと知り、安堵の胸を撫で下ろした。
「んで、結局あんたの用は何なんだ? 俺がカシドゥア人だってことを確かめたいだけかよ?」
ボーンは今一つアタルの真意を図りかねていた。
かつてのキン肉族の宿敵カシドゥア人の血を引く自分をどうするつもりなのか。
始末するなら、こんな風にやり取りする必要はない。
眠っている間に筋弛緩剤でも注射し、安楽死させれば済むことだ。
「お前がカシドゥア人の血を引くのは分かった」
アタルがいずまいを正す。
どうもこれからが本題のようだ。
「伝説が本当なら、お前にはまだ秘められた潜在能力があるはずだ。どうだ? 俺の元で、その才能を伸ばしてみんか? このままプリズンに戻るよりずっといいと思うがな」
「……具体的にどうしろってんだ?」
ボーンは、わずかに隻眼をすがめる。
「俺に協力し、悪行超人を取り締まる仕事をしてもらう。その代わり、プリズンに戻らなくても良い」
「司法取引ってやつかい」
ボーンはにやにやした。
「そういうことだ」
アタルがうなずく。
「嫌だと言ったら?」
投げかけた言葉の後に一瞬の沈黙があった。
「お前がカシドゥア人であることを公表する」
冷厳に、アタルは告げた。
「その結果、どうなろうと俺の知ったところではない。……カシドゥア人の額の宝石は高く売れるらしいな。お前は狙われる者になるだろう……」
ボーンの不吉な笑みが深くなる。
卑怯な、という感慨はなかった。
相手の弱みがあれば、つけこむのが当然。
彼はそういう世界で生きてきた。
わずかの時間考えて、彼は返答する。
「いいぜ。やってやるよ」
アタルはうなずいた。
「その腕のギプスが取れたら、迎えに来る」
アタルは椅子から立ち上がり、ボーンを見下ろした。
「武器もその時返す」
「武器はともかく、ターバン返しやがれ。落ち着かねえぜ」
ボーンが噛みつくと、アタルは肩を揺らして笑った。