一章
雨の混じる重苦しい夜だった。
オークション会場の裏手、錆びついた潮風が吹き抜ける倉庫街に、数台の黒塗りのセダンが滑り込む。ヘッドライトの光が、地面に転がされた数人の男たちを無慈悲に照らし出した。彼らは敵対組織の生き残りであり、この街の禁忌である「未精製の精神毒(デブリ)」を横流ししようとした大罪人だ。
「……言い残すことは?」
最後尾の車のドアが開き、重厚な革靴がコンクリートを叩く。クラン・ヴェノムの首領、ギルバートだ。
彼の背後には、影のように付き従う男――右腕のジュードがいた。ジュードは感情の読み取れない無機質な瞳で、ボスの前に突き出された男たちを見下ろしている。
「待て! 命だけは……! あれは、俺たちがやったんじゃ……っ」
男が叫び終える前に、ギルバートの手にした銃口から乾いた音が響いた。
悲鳴すら上がらない。ギルバートは、まるで路上の石を蹴飛ばしたかのような無関心さで、まだ煙を吹く銃をジュードに手渡した。
「掃除しておけ。……一匹も残すな」
「仰せのままに」
ジュードが短刀を抜き放ち、流れるような動作で残りの男たちの喉を裂いていく。返り血が彼の白い頬に飛んだが、彼は瞬き一つしなかった。
だが、作業を終えてボスの元へ戻ったジュードは、ギルバートの異変に気づき、眉を潜めた。
ギルバートが、愛用の杖を握る手に異常なほど力を込めている。こめかみには青筋が浮き、その瞳は、獲物を引き裂く直前の獣のようにどす黒い赤色を帯びていた。
先ほど放った銃弾――。その殺意に呼応するように、ギルバートの脳内で「精神毒」が急速に膨れ上がったのだ。
「……チッ、……ジュード、車を出せ。今すぐだ」
ギルバートの声は低く、そしてひどく震えていた。それは恐怖ではなく、内側から脳を焼き尽くそうとする狂気への、危うい均衡。
「承知いたしました。……邸に戻るまで、持ちそうですか?」
「……抜かせ。お前が、ここで……今すぐ喰らう覚悟があるなら、話は別だがな」
ギルバートの刺すような視線が、ジュードの首筋に這った。
防弾チョッキの下、ジュードの肌に刻まれた「黒い紋様」が、主人の毒気に呼応して、じわりと熱を帯び始める。
「……お望みのままに。私は、あなたの『器』ですから」
降りしきる雨の中、血の海に沈んだ死体たちを背に、二人は密室へと逃げ込む。
これから始まるのは、信頼でも慈悲でもない。
狂った主君の「排泄」と、それに命を繋ぐ忠犬の、悍ましくも甘美な共生の儀式だった。
オークション会場の裏手、錆びついた潮風が吹き抜ける倉庫街に、数台の黒塗りのセダンが滑り込む。ヘッドライトの光が、地面に転がされた数人の男たちを無慈悲に照らし出した。彼らは敵対組織の生き残りであり、この街の禁忌である「未精製の精神毒(デブリ)」を横流ししようとした大罪人だ。
「……言い残すことは?」
最後尾の車のドアが開き、重厚な革靴がコンクリートを叩く。クラン・ヴェノムの首領、ギルバートだ。
彼の背後には、影のように付き従う男――右腕のジュードがいた。ジュードは感情の読み取れない無機質な瞳で、ボスの前に突き出された男たちを見下ろしている。
「待て! 命だけは……! あれは、俺たちがやったんじゃ……っ」
男が叫び終える前に、ギルバートの手にした銃口から乾いた音が響いた。
悲鳴すら上がらない。ギルバートは、まるで路上の石を蹴飛ばしたかのような無関心さで、まだ煙を吹く銃をジュードに手渡した。
「掃除しておけ。……一匹も残すな」
「仰せのままに」
ジュードが短刀を抜き放ち、流れるような動作で残りの男たちの喉を裂いていく。返り血が彼の白い頬に飛んだが、彼は瞬き一つしなかった。
だが、作業を終えてボスの元へ戻ったジュードは、ギルバートの異変に気づき、眉を潜めた。
ギルバートが、愛用の杖を握る手に異常なほど力を込めている。こめかみには青筋が浮き、その瞳は、獲物を引き裂く直前の獣のようにどす黒い赤色を帯びていた。
先ほど放った銃弾――。その殺意に呼応するように、ギルバートの脳内で「精神毒」が急速に膨れ上がったのだ。
「……チッ、……ジュード、車を出せ。今すぐだ」
ギルバートの声は低く、そしてひどく震えていた。それは恐怖ではなく、内側から脳を焼き尽くそうとする狂気への、危うい均衡。
「承知いたしました。……邸に戻るまで、持ちそうですか?」
「……抜かせ。お前が、ここで……今すぐ喰らう覚悟があるなら、話は別だがな」
ギルバートの刺すような視線が、ジュードの首筋に這った。
防弾チョッキの下、ジュードの肌に刻まれた「黒い紋様」が、主人の毒気に呼応して、じわりと熱を帯び始める。
「……お望みのままに。私は、あなたの『器』ですから」
降りしきる雨の中、血の海に沈んだ死体たちを背に、二人は密室へと逃げ込む。
これから始まるのは、信頼でも慈悲でもない。
狂った主君の「排泄」と、それに命を繋ぐ忠犬の、悍ましくも甘美な共生の儀式だった。
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