2.触れられた心は初めてで
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「じゃあ、リンを歓迎してカンパーイ!!」
がちゃん!とジョッキがぶつかり合って、乾杯の名目はあれどあとは自由にどんちゃん騒ぎ。
大きな座敷。長テーブルの上座に白ひげカンパニー社長のエドワード・ニューゲートさんがいて、私は真ん中らへん。普通は上司になる方の近くに新人は座らされるんじゃないかと思うも、いろんな人と話せた方が楽しいだろうと言うことで、あれよこれよと言う間にこの席に。ちょっと遠いけど、社長さんに挨拶は大事だ。ジョッキをもって目礼すれば、にいっと歳を感じさせない笑みが返ってきた。
そしてその社長さんの横に目を移せば、マルコさん。目が合ったからにこっと笑いかければ、じっとりとした目が返ってきて失礼ながら笑ってしまった。かなりうるさいから声なんて絶対届かない。口をパクパクさせられるからそれを読み取れば。
『こういうことかよい!』
『なんのことですか』
同じように口パクでしらを切れば気のせいか額に青筋が浮かんだように見えた。でも知らんぷり。だって別にだまそうと思ったわけじゃないし、たまたまタイミングがそうなっただけだから。
『To:リンFrom:××× 件名:マルコだ。名前ぐらい名乗れ!
本文-礼はいらねェ。ちゃんと警察に行けよい。』
『To:マルコさん From:リン 件名:リンです。
本文-では、〇日にお会いしましょう』
『To:リン From:マルコ 件名:ちょっと待て
本文-その日は都合がつかねェ。
どうしても引かねェんだったら○日か、〇日にしてくれよい』
あの夜メールしたのはこんな内容だった。礼はいらねェって……メールをくれただけでもいい人だ。しかも律儀にメールでも警察をすすめてるのに笑ったのは仕方ないと思う。
私は最後のメールに返信しなかった。ちょっと驚かせたらいいなぁと言う軽い気持ちでやったんだけど、どうやら大成功のよう。
実は私は白ひげカンパニーへの派遣が決まっていたのだ。そして今日は私の歓迎会。
マルコさんが白ひげカンパニーの人だと知って、本気で不審者に間違えられなくてよかったと思った。近々顔を出すと予定だったと言うのにタイミングがね。いや、助けてもらったって言うのも十分やらかした感はあるんだけどまあ、それはそれだ。
私が送った〇日と言うのは今日のことで、マルコさんが都合が悪い、と言ったもたぶんこの歓迎会があったから。でも、この歓迎会は私の歓迎会なのだから都合が悪いも何も会えるだろうなと思ってそうメールしたのだ。
真面目な人。メールは来るだろうと思ったけど、お礼はきっと断られると思ったから、どうせなら合法的に?合理的に?に会って、さらっとお礼ができたらいいな、なんて思っていて。
「いやー!!新しい子がくるって親父が言うから、また野郎が増えるのかと思ってたけどこんなかわいい子なら大歓迎だわ!!」
「仕事内容はちょっと特殊なので、一緒に仕事をする機会は少ないかもですけどよろしくお願いします」
「野郎ばっかでむさくるしいだろうけどね、いいやつらばっかだから!」
にこにこと人好きする笑顔を浮かべて話しかけてくれるのはサッチさん。髪型が奇抜だけど、いい人そう。
白ひげカンパニーの社員はいわゆる「訳あり」の社員が多いと聞いている。過去に、現在に様々な理由がある人たち。社長さんがそれらを知ったうえでほぼ無条件で全員雇用しているのだ。まあだから個性が強い。服装やら髪形やら、見てるだけでも性格も。その方が楽しいから全然大歓迎なんだけどね。
私の仕事はそんな社員の皆さんのメンタルケア。簡単な書類仕事もすることになっているのだけれど、メインはそれ。いろいろ「訳あり」の人が多いから試験的に導入したいとのことで私が派遣されたのだ。
