短編集
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
相も変わらず多くの人々が蠢く神室のある建物の屋上で、瀬凪は煙草をふかしていた。
元々煙草は吸わない瀬凪にとって、煙草を吸う時は何かしらの出来事が彼女の頭の中に思い留まった時だ。
銘柄はハイライト。
ある男が吸っている煙草と同じ銘柄だった。
屋上の柵に凭れかかって煙草を唇に挟むと、瀬凪は大きく深呼吸をして主流煙を肺に押し込んだ。
瞬間、瀬凪の肺はハイライトの煙に押し負けてタバコの毒素を拒絶するように噎せ返る。
瀬凪にとってハイライトはかなり重めの煙草のようだ。
「っ、けほっ、はぁ、」
それでも煙草を吸うことをやめず、肺に煙を押し込んでは噎せ続ける。彼と同じ物をやれば、満たされるのではないかと思って。
元来煙草を吸わない上に、吸ったとしてもニコチンやタールがほとんど含まれていないような、煙草とは言い難いような物を吸っている瀬凪がハイライトを吸うのはかなり珍しいだろう。
彼女と顔馴染みの人間がそれを見たらきっと目を丸くするに違いない。
「お〜?なんやなんや先客おったんか」
柵に持たれて神室町の景色を上から見下ろしていた瀬凪の背中に能天気な言葉が投げつけられる。
瀬凪はぎょっとして直ぐにタバコの火を消し咄嗟にスラックスのポケットにハイライトの箱を詰めた。
「真島か……」
「瀬凪〜お前センスええなぁ?ここにはワシもたまに来とってなぁ、こっから眺める神室町は最高なんや。ここにおれば色んな人間が問題起こしよるのを真下から見れる」
相も変わらず真島の口数は多く、瀬凪を置いて話をどんどんと進める。
関西人じゃない癖にこの口数の多さとトーク力はまさに誰もが関西人と錯覚するに違いない。
出身がどこか不明ではあるがこの際、彼が関西の人間だと胸の内で思う分には特になんら問題無いだろう。
「せやけど今日の神室町は平和やな〜。おもろないわぁ」
「平和に越したことはないだろう」
「ワシは刺激が欲しいんやっ、桐生チャンも今日は一歩も街に出てないそうやしなぁ?」
真島は血気盛んな口振りで瀬凪の隣に並ぶと、柵に凭れかかって懐から瀬凪が見覚えのある銘柄の煙草を取り出した。
真島が来る前に瀬凪が吸っていた物と同じハイライトだ。
だが真島は取り出した煙草の箱の中身を見て落胆する。
「あーあ。切らしてもうたわぁ。買わな」
しょんぼりする真島を見て瀬凪は一度自分の持っているハイライトを渡してやろうかとも考えたが、彼女がこんなものを吸う柄じゃないことを真島は知っているので、急に瀬凪の手元からハイライトが出てきたらどんな反応をされるのか瀬凪は懸念していた。
真島の事だから笑い飛ばしてくれるんだろうが、彼はお調子者の割にとても頭の切れる男だ。自分のお気に入りのハイライトを瀬凪が無理して吸っているのを見たらきっと詮索をかけてくるだろう。
同じ極道者と言えど瀬凪も真島も互いに違う組に属している。顔馴染みで良好な関係もいつ壊れるか分からない。
その他に、瀬凪は真島を騙そうとしている訳ではなく純粋に彼の事が気になっていた、と言うだけだがそれが真島にバレてしまうのも嫌だった。
「瀬凪ちゃーん何でもええから煙草持ってへん?」
「……持ってない」
真島には悪いがこのままシラを切ってしまおう。
瀬凪は胸の内で真島を静かに騙し、煙草は持っていないと嘘をついた。
小さな嘘ならつくのは慣れているし、今までにバレたことも無い。
さすがに大きな嘘はいつかバレてしまうので瀬凪はそのような無謀なことはしないようにしている。
いつだって極道の世界は自分の立ち位置が命だ。
「そうかぁ。ま、しゃあないか」
真島は瀬凪の言葉をすぐに受け入れ大人しく神室町の街並みを上から見下ろし始めた。
「お、なんかあっちで絡まれとるやつおるなあ」
「どこだ?」
ほれあそこ、と真島は屋上下に向かって指をさすが、丁度瀬凪の立ち位置からでは見えない場所で事が起こっているようだ
瀬凪は仕方なく真島の横に移動して柵から身を乗り出す。
地上では人がまばらになっているだけで何も問題は起こっているようには見えない。
瀬凪が真島が指さす場所を凝視してどこで問題が起こっているのか探し続けていると、急に自分の体がぐい、と横に引っ張られ、瀬凪は体勢を崩してしまった。
倒れた先で温かい何かに包み込まれているような柔らかさを頬で感じる。
それが直ぐに真島の胸板である事に気付き、彼の腕の中から逃れようと瀬凪は滅茶苦茶に体を動かした。
