2 ヘラクレスファクトリーの殺し屋
翌日、そして翌々日も、ボーンはヘラクレスファクトリーのリングに立った。
対戦相手の生徒たちは軒並み重傷を負い、病院に搬送され、残ったのは対戦を拒んだ半数ほどの生徒だけだ。
「全くだらしない! お前ら、揃いも揃ってボーンに傷一つ付けられないのか! それ以前に挑戦すらしないとはどういうことだ!」
バッファローマンが残った生徒たちに向けて怒鳴った。
ボーンに挑戦する度胸もない彼らは、うつむくばかりだ。
「無茶言いなさんな、先生よ。普通、殺し屋を前にしたら、それが正常な反応さ。俺の獲物の中には、自分より高い値が付きそうな友人を、自分の身代わりに差し出そうとした正義超人がいたぜ。それに比べりゃ可愛いもんだ」
ボーンは生徒たちをせせら笑い、挑発する。
一瞬、怒気がこもった目でボーンを睨み付ける生徒たちだが、彼と目が合いそうになると、そそくさと視線を反らすだけだ。
駄目だね、こりゃ。
ボーンはゆっくり葉巻を吸いながら、塩垂れた正義超人の卵たちを見下ろした。
その時。
「ま……待て……!」
生徒たちをかき分けて、近付いてきた緋色の影。
「イ、イグニス!」
正義超人たちの間から、驚愕の叫びが上がる。
「イグニス! お前は病院に入院中じゃなかったのか!?」
ウルフマンが尋ねる。
「無理矢理抜け出して来ました」
シューティング・アローで撃たれた脚を引きずり、全身あちこちに包帯を巻いたイグニスが静かに答える。
「お前、一体……まさか!?」
バッファローマンが、瞬時に彼の意図を悟った。
「俺ともう一度戦ってくれ、ボーン・コールド!」
イグニスが叫ぶ。
ボーンは葉巻をくわえたまま、面白そうに彼を見た。
「正義超人はあんたが思っているほどヤワじゃない……!」
燃える瞳で、イグニスはボーンを睨み付ける。
「もうあんなヨタ話には騙されないぞ……!」
ああ、なるほどと、ボーンはピンと来た。
イグニスは、ボーンが語った、妻子に暴力を振るった挙句、当の妻に殺害依頼された正義超人の話が、よほど心に突き刺さったのだろう。
無理もない。
正義超人としての彼が信じてきたこと全てが、覆されたのだから。
単純に負けたことが悔しいというのもあるだろうが、最大の理由は、ボーンの話を否定したい一心なのだ。
「ボクちゃん。フラフラしてんじゃねえか。無理は禁物だぜ?」
ボーンはリング下に歩み寄ってくるイグニスをからかった。
「黙れ! あんたは俺が倒す!」
イグニスはリングによじ登る。
「よせ、イグニス! 今度こそ殺されるかも知れないぞ!」
生徒たちの間から悲鳴じみた声が上がった。
「殺されてたまるか! 先生、ゴングを!」
イグニスが促す。
ウルフマンが決意したようにゴングを鳴らした。
「あんたのヨタ話のカラクリなんて、もう分かっているぞ……」
ファイティングポーズを取りながら、イグニスはボーンを睨み付けた。
「あんたとあんたの母親は、あんたの父親に暴力を受けたんだ。だったら、正義超人にも同じような事例があるはずだと思って、あんたは作り話をでっち上げたんだ。あの話の元は、正義超人への僻みにすぎない! そうだろ!」
勝ち誇ったように、イグニスが叫ぶ。
ボーンは葉巻の煙を吐き出した。
「ははは。ボクちゃん、病院のベッドの上で、必死にそれ考えてただろ?」
図星を突かれ、イグニスはうぐっと詰まった。
「残念ながら、あの話は実話だよ。DV正義超人は確かにいたのさ。それよりボクちゃん、ほんのちょっとでも考えたかい? もし身近に俺の依頼人みたいな目に合ってる女がいたらどうする? その女を助けるかい? DV野郎の正義超人様の名誉は滅茶苦茶になるがね。罪もない女子供の命を助けるか、ご立派な正義超人様の名誉を、『友情』の名目で取るか……正義超人としては、どちらが『正しい』んだ?」
イグニスはボーンの問いかけに露骨にうろたえた。
「イメージしやすいように、もっと具体的に言ってやろうか? そのDV野郎の正義超人ての、このガッコの校長センセに似てたよ」
「ロビンマスク先生に!?」
イグニスはぎょっとして目を剥いた。
「見た目じゃなくてな。物腰とか仲間内での立ち位置とか。誰も、ケチ付けるなんて思いもよらないようなご立派な正義超人様なんだ。少なくとも対外的にはな。ボクちゃんだったら校長センセをDV野郎だと告発できるかい?」
イグニスの視線が泳いだ。
呼吸が荒くなる。
「イグニス、騙されるな!」
見物している生徒たちの中から声が飛んだ。
