4 懐旧
「お前、二階堂凛子だな?」
珍しく、早めに家路を辿った夕暮れ。
見慣れた住宅街、学校帰りに声をかけられ、彼女は固まった。
「何なの、あんたら!? 私が二階堂凛子だったら何なのよ!?」
そう問い返す凛子の視線は、はるか上を向いている。
人間の平均を遥かに超えた大柄な体格の男たちが三人、彼女を取り囲んでいた。
一人は赤と紫と黒の派手な隈取り状の皮膚を持ち、もう一人は岩のような体に頭がめり込んだように見える巨漢だ。
最後の一人は目がミラーゴーグル状のものに覆われた、黒いエナメルのコスチュームでキメた男だった。
いずれも超人であることは、一目で分かる。
異様に威圧的な雰囲気に、凛子の脚が震えた。
「ちょっと付き合ってもらうぜぇ」
岩のような巨漢が、野太い声で言い放つ。
有無を言わせぬ調子だ。
「なあに、そう遠くじゃねえ。そこの倉庫までだ」
ミラーゴーグルがやや甲高い声で補足する。
どう好意的に聞いても、親切で言っているのではない。
脅すような口調だ。
「い、嫌よ! あんたら悪行超人ね!」
凛子は三人をびしりと指差し、睨みつける。
「キン肉万太郎と親しいだけあって、気が強いぜ!」
隈取りが、奇怪な笑い声と共に評する。
凛子は悟った。
こいつらは、自分を利用して万太郎に何かしようとしている……。
凛子が逃げ出そうとするより早く、ミラーゴーグルが彼女の鳩尾に一撃入れた。
彼女の意識は闇に転げ落ちていった。
◇ ◆ ◇
寒くて目が覚めた。
凛子はぶるっと震えて身じろぎし、ここがどこか確かめようとした。
体の下に、冷たいコンクリートの感触がする。
どうやら縛られ、横たえられているようだと凛子は理解した。
何か大きな荷物が積み上げられ、天井が高い建物の内部のようだ。
どこかの倉庫ではないかと、凛子は推測した。
「気が付いたようだな」
ミラーゴーグルがもたげた凛子の頭の傍に近付いてきた。
「ちょっと……! ここはどこよ!」
凛子は鋭く叫んだ。
恐ろしくてたまらないのだが、弱気を見せればもっと恐ろしいことになりそうで、必死で自分を奮い立たせる。
「そんなに遠くに来た訳じゃねえさ。さっきの場所のすぐ近くだ。万太郎をすぐ呼び出すためにな」
そう答えたのは、荷物に寄りかかっている隈取りだった。
「万太郎と親しいという情報は本当らしいなあ……スマホに万太郎のアドレスが確かにあったぜ~」
首のめり込んだ巨漢がその巨大な手に持っているのは、凛子の水色のスマホだった。
「ちょっと! 女の子のスマホ勝手に見てどういうつもり!」
凛子は怒りと恥ずかしさでもがいた。
しかし、がんじがらめの腕はまるで役に立たない。
「お前さんは万太郎を釣る餌だよ、凛子ちゃんとやら」
ミラーゴーグルがにやにやと宣言する。
「万太郎がお前に執心しているのは調査済みだ。お前の身が危ないとなれば、奴は飛んで来るだろうぜ」
「ククク……あの殺し屋ボーン・コールドも殺り損ねたキン肉万太郎を倒したともなれば、俺たちの悪行超人界での株は上がる。楽しい生活が待っているぜ!」
隈取りが耳障りな声で笑う。
「よう、ショック! 万太郎を呼び出す前に、この女で楽しませてもらっていいかあ?」
巨漢が凛子ににじり寄りながら許可を求めた。
凛子はびくりと体を震わせた。
恐怖で血の気が引いていくのが、自分でわかった。
「仕方ねえな」
明らかに面白がっている薄笑いを浮かべながら、ショックと呼ばれたミラーゴーグルは許可を出した。
どうやら彼がこの三人のリーダー格のようだが、凛子にそれを判断する理性は残っていない。
