3章

雨音が激しく車体を叩く密室のなか、事後の静寂が二人を包んでいた。

ギルバートの瞳からは狂乱の赤が引き、冷徹な理性が戻っている。一方で、ジュードはまだ全身を苛む「毒」の残滓に耐えるように、強張った指先でシートの端を掴んでいた。

「……数値が戻らんな。ジュード、今回の毒は少々濃度が過ぎたか」

ギルバートが、汗に濡れたジュードの項を無造作に撫でる。指先が鮮度計の冷たい金属に触れた。

「……いえ。問題、ありません」

「嘘をつけ。紋様が鎖骨まで這い上がっているぞ。……俺が、お前を『廃棄』すると言ったらどうする」

試すような、氷の刃にも似た言葉。 だが、ジュードは毒の熱に浮かされた瞳を静かに伏せ、震える膝をついて車内の狭い床に跪いた。

「御心のままに、ボス。それがあなたの下される判断であれば、私はただ従うのみです」

「……その呼び方はよせと、何度言わせるつもりだ」

ギルバートの眉間に不快げな皺が寄った。彼はジュードの顎を強引に掬い上げ、至近距離でその瞳を覗き込む。

「プライベートでは『ギル』と呼べと言ったはずだ。これは命令だぞ、ジュード」

「……組織の規律を乱すわけにはいきません。あなたは私の、絶対的なボスですから」

ジュードの返答は淀みなかった。 ギルバートは彼に、右腕以上の、あるいは「つがい」に近い親密さを求めているのかもしれない。だが、ジュードはそれを頑なに拒んでいる。 「ギル」と親愛を込めて呼んでしまえば、それは対等な人間としての情愛が混じってしまう。

ジュードにとって、自分はあくまでもボスの汚れを吸い取るための「器」であり、便利な「道具」でなければならない。情を持つことは、道具としての純度を汚すことだと、彼は己に厳しく律しているのだ。

「フン……。どこまでも頑固な男だ。お前のそういう『正しさ』が、時として俺を苛立たせるのが分からんのか」

ギルバートは吐き捨てるように言い、ジュードの顎を突き放した。

「命乞いもせず、情も通わせず、ただ廃棄されるのを待つだけか。お前は本当に、俺に壊されるためだけに存在しているのだな」

「……それが、私の唯一の矜持ですので」

ジュードは淡々と、血の気の引いた唇を動かした。 鮮度計は依然として危険域の赤色を点滅させているが、ジュードの表情には微かな動揺も、生への執着も見られない。主が望めば、彼はこのまま雨の街へ捨てられ、毒が枯渇して自壊していく運命を、無表情に受け入れるだろう。

「勝手にしろ。だが、次の任務が終わるまでその命、勝手に散らすことは許さんぞ」

「承知しております」

ジュードは深く頭を垂れた。 ギルバートが苛立ちを隠さず窓の外へ視線を転じるなか、ジュードだけが、自身の胸の奥で疼く「毒」よりも熱い何かを、ひっそりと押し殺していた。

ボスが求める「親愛」を拒絶し、冷徹な「道具」であり続けること。 それこそが、ジュードがこの狂った共生関係のなかで、唯一自分に許した、誰にも踏み込ませない聖域だった。
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