12.白檀の彼の心を知る
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12.白檀の彼の心を知る
父がパソコンを打つ音が好きだった。狭い畳4畳ほどの部屋で父はいつも仕事をしていた。父は物書きだった。そう有名ではなく、細々と書いているような物書き。いつも叔父の形見だという着物を着て、カタカタとパソコンに向かっていた。私は小さなころからその狭い部屋に押しかけ、父の背を背もたれに絵本を読んでいた。たまに父が物語を読んでくれて、続きが気になっていつも続きをせがんだ。
物書きなど稼げぬ仕事だ。母も働いていたが、それでも裕福ではなかった。私は早く楽をさせてあげたかったが、大学には行けと言われて奨学金まで借りて通っていた。正直なところ早く働いて稼ぎたかったのだけれど、両親とも行け、と言うのだから仕方がなかった。
『どこにも連れて行ってやれなくてごめんな』
父はよく困ったように笑っていた。私は全然気にしていなかったというのに。一度も旅行には出かけたことはなかったけれど、その分家で家族と過ごすことができて私は幸せだった。だから大学に行けと言われて、一人暮らしをしなくてはいけなくてすごく寂しかった。
母は電話でも帰ってきた時でもいつも「いい人は見つかった?」と私に聞いてきた。見つかるわけがないのでいつも私は苦笑いしていたけれど、母は何度でも聞いてきた。
一度だけ、どうしてそんなに聞いてくるんだ、と尋ねたことがある。そしたら「親はいつでも子どものことが心配なのよ」と笑われた。
意味が分かるようで、分からなかった。それなら子どもも同じだと思ったから。でも、確かそう言ったとき、母は―。
『親は子供より先に逝くのよ』
飛び起きるように目を覚ました。呼吸が乱れて息が苦しい。ここはどこかと視線を動かして、イゾウさんの部屋であることにほっと息を吐いた。いつ布団に入ったのかと考えて、宴の途中で抜けたのだったと思い出す。今日の宴はすごく盛り上がって、悪酔いし始めた人もいたために、イゾウさんがそっと部屋に戻るようにと目で促してきたのだ。
酔っ払いを相手にする趣味はないので、イゾウさんの気遣いはとても嬉しかった。けど、こうなることがなんとなくわかっていたから、内心は複雑で。
目を開けても暗い室内にまだ夜だと言うことが分かる。まだ朝が遠いことが分かってそっとため息が出てしまった。
「眠れねえか」
どうか夢を見ませんようにと目ぶろうとしたら落とされた、低い落ち着いた声に肩をびくつかせる。布擦れの音がして、そちらの方へ寝返りを打つとイゾウさんが起きていた。
「起こしてしまいましたか……?」
「たまたまだ」
肩肘を付いてこちらを見るイゾウさんの髪が白いシーツの上に流れている。薄暗い室内だけど、目がぱっちりと開いていて日中の様な穏やかな、それでいて隙のない光が宿っていて。おそらく布団に入ったばかりだったか、彼の言うようにたまたま起きたのだろう。
「何か飲むか?」
「いえ、寝ますよ」
「うなされた後はいつも起きてるだろう」
ろくに寝てねえくせによく昼間動けるな、と小さく笑う声に驚く。気付いていたのか、と聞けば「全部じゃねえと思うがな」と。すべて出なくてもすごいし、申し訳無い話だ。
こちらに来てから寝付きが悪かった。寝付きの悪さは環境の変化だったのだけれど、夢見の悪さはどれだけ船の生活に慣れても治らなかった。むしろ、慣れれば慣れるほど夢が鮮明になり、さっき見た夢を繰り返し見るのだ。……父と母の夢。
最近は特に酷かっただろうから、毎回起こしていたのかなと萎縮していればイゾウさんは身じろぎをして自分の布団の半分を空けるとポスポスとそこをたたいた。いや、それは。
「……行きませんよ?」