「クラッシャーの次は俺もいいか、ショック?」
隈取りがクラッシャーと呼ばれた巨漢に続いて凛子ににじり寄る。
「仕方ねえな、トリッパー。好きにしな」
許可を得て、トリッパーと呼ばれた隈取りが、嬉々として凛子ににじり寄る。
彼女はとうとう短い悲鳴を上げた。
「そうだ! 俺がその様子を動画撮影して、この女のスマホから万太郎に送りつけてやるよ」
ショックはクラッシャーの手放した凛子のスマホを取り上げた。
「おお~! そりゃいいぜ!」
「では早速……」
クラッシャーとトリッパーの二人が、凛子に覆い被さろうとする。
「いや……助けてー!」
とうとう、凛子の喉から、突き破るような悲鳴が上がった。
「おっと待ちな。そいつは野暮なやり方だぜ」
低い、響きの良い声が、唐突に割り込む。
三人の悪行超人は動きを止め、入り口の方に目をやった。
そこに見えたのは、三人分の人影。
いつの間に、入って来ていたのか。
一人は半ば重機のような姿の巨漢だ。
頭にヘルメットを被り、角張った胴からは鋭い突起が二本、突き出している。
もう一人は般若の面で顔を覆った、純和風の出で立ちをした大柄な男だった。
甲冑風のコスチュームに身を包み、首には襟巻き。
最後の一人は三人の中で一番小柄だった。
それでも2m以上ある。
真っ黒なターバンにショール、眼帯で左目を覆っており、顔の真ん中を横切るように、凄まじい傷跡がある。
三人の中で最も危険な香りを放っているのが、この男だった。
命あるものが、本能的な忌避感を感じるような、底知れず寒々しい気配。
「悪行超人スーパークラッシャー、バッドトリッパー、並びにアイ・ショック! キン肉星司法長官キン肉アタルの私兵の名において、お前らを逮捕しに来た!」
純和風の男が声を張り上げる。
「素直に逮捕されれば良し! さもないと始末することになるぜぇ~っ!」
半ば重機の巨漢が脅す。
「どうする? 俺たちとやるかい?」
黒ターバンが気だるげな声で警告した。
「てめえら……まさか、ノーリスペクト!?」
バッドトリッパーが愕然と叫ぶ。
凛子は目を見開いた。
彼らのことは、万太郎の火事場のクソ力修練の相手として知っていた。
試合の中継を見たこともある。
何故彼らが、と凛子が思うより先に、アイ・ショックが叫んだ。
「悪行超人の裏切り者がキン肉アタルの手先になったって言うのは本当らしいな……いいだろう。俺たちがお前らを倒してノーリスペクトの名をいただくぜ!」
「グロロ~ッ、やってみろ~!」
半ば重機の超人、フォーク・ザ・ジャイアントが叫ぶ。
二組の悪行超人と元悪行超人が睨み合った。
先に仕掛けたのは現役悪行超人の方だった。
「クラッシャー・タックル!」
スーパークラッシャーが、フォーク・ザ・ジャイアントに向かい、物凄い勢いのタックルを敢行した。
「デンジャー・フォークリフト!」
フォークは絶妙のタイミングで、胸のフォークリフトを跳ね上げた。
クラッシャーの巨体が宙に舞う。
フォークは後を追って飛び上がった。
「超人インセクトコレクション!」
落下すると同時に、フォークの胸と膝の突起がクラッシャーの急所を刺し貫いた。
ごく短い悲鳴と共に、クラッシャーは絶命した。
「この! バッドトリップ・ミスト!」
バッドトリッパーの全身を包む模様から、それと同じ色の霧のようなものが放出された。
まるで気体でできた生き物のように、ハンゾウの方に押し寄せる。
「この霧には、幻覚を引き起こす成分が含まれている……。一度捕らえられたら最後、相手は地獄に引きずり込まれるかのような感覚に正気を失い戦意喪失するのだ!」
