4 懐旧
ボーンたちノーリスペクトが司法取引によってキン肉星プリズンから釈放され、キン肉アタルの下で悪行超人の取締りを行なっていると聞いて、凛子は目を丸くした。
「へえ~! そんなことがあるんだ!」
地元警察が倉庫の中の死体の処理を始めたのを尻目に、凛子はノーリスペクトの三人を見回した。
「今回は俺らが間に合ったからいいものの、危機一髪だったんだぜ、お嬢ちゃん?」
ボーンが葉巻をふかしながら、凛子に忠告する。
「今度から、一人で行動しないこったなあ。万太郎にでも送り迎えさせたらどうだい? あのドスケベのこった、大喜びで犬みたいについてくると思うぜ?」
凛子はじっと、ボーンの顔を眺めた。
「……ボーン・コールド、だよね?」
「そう言ったろ?」
ボーンが葉巻の煙を吐き出す。
「……私のママが、あなたのパパのキン骨マンのこと、知ってたって……。火事場のクソ力修練の中継見て、ママが驚いてた……」
凛子がゆっくり告げると、ボーンの顔がしかめられる。
「あの野郎……お嬢ちゃんのママに何かしやがったのか?」
ほぼ最悪の部類に入る想像が、ボーンの脳裏をかすめた。
「ううん。そういう感じじゃないみたい。ただ、あなたのパパが悪事やらかすのは何度か目撃していたんだって。まさか彼に息子さんがいて、そんな目に遭っていただなんて想像すらしなかったってママは言ってた」
「ふうん……」
ボーンは凛子に目を見据え、葉巻をふかした。
あの男のやる小賢しい悪事に、この娘の母親が巻き込まれたのかも知れないと思いながら。
「もう遅い。ボーン、こちらのお嬢さんをご自宅までお送りしろ」
アタルがボーンに命じた。
「親同士が顔見知りなら、あちらとしてもご安心だろう」
「グロロ~ッ、大丈夫かあ~? こいつのことだから、送り狼にでもなるんじゃねえか~?」
フォークがにやにやと口にする。
「俺はロリコンじゃねえよ。5年後くらいだったら考えたかも知れねえが」
ボーンは軽くいなす。
「ボーンが適任だろう」
ハンゾウが付け足した。
「俺とフォークは女子供でも構わず殺していたが、ボーンは女子供を殺さん。この三人の中では一番安心できるというものだ」
凄い理由に凛子は流石に目を剥いた。
「行って差し上げろ、ボーン。俺たちは先にホテルに戻っている」
アタルが駄目押しする。
「ハイハイ。じゃ、行きましょうかね、お嬢ちゃん」
ボーンが凛子を促す。
凛子はアタルとノーリスペクト残り二人に改めて礼を述べ、ボーンと共に家路についた。
◇ ◆ ◇
「ママが心配してるんじゃないのかい? 電話でもしてやったらどうだ?」
夜闇に包まれた住宅街の道を、凛子に歩調を合わせて歩きながら、ボーンはそう促した。
「あ、うん。そうだね」
凛子はさっき取り戻したスマホを取り出し、通話アプリで母親の名前をタップする。
『凛子!? 今どこにいるの!? こんな時間まで何やってるの!!』
電話の向こうの母親、二階堂マリはこんな時間になるまで帰らない娘を叱り飛ばした。
最近では、超人格闘技という比較的健全な趣味ができたからか、今までのような夜遊びは影を潜めていたというのに。
突然また連絡もなく夜に出歩いているのだから、心配性も跳ね上がって、怒りも二倍である。
「ごめん。実は私、今まで悪行超人にさらわれて監禁されてて……」
『何ですって!?』
マリは頓狂な声を出した。
凛子には、青ざめた母親の顔が如実に思い浮かべられ、申し訳ない気持ちが湧き上がる。
「それを、ノーリスペクトの三人に助けられたんだ。何でも司法取引で釈放されて、悪行超人を取り締まる仕事をしてるんだって。万太郎の伯父さんて人に指揮されているみたい」
『まあ……』
マリは絶句する。
「ママが知ってる、キン骨マンの息子のボーン・コールドっていたでしょ? その人が今私を送ってくれてるんだ」
ちらりと、凛子はボーンを見やった。
彼は葉巻をふかし、聞いているのかいないのか。
『ボーン・コールド!? 今そこにいるの!?』
「うん。隣にいる。煙草吸ってる。大丈夫、何もしてこないよ」
「俺はロリコンじゃねえっつったろ? それにこれは煙草じゃなくて葉巻だよ」
ボーンが笑うと葉巻の煙が揺れた。
『そう……』
マリは何事か考え込んでいる様子だった。
『分かったわ。とにかく帰ってらっしゃい。ボーン・コールドさんも連れてね。会ってみたいわ』
「分かった。じゃあね」
凛子は電話を切った。
