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Beckman


賑やかな声が陸からする。停泊した冬島は無人島だった。ドーナッツの真ん中に森があるようなその島は、つまり外縁には遮るものが何もなく。最近暴れ足りない海賊たちには持ってこいだということは言うまでもない。我先にと船から飛び降りた船員の多くは、思ったより深い雪に首まで埋もれ、助けを求めるハメにもなっていたがそれすらも、可笑しくて馬鹿騒ぎする理由にしかならない。

「ベックはあれに混ざらなくていいの?」
「混ざると思うか?」

思わないけれど真顔で返されると困る。困った顔を素直にすれば、笑われた。
ベックは船の手すりにもたれ掛かってタバコを吸っている。私もその横にいるわけだけど、さっきからお頭がベックを呼んでいるのだ。呼ばれているのに微動だにしないからか、今度は私にベックを下に下ろせとジェスチャーし始めたのだから、どうにも居心地が悪い。

「別にお頭に従わなくてもいいんだぜ。あの人はただ遊びてェだけだ」
「そうだろうけど……」

そうだろうけど、お頭はお頭だ。指示に従わないとなると少し決まりが悪い。そういうとベックは「真面目だな」と。確かに海賊らしくはないかもしれない。けれどそれぐらいお頭を慕ってると言ってもいいと思う。
ちらりと視線を上げれば、ベックがにやにやと笑っていた。あ、これは楽しんでるな。私がお頭に従うか、ベックに従うか。前者だとして、私がどうやってベックを動かすか。
ほうっと息を吐けば、白い煙が空を飾る。寒いのはそんなことをしなくても明確だ。寒さが肌に刺さるようだし、あのバカ元気だけが取り柄のような船員もみんな顔を真っ赤にして雪合戦をしている。隣にいるベックも彼にしては結構厚着だ。でも私よりは薄着。なんだろう。筋肉量の違いだろうか。たぶん彼は私よりは寒くないのだろう。上着の下に厚い筋肉があるのを知っている。きっとそれにぴっとりくっついたらあったかいに違いない。

「ベック」
「は……」

三白眼が見開かれ、少し幼いような驚いた顔を横目で見た。それに笑いながら、手すりから足を滑らせれば、ひゅうっと凍てつくような空気が身体を覆った。下の雪は雪合戦のために船員が除けてしまった。クッションになる雪もないところにぐんぐん体が落ちていく。寒い寒い。けれど私は冬島も、雪も寒さも嫌いじゃない。だってその分温かさが心地いいから。
ばしゅっと雪が潰れる音がして、私はベックに抱えられていた。相当な勢いをつけて降りてくれたのかベックの足が若干雪に埋まっているが、ナイスキャッチだ。

「遊びてェならそう言ってくれ」
「ううん、くっつきたかったの」

頭を小突かれつつも私は胸に身を寄せる。防寒着ごしだけれど、熱い体温と力強い鼓動が伝わって笑みが溢れた。

「ご機嫌なとこ悪いが、降りちまったからこれからが大変だぞ」
「そうだね」

そわそわと落ち着かない気配を背中越しに感じる。ベックの肩越しに覗き込めば、お頭を筆頭にゆき玉を構えた船員がにんまりと笑っていた。

「ベック」

咥えていた煙草を指で抜き取れば、にっと口の端を上げたベックが走り出す。賑やかな声が、冬島に響いた。
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