2 ヘラクレスファクトリーの殺し屋
その後続けて三戦したが、生徒たちの誰一人としてボーンに勝てず、特別授業は終了となった。
ボーンに敗北した生徒たちは例外なく重傷を負い、医務室を通り越して病院へ搬送。
ボーン本人はというと、大した疲労の色も見せず、レジェンドたちに案内されて職員室へ引き返す。
明日、明後日と続けて特別授業があるということで、ボーンはアタルと共に数日ヘラクレスファクトリーに滞在することになった。
「いやあ、あんた強いズラね! 生徒たちが手も足も出なかったズラ!」
ジェロニモが職員室の一角で、キャスター付きの椅子に寄りかかるボーンを持ち上げる。
「超人レスリングの技量も凄いズラが、生徒たちを挑発したあの作り話は大したモンだったズラ。悪行超人の精神攻撃の勉強になったズラよ~」
「あ? ありゃ、作り話じゃねえよ。全部、実話だ」
出されたコーヒーをすすっていたボーンは、あっさりジェロニモの推測を否定した。
「……いや、嘘ズラよね? 仮にも正義超人ともあろう者が、よもやそんなこと……」
「本当だっつーの。誰もがあんたみたいに思ったから、誰一人としてその女を助けてやらなかったのさ」
露骨に嘲る調子で、ボーンはレジェンドたちを見渡した。
彼らは目配せをし合っている。
「ま、信じないならそれでもいいがね。依頼人の女の身元を詮索されないのは、俺にとって好都合だ。ねんごろになった女が逮捕されたりしたら、後味が悪いしな」
「……もし信じれば、お前が嫌いな正義超人に、最も醜い裏側を突き付けることになる。どちらにせよ、お前に損はない訳だ」
キャスター付き椅子に足を組んで座ったアタルが、そうボーンに問いかけた。
「そういうこったな」
ボーンが悪魔の笑いを見せる。
「何て悪辣な奴だ!」
ウルフマンが呆れて叫んだ。
「恐らくこの男の言うことは本当だろう。妙に真実味がある……」
ラーメンマンは冷静だった。
「それにこの男には、そういう立場の女と子供を助けるに足る、十分な理由がある……」
何のことか分かって、レジェンドたちから、ああ、と嘆息が上がった。
「そうだったな……。こいつも確か……」
バッファローマンが、物静かな目でボーンを見据える。
ボーンは涼しい顔でコーヒーをすすり、何も言わなかった。
「最初に会った時から、引っかかってたんだが」
ウルフマンがふと話題を変えた。
「ボーン、お前さん、歳はいくつなんだ? お前さんの父親が暴れてた頃から逆算すると、最低でもお前は30代後半なはず。なのにどう見てもお前は20代にしか見えんな……」
「あ、オラも気になっていたズラ。若すぎるズラよね」
ジェロニモが同意する。
ボーンはフッと笑った。
視界にアタルとバッファローマンが素早く目配せし合うのが見えた。
「俺のお袋も、若く見えるタイプでね。その血を引いたんだろ」
そういなすボーンの言葉は、あながち間違いではない。
カシドゥア人がほとんど老いという概念のない種族だと教えてくれたのは、魔女サフィーアだ。
その寿命は、途中で殺されでもしない限り、2000年にも及ぶ。
まさに永遠の輝きを保つ宝石の如く、カシドゥア人は長い時を生きる。
かつての超人大戦の折り、カシドゥア人はその不老の能力を妬んだ他種族によって、総攻撃を仕掛けられている。
「経験と若さを両立できるのは羨ましい限りだな。適材だ。君にはしばらく生徒たちの特別講師でいてもらおう」
ロビンマスクが要請する。
「まあ、仕事である以上やってやるがね。入院するボクちゃんたちが増えるだけだと思うぜ?」
殺さないように手加減してあの体たらくだ。
明日になって状況が劇的に変わるとも思えない。
「俺としては複雑だな。また正義超人そのものを否定しているような裏話なんぞされたら、生徒たちに動揺が広がる」
ウルフマンは苦虫を噛み潰したような顔だ。
「どうズラ? ああいう話はなしにしないズラか?」
ジェロニモがボーンに提案する。