「ママがね、あなたも連れてきなさいって。会ってみたいんだって」
凛子はボーンを振り返る。
「へえ。昔懐かしのカス野郎の倅のツラを眺めたいって? 物好きだね、お嬢ちゃんのママは」
ボーンが葉巻の煙を吐き出す。
「カス野郎だなんて……そんな言い方ないよ。あなたがどんな目に遭ったのかは知ってるけど、でも」
凛子は思わず言ってから慌てて口を塞いだ。
相手の傷口に触れてしまったのではないかと思ったからだ。
しかしボーンは怒るどころか、面白そうに眉を上げた。
「俺の親父ってのは、紛れもないカス野郎さ。弱すぎて、正義超人どころか同類のはずの悪行超人からでさえ相手にされねえ。お嬢ちゃんのママも、恐らく軽蔑してたはずだぜ?」
「……確かにママも、キン骨マンって弱かったって話してたけど……」
凛子はもじもじと呟き、なんと続けようか悩む様子だ。
「ま、お嬢ちゃんが気にすることじゃねえさ」
ボーンは飄々と返す。
「私のママね」
凛子はふと思い出したように呟いた。
「海外に行ってまで幼児教育の勉強をしてきたんだ」
「ふうん。職業は保育士か何かかい?」
ボーンがさりげなく尋ねる。
「幼稚園の園長。……子供に対する虐待についても勉強してきた人なんだ。だから、あなたのこと物凄く気にしてたよ」
凛子はじっと、ボーンを見詰めた。
「ハッ! そりゃありがたいね! わざわざ俺みたいなロクデナシの悪党にご同情下さるとはね!」
ボーンは天を仰いで笑った。
「だがそりゃ危険な考えだぜ? 悪党の事情がどうとか、一般人が一切考えちゃいけねえ。そんな甘い奴は、それこそいい獲物だ。つけ込まれるだけなんだぜ?」
「あなたはつけ込むの?」
「俺は生憎、女の同情引いてそいつをどうこうしようって考えが身震いするほど嫌いでね」
「ふうん……プライド高いんだね」
「一応、宇宙一の殺し屋だったんでな」
「でも、今は違うんでしょ?」
「似たようなモンさ。お嬢ちゃんを人質に取った野郎は、俺が今まで始末してきた正義超人と全く同じように死んでった」
ヘラヘラと品なく笑うボーンに、凛子はやはり正義超人とは一線を画したメンタリティを感じた。
それでも、彼は彼女の恩人だ。
それに、正義超人にはないギラついた魅力にも惹き付けられるものがある。
そうこうする内に、ボーンと凛子は、住之江幼稚園に到着していた。
「へえ~! そんなことがあるんだ!」
地元警察が倉庫の中の死体の処理を始めたのを尻目に、凛子はノーリスペクトの三人を見回した。
「今回は俺らが間に合ったからいいものの、危機一髪だったんだぜ、お嬢ちゃん?」
ボーンが葉巻をふかしながら、凛子に忠告する。
「今度から、一人で行動しないこったなあ。万太郎にでも送り迎えさせたらどうだい? あのドスケベのこった、大喜びで犬みたいについてくると思うぜ?」
凛子はじっと、ボーンの顔を眺めた。
「……ボーン・コールド、だよね?」
「そう言ったろ?」
ボーンが葉巻の煙を吐き出す。
「……私のママが、あなたのパパのキン骨マンのこと、知ってたって……。火事場のクソ力修練の中継見て、ママが驚いてた……」
凛子がゆっくり告げると、ボーンの顔がしかめられる。
「あの野郎……お嬢ちゃんのママに何かしやがったのか?」
ほぼ最悪の部類に入る想像が、ボーンの脳裏をかすめた。
「ううん。そういう感じじゃないみたい。ただ、あなたのパパが悪事やらかすのは何度か目撃していたんだって。まさか彼に息子さんがいて、そんな目に遭っていただなんて想像すらしなかったってママは言ってた」
「ふうん……」
ボーンは凛子に目を見据え、葉巻をふかした。
あの男のやる小賢しい悪事に、この娘の母親が巻き込まれたのかも知れないと思いながら。
「もう遅い。ボーン、こちらのお嬢さんをご自宅までお送りしろ」
アタルがボーンに命じた。
「親同士が顔見知りなら、あちらとしてもご安心だろう」
「グロロ~ッ、大丈夫かあ~? こいつのことだから、送り狼にでもなるんじゃねえか~?」
フォークがにやにやと口にする。
「俺はロリコンじゃねえよ。5年後くらいだったら考えたかも知れねえが」
ボーンは軽くいなす。
「ボーンが適任だろう」
ハンゾウが付け足した。
「俺とフォークは女子供でも構わず殺していたが、ボーンは女子供を殺さん。この三人の中では一番安心できるというものだ」
凄い理由に凛子は流石に目を剥いた。
「行って差し上げろ、ボーン。俺たちは先にホテルに戻っている」
アタルが駄目押しする。
