11.貴方を慕う家族のために
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11-2
―もし、欲しかったら上げますよ―
私は前島に買い物に行きヴァントさんに血のことを聞かれた時そう言ったのだ。そのあとすぐにエースさんにつかまってひと悶着あったからその時話はそれきりになってしまったけれど、私は親父さんに会ったあと自分でヴァントさんのところに相談をしに行った。
『親父さんの病気が治せるのだとしたらやっぱり欲しがる人はいますよね』
『いるとは思うけどよ……親父がいらねえって言ってるならだれも口出ししねえよ』
私も確かに親父さん本人から「血に興味はない」と言われていたからそれは分かっているが、私が知りたいのはそこではなかった。たぶんこの船の中では親父さんの意向がほぼ絶対なのだろうけど、私が知りたいのは「クルーが」どう思っているかだった。
『治療法も親父さんの意思も抜きにして、ただ親父さんの病気が治せるとしたら?』
『そりゃ……みんな治療しろって言うだろうな』
それが聞ければ十分だった。私ヴァントさんに紙を渡して親父さんに病気の治療を望む人は署名をしてくれ、と頼んで欲しいと言った。隊長には見つからずそっとやってほしいと。文字が書けないならだれか分かればいいと言ってあったから血判もあれば落書きのような似顔絵もあるが……間違いなくこの船のクルーのみんなの署名だ。
「と言うことでして、親父さんの病気の治療に私の血を使ってください」
船長室にずらっと並ぶのは1から16までの隊長たち。そして中央に座っている親父さんは楽し気に笑っていた。
「俺に治療しろと言うためだけに家族の署名を集めたのかァ?」
「部外者の私が頼んだどころで無理だろうと思ったので。この船の皆さんが親父さんの健康を望んでいます。なら、治療してくれますよね」
「グラララララ!ハナッタれな娘かと思ったが、とんだじゃじゃ馬娘だなァ!!」
うっかりマルコさんに渡してしまった署名の紙は最後の紙だった。私の手元にあるものと、ハルタさんが協力してくれて集めた紙を合わせてすべてになる。すべての紙をチェックして、この船のクルー全員の署名があったことはもう確認済みである。あとはここに並ぶ隊長さんたちから同意が得られればほんとうに全員なのだ。
親父さんが「おめえらはどう思う?」と隊長さん方に聞いたから、私は同じことを聞いた。『治療法も親父さんの意思も抜きにして、ただ親父さんの病気が治せるとしたら?』と。すれば「治療させるだろうな」という答えが14つ。渋ったのは2つ。……マルコさんとイゾウさんだ。どうしてか、と問えばマルコさんは首の裏を擦った。
「いや、血をもらってもよい、親父が拒否したら意味ねェだろい?」
「つまりマルコさんは親父さんが納得すればいいってことですね?」
「……まあ、そうなるねい」
少し考えてうなずいたマルコさんにほっと息を吐いた。それならば別に問題ない。親父さんは必ず納得する。と言うか、納得させてみせる。
問題なのは。
「イゾウさん」
名前を呼んでも黒くて鋭い目は揺がなかった。腕組みをしてじっと私の方を見ている。
「何がご不満ですか?」
「血をやる必要はねえだろ。親父がいらねェと言ってんだ」
私は親父さんに目を向けた。親父さんはにやっと笑っているだけで何も言わない。
私はまっすぐイゾウさんの目を見返した。
「はっきり言ってください」
「言ったろ」
「私は親父さんの意思を抜きにって言ったじゃないですか」
それなのに「親父がいらねェと言ってんだ」と拒否するのはおかしい。そんなわがままを繰り返す子どものような発言は、イゾウさんらしくない。
何を隠しているのだろうか。不自然な理由までつけて拒否する理由は察することはできないが、本心を隠していることは分かる。はっきり言えともう一度言えば、切れ長の目はそっぽを向いた。
親父さんはきっとイゾウさんが納得しなければ、私の説得には納得しない。そんな笑みをしている。だから、私はイゾウさんの理由を聞きださなければいけない。本人が言うのを嫌がっていようとも、だ。
しばらくの沈黙に大きなため息が落ちた。それから言いにくそうに紅の引かれた薄い唇が開く。
「死ぬだろ」
「……は?」
「血を抜いたら死ぬだろ?」
いや、死なない。うん?いや、そりゃ一気に抜いたら死ぬだろうが。
「……ここのナースさんや船医さんがとても腕が悪いとかあります?」
「……阿保」
「じゃあ、大丈夫でしょう」
私に医学の知識はないが、ゆっくり危なくないペースで血を採ってくれるなら死ぬことはないだろう。親父さんの体は大きいからどれぐらいいるのかも、どれぐらいかかるのかも分からないが。