高笑いしかけたバッドトリッパーの顔はしかし、次の瞬間凍りついた。
「ハンゾウ流極意、撥雲風車!」
超高速で回転しながら突進してくる巨大風車が、幻惑の霧を勢いよく吹き散らす。
何事か叫ぼうとしたバッドトリッパーは、一瞬にしてハンゾウの乗った巨大風車の鋭い縁でその体を縦真っ二つにされ、どさりと倒れた。
仲間二人を瞬時に倒されたアイ・ショックは、目を覆うミラーゴーグルから鋭いビームを放った。
「危ないボーン!」
フォークが鋭く叫ぶ。
しかし狙われた当人は、黒い陽炎のようにゆらりと難なく避けてみせた。
「動くな!」
アイ・ショックは一瞬の隙に凛子を盾に取った。
細い首に彼女の腰ほどもある腕を巻き付け、自分の体の前にぶら下げる。
彼女は苦痛と恐怖でかすかな悲鳴を上げた。
「そのまま動くなお前ら! もし動けばこの小娘の命は……」
「シューティング・アロー!」
言葉が終わる前に、アイ・ショックの額にシューティング・アローのブレードが突き立っていた。
声すらなく、アイ・ショックが絶命する。
脳髄をはみ出させた無残な死骸が崩れ落ち、凛子はその重みに引きずられるように倒れた。
グロテスク極まる惨状に、凛子は派手な悲鳴を上げるしかない。
「あー悪いねえ、お嬢ちゃん。今助けてやるから」
歩み寄って来た黒ターバンが、飄々とした調子で詫び、手にしたままだったブレードで凛子をいましめている縄を切った。
「ほら。立てる?」
黒ターバンの超人は、ブレードの血を払い飛ばすと、腰の後ろに吊った鞘に収める。
そのまま凛子に黒いグローブに包まれた手を差し出した。
凛子はショックのあまり、警戒心も忘れて、その手にすがってどうにか立ち上がる。
初めて見る、「超人レスリングの試合」ではなく、「純粋な殺し合い」の現場となった周囲の血みどろの様を見て、凛子は震えが全身を這い上がってくるのを感じた。
「歩けるかい?」
黒ターバンの超人が穏やかに尋ね、手を差し伸てきた。
間近で見るその顔は、どことなく死神を思わせながらも、切れの長い垂れ気味の目に色気を感じる、美形に分類していい目鼻立ちである。
さっきまでのぞっとするような気配は抑えているのか、静かな気遣いを感じて、凛子は辛うじてうなずくことができた。
凛子は黒ターバンに抱えられるようにして、血臭漂う倉庫から表に出た。
彼女たちを護るように、重機のような超人と、純和風の超人が、前後を警戒する。
「良くやった、フォーク・ザ・ジャイアント、ハンゾウ、ボーン・コールド」
倉庫の外で待っていた、迷彩マスクの超人が、三人を労った。
「お嬢さん、お怪我はなかったかな?」
そう尋ねられて、凛子は震えながらうなずいた。
「あの……ありがとう……」
「私はキン肉族の司法長官で、王兄のキン肉アタルという者だ」
迷彩マスクの男は、落ち着きのある男らしい声音で自己紹介した。
「お嬢さんのお名前を教えていただけるかな?」
「二階堂……凛子。あの……王兄ってことは、あなたは万太郎の……」
凛子はおずおずと訊いた。
「伯父に当たる。君は万太郎の友達かね?」
「万太郎はこのお嬢ちゃんにご執心らしいぜ。だからさらったって、あの三人組が言ってた」
ボーンが凛子が答える前に口を挟む。
「そうか……。いや、甥のせいで危険な目に遭わせてすまなかった」
アタルは凛子が子供と侮る様子もなく、丁寧に頭を下げる。
「それはいいんだけど……この人たち、万太郎に負けて刑務所に戻った人たちだよね、確か? 何でここにいて、私を助けてくれたの?」
凛子は、心底怪訝そうな目で、三人を順繰りに見渡した。
