30.一兎を奪う
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30.一兎を奪う
「グララララ!今度はしっかり奪ってきたか!」
船に戻るとすぐに出向し、親父さんは機嫌良く笑っていた。甲板の船長席。その目の前にイゾウさんに抱えられたまま座らせてもらって、あれよこれよという間に手当もされて。熱がひどいのと、二の腕に埋め込まれているものはその場ですぐに取り出すのは難しいらしく、「早く医療室に」とナースさん達が眉を寄せていたけれど、私は首を横に振った。
「親父さん、ご迷惑をおかけしました」
「お前は客人だ。謝るのはこっちだろうよ」
イゾウさんの腕から抜けだそうとしたら、少し渋るように力を込められたけどそれは無視し、だるい体を引きずってちゃんと正座をして頭を下げれば返ってきたのは謝罪の言葉。それがどんなに優しくて、自分が情けなく感じることか。
気づいている。迎えに来たときから、意識するように言われる「客人」と言う言葉。私は家族ではないとしっかりと断言してくれている。あるいは、横にいる彼に言い聞かせているのかもしれないが、それはもはやどっちでもいい。
「親父」
彼が言った。続く言葉は分かってしまった。だから、言われる前に私は言った。
「親父さん、息子さんを私にくれませんか」
沈黙の後、響いたのは笑い声。
親父さんだけじゃなくて、船のみんなが笑っていてとっても賑やか。馬鹿にされているわけではないことは伝わっている。心から可笑しいと笑っているようで、本当に……温かい船だ。
「それがお前の答えか?」
「……私は家族が大切です。家族しか大事にすることを知りません。でも、私はイゾウさんのことも大事だから、だから……」
「俺が貰う」
思いきり腰を引かれて気づいた時には腕の中。私の言葉を遮るようにイゾウさんははっきりとそう言った。目を見開いて見上げれば、まっすぐな目が親父さんに向けられていて決して私の方は見ないのに、抱きしめてくれる腕は決して離すまいとしているようで、苦しくて、苦しくて……でも悲しくはなくて。
「そうだな。俺は息子を誰かにやるつもりはねェ。だが、イゾウ。お前はそいつを家族にする覚悟があるのか?」
「俺以外に誰がこいつを大事にできるってんだ?」
「グララララ!!散々女々しかったアホンダラが生意気言ってやがる」
「その気があるなら海賊なりに誠意を見せろ」を親父さんは言った。それにイゾウさんは一度だけ目を閉じると一瞬だけ、でもその一瞬で深く深く私にキスをした。
はやし立てるのは周りの家族達。ぼっと顔に血が上って、もともとあった熱は絶対上がった。いや、誠意ってそうじゃない気がする。いや、そうなのかな。でも、彼にしては……とまとまらない思考をめぐらせていれば、やっぱりしっかりと言葉も。
「好きだ。死ぬまでそばにいてくれ」
彼らしい、はっきりと言われた言葉にぼろぼろと涙がこぼれた。ああ、泣いてばかりだ。いけない、と必死に涙を手で拭えばそれも止められて、優しくて大きな手のひらが代わりにそれを拭った。温かくて、優しくて、初めに触れた時と何にも変わらない。返事をしようと口を開けばそっと止められてなんだろうと目で問えばこの世界に留まる方法の話をされた。
どうやら彼は親父さんに焚きつけられて、私をこの世界に留まらせるための方法を得に遠征へ出かけていたらしい。海賊同士はいろいろあるらしいが、関わりのある大きな海賊団がその情報を持っていると聞いて出かけたのだと彼は言った。そして何やら彼の表情的にいろいろあったことが察せられたが、とにかく留まるか帰るかは「繋がり」が大事なのだと分かったと彼は言った。口を覆われたまま目を瞬かせる。なんとなく彼が言わんとすることは分かったから。
「俺は本気でお前さんを帰すつもりがねェ。だから、返事は」
「好きですよ、イゾウさん」
