3 ノーリスペクト
「どうだった? あの二人の様子は?」
マッスルガム宮殿の一室で、キン肉アタルはボーン・コールドにそう問いかけていた。
「俺なんぞよりよっぽど更生してるよ。ハンゾウに至っては正義超人になってもいいって言ってたくらいだ。フォークもその辺に関しちゃ、やぶさかじゃねえみてえだぜ」
つい今しがたまでキン肉星プリズンに接見に行っていたボーンは、一応直属の上司であるアタルにそう報告する。
「俺の名は、出さなかっただろうな?」
「ああ。だからあんたへのアピールで言ったんじゃなくて、本心からの言葉で間違いねえと思うぜ。ケッ、ノーリスペクトもヤワになったモンだね」
ボーンが今回アタルに与えられたミッションは、未だ服役中のノーリスペクト残り二人に、それと悟られず、悔悛の情があるかどうか探ることだった。
ハンゾウもフォークも、言わばキン肉族の警察権の総帥であるアタルがボーンを自らの私兵という立場に仕立てて、犯罪の取締りに活用していることは知っている。
アタルの名が出る、もしくはアタル本人が出向けば、彼らは釈放の機会と踏み、本心を話さないかも知れない。
そう判断の上でのボーンの起用だった。
彼はあくまで元仲間に私的に接見に行ったという体裁を取って出向いたのだ。
「ふむ。お前にそこまで言うのだから、二人とも本格的に改心したと言っても良さそうだな。良かろう。明日にでも、俺が二人に接見し、俺の私兵に加わる気があるか意思を確かめよう……お前も同席しろ」
アタルに要請され、ボーンはため息を落とした。
「あの連中、本格的に俺があんたの犬になったと思いやがるんだろうな……あ~あ」
アタルが噴き出した。
「自分で気付いているか知れんが、お前は変わったな、ボーン」
「?」
ボーンは怪訝な顔をする。
「少し前までだったら、お前はあの二人の反応など、そんなに気にしなかっただろう。お前のような奴にも、仲間意識らしきものが芽生えたらしいな」
「……」
ボーンは無言で葉巻を吸うだけだ。
「そもそも、今回のミッションは、お前が度々差し入れを持ってあの二人に接見に行っていると知ったからこそだ」
アタルは、声に笑いを含ませながら説明した。
「お前も否応なしに変わった……万太郎との戦いを通じてな」
「好きに考えるがいいさ。俺は気の向いたままに行動しているだけだ」
ボーンは淡々といなす。
「明日、10時にここに来い。その後、ノーリスペクト残り二人の勧誘に行く」
アタルの言葉に気だるく了承を返し、ボーンが立ち上がろうとしたその時、部屋の扉をノックする音が響いた。
アタル入室を促すと、扉が開き、老衰著しい男の姿が現れる。
「スグルか……どうした?」
「いや、ボーンに会いたかったんじゃ……まだいて良かった」
現キン肉星大王、初代キン肉マン、キン肉スグルがそこにいた。
「へえ? 俺ごときに何の用だい、キン肉星大王様?」
ボーンは面白そうにスグルを見やる。
以前、この宮殿に足を運んだ時には、元殺し屋である自分にビビり、逃げ隠れしていた臆病な大王。
嫁のビビンバの方がよほど堂々としていた。
そいつが俺に改めて用とはね。
ボーンはにやりと笑った。
「お前さんには、是非とも一度言っておかねばならぬと思ったことがあっての」
アタルの隣、ボーンの差し向かいに座りながら、スグルはこう切り出した。
「万太郎との試合があるまで、ワシはお前さんがキン骨マンの息子とは知らなんだ……」
「ま、俺はどっちかつーとお袋似だからな」
長身で、上半身は見事な逆三角形、下半身はすらりと締まった、体脂肪率の極端に少ないシャープな体型、それに加え整った色気のある顔立ちは、カシドゥア人の血のなせる業だ。
「ましてや、ワシがキン骨マンとやり合っていた時期に、お前さんがその腹いせに虐待を受けていたなどということは、全く予想外じゃった……」
スグルは明らかに悲しげだ。
自責の念に駆られているのだと気付き、ボーンは思わず笑った。
「当たり前だろ? 俺の家庭事情なんざ、あんたの知ったこっちゃねえよ。違うかい?」
「そうとは言っても、ワシらのせいで、その時点では罪のなかった幼子であるお前さんとお前さんの母君がそんな目に……。テリーマンとも電話で話したんじゃが、あやつもお前さんのことを知って、ショックだと言っておった。キン骨マンには酷い目にも遭わされたが、まさか自分たちがあやつを返り討ちにしている裏で、そんなことが起こっておったとは、と」
「何言ってるんだい、大王様? 悪いのはどう考えても悪質なちょっかい出してきたあのクソ親父だろ? あんたやテリーマンの責任なんてどこにもねえさ」