「死にませんよ」
何を心配したのかと笑えば一瞬で白檀の匂いが強まった。流れるように腕が絡まり引き寄せられたかと思うと抱きしめられる。イゾウさんと私の距離は距離があったはずなのだけれどと瞬きしてしまう。
顔を上げれば目が合う。珍しくその目が揺れていて、なぜだろうかと思ったがそう言えば私の父は血を抜いて帰ったんだったなと思い出す。イゾウさんは私に「帰るな」と言った人だ。父と私とを重ねたのなら、私が血を抜くのは懸念することかもしれない。
「死なないです。それを約束すればいいですか?」
「……ああ」
すりっと頭に鼻を寄せるとイゾウさんは何事もなかったように離れた。不満顔ではあるが一応許可を得られたからいいだろう。
「グララララ!どっちが面倒みられてんのか分かんねェじゃねえか!」
「馬鹿言うな、親父。俺が拾ったんだ」
俺が飼ってるに決まってるだろ?と肩を竦めたイゾウさんはいつも通りでさっきのが演技だったのではないかと思うほど。私も調子いいなと肩を竦めた。本当に調子がいい。
「それで、小娘。どう俺を説得するつもりだァ?俺ァおめえの血はいらねえと言ったはずだァ。治療も今は信頼しているナースと船医どもが診てる。てめえの血なんざいらねェ」
「親父さんは家族が大事でしょう?」
「そうだなァ。それがどうしたァ?」
親父さんは大きな椅子のひじ掛けに肘をついてじいっと私を見ていた。何を当然のことを、と言いたげな目に父を重ねる。
グラグラと笑いながら血を拒否する理由は確かに一理あるし、そこに部外者の私が何か言えることではないのだけれど、私にも言えることはある。
「なら、家族のために長生きすべきです」
私は家族の大切さを知っている。だって家族がいるから私は元の世界に帰りたいのだから。
グラグラと親父さんは笑った。そんなことかと言うように。けれどそんなことではないのだ。
「親は先に死ぬもんだァ」
「だからこそできるだけ元気に長生きする努力をするものですよ」
「生意気な小娘だなァ!」
もう一押しいるのかなと思った。私の説得は十分楽しませられたようだけれど、でも一応もう一押し。私はそっと目を伏せると静かに言った。
「子を心配するのが親ならば、親を心配するのは子ですよ」
どうか、分かってください。その声は自分でさえ少しだけ哀愁が漂ってしまった気がして、私はごまかすように笑った。
―もし、欲しかったら上げますよ―
私は前島に買い物に行きヴァントさんに血のことを聞かれた時そう言ったのだ。そのあとすぐにエースさんにつかまってひと悶着あったからその時話はそれきりになってしまったけれど、私は親父さんに会ったあと自分でヴァントさんのところに相談をしに行った。
『親父さんの病気が治せるのだとしたらやっぱり欲しがる人はいますよね』
『いるとは思うけどよ……親父がいらねえって言ってるならだれも口出ししねえよ』
私も確かに親父さん本人から「血に興味はない」と言われていたからそれは分かっているが、私が知りたいのはそこではなかった。たぶんこの船の中では親父さんの意向がほぼ絶対なのだろうけど、私が知りたいのは「クルーが」どう思っているかだった。
『治療法も親父さんの意思も抜きにして、ただ親父さんの病気が治せるとしたら?』
『そりゃ……みんな治療しろって言うだろうな』
それが聞ければ十分だった。私ヴァントさんに紙を渡して親父さんに病気の治療を望む人は署名をしてくれ、と頼んで欲しいと言った。隊長には見つからずそっとやってほしいと。文字が書けないならだれか分かればいいと言ってあったから血判もあれば落書きのような似顔絵もあるが……間違いなくこの船のクルーのみんなの署名だ。
「と言うことでして、親父さんの病気の治療に私の血を使ってください」
船長室にずらっと並ぶのは1から16までの隊長たち。そして中央に座っている親父さんは楽し気に笑っていた。
「俺に治療しろと言うためだけに家族の署名を集めたのかァ?」
「部外者の私が頼んだどころで無理だろうと思ったので。この船の皆さんが親父さんの健康を望んでいます。なら、治療してくれますよね」
「グラララララ!ハナッタれな娘かと思ったが、とんだじゃじゃ馬娘だなァ!!」
うっかりマルコさんに渡してしまった署名の紙は最後の紙だった。私の手元にあるものと、ハルタさんが協力してくれて集めた紙を合わせてすべてになる。すべての紙をチェックして、この船のクルー全員の署名があったことはもう確認済みである。あとはここに並ぶ隊長さんたちから同意が得られればほんとうに全員なのだ。