見開かれた目に笑った。やっぱり彼は海賊のくせに少し臆病だ。いや、違うかな。海賊なのにやっぱりとっても優しいのかもしれない。
「馬鹿……もっと考えろ」
「もう、父と母には話したんです。だから、もうイゾウさんに伝えるだけでした。……好きです。そばに、いさせてください」
「本当に馬鹿だな、お前さんは……」
困ったような泣きそうな彼を引き寄せて、今度は私からそっと唇を重ねればぐんっと体が重たくなった。だるくてつらい。様子が変わったのが分かったのか、イゾウさんの眉間にしわが寄るのが見えて。大丈夫だと伝えるために微笑めば逆効果。
名前を呼ばれるし、ナースさん達が治療の準備を始めている様だけれどまだ、私にはやることがある。
「親父さん」
「俺の娘は親の呼び方も身についてねェのか?」
「ふふ……すみません。……おとうさん、娘のお願い事は聞いてもらえますか?」
「何だ?」
だるい腕を持ち上げればため息を落とされて「親子そろって頑固者か」と呆れられた。それでも親父さんが傍らのエーギルさんに目をやれば、彼は笑って一升瓶ほどの瓶を親父さんに渡した。透明なガラス瓶。その中で揺れるのは真っ赤な――。
「足りますか」
「足りるよ。十分すぎるほどだ」
エーギルさんがうなずいたのを見て私はほっと腕を下ろした。
親父さんが瓶の蓋を外す。いつの間にか周りも静かになっていて、私を抱きしめる彼の腕だけが何か言うのを我慢するかの様にぎゅうっと私に熱を与えた。
「ちゃんと起きるから、待っててくれますか……」
「当たり前だ。目を覚まさなかったら許さねェぞ」
「ん……」
瓶が傾く。喉が動いて勢いよく飲み干される。自分の血だと思うとやっぱり微妙な気持ちになるけれど、味はお酒のようだと言っていた人もいるし許して欲しい。
どんどんと瞼が重くなって、視界が霞む。それを引き留めるように、それを見守るようにそっと頬に手を添えられた。唇が重なる。
眠りの言葉は寂しくない。目覚めの言葉もきっと返せるから。
「……おやすみ」
優しい声に微笑んで私はそっと目を閉じた。
「グララララ!今度はしっかり奪ってきたか!」
船に戻るとすぐに出向し、親父さんは機嫌良く笑っていた。甲板の船長席。その目の前にイゾウさんに抱えられたまま座らせてもらって、あれよこれよという間に手当もされて。熱がひどいのと、二の腕に埋め込まれているものはその場ですぐに取り出すのは難しいらしく、「早く医療室に」とナースさん達が眉を寄せていたけれど、私は首を横に振った。
「親父さん、ご迷惑をおかけしました」
「お前は客人だ。謝るのはこっちだろうよ」
イゾウさんの腕から抜けだそうとしたら、少し渋るように力を込められたけどそれは無視し、だるい体を引きずってちゃんと正座をして頭を下げれば返ってきたのは謝罪の言葉。それがどんなに優しくて、自分が情けなく感じることか。
気づいている。迎えに来たときから、意識するように言われる「客人」と言う言葉。私は家族ではないとしっかりと断言してくれている。あるいは、横にいる彼に言い聞かせているのかもしれないが、それはもはやどっちでもいい。
「親父」
彼が言った。続く言葉は分かってしまった。だから、言われる前に私は言った。
「親父さん、息子さんを私にくれませんか」
沈黙の後、響いたのは笑い声。
親父さんだけじゃなくて、船のみんなが笑っていてとっても賑やか。馬鹿にされているわけではないことは伝わっている。心から可笑しいと笑っているようで、本当に……温かい船だ。
「それがお前の答えか?」
「……私は家族が大切です。家族しか大事にすることを知りません。でも、私はイゾウさんのことも大事だから、だから……」
「俺が貰う」
思いきり腰を引かれて気づいた時には腕の中。私の言葉を遮るようにイゾウさんははっきりとそう言った。目を見開いて見上げれば、まっすぐな目が親父さんに向けられていて決して私の方は見ないのに、抱きしめてくれる腕は決して離すまいとしているようで、苦しくて、苦しくて……でも悲しくはなくて。