こいつはどこまでお人好しなんだ? とボーンは可笑しくなった。
演技ではなく、明らかに心底から意気消沈している。
そんなことを、まさか言いに来たのか。
「もしあの時点で、お前さんとお前さんの母君がどんな目に遭っているか知っていれば、パパに頼んでお前さんたち母子を保護したんじゃが」
スグルのその言葉に、ボーンはげんなりする。
「大きなお世話だ……。第一、あんたらに保護されたりしたら、宇宙の殺し屋、死神ボーン・コールドは存在しねえよ。俺は自分の判断で家を出て、自分一人の力で強くなってきたんだ」
それに、母親は間違いなく純血のカシドゥア人、自分も混血カシドゥア人だ。
不倶戴天の敵、キン肉族に保護されようものなら、後々どんな目に遭っていたか知れたものではなかった。
「テリーが言うておった。歴史にもしもはないが、もしお前さんが早い時点で保護され、正義超人としての教育を受けることができていたなら、どれだけ優秀な正義超人になっていただろうか、と。あの力を、我々はみすみす敵に回してしまった、と」
スグルの言葉に、とうとうボーンは笑い出した。
「ハッ! そのお言葉のせいかどうか、俺はあんたの兄貴に絶賛こき使われ中だがね」
「兄さんに協力してくれるのは、本当にありがたいと思っておる。お前さんの秘密は兄さんに聞いて知っておるが、例え弱みを握られて仕方なくだとしても、お前さんは兄さんの実に優秀な片腕になってくれている……」
スグルは安堵したようにボーンを見た。
「ノーリスペクトの残り二人も、俺の兵隊に加える予定だ……。これで俺の傭兵団は完璧になる……」
アタルが口を挟んだ。
「そうか」
スグルはにっこり笑った。
満面の笑みだ。
「お前さんも、友達と一緒の方がいいじゃろう。友達とはいいもんじゃからのう!」
ボーンは思わず複雑な笑みを浮かべる。
さて……あいつらと俺は友達なのかね?
万太郎に負けた直後にこぼした、「チッ、いいなあ、友達ってやつも」という言葉は紛れもない本心だが。
「で? あんた結局、何言いたいのよ?」
ボーンは去来した思いを隠すように、そんな問いを投げかける。
「いや……酷い目に遭っている時に、助けてやれなくて、すまなんだ。それだけ言いたかったんじゃ……」
ボーンはその言葉に苦笑した。
ゆっくりと、葉巻に火を点ける。
マッスルガム宮殿の一室で、キン肉アタルはボーン・コールドにそう問いかけていた。
「俺なんぞよりよっぽど更生してるよ。ハンゾウに至っては正義超人になってもいいって言ってたくらいだ。フォークもその辺に関しちゃ、やぶさかじゃねえみてえだぜ」
つい今しがたまでキン肉星プリズンに接見に行っていたボーンは、一応直属の上司であるアタルにそう報告する。
「俺の名は、出さなかっただろうな?」
「ああ。だからあんたへのアピールで言ったんじゃなくて、本心からの言葉で間違いねえと思うぜ。ケッ、ノーリスペクトもヤワになったモンだね」
ボーンが今回アタルに与えられたミッションは、未だ服役中のノーリスペクト残り二人に、それと悟られず、悔悛の情があるかどうか探ることだった。
ハンゾウもフォークも、言わばキン肉族の警察権の総帥であるアタルがボーンを自らの私兵という立場に仕立てて、犯罪の取締りに活用していることは知っている。
アタルの名が出る、もしくはアタル本人が出向けば、彼らは釈放の機会と踏み、本心を話さないかも知れない。
そう判断の上でのボーンの起用だった。
彼はあくまで元仲間に私的に接見に行ったという体裁を取って出向いたのだ。
「ふむ。お前にそこまで言うのだから、二人とも本格的に改心したと言っても良さそうだな。良かろう。明日にでも、俺が二人に接見し、俺の私兵に加わる気があるか意思を確かめよう……お前も同席しろ」
アタルに要請され、ボーンはため息を落とした。
「あの連中、本格的に俺があんたの犬になったと思いやがるんだろうな……あ~あ」
アタルが噴き出した。
「自分で気付いているか知れんが、お前は変わったな、ボーン」
「?」
ボーンは怪訝な顔をする。
「少し前までだったら、お前はあの二人の反応など、そんなに気にしなかっただろう。お前のような奴にも、仲間意識らしきものが芽生えたらしいな」
「……」
ボーンは無言で葉巻を吸うだけだ。
「そもそも、今回のミッションは、お前が度々差し入れを持ってあの二人に接見に行っていると知ったからこそだ」
アタルは、声に笑いを含ませながら説明した。
「お前も否応なしに変わった……万太郎との戦いを通じてな」
「好きに考えるがいいさ。俺は気の向いたままに行動しているだけだ」