珍しく、早めに家路を辿った夕暮れ。
見慣れた住宅街、学校帰りに声をかけられ、彼女は固まった。
「何なの、あんたら!? 私が二階堂凛子だったら何なのよ!?」
そう問い返す凛子の視線は、はるか上を向いている。
人間の平均を遥かに超えた大柄な体格の男たちが三人、彼女を取り囲んでいた。
一人は赤と紫と黒の派手な隈取り状の皮膚を持ち、もう一人は岩のような体に頭がめり込んだように見える巨漢だ。
最後の一人は目がミラーゴーグル状のものに覆われた、黒いエナメルのコスチュームでキメた男だった。
いずれも超人であることは、一目で分かる。
異様に威圧的な雰囲気に、凛子の脚が震えた。
「ちょっと付き合ってもらうぜぇ」
岩のような巨漢が、野太い声で言い放つ。
有無を言わせぬ調子だ。
「なあに、そう遠くじゃねえ。そこの倉庫までだ」
ミラーゴーグルがやや甲高い声で補足する。
どう好意的に聞いても、親切で言っているのではない。
脅すような口調だ。
「い、嫌よ! あんたら悪行超人ね!」
凛子は三人をびしりと指差し、睨みつける。
「キン肉万太郎と親しいだけあって、気が強いぜ!」
隈取りが、奇怪な笑い声と共に評する。
凛子は悟った。
こいつらは、自分を利用して万太郎に何かしようとしている……。
凛子が逃げ出そうとするより早く、ミラーゴーグルが彼女の鳩尾に一撃入れた。
彼女の意識は闇に転げ落ちていった。
◇ ◆ ◇
寒くて目が覚めた。
凛子はぶるっと震えて身じろぎし、ここがどこか確かめようとした。
体の下に、冷たいコンクリートの感触がする。
どうやら縛られ、横たえられているようだと凛子は理解した。
何か大きな荷物が積み上げられ、天井が高い建物の内部のようだ。
どこかの倉庫ではないかと、凛子は推測した。
「気が付いたようだな」
ミラーゴーグルがもたげた凛子の頭の傍に近付いてきた。
「ちょっと……! ここはどこよ!」
凛子は鋭く叫んだ。
恐ろしくてたまらないのだが、弱気を見せればもっと恐ろしいことになりそうで、必死で自分を奮い立たせる。
「そんなに遠くに来た訳じゃねえさ。さっきの場所のすぐ近くだ。万太郎をすぐ呼び出すためにな」
そう答えたのは、荷物に寄りかかっている隈取りだった。
「万太郎と親しいという情報は本当らしいなあ……スマホに万太郎のアドレスが確かにあったぜ~」
首のめり込んだ巨漢がその巨大な手に持っているのは、凛子の水色のスマホだった。
「ちょっと! 女の子のスマホ勝手に見てどういうつもり!」
凛子は怒りと恥ずかしさでもがいた。
しかし、がんじがらめの腕はまるで役に立たない。
「お前さんは万太郎を釣る餌だよ、凛子ちゃんとやら」
ミラーゴーグルがにやにやと宣言する。
「万太郎がお前に執心しているのは調査済みだ。お前の身が危ないとなれば、奴は飛んで来るだろうぜ」
「ククク……あの殺し屋ボーン・コールドも殺り損ねたキン肉万太郎を倒したともなれば、俺たちの悪行超人界での株は上がる。楽しい生活が待っているぜ!」
隈取りが耳障りな声で笑う。
「よう、ショック! 万太郎を呼び出す前に、この女で楽しませてもらっていいかあ?」
巨漢が凛子ににじり寄りながら許可を求めた。
凛子はびくりと体を震わせた。
恐怖で血の気が引いていくのが、自分でわかった。
「仕方ねえな」
明らかに面白がっている薄笑いを浮かべながら、ショックと呼ばれたミラーゴーグルは許可を出した。
どうやら彼がこの三人のリーダー格のようだが、凛子にそれを判断する理性は残っていない。
「クラッシャーの次は俺もいいか、ショック?」
