11.貴方を慕う家族のために
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11-3
「ありがとねい」
話を終えて、日課となりつつある洗濯物を取り込んでいるとやって来たのはマルコさんだった。眠たげな目は彼のチャームポイントだと思うのだが、その目がまっすぐこちらに向けられてそう言われたものだから、私は瞬きしてしまった。
「何がですか?」
「親父のことだい」
「お礼を言われることはなにもしていませんよ」
私は私のできることをしただけです、と笑えば困ったような笑みが返された。それでも感謝しているのだとマルコさんは言う。
マルコさんはとても面倒見がよく、真面目な人だ。この船の人たちはみんな親父さんのことを慕っているけれど、その中でも特に信頼と忠誠を誓っているのはたぶんこの人。そんな人が親父さんの病気を気にしていないはずはないだろう。
「治るとは限らないですけどね」
「可能性があるなら試す価値はあるよい」
だからありがとう、とマルコさんはもう一度お礼を言うとまた詳細は伝えると言って踵を返した。言葉は少ないが彼はその背で語る……なんていうと臭いかもしれないけど、本当にそうだと私は思う。
この世界の人たちは意志が強く芯がしっかりしている人が多い。それはのらりくらりとしている私のような人間にはとても痛い。溜息をついてもそれはなくならないが、つかずにはいられなかった。
「いた!!」
大きな声に振り返ればトンと甲板を蹴って上がってきたのはエースさんだった。驚く間もなく頬を包まれてマルコさんと同じように「ありがとう!!」とお礼を叫ばれ、輝かんばかりの笑顔がまぶしくて私は目を細めた。
「マルコさんにも言いましたが、私は何もしていませんし、治るとは限りませんよ」
私は自分の血を試してはいない。父親の血と同じだとは聞いたが、私の血は実際試したわけではないのだ。それでも親父のことを考えてくれたことがうれしいのだとエースさんは笑った。
「俺の父親は親父だからな。やっぱり元気でいて欲しいんだけどよ、親父は酒も飲むしたまに前線に出てはしゃぐし、どーしようもねえんだ!」
それが楽しいんだけどな!とそこから次々と話される親父さんの話。このシチュエーションは既視感があるなあと思って、ああ、買い物の時もこんな風に話してくれたなと思い出す。
親父さんの話から派生していろんな人のエピソードが楽し気に語られる。語られるエースさんの家族の話。その話は楽しいはずなのに無性に寂しくて。
「悪ィ。俺なんか変なこと言ったか……?」
私が俯いてしまったのに気づいたエースさんが顔をのぞき込んできた。私は首を振る。
勝手に干渉に浸っているだけだ、困らせてはいけないと目元をぬぐえばぼすっと何かが被せられて。
貸してやるよと被せられたのはテンガロンハット。今日借りるのは二度目だ。今ははらはらと静かに流れる滑稽な涙を隠してくれる。エースさんはその上からぽすんと一回頭を撫でてくれた。
「お前ほかの世界から来たんだもんなァ。信じらんねえけど、まあグランドラインだしな」
楽し気だった声は落ち着いた声になって響く。それはなだめる様な声で、私に兄妹はいたことないけどお兄さんのようだと思った。
グランドラインはなんでもありなのだとエースさんは言った。変な生き物はたくさんいるし、気候だって馬鹿みたいに変わる。私のような人間ももしかしたら他にもいるかもしれないななんて笑った。
「本当に何でもありなんだぜ。だからこの海はおもしれェ。お前は急に来たから、帰るときも急かもしんねェけど、それまでにいろんなものを見てけよ!そしたら帰ったときいっぱい話せるだろ」
誰に、とは言わないのに、はっきりしたまっすぐな言葉がエースさんらしい。私が少し笑ってうなずけばにしし、と嬉しそうに笑い、真っ赤であろう目をのぞき込んで「イゾウがよく言ってるけど、確かにウサギだな」なんて笑うから私は口をとがらせた。
「私はうさぎじゃないです」
「目も真っ赤だし、寂しがりやだけどな」