「おいっ、何をしているっ……離せっ」
「んもぅ〜瀬凪ちゃんは素直やないなぁ。まぁそんなとこも可愛くてええんやけどなぁ」
能天気な事を言いつつも瀬凪の体をがっちりと包んで離さない真島の腕は、彼女の頬をするりと撫で始める。
いつも付けているはずの革手袋は外されてあったので素手の彼の指先が優しく触れ、瀬凪の体温が急激に上昇していった。
瀬凪がしていた抵抗は虚しく、真島の腕の中で大人しくなった彼女は最後の抵抗として彼から顔を背けようとする。
しかし、真島の手から逃れようとした時瀬凪は後頭部に手を回された。無理矢理引き寄せられ、いきなりの事に驚愕する。
気が付けば瀬凪は真島によって一気に唇を奪われていた。
「っ、ぅっ、っ……」
触れるだけのキスではなく、口内をまさぐるような深いキス。
無理矢理ではあったが、真島の舌はゆっくりと歯列や上顎をなぞるように彼女の口内を犯していく。
体の力は抜けきって、瀬凪の腕は抵抗をする事さえ諦めてしまい、真島にされるがまま。
それからどれくらいの時間が経ったのだろうか。やっとの事で瀬凪は解放された。
離れた唇からは一筋の細い銀糸が名残惜しそうに繋がっており、プツリと静かに切れる。
時間にしては一分程度だろうが、瀬凪の脳内ではもっともっと長く感じられた。
荒い呼吸を必死に鎮めながら瀬凪は真島を突き放し睨んだ。一方全く呼吸も乱さずに余裕げに舌なめずりをしながら真島は笑っている。
「ふざけるなっ、何を急にこんな事……」
「うーん。瀬凪ちゃんは頭も良くて策略家なのは分かる。けどなぁ、」
瀬凪に突き放された真島はまたすぐに彼女ににじり寄り、屋上の柵に追い詰めて逃げ場を無くす。
瀬凪はめいいっぱいの鋭い睨みを真島にきかせるが、それは返って彼の高揚感をあおるだけ。現に真島の瞳はぎらついて今にも襲いかかってきそうだ。
「お前はワシといると綻びが出るなぁ?」
真島はニヒルに笑いながら手元をチラつかせた。
彼の手には何かが握られており、それを見た瀬凪は目を見開く。
真島の手の中には瀬凪が慌ててスラックスの中に隠したハイライトだった。
「屋上来た時からワシの好きな匂いがお前からぷんぷん匂っとったで。隠そうとしてたんやろうけど、残念やったな〜」
「別に隠そうとしていた訳じゃ、」
俯いて真島と目を合わせまいとしている瀬凪を他所に彼はじっと瀬凪だけを見ている。
その目は相変わらずギラつきを保ちながら高ぶりも加わっていた。
真島はもう既に、瀬凪の思惑に気付いている。真島を出し抜くのは瀬凪にはまだ早かった。
そもそも、この男を出し抜ける人間なんているのだろうか。
観察力に長けて、少しの情報から様々な想像をする。真島は全てにおいて完璧にこなす男だ。
「隠す必要なんかない。全部お見通しやからな」
真島はずっと俯いていた瀬凪の耳元に唇を寄せて含み笑いを浮かべながら囁くと、彼女の耳たぶにそっと噛み付いた。
身体中が沸騰しそうに熱くなって瀬凪の首元には汗が滲み、耳を食まれぞくりと腰元が強ばる。
このままこの男に溺れてしまいたい。
瀬凪の本能が真島を欲している。全てを見透かされた今、もう何も隠す必要は無くなった。このまま落ちていけばいいと欲望が主張していく。
「俺が欲しいんとちゃうか?」
もう一度、耳元で囁かれた時には瀬凪体から力が抜け膝から崩れ落ちそうになる。何とか膝に力を寄せてふらつく体を支えた。
「もう、よしてくれ……」
参りましたとばかりに真島の肩を弱々しく押し返してこれ以上自分の理性が崩してしまわないようにと瀬凪は唇を噛み締める。
彼にまんまと嵌められてしまった自分が情けない。
「ちょいといじめすぎた。お前の反応は一々可愛ええからのぉ。ほんじゃワシはこれでお
やっと真島との距離が空いたことに瀬凪は安堵の溜息を漏らす。どうやら次の仕事があるそうで、ここに来たのは休憩のためだと真島は説明した。
「ほな瀬凪ちゃん。さいなら〜」
「あぁ……」
奇怪な行動ばかりしては余韻も残さず嵐のように過ぎ去っていく真島。
瀬凪に背を向けて屋上から出ようとした時、不意に真島は足を止めて彼女の方を振り返った。
「煙草、ごちそーさん」
舌を出しながらそう言って真島は屋上から出ていった。
「……っくそ、……」
嵐のように余韻も残さず過ぎ去っていくというのは前言撤回した。
瀬凪はギリッと歯を噛み締めて最後の真島の表情や声のトーンを思い返す。
煙草の味もあの時の少しの間で把握してしまう彼は一枚も二枚も上手だった。
Fin.
NEXT
「二人一緒で幸も不幸も【真島吾朗】」