2 ヘラクレスファクトリーの殺し屋
「さて。これでセンセのバイトも終わりだねえ」
ヘラクレスファクトリーの応接室で、バッファローマン相手に、ボーンはそう告げた。
ソファの隣の席には、アタルが脚を組んで座っている。
「結局、生徒の誰一人として俺からダウン奪うどころか、傷一つ付けられなかったじゃねーか。大丈夫なのかね?」
指摘され、バッファローマンは苦笑する。
「お前はその傷も付けられない学校の生徒の中でも、一番の落ちこぼれに負けたんだぞ……と言いたいところだが、実際あの状態では何も言えんな」
「さて、休む間もないぞ、ボーン。次の仕事が待っている」
アタルがボーンに釘を刺す。
「俺としては、地球に行きたいところだがね。サタンは今地球にいるはずだ」
ボーンが葉巻の煙を吐き出す。
「やはりサタンと接触する気か。気持ちは分かるが、俺としては思いとどまってほしい気がするな……」
バッファローマンは、苦虫を噛み潰す。
「そういう訳にはいかねえ。サタンに……」
そこまで言いかけて、ボーンは不意に立ち上がった。
大股でドアに近づく。
「ボーン?」
アタルとバッファローマンがきょとんとするのも構わず、彼はいきなりドアを開け、そこにいた人影を室内に引きずり込んだ。
「イグニス!? お前、何してる!?」
バッファローマンが襟首をボーンに捕らえられたその生徒を見て、呆気にとられた。
「せ、先生……す、すみません……!」
イグニスはおろおろと詫びた。
「教師とその客の話を盗み聞きかい。どういう教育してんだ、このガッコ?」
ボーンはイグニスの背中を蹴り、応接室の中、バッファローマンの傍に押し込んだ。
「貴様! 一体これはどういうことだ!? 何故盗み聞きなどした!?」
バッファローマンは顔を紅潮させて怒鳴った。
「す、すんません……」
イグニスはひたすら萎縮している。
「俺ではなく、このお二方に謝れ!」
「……すみません」
ボーンに視線を送り、イグニスは不承不承に謝った。
「俺たちの話を聞いてどうするつもりだったんだい? ただのイタズラって訳じゃなさそうだな?」
ボーンは笑みすら含んだ声で問いかける。
「……」
イグニスは言い淀み、視線をうろうろとさまよわせた。
「言い訳は聞いてやる。理由を言ってみろ!」
バッファローマンが怒鳴る。
イグニスは首をすくめた。
「イグニスとやら。見ていると、お前はどうもこのボーンに大分興味があるようだな?」
アタルが静かな声で問いかけた。
イグニスがますますうろたえる。
ボーンは怪訝な顔だ。
「どうしてだ? ボーンの例の話が、そんなにカンにさわったのか?」
イグニスは手を組んだり離したりした。
「それもあるんですけど……」
「けど、何なんだよ?」
ボーンが倒れない程度にイグニスの脚を蹴飛ばす。
「この人、子供の頃、虐待されてるでしょう?」
「俺がガキの頃虐待されてたのと、ボクちゃんの盗み聞きと、どんな関係があるのかな~?」
ボーンがイグニスの耳を引っ張り上げる。
彼は苦痛に顔を歪めた。
「……俺の幼なじみにも、虐待されてた奴がいたんだ」
イグニスは耳を引っ張られたまま、おずおずと言葉を継いだ。
「ああん?」
「そいつの父親ってのが酒乱で、面白くないことがあると酒飲んでそいつの母親とそいつに暴力振るって……そいつ、いつもあざだらけだった」
イグニスはちらりとボーンに視線をやり、続けた。
「俺はそいつを助けたかったけど、まだ子供だったから、どうしていいか分からなくて……。そのうちそいつの母親って人が家出しちまって、父親は暴力事件起こして警察に逮捕されて……。身寄りのなくなったそいつは、遠い町の施設に引き取られて行った……。それから全く連絡もつかなくて、今どうしているのかも分からないんだけど……」
「……つまり、お前は、このボーンとお前の幼なじみが重なって見える訳だな?」
優しいとすら言える声で、アタルがイグニスに問いかける。
彼は観念したようにうなずいた。
「はあ? 何だそりゃ? どんな大雑把なくくりだよ?」
ボーンは呆れてイグニスの耳を離した。
彼は耳をさすりながら、ボーンをじっと見る。
「あんた……サタンと接触する気なんだな?」
「あん? だったらどうだってんだ」
疑わし気なイグニスの視線を受けながら、ボーンはぞんざいな言葉を返す。
