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Izo

寒い日に

「女が身体冷やすもんじゃねぇぞ」

不意にそんな声が聞こえて肩にストールをかけられた。ふんわりと海賊にしては清潔すぎる香りが鼻を擽って、かけられた声とその香りに誰であるかを知る。

「こんな気遣いできるなんてモテますね、おにーさん」
「阿呆」

常識だろ、と呆れたようにイゾウは肩を竦めた。そりゃあ海賊でなければ紳士の嗜みとして常識かもしれないが、私たちは海賊だ。「紳士な海賊がいたっていいじゃねえか」とイゾウは笑うがやっぱりちょっとちぐはぐでおかしい。
秋島の気候で確かに少し寒かったからありがたくストールを肩に巻き付けた。イゾウがさっきまで使っていたのかそれはほんのりとあったかくてほっと息を吐いた。やっぱりちょっと冷えてたかな。

「ナースさん達はすごいよね、年中あの格好だもの」
「身体冷やすなとは言うんだがな。お洒落は我慢だの、これでも中に着ていてあったかいだの聞かねえのさ」
「言うんだ」
「一応な」

不本意そうな顔に笑った。なにかと面倒見のいいイゾウのことだから聞かないと分かっていつつ何度も言っているのだろう。
船尾の欄干に並ぶように立って話す私たちを見ているのは海と星と月だけ。少し身を屈めて頬杖をつくイゾウの横顔が綺麗だ。年齢を聞いたことはないけれど、多分年齢よりずっと若く見えてるんだろうなと思う。
寒いけれど外にいたのは星を見るためだった。船首の方は家族が騒ぐことが多いけれど、船尾は静かなことが多いから。

「こうも寒いとお酒が飲みたくなるね」
「それは強請ってんのかい?」
「どうでしょうねぇ」

揶揄うように笑えば、イゾウも楽しげに笑った。それからこちらに向き直って、ストールをしっかり巻き直されて「仕方ねえな」と溢した。

「え、本当に?」
「ただじゃねえぞ」

意地悪げに笑ったイゾウに、抱き寄せられた。鼻をくすぐるイゾウの匂いがさっきより強く、ついでに体温まで伝わってくる。軽く触れた頬はイゾウの方が冷たかった。抱き寄せられたのは本当に一瞬だけで、すぐにイゾウは「ちょっと待ってな」と船内に戻って行った。

「なんて男……」

ストールがずり落ちて、またふわりと香りが鼻を擽った。私はそれになす術なく、頬を染めるのだった。

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