隈取りがクラッシャーと呼ばれた巨漢に続いて凛子ににじり寄る。
「仕方ねえな、トリッパー。好きにしな」
許可を得て、トリッパーと呼ばれた隈取りが、嬉々として凛子ににじり寄る。
彼女はとうとう短い悲鳴を上げた。
「そうだ! 俺がその様子を動画撮影して、この女のスマホから万太郎に送りつけてやるよ」
ショックはクラッシャーの手放した凛子のスマホを取り上げた。
「おお~! そりゃいいぜ!」
「では早速……」
クラッシャーとトリッパーの二人が、凛子に覆い被さろうとする。
「いや……助けてー!」
とうとう、凛子の喉から、突き破るような悲鳴が上がった。
「おっと待ちな。そいつは野暮なやり方だぜ」
低い、響きの良い声が、唐突に割り込む。
三人の悪行超人は動きを止め、入り口の方に目をやった。
そこに見えたのは、三人分の人影。
いつの間に、入って来ていたのか。
一人は半ば重機のような姿の巨漢だ。
頭にヘルメットを被り、角張った胴からは鋭い突起が二本、突き出している。
もう一人は般若の面で顔を覆った、純和風の出で立ちをした大柄な男だった。
甲冑風のコスチュームに身を包み、首には襟巻き。
最後の一人は三人の中で一番小柄だった。
それでも2m以上ある。
真っ黒なターバンにショール、眼帯で左目を覆っており、顔の真ん中を横切るように、凄まじい傷跡がある。
三人の中で最も危険な香りを放っているのが、この男だった。
命あるものが、本能的な忌避感を感じるような、底知れず寒々しい気配。
「悪行超人スーパークラッシャー、バッドトリッパー、並びにアイ・ショック! キン肉星司法長官キン肉アタルの私兵の名において、お前らを逮捕しに来た!」
純和風の男が声を張り上げる。
「素直に逮捕されれば良し! さもないと始末することになるぜぇ~っ!」
半ば重機の巨漢が脅す。
「どうする? 俺たちとやるかい?」
黒ターバンが気だるげな声で警告した。
「てめえら……まさか、ノーリスペクト!?」
バッドトリッパーが愕然と叫ぶ。
凛子は目を見開いた。
彼らのことは、万太郎の火事場のクソ力修練の相手として知っていた。
試合の中継を見たこともある。
何故彼らが、と凛子が思うより先に、アイ・ショックが叫んだ。
「悪行超人の裏切り者がキン肉アタルの手先になったって言うのは本当らしいな……いいだろう。俺たちがお前らを倒してノーリスペクトの名をいただくぜ!」
「グロロ~ッ、やってみろ~!」
半ば重機の超人、フォーク・ザ・ジャイアントが叫ぶ。
二組の悪行超人と元悪行超人が睨み合った。
先に仕掛けたのは現役悪行超人の方だった。
「クラッシャー・タックル!」
スーパークラッシャーが、フォーク・ザ・ジャイアントに向かい、物凄い勢いのタックルを敢行した。
「デンジャー・フォークリフト!」
フォークは絶妙のタイミングで、胸のフォークリフトを跳ね上げた。
クラッシャーの巨体が宙に舞う。
フォークは後を追って飛び上がった。
「超人インセクトコレクション!」
落下すると同時に、フォークの胸と膝の突起がクラッシャーの急所を刺し貫いた。
ごく短い悲鳴と共に、クラッシャーは絶命した。
「この! バッドトリップ・ミスト!」
バッドトリッパーの全身を包む模様から、それと同じ色の霧のようなものが放出された。
まるで気体でできた生き物のように、ハンゾウの方に押し寄せる。
「この霧には、幻覚を引き起こす成分が含まれている……。一度捕らえられたら最後、相手は地獄に引きずり込まれるかのような感覚に正気を失い戦意喪失するのだ!」