「ハイハイ。じゃ、行きましょうかね、お嬢ちゃん」
ボーンが凛子を促す。
凛子はアタルとノーリスペクト残り二人に改めて礼を述べ、ボーンと共に家路についた。
◇ ◆ ◇
「ママが心配してるんじゃないのかい? 電話でもしてやったらどうだ?」
夜闇に包まれた住宅街の道を、凛子に歩調を合わせて歩きながら、ボーンはそう促した。
「あ、うん。そうだね」
凛子はさっき取り戻したスマホを取り出し、通話アプリで母親の名前をタップする。
『凛子!? 今どこにいるの!? こんな時間まで何やってるの!!』
電話の向こうの母親、二階堂マリはこんな時間になるまで帰らない娘を叱り飛ばした。
最近では、超人格闘技という比較的健全な趣味ができたからか、今までのような夜遊びは影を潜めていたというのに。
突然また連絡もなく夜に出歩いているのだから、心配性も跳ね上がって、怒りも二倍である。
「ごめん。実は私、今まで悪行超人にさらわれて監禁されてて……」
『何ですって!?』
マリは頓狂な声を出した。
凛子には、青ざめた母親の顔が如実に思い浮かべられ、申し訳ない気持ちが湧き上がる。
「それを、ノーリスペクトの三人に助けられたんだ。何でも司法取引で釈放されて、悪行超人を取り締まる仕事をしてるんだって。万太郎の伯父さんて人に指揮されているみたい」
『まあ……』
マリは絶句する。
「ママが知ってる、キン骨マンの息子のボーン・コールドっていたでしょ? その人が今私を送ってくれてるんだ」
ちらりと、凛子はボーンを見やった。
彼は葉巻をふかし、聞いているのかいないのか。
『ボーン・コールド!? 今そこにいるの!?』
「うん。隣にいる。煙草吸ってる。大丈夫、何もしてこないよ」
「俺はロリコンじゃねえっつったろ? それにこれは煙草じゃなくて葉巻だよ」
ボーンが笑うと葉巻の煙が揺れた。
『そう……』
マリは何事か考え込んでいる様子だった。
『分かったわ。とにかく帰ってらっしゃい。ボーン・コールドさんも連れてね。会ってみたいわ』
「分かった。じゃあね」
凛子は電話を切った。
「ママがね、あなたも連れてきなさいって。会ってみたいんだって」
凛子はボーンを振り返る。
「へえ。昔懐かしのカス野郎の倅のツラを眺めたいって? 物好きだね、お嬢ちゃんのママは」
ボーンが葉巻の煙を吐き出す。
「カス野郎だなんて……そんな言い方ないよ。あなたがどんな目に遭ったのかは知ってるけど、でも」
凛子は思わず言ってから慌てて口を塞いだ。
相手の傷口に触れてしまったのではないかと思ったからだ。
しかしボーンは怒るどころか、面白そうに眉を上げた。
「俺の親父ってのは、紛れもないカス野郎さ。弱すぎて、正義超人どころか同類のはずの悪行超人からでさえ相手にされねえ。お嬢ちゃんのママも、恐らく軽蔑してたはずだぜ?」
「……確かにママも、キン骨マンって弱かったって話してたけど……」
凛子はもじもじと呟き、なんと続けようか悩む様子だ。
「ま、お嬢ちゃんが気にすることじゃねえさ」
ボーンは飄々と返す。
「私のママね」
凛子はふと思い出したように呟いた。
「海外に行ってまで幼児教育の勉強をしてきたんだ」
「ふうん。職業は保育士か何かかい?」
ボーンがさりげなく尋ねる。
「幼稚園の園長。……子供に対する虐待についても勉強してきた人なんだ。だから、あなたのこと物凄く気にしてたよ」
凛子はじっと、ボーンを見詰めた。
「ハッ! そりゃありがたいね! わざわざ俺みたいなロクデナシの悪党にご同情下さるとはね!」
ボーンは天を仰いで笑った。
「だがそりゃ危険な考えだぜ? 悪党の事情がどうとか、一般人が一切考えちゃいけねえ。そんな甘い奴は、それこそいい獲物だ。つけ込まれるだけなんだぜ?」
「あなたはつけ込むの?」
「俺は生憎、女の同情引いてそいつをどうこうしようって考えが身震いするほど嫌いでね」
「ふうん……プライド高いんだね」
「一応、宇宙一の殺し屋だったんでな」
「でも、今は違うんでしょ?」
「似たようなモンさ。お嬢ちゃんを人質に取った野郎は、俺が今まで始末してきた正義超人と全く同じように死んでった」
ヘラヘラと品なく笑うボーンに、凛子はやはり正義超人とは一線を画したメンタリティを感じた。
それでも、彼は彼女の恩人だ。
それに、正義超人にはないギラついた魅力にも惹き付けられるものがある。
そうこうする内に、ボーンと凛子は、住之江幼稚園に到着していた。