お酒も入っているから賑やかで。男性が多いから割と雑。立場や役割も一応あるだろうに、皆関係なくどんちゃん騒ぐから笑ってしまう。
そんな中マルコさんは頑なに無表情で、お酒を飲んでいる。でもたぶん不機嫌と言うよりは周りを見てるって感じ。
「お前さんマルコと知り合いなのかい?」
声に振り返れば綺麗な黒髪を一本にまとめた男の人。うーん……若く見えるけど、30半ばかな。まだ全員のプロフィールを覚えていないので憶測だけど。切れ長の目がゆるっとカーブを描いているけどなかなか曲者っぽい、なんて失礼か。
「よく分かりましたね」
「長男坊が目の敵のように視線よこしてたんでな。よっぽどの問題児かと思ったが普通のお嬢さんのようだし不思議に思ってな」
アイツは理由なく目を付けたりしねェとお猪口を傾ける手が綺麗。薄く口元に笑みが浮かんでいるが、ピリッとした空気にこれは警戒されているなと頬を掻いた。
流石、社員=家族の意識が統一されている白ひげカンパニー。よそ者は警戒される。
これは私が介入するほうが荒してしまうんじゃないかなぁなんて思いつつ、なんて話そうかと考えていればぱっと大きな手の平が私の視界を遮った。
「毎回毎回新人を威嚇するなよい、イゾウ」
遮ったのはマルコさん。スーツのジャケットを脱いで、ネクタイを緩めた首元がさらされている。普通に会社員のはずなのにずいぶん体格いいなあ。座敷だから移動はできるだろうけどいつの間に来ていたんだろう……って違う。
くつくつ笑うイゾウさんに完全に溜息を落としたマルコさんは、私の肩を軽く押して避けさせると私とイゾウさんの間に座った。あ、洗剤の匂い。
「ずいぶん面倒見がいいじゃねえか。そんなにそのお嬢さんは特別かい?」
「お前がちょっかい出すからだろい」
「マルコさんとはマンションが同じなんです。それでこの間たまたまマンションの前で顔を合わせたので知っていたんですよ」
何か警戒させているなら、すぐに事実を話すのが一番。別にやましいことなんてないから簡単に話せば、はっと鼻で笑ったのはイゾウさん……ではなく、マルコさん。
「マンションの前ですっころんだ所を目撃したのが出会いだよい」
私は思わず勢いよくマルコさんの方を見た。けど、マルコさんはすまし顔。ひどい。なんでわざわざそれを言うんだ……!
「……すっ転んでけがした女性を部屋に連れ込んだのはマルコさんですよね?」
「人聞きが悪ィな。誰が手当てしたと思ってんだよい?警察は行ったのか?」
「マルコさんを通報しにですか?」
「減らず口はこいつかい」
ぐにっと頬を摘ままれて驚いた。そんなに痛くないけど、離してもらおうと思って摘まむ手を掴むもびくともしない。
「ひょっと、はなひてくだはいって!」
「何言ってんのか分かんないよい」
「へくはら、ふぇす!!」
「これぐらいじゃセクハラになんねえんだろい?」
聞こえてるじゃないですか!!
何とか手を離してもらおうと抵抗していれば、一つの笑い声。見ればイゾウさんがくつくつ笑っていた。それを見てぱっと手が離されたから、もしかしてこのために?と一瞬考えたけど相変わらず澄ました横顔を見て、あ、これは普通に面白がっていたなと口の端がひきつる……全くなんなんだ……!
「あー仲がいいのは分かった。疑って悪ィな。どうもコイツは妙な女に好かれるもんだからよ」
「余計な世話だ。言っておくがこいつも同類だい」
「同類にされるような覚えはないですね」
「どの口が言うんだい」
「この口ですよって痛い痛い痛い!?」
また頬を摘ままれて、抵抗を試みればイゾウさんの笑い声。
楽しいのは結構ですけどね!!結構痛いし、離れないし、勘弁してほしい!!
