7章

引き剥がされた鮮度計があった場所から、一筋の鮮血がジュードの白い項を伝い、床に点々と赤い花を咲かせる。 デバイスという「管理」を失った瞬間、ジュードを縛っていた最後の客観的な指標は消滅した。今や彼の生存を定義するのは、目の前で獣のような瞳をしているギルバートの双眸だけだ。

「……あ、……ぁ、……っ」

ジュードの指先が、空を掴むように彷徨い、やがてギルバートの肩を強く引き寄せた。 劇薬による全細胞の強制駆動と、首筋を走る激痛。そして、主人の猛烈な情欲。過剰な刺激が混濁し、ジュードの脳は快楽と苦痛の境界線を完全に見失っていた。

「呼べ、ジュード。もう一度、俺の名を呼べ」

ギルバートは、ジュードの胸に刻まれた黒い紋様を、自らの爪でなぞり書きするように強く押し潰す。

「……っ、……ボ、ス……っ、……あ……!」

「違う。……さっきの呼び方だ。道具としてではなく、一人の男として、俺に縋ってみせろ」

ギルバートの追求は、拷問にも似ていた。 彼は知っている。ジュードが「ギル」と呼ぶことを拒むのは、それが彼にとって、唯一の「自分自身の意志」の残骸だからだ。道具であることに徹することで、彼は自分を守ってきた。主人の情愛に呑み込まれ、自分という個が消えてしまうことを、本能的に恐れていた。

「……っ、……い……、嫌だ……」

初めて、拒絶の言葉がジュードの唇から漏れた。 それは「ボスの命令」に背く、明らかな反逆。しかし、その言葉を聞いたギルバートは、これまでにないほど愉悦に満ちた顔で笑った。

「いいぞ、ジュード。それでいい。……もっと俺を拒め、もっと俺を憎め。そうして初めて、お前は血の通った『人間』になる」

ギルバートは、ジュードの抵抗を力ずくでねじ伏せ、再びその体内に自身の「毒」を流し込み始めた。 先ほどまでとは違う、支配欲を孕んだ、重く、濁った奔流。

「っ、……ぐ、あ……ッ!!」

ジュードの視界が真っ白に弾け、意識の端々が煤けていく。 体内の濾過細胞はすでに限界を超え、処理しきれない毒が脳を、心臓を、直接侵食し始める。 「右腕」としての誇りも、「器」としての責任感も、沸騰する快楽の泥の中に溶けて消えていく。

「……ぎ、……ル……っ、ギル、……助けて……っ」

ついに、防波堤が崩れた。 ジュードは涙で濡れた瞳でギルバートを見上げ、その首にしがみついた。 それは、優秀な部下としての仕草ではない。ただ一人の、死を恐れ、愛を乞う、壊れかけた男の姿だった。

ギルバートは、その震える体をこれ以上ないほど優しく、そして逃がさないように強く抱きしめた。

「ああ、ジュード。……ようやく、お前を捕まえたぞ」

窓の外の嵐は、いつの間にか通り過ぎようとしていた。 だが、この密室のなかには、もう以前のような「ボスと右腕」は存在しない。 ただ、互いの毒に侵され、溶け合い、死ぬまで離れることのできない、二匹の獣が横たわっているだけだった。

床に転がったリボルバーだけが、冷たい月光を浴びて、かつての「完璧な道具」の死を黙殺するように静かに光っていた。

1/1ページ
スキ