「フフフ……よっぽど都合が悪かったみてえだな。だが、俺の話は現実だ。俺のここでの役割は、正義超人の卵に、訓練じゃない現実の悪行超人との戦いを教えることだろ? メンタル面でも現実を教えた方がいいんじゃないのかね?」
ボーンは不敵にせせら笑う。
「ボーンの言うことにも一理ある」
そう言い出したのはロビンマスクだった。
「正義超人たる者、メンタル面でも悪行超人に負けぬ強さを持たねばならぬ。真実だろうと嘘であろうと、対戦相手の悪行超人の話に動揺して、自分を見失うようでは、戦う以前の問題だ」
「ロビン……」
彼の仲間のレジェンドたちは、思わず彼を見やった。
「ああ、そう言や思い出したがね」
ボーンが、不意に隻眼をロビンに向けた。
「その嫁さんに頼まれて俺が殺した正義超人って奴、ちょうどあんたに似てたよ、校長センセ」
その場にいる全員が、ぎょっとしたようにボーンを見た。
「何だって!?」
「物腰とか口調とか、本当にあんたみたいだったよ、ロビンマスクさんよ。仲間内での立ち位置も似てる。リーダー格で、ピッカピカのみんなの模範てカンジ。だからそいつがDV野郎だなんて、誰も信じなかった訳さ。あんたら、もしこちらの英国紳士がDV野郎だなんて言われたら信じるかい?」
「……」
ロビンは黙り込み、マスクの奥からじっとボーンを見つめた。
「な、何が言いたいズラ! ロビンが悪いことでもしていると言うズラか!」
ジェロニモが思わず激昂する。
「別にそうじゃねえ。こんな感じの奴だったって、思い出しただけさ」
ボーンは葉巻を取り出し、火を点けようとした。
が、バッファローマンが素早く取り上げる。
「職員室は禁煙だ」
「ちぇっ。葉巻くらい吸わせろよな」
ボーンは舌打ちして、椅子の背もたれに寄りかかった。
「……明日の特別授業の打ち合わせをする。全員、会議室に集まってくれ。お前もだ、ボーン。アタル殿も参加していただけるとありがたい」
ロビンマスクが全員を促した。
「やれやれ、元殺し屋がガッコのセンセのバイトかよ。笑うしかねえな」
ボーンは大義そうに立ち上がり、移動するレジェンドたちの後を追った。
ボーンに敗北した生徒たちは例外なく重傷を負い、医務室を通り越して病院へ搬送。
ボーン本人はというと、大した疲労の色も見せず、レジェンドたちに案内されて職員室へ引き返す。
明日、明後日と続けて特別授業があるということで、ボーンはアタルと共に数日ヘラクレスファクトリーに滞在することになった。
「いやあ、あんた強いズラね! 生徒たちが手も足も出なかったズラ!」
ジェロニモが職員室の一角で、キャスター付きの椅子に寄りかかるボーンを持ち上げる。
「超人レスリングの技量も凄いズラが、生徒たちを挑発したあの作り話は大したモンだったズラ。悪行超人の精神攻撃の勉強になったズラよ~」
「あ? ありゃ、作り話じゃねえよ。全部、実話だ」
出されたコーヒーをすすっていたボーンは、あっさりジェロニモの推測を否定した。
「……いや、嘘ズラよね? 仮にも正義超人ともあろう者が、よもやそんなこと……」
「本当だっつーの。誰もがあんたみたいに思ったから、誰一人としてその女を助けてやらなかったのさ」
露骨に嘲る調子で、ボーンはレジェンドたちを見渡した。
彼らは目配せをし合っている。
「ま、信じないならそれでもいいがね。依頼人の女の身元を詮索されないのは、俺にとって好都合だ。ねんごろになった女が逮捕されたりしたら、後味が悪いしな」
「……もし信じれば、お前が嫌いな正義超人に、最も醜い裏側を突き付けることになる。どちらにせよ、お前に損はない訳だ」
キャスター付き椅子に足を組んで座ったアタルが、そうボーンに問いかけた。
「そういうこったな」
ボーンが悪魔の笑いを見せる。
「何て悪辣な奴だ!」
ウルフマンが呆れて叫んだ。
「恐らくこの男の言うことは本当だろう。妙に真実味がある……」
ラーメンマンは冷静だった。
「それにこの男には、そういう立場の女と子供を助けるに足る、十分な理由がある……」
何のことか分かって、レジェンドたちから、ああ、と嘆息が上がった。