涙目になりつつ必死になっていればぱっと離してくれたけど普通にひりひりする。頬っぺた赤くなっていないかな……。
「ったく……メールを返せ。ホウレンソウだい、社会人の常識だろい」
「それはすみません」
「それで、ちゃんと警察には行ったのかい」
「あ、これこの間のお礼です」
「ああ、ありがとよい……ってちげェ!!」
やっぱりあの夜のように熱心に説教をしてくるのでのらりくらりとかわして、すっと小さな箱を渡せば受け取ってくれた。条件反射みたいで、見事な突っ込みを入れてくれたので可笑しくって笑った。
「プライベートの話はお断りしますね」
当然だけど警察には行っていないのでそれに関しての話題は避けるに限る。まだ説教を付続けようと思っていたのか、じっとりとした目が向けられるが無視無視。幸い料理がすごくおいしいのでそれを口にすることで会話を切る。
このお店、おつまみみたいなのが多く出ているんだけど、全部すっごくおいしい。いわしをぶつ切りにして骨まで柔らかく煮たものが気に入った。ショウガと梅が効いていて一人だったらいい清酒と一緒にいただいていただろう。
マルコさんはジョッキだけもってここに来たようだったから、使っていない皿と箸を渡す。だってこんなにおいしいのに食べないなんてもったいないし。そう思っただけなのだけど眠たげな目がパチリと瞬いたかと思えば溜息。……なんだ。
「別に気を遣わなくていいよい」
「気を遣ったわけではなく、純粋に料理がおいしいので食べないのはもったいないと思っただけですよ」
「食うのが好きなのかい?」
「おいしいものは好きです。これとかおいしいですよ」
余り癖がないものの方がいいかと、サーモンと玉ねぎのカルパッチョとか大葉と大根のかき揚げとかをすすめてみる。けれどマルコさんははしを持つどころか眉をぐっと寄せていて、首を傾げればイゾウさんがひらひらと手を振った。
「許してやってくれ、お嬢さん。こいつは店で人が作ったもんはまず食べねェんだよ」
なるほど。イゾウさんの言葉にうなずきつつも社長さんの方を見れば問題なく食事もお酒もいただいているようで、私はちょっと考えたのちに本当に妙な女に好かれていたんだろうな、と言う結論を下した。
うん、いるよね。料理にやばいもん入れようとする人って、たまに。本当に神経疑うけど。
ちなみに私は下手な料理を「愛情込めて作ったから♡」タイプの人間も嫌いだ。愛情は必要最低限の料理ができることが前提で入れるスパイスだろう。できないと分かっているのになぜやる……愛情があるなら外食に連れて行けと思う。なぜわざわざ好感度を下げるような真似をする……?
「……傍にいたら私が気つけ薬でも盛ってやったのに」
「おい、聞こえてるよい。仮にもカウンセラーがそんなこと言っていいのかよい」
「カウンセラーも人間ですので、思うことはありますよ」
お酒は、飲めている。けど、ジョッキに注がれているそれはたぶん自分で瓶から注いだものだろう。私は心の中でその妙な女たちをぶん殴りながら、片手でスティックサラダの乗った皿を引き寄せた。
「うん、おいしい」
しゃりしょりと生野菜を何もつけずに食べる。なんか視線を感じるけど無視、無視。私は普通に野菜も好きだし、わざとらしいのは認めるがおいしいのは保証する。
溜息をついているマルコさんを横目に、私はそれとなくさっきマルコさんに渡してしまった箱をじぶんの方に引き寄せた。が、その手が大きな手に覆われて止められる。
「っとにお人よしだねい。いいよい、受け取るよい」
「……マルコさんの方がお人よしかと」
「女に恥かかせる男がどこにいるんだい」
箱の中身はただの焼き菓子だ。無難だと思ったけれど、食べられないのならと回収しようと思ったけど失敗してしまった。眠そうな目がすっと静かに引けと言っていて、素直に手をひっこめれば箱は私の手の届かない位置に。……読まれている。手の届くところにあったら気づかれないように回収していたのは確かだ。
ううん、どうしようか。これだと本当に何も大したお礼をすることなく歓迎会に参加して終わりだなあと考えていればぴんっと額を弾かれた。
「いっ!?」
突然の痛みに目を見開けば、捉えたのは呆れたようなマルコさんの顔。
「お礼は受け取ると言ったろい。歓迎されているやつが浮かない顔とはどういうことだい」
「え、いや、楽しいですよ?」
「取ってつけたような笑顔を浮かべるない」
お前さん、作り笑顔ばっかだろい?