高笑いしかけたバッドトリッパーの顔はしかし、次の瞬間凍りついた。
「ハンゾウ流極意、撥雲風車!」
超高速で回転しながら突進してくる巨大風車が、幻惑の霧を勢いよく吹き散らす。
何事か叫ぼうとしたバッドトリッパーは、一瞬にしてハンゾウの乗った巨大風車の鋭い縁でその体を縦真っ二つにされ、どさりと倒れた。
仲間二人を瞬時に倒されたアイ・ショックは、目を覆うミラーゴーグルから鋭いビームを放った。
「危ないボーン!」
フォークが鋭く叫ぶ。
しかし狙われた当人は、黒い陽炎のようにゆらりと難なく避けてみせた。
「動くな!」
アイ・ショックは一瞬の隙に凛子を盾に取った。
細い首に彼女の腰ほどもある腕を巻き付け、自分の体の前にぶら下げる。
彼女は苦痛と恐怖でかすかな悲鳴を上げた。
「そのまま動くなお前ら! もし動けばこの小娘の命は……」
「シューティング・アロー!」
言葉が終わる前に、アイ・ショックの額にシューティング・アローのブレードが突き立っていた。
声すらなく、アイ・ショックが絶命する。
脳髄をはみ出させた無残な死骸が崩れ落ち、凛子はその重みに引きずられるように倒れた。
グロテスク極まる惨状に、凛子は派手な悲鳴を上げるしかない。
「あー悪いねえ、お嬢ちゃん。今助けてやるから」
歩み寄って来た黒ターバンが、飄々とした調子で詫び、手にしたままだったブレードで凛子をいましめている縄を切った。
「ほら。立てる?」
黒ターバンの超人は、ブレードの血を払い飛ばすと、腰の後ろに吊った鞘に収める。
そのまま凛子に黒いグローブに包まれた手を差し出した。
凛子はショックのあまり、警戒心も忘れて、その手にすがってどうにか立ち上がる。
初めて見る、「超人レスリングの試合」ではなく、「純粋な殺し合い」の現場となった周囲の血みどろの様を見て、凛子は震えが全身を這い上がってくるのを感じた。
「歩けるかい?」
黒ターバンの超人が穏やかに尋ね、手を差し伸てきた。
間近で見るその顔は、どことなく死神を思わせながらも、切れの長い垂れ気味の目に色気を感じる、美形に分類していい目鼻立ちである。
さっきまでのぞっとするような気配は抑えているのか、静かな気遣いを感じて、凛子は辛うじてうなずくことができた。
凛子は黒ターバンに抱えられるようにして、血臭漂う倉庫から表に出た。
彼女たちを護るように、重機のような超人と、純和風の超人が、前後を警戒する。
「良くやった、フォーク・ザ・ジャイアント、ハンゾウ、ボーン・コールド」
倉庫の外で待っていた、迷彩マスクの超人が、三人を労った。
「お嬢さん、お怪我はなかったかな?」
そう尋ねられて、凛子は震えながらうなずいた。
「あの……ありがとう……」
「私はキン肉族の司法長官で、王兄のキン肉アタルという者だ」
迷彩マスクの男は、落ち着きのある男らしい声音で自己紹介した。
「お嬢さんのお名前を教えていただけるかな?」
「二階堂……凛子。あの……王兄ってことは、あなたは万太郎の……」
凛子はおずおずと訊いた。
「伯父に当たる。君は万太郎の友達かね?」
「万太郎はこのお嬢ちゃんにご執心らしいぜ。だからさらったって、あの三人組が言ってた」
ボーンが凛子が答える前に口を挟む。
「そうか……。いや、甥のせいで危険な目に遭わせてすまなかった」
アタルは凛子が子供と侮る様子もなく、丁寧に頭を下げる。
「それはいいんだけど……この人たち、万太郎に負けて刑務所に戻った人たちだよね、確か? 何でここにいて、私を助けてくれたの?」
凛子は、心底怪訝そうな目で、三人を順繰りに見渡した。