「うるさいですよ」
ぺしっと軽く腕を叩けばけたけたと笑い声。全然痛くないだろうに「痛ェ!」とじゃれる彼は本当に周りをよく照らす。よく食べるしどこでも寝るし、いろんな意味で問題児だと呼ばれているけれど、この船を明るくしているのも彼だろう。
私はぐっと涙をぬぐった。
「エースさんが困ったときは私が頑張りますね」
「お?なんかよく分かんねェけど、まあ、そん時はよろしく!」
靄のかかりそうだった心に日を灯してくれた彼にお礼を言って帽子を返す。私が振りきれたのが分かったのか、エースさんが「よし!」と笑った。
「つーかさ、エース「さん」ってのやめねぇ?」
「ほかにどう呼べばいいんですか?」
「エース!」
「分かりました、エース」
「敬語!」
「……分かったよ、エース」
聞けばエースさ……エースは私と同じ年齢なのだとか。いや、年齢を聞いてお互いに驚いた。私はお互いにお互いを下だと思っていたなんて笑い話だ。
「いや、エースが20とかありえないでしょ……」
「いや、お前も鏡見てから言えよ15ぐれえだぞ。ちっちぇえし」
「ちっちゃいのは人種です、人種」
ふと、知った匂いを捉えて後ろを振り向けばイゾウさんが立っていた。無言で立っているけれどその目が「来い」と言っている気がしたから近づけばすぐにぐるりと腕が回された。無言のまま少しだけ持ち上げられて、驚いている間に首筋に一度すりっと顔を寄せられ降ろされる。そしてポスポスと頭を撫でたら踵を返して船内へ戻って行ってしまった。私は首をかしげるしかない。
「なんだったんだろ」
「お前のこと好きなんだろ、イゾウは」
突然のエースの言葉には?と声が出た。なぜそうなるのか意味が分からない。どういうことか聞いてもエースさんも「いや、分かんねえけど」と適当なことを言うから無責任だ。
「でも、あんなイゾウ初めて見るぜ。言ったろ、世話を焼くのだって珍しいっつーか、イゾウはなんでもあんまり自分から深く関わったりしねえんだ。だから、よく分かんねーけどイゾウはお前のことを気に入ってるってのは俺にも分かるぜ」
「……そうかなあ」
だとしてもどこに気にいる要素があったというのか。
エースはごろりと転がると私を見上げた。いつも輝いている黒目が今は少しだけ鋭い。
「気をつけろよ。お前はよく分かってねえと思うけど、俺たちは海賊だ。海賊ってのは欲しいものがあったら奪うんだぜ。それがどんなものであってもな」
嫌なら全力で逃げろ、なんて無茶を言う。この船に乗っている人たちの身体能力の高さには今朝溜息をつくほど感心したばかりだというのに。でも、もし逃げるとしたならまたハルタさんか誰かに担いでもらわないときっと逃げ切れだろうな、なんて。
「逃げるなら今度は落ちないようにします」
「逃げねえのが一番だけどな」
私が本気で逃げたらイゾウさんは銃を撃つだろうか。そしてそれこそウサギのようにとらえられてしまうのだろうか。考えたけどあんまりピンとこなかった。
「あ、そういえば今日は宴だとよ」
「またですか」
「海賊は宴が大好きだからな。俺も肉が食えるから好きだぜ」
「そればっかりだね」
またどんちゃん騒ぎだろうと溜息一つ。賑やかなのは楽しいが、次の日二日酔いの屍を見るのは勘弁願いたい。お酒は楽しく飲むものだ。いや、飲んでいる間は楽しいのだろうけど……。お味噌汁でも作ればいいか。
「あ、あとマルコがなんか礼するから考えとけって言ってたぜ」
「え、むしろ私がお礼をしたいと思ってるのに」
「マルコが言ってんだ。もらっとけ、もらっとけ!」
お前が言うことなら無茶もねえだろうし大抵叶うと思うぜ、とエースさんが笑う。「肉でも頼めよ!」と言うがそれはエースさんの願望でしょ、と私は肩を竦めた。
マルコさんも何か頼まないと引いてくれないだろうしな、と空を見上げれば、飛んでいたカモメが鳴いた。私はパチリと瞬きを。
「エース」
「ん?」
こんな願いは叶うかな、とカモメを指させば「ぶっは!」と声を出して笑われた。それから「言ってみろ!!」と目に涙を浮かべながら言われたから、明日にでもお願いしてみようと思う。