「そうだったな……。こいつも確か……」
バッファローマンが、物静かな目でボーンを見据える。
ボーンは涼しい顔でコーヒーをすすり、何も言わなかった。
「最初に会った時から、引っかかってたんだが」
ウルフマンがふと話題を変えた。
「ボーン、お前さん、歳はいくつなんだ? お前さんの父親が暴れてた頃から逆算すると、最低でもお前は30代後半なはず。なのにどう見てもお前は20代にしか見えんな……」
「あ、オラも気になっていたズラ。若すぎるズラよね」
ジェロニモが同意する。
ボーンはフッと笑った。
視界にアタルとバッファローマンが素早く目配せし合うのが見えた。
「俺のお袋も、若く見えるタイプでね。その血を引いたんだろ」
そういなすボーンの言葉は、あながち間違いではない。
カシドゥア人がほとんど老いという概念のない種族だと教えてくれたのは、魔女サフィーアだ。
その寿命は、途中で殺されでもしない限り、2000年にも及ぶ。
まさに永遠の輝きを保つ宝石の如く、カシドゥア人は長い時を生きる。
かつての超人大戦の折り、カシドゥア人はその不老の能力を妬んだ他種族によって、総攻撃を仕掛けられている。
「経験と若さを両立できるのは羨ましい限りだな。適材だ。君にはしばらく生徒たちの特別講師でいてもらおう」
ロビンマスクが要請する。
「まあ、仕事である以上やってやるがね。入院するボクちゃんたちが増えるだけだと思うぜ?」
殺さないように手加減してあの体たらくだ。
明日になって状況が劇的に変わるとも思えない。
「俺としては複雑だな。また正義超人そのものを否定しているような裏話なんぞされたら、生徒たちに動揺が広がる」
ウルフマンは苦虫を噛み潰したような顔だ。
「どうズラ? ああいう話はなしにしないズラか?」
ジェロニモがボーンに提案する。
「フフフ……よっぽど都合が悪かったみてえだな。だが、俺の話は現実だ。俺のここでの役割は、正義超人の卵に、訓練じゃない現実の悪行超人との戦いを教えることだろ? メンタル面でも現実を教えた方がいいんじゃないのかね?」
ボーンは不敵にせせら笑う。
「ボーンの言うことにも一理ある」
そう言い出したのはロビンマスクだった。
「正義超人たる者、メンタル面でも悪行超人に負けぬ強さを持たねばならぬ。真実だろうと嘘であろうと、対戦相手の悪行超人の話に動揺して、自分を見失うようでは、戦う以前の問題だ」
「ロビン……」
彼の仲間のレジェンドたちは、思わず彼を見やった。
「ああ、そう言や思い出したがね」
ボーンが、不意に隻眼をロビンに向けた。
「その嫁さんに頼まれて俺が殺した正義超人って奴、ちょうどあんたに似てたよ、校長センセ」
その場にいる全員が、ぎょっとしたようにボーンを見た。
「何だって!?」
「物腰とか口調とか、本当にあんたみたいだったよ、ロビンマスクさんよ。仲間内での立ち位置も似てる。リーダー格で、ピッカピカのみんなの模範てカンジ。だからそいつがDV野郎だなんて、誰も信じなかった訳さ。あんたら、もしこちらの英国紳士がDV野郎だなんて言われたら信じるかい?」
「……」
ロビンは黙り込み、マスクの奥からじっとボーンを見つめた。
「な、何が言いたいズラ! ロビンが悪いことでもしていると言うズラか!」
ジェロニモが思わず激昂する。
「別にそうじゃねえ。こんな感じの奴だったって、思い出しただけさ」
ボーンは葉巻を取り出し、火を点けようとした。
が、バッファローマンが素早く取り上げる。
「職員室は禁煙だ」
「ちぇっ。葉巻くらい吸わせろよな」
ボーンは舌打ちして、椅子の背もたれに寄りかかった。
「……明日の特別授業の打ち合わせをする。全員、会議室に集まってくれ。お前もだ、ボーン。アタル殿も参加していただけるとありがたい」
ロビンマスクが全員を促した。
「やれやれ、元殺し屋がガッコのセンセのバイトかよ。笑うしかねえな」
ボーンは大義そうに立ち上がり、移動するレジェンドたちの後を追った。