「そうだな。俺は息子を誰かにやるつもりはねェ。だが、イゾウ。お前はそいつを家族にする覚悟があるのか?」
「俺以外に誰がこいつを大事にできるってんだ?」
「グララララ!!散々女々しかったアホンダラが生意気言ってやがる」
「その気があるなら海賊なりに誠意を見せろ」を親父さんは言った。それにイゾウさんは一度だけ目を閉じると一瞬だけ、でもその一瞬で深く深く私にキスをした。
はやし立てるのは周りの家族達。ぼっと顔に血が上って、もともとあった熱は絶対上がった。いや、誠意ってそうじゃない気がする。いや、そうなのかな。でも、彼にしては……とまとまらない思考をめぐらせていれば、やっぱりしっかりと言葉も。
「好きだ。死ぬまでそばにいてくれ」
彼らしい、はっきりと言われた言葉にぼろぼろと涙がこぼれた。ああ、泣いてばかりだ。いけない、と必死に涙を手で拭えばそれも止められて、優しくて大きな手のひらが代わりにそれを拭った。温かくて、優しくて、初めに触れた時と何にも変わらない。返事をしようと口を開けばそっと止められてなんだろうと目で問えばこの世界に留まる方法の話をされた。
どうやら彼は親父さんに焚きつけられて、私をこの世界に留まらせるための方法を得に遠征へ出かけていたらしい。海賊同士はいろいろあるらしいが、関わりのある大きな海賊団がその情報を持っていると聞いて出かけたのだと彼は言った。そして何やら彼の表情的にいろいろあったことが察せられたが、とにかく留まるか帰るかは「繋がり」が大事なのだと分かったと彼は言った。口を覆われたまま目を瞬かせる。なんとなく彼が言わんとすることは分かったから。
「俺は本気でお前さんを帰すつもりがねェ。だから、返事は」
「好きですよ、イゾウさん」
見開かれた目に笑った。やっぱり彼は海賊のくせに少し臆病だ。いや、違うかな。海賊なのにやっぱりとっても優しいのかもしれない。
「馬鹿……もっと考えろ」
「もう、父と母には話したんです。だから、もうイゾウさんに伝えるだけでした。……好きです。そばに、いさせてください」
「本当に馬鹿だな、お前さんは……」
困ったような泣きそうな彼を引き寄せて、今度は私からそっと唇を重ねればぐんっと体が重たくなった。だるくてつらい。様子が変わったのが分かったのか、イゾウさんの眉間にしわが寄るのが見えて。大丈夫だと伝えるために微笑めば逆効果。
名前を呼ばれるし、ナースさん達が治療の準備を始めている様だけれどまだ、私にはやることがある。
「親父さん」
「俺の娘は親の呼び方も身についてねェのか?」
「ふふ……すみません。……おとうさん、娘のお願い事は聞いてもらえますか?」
「何だ?」
だるい腕を持ち上げればため息を落とされて「親子そろって頑固者か」と呆れられた。それでも親父さんが傍らのエーギルさんに目をやれば、彼は笑って一升瓶ほどの瓶を親父さんに渡した。透明なガラス瓶。その中で揺れるのは真っ赤な――。
「足りますか」
「足りるよ。十分すぎるほどだ」
エーギルさんがうなずいたのを見て私はほっと腕を下ろした。
親父さんが瓶の蓋を外す。いつの間にか周りも静かになっていて、私を抱きしめる彼の腕だけが何か言うのを我慢するかの様にぎゅうっと私に熱を与えた。
「ちゃんと起きるから、待っててくれますか……」
「当たり前だ。目を覚まさなかったら許さねェぞ」
「ん……」
瓶が傾く。喉が動いて勢いよく飲み干される。自分の血だと思うとやっぱり微妙な気持ちになるけれど、味はお酒のようだと言っていた人もいるし許して欲しい。
どんどんと瞼が重くなって、視界が霞む。それを引き留めるように、それを見守るようにそっと頬に手を添えられた。唇が重なる。
眠りの言葉は寂しくない。目覚めの言葉もきっと返せるから。
「……おやすみ」
優しい声に微笑んで私はそっと目を閉じた。