「サタンなんかと接触してどうしようって言うんだ? まさか悪魔に魂を売って、今以上の力を手に入れるつもりじゃないだろうな!?」
イグニスの顔は真っ青だ。
「俺はな、てめえの魂を売って代わりに力をいただくような、他力本願な真似は趣味じゃねえんだよ」
ボーンの一言に、その他力本願な方法で1000万パワーを手に入れたバッファローマンが苦笑した。
「じゃあ何だ? どうしようって言うんだ? 何が目的で、あんたはサタンと……」
「いい加減にしろ、イグニス!」
言い募るイグニスを、気を取り直したバッファローマンが一喝した。
「客人の話を盗み聞きした上に、その事情に口出しするとは何事だ! ……すまんなボーン。後で厳重注意しておく」
「かまわねえさ。肝心の部分は聞かれてねえ」
ボーンは葉巻の煙を吐き出した。
「肝心の……? あんた一体……?」
イグニスが思わず突っ込んでしまう。
「いい加減にしろと言ったのが聞こえなかったのかバカ者ー!」
バッファローマンはイグニスを殴り倒した。
1000万パワーで殴られて、彼は部屋の隅まで吹っ飛び、壁に叩きつけられる。
「ま、ヒトサマの事情に嘴突っ込むのはその辺にして、大人しく自分の部屋にでも引っ込むんだな」
殴られて呻いているイグニスに、ボーンは淡々と言葉を放る。
「お前としてはボーンの事情が気になって仕方ないのだろうが、お前の心配しているようなことには恐らくならん。安心して正義超人になるための訓練に励むんだな」
アタルが静かに声をかける。
「お前の処分は追って通達する。それまで寮の自室で待機しろ!」
バッファローマンは厳然と言い放ち、イグニスは口の血をぬぐって立ち上がった。
「……失礼しました」
イグニスは物問いたげな視線をボーンに向けると、応接室を辞した。
「さて……そうは言ったが、行くのか? ボーン、ソルジャー……地球へ?」
バッファローマンが再びソファに身を沈めながら、二人に問う。
「さあねえ?」
「まだ少し先になるだろう。ボーンにはまだ俺の私兵としてやってもらうことがある」
ボーンの呟きをフォローするかのように、アタルが宣言する。
1時間後、ボーンとアタルは機上の人となっていた。
ヘラクレスファクトリーの応接室で、バッファローマン相手に、ボーンはそう告げた。
ソファの隣の席には、アタルが脚を組んで座っている。
「結局、生徒の誰一人として俺からダウン奪うどころか、傷一つ付けられなかったじゃねーか。大丈夫なのかね?」
指摘され、バッファローマンは苦笑する。
「お前はその傷も付けられない学校の生徒の中でも、一番の落ちこぼれに負けたんだぞ……と言いたいところだが、実際あの状態では何も言えんな」
「さて、休む間もないぞ、ボーン。次の仕事が待っている」
アタルがボーンに釘を刺す。
「俺としては、地球に行きたいところだがね。サタンは今地球にいるはずだ」
ボーンが葉巻の煙を吐き出す。
「やはりサタンと接触する気か。気持ちは分かるが、俺としては思いとどまってほしい気がするな……」
バッファローマンは、苦虫を噛み潰す。
「そういう訳にはいかねえ。サタンに……」
そこまで言いかけて、ボーンは不意に立ち上がった。
大股でドアに近づく。
「ボーン?」
アタルとバッファローマンがきょとんとするのも構わず、彼はいきなりドアを開け、そこにいた人影を室内に引きずり込んだ。
「イグニス!? お前、何してる!?」
バッファローマンが襟首をボーンに捕らえられたその生徒を見て、呆気にとられた。
「せ、先生……す、すみません……!」
イグニスはおろおろと詫びた。
「教師とその客の話を盗み聞きかい。どういう教育してんだ、このガッコ?」
ボーンはイグニスの背中を蹴り、応接室の中、バッファローマンの傍に押し込んだ。
「貴様! 一体これはどういうことだ!? 何故盗み聞きなどした!?」
バッファローマンは顔を紅潮させて怒鳴った。
「す、すんません……」
イグニスはひたすら萎縮している。
「俺ではなく、このお二方に謝れ!」
「……すみません」
ボーンに視線を送り、イグニスは不承不承に謝った。
「俺たちの話を聞いてどうするつもりだったんだい? ただのイタズラって訳じゃなさそうだな?」
ボーンは笑みすら含んだ声で問いかける。
「……」
イグニスは言い淀み、視線をうろうろとさまよわせた。
