弐話「積極的な女は嫌いじゃねぇ」
「貴方はとても、素敵ですね。とても騙しやすそうで……そして、何より美味しそうだ」
耳元で囁かれたのは、愛の告白ではなく捕食者の宣告だった。
その瞬間右肩に、鋭い杭を打ち込まれたような激痛が走った。彼女の口元は、俺の安物のシャツを汚す真っ赤な血で染まり、その瞳は爬虫類のように縦に割れている。
理解が追いつかない。何が起きている? 右肩を抉る熱い痛みと、首筋に滴る自分の血の生暖かさが、これが現実だと突きつけてくる。
(……またか。またこれかよ) 恐怖よりも先に、泥のような自己嫌悪が溢れ出した。親切心を出した結果がこれだ。
結局、俺が誰かを救おうなんて思うこと自体、分不相応な間違いだったんだ。この不幸体質は、ついに俺に「死」という名の最大の負債を支払わせようとしている。 視界が赤く染まり、膝の力が抜ける。アスファルトに這いつくばる俺の首筋を、彼女だった「何か」の冷たい舌が舐りあげた。逃げなきゃならないのに、指一本動かない。俺の人生の幕引きが、深夜の路地裏で正体不明の化け物に食われることだなんて、あまりに惨めで、あまりに俺らしいじゃないか。 意識が霞む中、どこからか場違いなほど軽薄で、刺々しい声が響いた。
「お姉さん、俺もまぜてくれよ」
つり目の黒髪の男が、女の首を無造作に捻りあげて引き剥がした。俺が地面に倒れ込むと、目の前に一足の靴が止まった。見上げると、そこにはタレ目の白髪の男が、慈悲のない冷ややかな瞳で見下ろしていた。
「……あーあ、ひっでえ面。死に損ないのドブネズミかよ」
白髪の男が吐き捨てるように言った。彼は俺の傷口から溢れた血に指を突っ込むと、それを顔の前に持っていき、鼻を鳴らして匂いを嗅いだ。
「……ハッ、最高じゃねえか。純度100%の『絶望』だ。一滴も『幸せ』が混ざってねえ。なあ、これマジで救いようがねえぞ」
「まじか、やべぇ、大当たりじゃん!」 黒髪の男は、俺を襲っていた女をゴミ袋のように放り投げると、獲物を値踏みするような足取りで近づいてくるも、地面に投げ出された女性の化け物は、即座に四つん這いになり、人間離れした速度で黒髪の男へ襲いかかった。裂けた口から鋭い牙が覗き、狙いは男の喉笛だ。 だが、男は微動だにしない。
「積極的な女は嫌いじゃねぇが」
牙が届く寸前、男は紙一重の差で身体を逸らし、突進の勢いを利用して彼女の顔面をわし掴みにした。
「ギギ、ァ……ッ!?」
化け物が苦悶の声を上げる間もなく、男はそのまま腕に力を込め、彼女の頭部をアスファルトへと叩きつけた。凄まじい衝撃音が響き渡る。 地面にめり込んだ化け物の身体は、痙攣することさえ許されず、急速にどす黒い液体へと溶けていった。液体はアスファルトの隙間に染み込み、異臭を残して跡形もなく消滅した。
「口が裂けた女は好みじゃねぇんだ」
黒髪の男は、手の汚れをズボンで無造作に拭うと、俺の顔を見ながら
「さてと、お待たせ、エサ」ニカッと笑い立ち上がった俺の右肩に「ま、仲良くしようぜ!」と強引に腕を回した。
逆側からは白髪の男が「殺しはしないから安心しろ」と、端正な顔に貼り付いたような笑みを向けるが、その瞳は極寒の氷のようだった。
耳元で囁かれたのは、愛の告白ではなく捕食者の宣告だった。
その瞬間右肩に、鋭い杭を打ち込まれたような激痛が走った。彼女の口元は、俺の安物のシャツを汚す真っ赤な血で染まり、その瞳は爬虫類のように縦に割れている。
理解が追いつかない。何が起きている? 右肩を抉る熱い痛みと、首筋に滴る自分の血の生暖かさが、これが現実だと突きつけてくる。
(……またか。またこれかよ) 恐怖よりも先に、泥のような自己嫌悪が溢れ出した。親切心を出した結果がこれだ。
結局、俺が誰かを救おうなんて思うこと自体、分不相応な間違いだったんだ。この不幸体質は、ついに俺に「死」という名の最大の負債を支払わせようとしている。 視界が赤く染まり、膝の力が抜ける。アスファルトに這いつくばる俺の首筋を、彼女だった「何か」の冷たい舌が舐りあげた。逃げなきゃならないのに、指一本動かない。俺の人生の幕引きが、深夜の路地裏で正体不明の化け物に食われることだなんて、あまりに惨めで、あまりに俺らしいじゃないか。 意識が霞む中、どこからか場違いなほど軽薄で、刺々しい声が響いた。
「お姉さん、俺もまぜてくれよ」
つり目の黒髪の男が、女の首を無造作に捻りあげて引き剥がした。俺が地面に倒れ込むと、目の前に一足の靴が止まった。見上げると、そこにはタレ目の白髪の男が、慈悲のない冷ややかな瞳で見下ろしていた。
「……あーあ、ひっでえ面。死に損ないのドブネズミかよ」
白髪の男が吐き捨てるように言った。彼は俺の傷口から溢れた血に指を突っ込むと、それを顔の前に持っていき、鼻を鳴らして匂いを嗅いだ。
「……ハッ、最高じゃねえか。純度100%の『絶望』だ。一滴も『幸せ』が混ざってねえ。なあ、これマジで救いようがねえぞ」
「まじか、やべぇ、大当たりじゃん!」 黒髪の男は、俺を襲っていた女をゴミ袋のように放り投げると、獲物を値踏みするような足取りで近づいてくるも、地面に投げ出された女性の化け物は、即座に四つん這いになり、人間離れした速度で黒髪の男へ襲いかかった。裂けた口から鋭い牙が覗き、狙いは男の喉笛だ。 だが、男は微動だにしない。
「積極的な女は嫌いじゃねぇが」
牙が届く寸前、男は紙一重の差で身体を逸らし、突進の勢いを利用して彼女の顔面をわし掴みにした。
「ギギ、ァ……ッ!?」
化け物が苦悶の声を上げる間もなく、男はそのまま腕に力を込め、彼女の頭部をアスファルトへと叩きつけた。凄まじい衝撃音が響き渡る。 地面にめり込んだ化け物の身体は、痙攣することさえ許されず、急速にどす黒い液体へと溶けていった。液体はアスファルトの隙間に染み込み、異臭を残して跡形もなく消滅した。
「口が裂けた女は好みじゃねぇんだ」
黒髪の男は、手の汚れをズボンで無造作に拭うと、俺の顔を見ながら
「さてと、お待たせ、エサ」ニカッと笑い立ち上がった俺の右肩に「ま、仲良くしようぜ!」と強引に腕を回した。
逆側からは白髪の男が「殺しはしないから安心しろ」と、端正な顔に貼り付いたような笑みを向けるが、その瞳は極寒の氷のようだった。