親父さんが「おめえらはどう思う?」と隊長さん方に聞いたから、私は同じことを聞いた。『治療法も親父さんの意思も抜きにして、ただ親父さんの病気が治せるとしたら?』と。すれば「治療させるだろうな」という答えが14つ。渋ったのは2つ。……マルコさんとイゾウさんだ。どうしてか、と問えばマルコさんは首の裏を擦った。
「いや、血をもらってもよい、親父が拒否したら意味ねェだろい?」
「つまりマルコさんは親父さんが納得すればいいってことですね?」
「……まあ、そうなるねい」
少し考えてうなずいたマルコさんにほっと息を吐いた。それならば別に問題ない。親父さんは必ず納得する。と言うか、納得させてみせる。
問題なのは。
「イゾウさん」
名前を呼んでも黒くて鋭い目は揺がなかった。腕組みをしてじっと私の方を見ている。
「何がご不満ですか?」
「血をやる必要はねえだろ。親父がいらねェと言ってんだ」
私は親父さんに目を向けた。親父さんはにやっと笑っているだけで何も言わない。
私はまっすぐイゾウさんの目を見返した。
「はっきり言ってください」
「言ったろ」
「私は親父さんの意思を抜きにって言ったじゃないですか」
それなのに「親父がいらねェと言ってんだ」と拒否するのはおかしい。そんなわがままを繰り返す子どものような発言は、イゾウさんらしくない。
何を隠しているのだろうか。不自然な理由までつけて拒否する理由は察することはできないが、本心を隠していることは分かる。はっきり言えともう一度言えば、切れ長の目はそっぽを向いた。
親父さんはきっとイゾウさんが納得しなければ、私の説得には納得しない。そんな笑みをしている。だから、私はイゾウさんの理由を聞きださなければいけない。本人が言うのを嫌がっていようとも、だ。
しばらくの沈黙に大きなため息が落ちた。それから言いにくそうに紅の引かれた薄い唇が開く。
「死ぬだろ」
「……は?」
「血を抜いたら死ぬだろ?」
いや、死なない。うん?いや、そりゃ一気に抜いたら死ぬだろうが。
「……ここのナースさんや船医さんがとても腕が悪いとかあります?」
「……阿保」
「じゃあ、大丈夫でしょう」
私に医学の知識はないが、ゆっくり危なくないペースで血を採ってくれるなら死ぬことはないだろう。親父さんの体は大きいからどれぐらいいるのかも、どれぐらいかかるのかも分からないが。
「死にませんよ」
何を心配したのかと笑えば一瞬で白檀の匂いが強まった。流れるように腕が絡まり引き寄せられたかと思うと抱きしめられる。イゾウさんと私の距離は距離があったはずなのだけれどと瞬きしてしまう。
顔を上げれば目が合う。珍しくその目が揺れていて、なぜだろうかと思ったがそう言えば私の父は血を抜いて帰ったんだったなと思い出す。イゾウさんは私に「帰るな」と言った人だ。父と私とを重ねたのなら、私が血を抜くのは懸念することかもしれない。
「死なないです。それを約束すればいいですか?」
「……ああ」
すりっと頭に鼻を寄せるとイゾウさんは何事もなかったように離れた。不満顔ではあるが一応許可を得られたからいいだろう。
「グララララ!どっちが面倒みられてんのか分かんねェじゃねえか!」
「馬鹿言うな、親父。俺が拾ったんだ」
俺が飼ってるに決まってるだろ?と肩を竦めたイゾウさんはいつも通りでさっきのが演技だったのではないかと思うほど。私も調子いいなと肩を竦めた。本当に調子がいい。
「それで、小娘。どう俺を説得するつもりだァ?俺ァおめえの血はいらねえと言ったはずだァ。治療も今は信頼しているナースと船医どもが診てる。てめえの血なんざいらねェ」
「親父さんは家族が大事でしょう?」
「そうだなァ。それがどうしたァ?」
親父さんは大きな椅子のひじ掛けに肘をついてじいっと私を見ていた。何を当然のことを、と言いたげな目に父を重ねる。
グラグラと笑いながら血を拒否する理由は確かに一理あるし、そこに部外者の私が何か言えることではないのだけれど、私にも言えることはある。
「なら、家族のために長生きすべきです」
私は家族の大切さを知っている。だって家族がいるから私は元の世界に帰りたいのだから。
グラグラと親父さんは笑った。そんなことかと言うように。けれどそんなことではないのだ。
「親は先に死ぬもんだァ」
「だからこそできるだけ元気に長生きする努力をするものですよ」
「生意気な小娘だなァ!」
もう一押しいるのかなと思った。私の説得は十分楽しませられたようだけれど、でも一応もう一押し。私はそっと目を伏せると静かに言った。
「子を心配するのが親ならば、親を心配するのは子ですよ」
どうか、分かってください。その声は自分でさえ少しだけ哀愁が漂ってしまった気がして、私はごまかすように笑った。