ボーンは淡々といなす。
「明日、10時にここに来い。その後、ノーリスペクト残り二人の勧誘に行く」
アタルの言葉に気だるく了承を返し、ボーンが立ち上がろうとしたその時、部屋の扉をノックする音が響いた。
アタル入室を促すと、扉が開き、老衰著しい男の姿が現れる。
「スグルか……どうした?」
「いや、ボーンに会いたかったんじゃ……まだいて良かった」
現キン肉星大王、初代キン肉マン、キン肉スグルがそこにいた。
「へえ? 俺ごときに何の用だい、キン肉星大王様?」
ボーンは面白そうにスグルを見やる。
以前、この宮殿に足を運んだ時には、元殺し屋である自分にビビり、逃げ隠れしていた臆病な大王。
嫁のビビンバの方がよほど堂々としていた。
そいつが俺に改めて用とはね。
ボーンはにやりと笑った。
「お前さんには、是非とも一度言っておかねばならぬと思ったことがあっての」
アタルの隣、ボーンの差し向かいに座りながら、スグルはこう切り出した。
「万太郎との試合があるまで、ワシはお前さんがキン骨マンの息子とは知らなんだ……」
「ま、俺はどっちかつーとお袋似だからな」
長身で、上半身は見事な逆三角形、下半身はすらりと締まった、体脂肪率の極端に少ないシャープな体型、それに加え整った色気のある顔立ちは、カシドゥア人の血のなせる業だ。
「ましてや、ワシがキン骨マンとやり合っていた時期に、お前さんがその腹いせに虐待を受けていたなどということは、全く予想外じゃった……」
スグルは明らかに悲しげだ。
自責の念に駆られているのだと気付き、ボーンは思わず笑った。
「当たり前だろ? 俺の家庭事情なんざ、あんたの知ったこっちゃねえよ。違うかい?」
「そうとは言っても、ワシらのせいで、その時点では罪のなかった幼子であるお前さんとお前さんの母君がそんな目に……。テリーマンとも電話で話したんじゃが、あやつもお前さんのことを知って、ショックだと言っておった。キン骨マンには酷い目にも遭わされたが、まさか自分たちがあやつを返り討ちにしている裏で、そんなことが起こっておったとは、と」
「何言ってるんだい、大王様? 悪いのはどう考えても悪質なちょっかい出してきたあのクソ親父だろ? あんたやテリーマンの責任なんてどこにもねえさ」
こいつはどこまでお人好しなんだ? とボーンは可笑しくなった。
演技ではなく、明らかに心底から意気消沈している。
そんなことを、まさか言いに来たのか。
「もしあの時点で、お前さんとお前さんの母君がどんな目に遭っているか知っていれば、パパに頼んでお前さんたち母子を保護したんじゃが」
スグルのその言葉に、ボーンはげんなりする。
「大きなお世話だ……。第一、あんたらに保護されたりしたら、宇宙の殺し屋、死神ボーン・コールドは存在しねえよ。俺は自分の判断で家を出て、自分一人の力で強くなってきたんだ」
それに、母親は間違いなく純血のカシドゥア人、自分も混血カシドゥア人だ。
不倶戴天の敵、キン肉族に保護されようものなら、後々どんな目に遭っていたか知れたものではなかった。
「テリーが言うておった。歴史にもしもはないが、もしお前さんが早い時点で保護され、正義超人としての教育を受けることができていたなら、どれだけ優秀な正義超人になっていただろうか、と。あの力を、我々はみすみす敵に回してしまった、と」
スグルの言葉に、とうとうボーンは笑い出した。
「ハッ! そのお言葉のせいかどうか、俺はあんたの兄貴に絶賛こき使われ中だがね」
「兄さんに協力してくれるのは、本当にありがたいと思っておる。お前さんの秘密は兄さんに聞いて知っておるが、例え弱みを握られて仕方なくだとしても、お前さんは兄さんの実に優秀な片腕になってくれている……」
スグルは安堵したようにボーンを見た。
「ノーリスペクトの残り二人も、俺の兵隊に加える予定だ……。これで俺の傭兵団は完璧になる……」
アタルが口を挟んだ。
「そうか」
スグルはにっこり笑った。
満面の笑みだ。
「お前さんも、友達と一緒の方がいいじゃろう。友達とはいいもんじゃからのう!」
ボーンは思わず複雑な笑みを浮かべる。
さて……あいつらと俺は友達なのかね?
万太郎に負けた直後にこぼした、「チッ、いいなあ、友達ってやつも」という言葉は紛れもない本心だが。
「で? あんた結局、何言いたいのよ?」
ボーンは去来した思いを隠すように、そんな問いを投げかける。
「いや……酷い目に遭っている時に、助けてやれなくて、すまなんだ。それだけ言いたかったんじゃ……」
ボーンはその言葉に苦笑した。
ゆっくりと、葉巻に火を点ける。