「ありがとねい」
話を終えて、日課となりつつある洗濯物を取り込んでいるとやって来たのはマルコさんだった。眠たげな目は彼のチャームポイントだと思うのだが、その目がまっすぐこちらに向けられてそう言われたものだから、私は瞬きしてしまった。
「何がですか?」
「親父のことだい」
「お礼を言われることはなにもしていませんよ」
私は私のできることをしただけです、と笑えば困ったような笑みが返された。それでも感謝しているのだとマルコさんは言う。
マルコさんはとても面倒見がよく、真面目な人だ。この船の人たちはみんな親父さんのことを慕っているけれど、その中でも特に信頼と忠誠を誓っているのはたぶんこの人。そんな人が親父さんの病気を気にしていないはずはないだろう。
「治るとは限らないですけどね」
「可能性があるなら試す価値はあるよい」
だからありがとう、とマルコさんはもう一度お礼を言うとまた詳細は伝えると言って踵を返した。言葉は少ないが彼はその背で語る……なんていうと臭いかもしれないけど、本当にそうだと私は思う。
この世界の人たちは意志が強く芯がしっかりしている人が多い。それはのらりくらりとしている私のような人間にはとても痛い。溜息をついてもそれはなくならないが、つかずにはいられなかった。
「いた!!」
大きな声に振り返ればトンと甲板を蹴って上がってきたのはエースさんだった。驚く間もなく頬を包まれてマルコさんと同じように「ありがとう!!」とお礼を叫ばれ、輝かんばかりの笑顔がまぶしくて私は目を細めた。
「マルコさんにも言いましたが、私は何もしていませんし、治るとは限りませんよ」
私は自分の血を試してはいない。父親の血と同じだとは聞いたが、私の血は実際試したわけではないのだ。それでも親父のことを考えてくれたことがうれしいのだとエースさんは笑った。
「俺の父親は親父だからな。やっぱり元気でいて欲しいんだけどよ、親父は酒も飲むしたまに前線に出てはしゃぐし、どーしようもねえんだ!」
それが楽しいんだけどな!とそこから次々と話される親父さんの話。このシチュエーションは既視感があるなあと思って、ああ、買い物の時もこんな風に話してくれたなと思い出す。
親父さんの話から派生していろんな人のエピソードが楽し気に語られる。語られるエースさんの家族の話。その話は楽しいはずなのに無性に寂しくて。
「悪ィ。俺なんか変なこと言ったか……?」
私が俯いてしまったのに気づいたエースさんが顔をのぞき込んできた。私は首を振る。
勝手に干渉に浸っているだけだ、困らせてはいけないと目元をぬぐえばぼすっと何かが被せられて。
貸してやるよと被せられたのはテンガロンハット。今日借りるのは二度目だ。今ははらはらと静かに流れる滑稽な涙を隠してくれる。エースさんはその上からぽすんと一回頭を撫でてくれた。
「お前ほかの世界から来たんだもんなァ。信じらんねえけど、まあグランドラインだしな」
楽し気だった声は落ち着いた声になって響く。それはなだめる様な声で、私に兄妹はいたことないけどお兄さんのようだと思った。
グランドラインはなんでもありなのだとエースさんは言った。変な生き物はたくさんいるし、気候だって馬鹿みたいに変わる。私のような人間ももしかしたら他にもいるかもしれないななんて笑った。
「本当に何でもありなんだぜ。だからこの海はおもしれェ。お前は急に来たから、帰るときも急かもしんねェけど、それまでにいろんなものを見てけよ!そしたら帰ったときいっぱい話せるだろ」
誰に、とは言わないのに、はっきりしたまっすぐな言葉がエースさんらしい。私が少し笑ってうなずけばにしし、と嬉しそうに笑い、真っ赤であろう目をのぞき込んで「イゾウがよく言ってるけど、確かにウサギだな」なんて笑うから私は口をとがらせた。
「私はうさぎじゃないです」
「目も真っ赤だし、寂しがりやだけどな」
「うるさいですよ」