「もしその話が本当だとしても、今この戦いには関係ない! 今は戦うことだけに集中するんだ!」
イグニスは、はたと我に返った。
緩みかけていたファイティングポーズを取り直し、ボーンに向き合う。
じりじりと間合いを詰めるイグニスに対してボーンはだらりと力を抜いた自然体で待ち受けた。
葉巻をくわえ、薄笑いさえ浮かべている。
イグニスは一気に間を詰めた。
ボーンの腕を取り片手をベルトにかけて持ち上げ、投げ飛ばそうとする。
ボーンはくるりと体勢を入れ替えた。
相手の肩に両手を置いて倒立し、一気に両膝を落として顔面に両膝蹴りを叩きこむ。
「ギャアッ!」
イグニスは悲鳴を上げて倒れた。
顔中血まみれだ。
ボーンは空中で一回転してマットに降り立ち、くわえたままだった葉巻をふかした。
「悪いこた言わねえから、もう止めときな、ボクちゃん。手負いでそれだけできれば大したモンだ」
ボーンがのたうち回るイグニスに向けて冷ややかに言い放つ。
「まだ……まだだ……」
イグニスは、ぐらつく足を踏みしめ立ち上がってきた。
「あんたのような、正義超人を愚弄する悪行超人崩れなんかに……俺は負けない!」
「愚弄されてもしょうがねえ事例について俺は言ってるんだぜ? それに腹を立てるってのは、お門違いじゃねえかい?」
ボーンが笑うと肩のショールが揺れた。
「黙れ!」
イグニスはマットを蹴り、レッグラリアートをしかけてきた。
ボーンは空中でその脚をキャッチすると、素早く体勢を入れ替えイグニスを肩に担ぎ上げた。
そのまま空中高くジャンプし、彼の頭を下に高速で落下。
デスバレー・ボムで、彼の頭をキャンパスに叩き付ける。
悲鳴も上げず、イグニスが気絶する。
ずしりと音を立てて、その体がマットに沈んだ。
10カウントの後、ゴングが乱打され、ボーンの勝利が確定した。
「うーむ、隙のない強さだ……」
見守っていたロビンが腕組みをしたまま呻いた。
「流石……」
カシドゥア人の末裔、と言いかけたバッファローマンは、慌てて言葉を飲み込んだ。
ジェロニモがリングに上がってイグニスを覗き込んだ。
「脳震盪を起こしてるズラ。医務室に」
すぐに担架が運ばれ、彼は医務室に連れて行かれた。
「全く、正義超人の精鋭候補がこれじゃ、正義超人界も先が思いやられるねえ」
ボーンは新しい葉巻に火を点けた。
緩やかに立ち上った煙が、空に消えて行く。
対戦相手の生徒たちは軒並み重傷を負い、病院に搬送され、残ったのは対戦を拒んだ半数ほどの生徒だけだ。
「全くだらしない! お前ら、揃いも揃ってボーンに傷一つ付けられないのか! それ以前に挑戦すらしないとはどういうことだ!」
バッファローマンが残った生徒たちに向けて怒鳴った。
ボーンに挑戦する度胸もない彼らは、うつむくばかりだ。
「無茶言いなさんな、先生よ。普通、殺し屋を前にしたら、それが正常な反応さ。俺の獲物の中には、自分より高い値が付きそうな友人を、自分の身代わりに差し出そうとした正義超人がいたぜ。それに比べりゃ可愛いもんだ」
ボーンは生徒たちをせせら笑い、挑発する。
一瞬、怒気がこもった目でボーンを睨み付ける生徒たちだが、彼と目が合いそうになると、そそくさと視線を反らすだけだ。
駄目だね、こりゃ。
ボーンはゆっくり葉巻を吸いながら、塩垂れた正義超人の卵たちを見下ろした。
その時。
「ま……待て……!」
生徒たちをかき分けて、近付いてきた緋色の影。
「イ、イグニス!」
正義超人たちの間から、驚愕の叫びが上がる。
「イグニス! お前は病院に入院中じゃなかったのか!?」
ウルフマンが尋ねる。
「無理矢理抜け出して来ました」
シューティング・アローで撃たれた脚を引きずり、全身あちこちに包帯を巻いたイグニスが静かに答える。
「お前、一体……まさか!?」
バッファローマンが、瞬時に彼の意図を悟った。
「俺ともう一度戦ってくれ、ボーン・コールド!」
イグニスが叫ぶ。
ボーンは葉巻をくわえたまま、面白そうに彼を見た。
「正義超人はあんたが思っているほどヤワじゃない……!」
燃える瞳で、イグニスはボーンを睨み付ける。
「もうあんなヨタ話には騙されないぞ……!」
ああ、なるほどと、ボーンはピンと来た。
イグニスは、ボーンが語った、妻子に暴力を振るった挙句、当の妻に殺害依頼された正義超人の話が、よほど心に突き刺さったのだろう。
無理もない。
正義超人としての彼が信じてきたこと全てが、覆されたのだから。
単純に負けたことが悔しいというのもあるだろうが、最大の理由は、ボーンの話を否定したい一心なのだ。
「ボクちゃん。フラフラしてんじゃねえか。無理は禁物だぜ?」