「言い訳は聞いてやる。理由を言ってみろ!」
バッファローマンが怒鳴る。
イグニスは首をすくめた。
「イグニスとやら。見ていると、お前はどうもこのボーンに大分興味があるようだな?」
アタルが静かな声で問いかけた。
イグニスがますますうろたえる。
ボーンは怪訝な顔だ。
「どうしてだ? ボーンの例の話が、そんなにカンにさわったのか?」
イグニスは手を組んだり離したりした。
「それもあるんですけど……」
「けど、何なんだよ?」
ボーンが倒れない程度にイグニスの脚を蹴飛ばす。
「この人、子供の頃、虐待されてるでしょう?」
「俺がガキの頃虐待されてたのと、ボクちゃんの盗み聞きと、どんな関係があるのかな~?」
ボーンがイグニスの耳を引っ張り上げる。
彼は苦痛に顔を歪めた。
「……俺の幼なじみにも、虐待されてた奴がいたんだ」
イグニスは耳を引っ張られたまま、おずおずと言葉を継いだ。
「ああん?」
「そいつの父親ってのが酒乱で、面白くないことがあると酒飲んでそいつの母親とそいつに暴力振るって……そいつ、いつもあざだらけだった」
イグニスはちらりとボーンに視線をやり、続けた。
「俺はそいつを助けたかったけど、まだ子供だったから、どうしていいか分からなくて……。そのうちそいつの母親って人が家出しちまって、父親は暴力事件起こして警察に逮捕されて……。身寄りのなくなったそいつは、遠い町の施設に引き取られて行った……。それから全く連絡もつかなくて、今どうしているのかも分からないんだけど……」
「……つまり、お前は、このボーンとお前の幼なじみが重なって見える訳だな?」
優しいとすら言える声で、アタルがイグニスに問いかける。
彼は観念したようにうなずいた。
「はあ? 何だそりゃ? どんな大雑把なくくりだよ?」
ボーンは呆れてイグニスの耳を離した。
彼は耳をさすりながら、ボーンをじっと見る。
「あんた……サタンと接触する気なんだな?」
「あん? だったらどうだってんだ」
疑わし気なイグニスの視線を受けながら、ボーンはぞんざいな言葉を返す。
「サタンなんかと接触してどうしようって言うんだ? まさか悪魔に魂を売って、今以上の力を手に入れるつもりじゃないだろうな!?」
イグニスの顔は真っ青だ。
「俺はな、てめえの魂を売って代わりに力をいただくような、他力本願な真似は趣味じゃねえんだよ」
ボーンの一言に、その他力本願な方法で1000万パワーを手に入れたバッファローマンが苦笑した。
「じゃあ何だ? どうしようって言うんだ? 何が目的で、あんたはサタンと……」
「いい加減にしろ、イグニス!」
言い募るイグニスを、気を取り直したバッファローマンが一喝した。
「客人の話を盗み聞きした上に、その事情に口出しするとは何事だ! ……すまんなボーン。後で厳重注意しておく」
「かまわねえさ。肝心の部分は聞かれてねえ」
ボーンは葉巻の煙を吐き出した。
「肝心の……? あんた一体……?」
イグニスが思わず突っ込んでしまう。
「いい加減にしろと言ったのが聞こえなかったのかバカ者ー!」
バッファローマンはイグニスを殴り倒した。
1000万パワーで殴られて、彼は部屋の隅まで吹っ飛び、壁に叩きつけられる。
「ま、ヒトサマの事情に嘴突っ込むのはその辺にして、大人しく自分の部屋にでも引っ込むんだな」
殴られて呻いているイグニスに、ボーンは淡々と言葉を放る。
「お前としてはボーンの事情が気になって仕方ないのだろうが、お前の心配しているようなことには恐らくならん。安心して正義超人になるための訓練に励むんだな」
アタルが静かに声をかける。
「お前の処分は追って通達する。それまで寮の自室で待機しろ!」
バッファローマンは厳然と言い放ち、イグニスは口の血をぬぐって立ち上がった。
「……失礼しました」
イグニスは物問いたげな視線をボーンに向けると、応接室を辞した。
「さて……そうは言ったが、行くのか? ボーン、ソルジャー……地球へ?」
バッファローマンが再びソファに身を沈めながら、二人に問う。
「さあねえ?」
「まだ少し先になるだろう。ボーンにはまだ俺の私兵としてやってもらうことがある」
ボーンの呟きをフォローするかのように、アタルが宣言する。
1時間後、ボーンとアタルは機上の人となっていた。