弾かれた額が地味に痛い。でも、言われた言葉に驚いてそれどころではなくて。
「なにハトが豆鉄砲食らったような顔してやがるんだよい」
「あ、いや……」
何でもないです、と何とかごまかすように笑えばまた額を弾かれそうになって慌てて手でガードした。そしたら可笑しそうにマルコさんがくつくつ笑うものだから、うっかり心臓が音を立ててしまった。
いや、そんなまさか。
「そっちの方がいいねい」
慌てる私を褒めるのはたぶん皮肉。
でも、私にはそっちの私を褒められる方がどきっとしてしまって。
おかしいな、今日は疲れてないはずだ。正常な判断ができる脳なはずなのに、どうして――とそこまで考えて、その考えが墓穴だと気づいた。
正常な判断をしているはずの脳が、変な心臓の高鳴りに混乱している。それは、もう。
思わず顔を覆った。ああ、なんてこと。
ちらりと横目でマルコさんを見る。いやまあ、奇抜な髪形だけど色気のある大人な男性だとは思う。太い首。ネクタイを緩めていることでさらされている鎖骨。引き結ばれた厚めの唇で何人の女性を食ってきたのだろうか……なんて野暮すぎることを考えて。
「どうしたよい」
「……自分の馬鹿さ加減に呆れてるだけなのでお気になさらず」
「お前さんバカだって自覚してなかったのかよい」
「なんでそんなに私へのあたりが強いんですか」
「バカにはこれぐらい言わねェと分からないだろい」
「馬鹿馬鹿言われるほどお話してないと思いますけど」
「第一印象で大体分かるよい。それに今話してるので十分だ」
「なんですかそれ……私そんなに単純じゃないですよ」
ほんとうに、何なんだ。
結構無遠慮に人の心にずかずかと入ってくる。
でも、不思議とそれが心地いいのが悔しくて、嬉しくて。
「それ取ってくれよい」
すっと差されたのは私が気に入って食べていたイワシの甘露煮。たぶん私が好んで食べていたのを気づいて指してるんだろう。
「……無理してません?」
「バカ。吐いたりするわけじゃねえんだ、平気だい」
その言葉を若干疑いつつも小鉢を渡したら一瞬指先が触れた。落とすなんてことはなかったが、あ、触っちゃった……とは思って。でもマルコさんは気にした様子もなく男性らしい節のある手で箸を持つと綺麗な所作でそれを口にした。
控えめな一口に身をほぐして、お手本のようにすいっと厚めの唇へ。少し唇に付いてしまったタレを舌がちろりと舐めとり、それからゆっくりと咀嚼されて喉ぼとけが動いた。
相変わらず周りはすごいうるさいのに、私とマルコさんの周りだけとても静かに感じた。いつの間にかマルコさんの向こう側にいたはずのイゾウさんもいなくて二人だけの時間のようだ。
「うまいねい」
「……でしょう?」
眉をあげてうるさく世話を焼く姿もいいなあと思ったけれど、ふっと緩んだ横顔もとても魅力的で、もっといろんな表情が見てみたい、そんなことを思った。