ぺしっと軽く腕を叩けばけたけたと笑い声。全然痛くないだろうに「痛ェ!」とじゃれる彼は本当に周りをよく照らす。よく食べるしどこでも寝るし、いろんな意味で問題児だと呼ばれているけれど、この船を明るくしているのも彼だろう。
私はぐっと涙をぬぐった。
「エースさんが困ったときは私が頑張りますね」
「お?なんかよく分かんねェけど、まあ、そん時はよろしく!」
靄のかかりそうだった心に日を灯してくれた彼にお礼を言って帽子を返す。私が振りきれたのが分かったのか、エースさんが「よし!」と笑った。
「つーかさ、エース「さん」ってのやめねぇ?」
「ほかにどう呼べばいいんですか?」
「エース!」
「分かりました、エース」
「敬語!」
「……分かったよ、エース」
聞けばエースさ……エースは私と同じ年齢なのだとか。いや、年齢を聞いてお互いに驚いた。私はお互いにお互いを下だと思っていたなんて笑い話だ。
「いや、エースが20とかありえないでしょ……」
「いや、お前も鏡見てから言えよ15ぐれえだぞ。ちっちぇえし」
「ちっちゃいのは人種です、人種」
ふと、知った匂いを捉えて後ろを振り向けばイゾウさんが立っていた。無言で立っているけれどその目が「来い」と言っている気がしたから近づけばすぐにぐるりと腕が回された。無言のまま少しだけ持ち上げられて、驚いている間に首筋に一度すりっと顔を寄せられ降ろされる。そしてポスポスと頭を撫でたら踵を返して船内へ戻って行ってしまった。私は首をかしげるしかない。
「なんだったんだろ」
「お前のこと好きなんだろ、イゾウは」
突然のエースの言葉には?と声が出た。なぜそうなるのか意味が分からない。どういうことか聞いてもエースさんも「いや、分かんねえけど」と適当なことを言うから無責任だ。
「でも、あんなイゾウ初めて見るぜ。言ったろ、世話を焼くのだって珍しいっつーか、イゾウはなんでもあんまり自分から深く関わったりしねえんだ。だから、よく分かんねーけどイゾウはお前のことを気に入ってるってのは俺にも分かるぜ」
「……そうかなあ」
だとしてもどこに気にいる要素があったというのか。
エースはごろりと転がると私を見上げた。いつも輝いている黒目が今は少しだけ鋭い。
「気をつけろよ。お前はよく分かってねえと思うけど、俺たちは海賊だ。海賊ってのは欲しいものがあったら奪うんだぜ。それがどんなものであってもな」
嫌なら全力で逃げろ、なんて無茶を言う。この船に乗っている人たちの身体能力の高さには今朝溜息をつくほど感心したばかりだというのに。でも、もし逃げるとしたならまたハルタさんか誰かに担いでもらわないときっと逃げ切れだろうな、なんて。
「逃げるなら今度は落ちないようにします」
「逃げねえのが一番だけどな」
私が本気で逃げたらイゾウさんは銃を撃つだろうか。そしてそれこそウサギのようにとらえられてしまうのだろうか。考えたけどあんまりピンとこなかった。
「あ、そういえば今日は宴だとよ」
「またですか」
「海賊は宴が大好きだからな。俺も肉が食えるから好きだぜ」
「そればっかりだね」
またどんちゃん騒ぎだろうと溜息一つ。賑やかなのは楽しいが、次の日二日酔いの屍を見るのは勘弁願いたい。お酒は楽しく飲むものだ。いや、飲んでいる間は楽しいのだろうけど……。お味噌汁でも作ればいいか。
「あ、あとマルコがなんか礼するから考えとけって言ってたぜ」
「え、むしろ私がお礼をしたいと思ってるのに」
「マルコが言ってんだ。もらっとけ、もらっとけ!」
お前が言うことなら無茶もねえだろうし大抵叶うと思うぜ、とエースさんが笑う。「肉でも頼めよ!」と言うがそれはエースさんの願望でしょ、と私は肩を竦めた。
マルコさんも何か頼まないと引いてくれないだろうしな、と空を見上げれば、飛んでいたカモメが鳴いた。私はパチリと瞬きを。
「エース」
「ん?」
こんな願いは叶うかな、とカモメを指させば「ぶっは!」と声を出して笑われた。それから「言ってみろ!!」と目に涙を浮かべながら言われたから、明日にでもお願いしてみようと思う。