ボーンはリング下に歩み寄ってくるイグニスをからかった。
「黙れ! あんたは俺が倒す!」
イグニスはリングによじ登る。
「よせ、イグニス! 今度こそ殺されるかも知れないぞ!」
生徒たちの間から悲鳴じみた声が上がった。
「殺されてたまるか! 先生、ゴングを!」
イグニスが促す。
ウルフマンが決意したようにゴングを鳴らした。
「あんたのヨタ話のカラクリなんて、もう分かっているぞ……」
ファイティングポーズを取りながら、イグニスはボーンを睨み付けた。
「あんたとあんたの母親は、あんたの父親に暴力を受けたんだ。だったら、正義超人にも同じような事例があるはずだと思って、あんたは作り話をでっち上げたんだ。あの話の元は、正義超人への僻みにすぎない! そうだろ!」
勝ち誇ったように、イグニスが叫ぶ。
ボーンは葉巻の煙を吐き出した。
「ははは。ボクちゃん、病院のベッドの上で、必死にそれ考えてただろ?」
図星を突かれ、イグニスはうぐっと詰まった。
「残念ながら、あの話は実話だよ。DV正義超人は確かにいたのさ。それよりボクちゃん、ほんのちょっとでも考えたかい? もし身近に俺の依頼人みたいな目に合ってる女がいたらどうする? その女を助けるかい? DV野郎の正義超人様の名誉は滅茶苦茶になるがね。罪もない女子供の命を助けるか、ご立派な正義超人様の名誉を、『友情』の名目で取るか……正義超人としては、どちらが『正しい』んだ?」
イグニスはボーンの問いかけに露骨にうろたえた。
「イメージしやすいように、もっと具体的に言ってやろうか? そのDV野郎の正義超人ての、このガッコの校長センセに似てたよ」
「ロビンマスク先生に!?」
イグニスはぎょっとして目を剥いた。
「見た目じゃなくてな。物腰とか仲間内での立ち位置とか。誰も、ケチ付けるなんて思いもよらないようなご立派な正義超人様なんだ。少なくとも対外的にはな。ボクちゃんだったら校長センセをDV野郎だと告発できるかい?」
イグニスの視線が泳いだ。
呼吸が荒くなる。
「イグニス、騙されるな!」
見物している生徒たちの中から声が飛んだ。
「もしその話が本当だとしても、今この戦いには関係ない! 今は戦うことだけに集中するんだ!」
イグニスは、はたと我に返った。
緩みかけていたファイティングポーズを取り直し、ボーンに向き合う。
じりじりと間合いを詰めるイグニスに対してボーンはだらりと力を抜いた自然体で待ち受けた。
葉巻をくわえ、薄笑いさえ浮かべている。
イグニスは一気に間を詰めた。
ボーンの腕を取り片手をベルトにかけて持ち上げ、投げ飛ばそうとする。
ボーンはくるりと体勢を入れ替えた。
相手の肩に両手を置いて倒立し、一気に両膝を落として顔面に両膝蹴りを叩きこむ。
「ギャアッ!」
イグニスは悲鳴を上げて倒れた。
顔中血まみれだ。
ボーンは空中で一回転してマットに降り立ち、くわえたままだった葉巻をふかした。
「悪いこた言わねえから、もう止めときな、ボクちゃん。手負いでそれだけできれば大したモンだ」
ボーンがのたうち回るイグニスに向けて冷ややかに言い放つ。
「まだ……まだだ……」
イグニスは、ぐらつく足を踏みしめ立ち上がってきた。
「あんたのような、正義超人を愚弄する悪行超人崩れなんかに……俺は負けない!」
「愚弄されてもしょうがねえ事例について俺は言ってるんだぜ? それに腹を立てるってのは、お門違いじゃねえかい?」
ボーンが笑うと肩のショールが揺れた。
「黙れ!」
イグニスはマットを蹴り、レッグラリアートをしかけてきた。
ボーンは空中でその脚をキャッチすると、素早く体勢を入れ替えイグニスを肩に担ぎ上げた。
そのまま空中高くジャンプし、彼の頭を下に高速で落下。
デスバレー・ボムで、彼の頭をキャンパスに叩き付ける。
悲鳴も上げず、イグニスが気絶する。
ずしりと音を立てて、その体がマットに沈んだ。
10カウントの後、ゴングが乱打され、ボーンの勝利が確定した。
「うーむ、隙のない強さだ……」
見守っていたロビンが腕組みをしたまま呻いた。
「流石……」
カシドゥア人の末裔、と言いかけたバッファローマンは、慌てて言葉を飲み込んだ。
ジェロニモがリングに上がってイグニスを覗き込んだ。
「脳震盪を起こしてるズラ。医務室に」
すぐに担架が運ばれ、彼は医務室に連れて行かれた。
「全く、正義超人の精鋭候補がこれじゃ、正義超人界も先が思いやられるねえ」
ボーンは新しい葉巻に火を点けた。
緩やかに立ち上った煙が、空に消えて行く。