「うん?くるだろう?じゃなきゃ俺が寝られねぇからな」
雑な屁理屈。でも、イゾウさんは嘘を言わないから、そう言われてしまえば恐る恐るでもそちらに行くしかなくて。そっと布団から這い出て、膝立ちでそばに寄れば軽く手を引かれて、ぽすん。貸してもらっている布団とそんなに変わりない感触。違うのは匂いだ。
「寝ろとは言わねえが目はつぶっておけよ。それだけでも休まる」
毛布をかけられ、ついでと言わんばかりにイゾウさんの腕も絡み付いてきた。されるがままでいれば向き合うような形で体を引き寄せられて、そのまま上に流れて髪をゆっくり梳かれた。
子どもの面倒を見るようなそれであるのに、どこか違う。そう感じてしまうのはきっとエースのせい。
『おまえのこと好きなんだろ、イゾウは』
思い出してしまった言葉に思わず眉を寄せればくつっと上から笑い声。
「何ですか」
「いや、目を閉じてるのに百面相なんて器用だと思ってな」
どうした?とささやくように声を落とすイゾウさんを見上げた。肩肘を立てているから私を見下ろすように見ているイゾウさんは化粧をしていなくて。それでも十分美しく、そのきれいな顔から下へと視線を移して行けば、すっと通った顎のライン、男らしく凹凸のある喉元、緩い寝間着から覗く胸元。
「見てても何にも出ねえぞ」
じいっと見ていたからか、イゾウさんはそう言った。私は首を横に振る。
「いえ、やっぱりきれいだなと思いまして」
素直に口に出しただけなのだけれど、切れ長の目が一瞬見開かれてくくっと大きめに喉が鳴った。それからきゅうっと目元が細くなって。
「おめえさんに言われるのは気分が良いな」
心臓に悪いとはこのこと。私はため息一つ。
ただの意識しすぎだ。エースが適当な事を言うから、と悪態をつく。でも本人がいないから八つ当たりも出来ないので、私はとりあえず開き直った。
「いつもきれいだと思っていますよ。」
「そうかい。言われたのは初めてだな」
「あと、気遣い上手ですよね」
「おめえさんもな」
「あと、甘い物が好き」
「物によるがな。おめえさんはどちらかと言えば苦手か」
「それから、」
思いつく限りイゾウさんの事を口にすれば、イゾウさんは律儀に返答してくれた。
私とイゾウさんしかいないと言うのに、ささやくような声でする会話。話せば同じだけ返ってくるから、面白い。
父と同じ匂いの人。だけど違う人。家族と一緒にいるときのように安心するけれど、家族といるときとは違う安心感な気がして。甘えているだけなのではないかと思いながらも、この人の手を取ってから居心地が良くてずっとそのまま。
「イゾウさんは、」
何度目かの言葉。続けた言葉は聞くべき事じゃなかったかも知れない。
「私の事を気に入っているんですか」
一瞬私の髪をなでていた手が止まった。すぐにまた梳かれたけれど。
「気に入っているさ。じゃなきゃ部屋にいさせるなんてしねぇ」
ゆっくりゆっくり髪を梳かれる。こちらを見ている黒い目は穏やかで、けれどその奥にとろりと優しい色を見た気がしてそっと目をそらす。
「なに、取って食いやしねえさ」
「それは信用しています」
「それはそれでどうかと思うがな」
髪を梳いていた手が背中を滑った。ぽすんと軽い音がして、イゾウさんも横になった。引き寄せられて、イゾウさんの顎が頭の上に乗る。鎖骨と胸元が間近にあって何故か心臓が音を立てたような気がした。
「……どこに気に入る要素があったんですか」
「さあな」
高鳴る鼓動をごまかすように尋ねたというのに返ってきたのは適当とも取れる返答で。思わず浴衣の襟を引いた。大胆だな、なんてからかわれるが今はどうでもいい。
どこが気に入ったのか聞きたいと思いつつ、どうして聞きたいのだろうと思う自分もいる。だって、聞いたってどうしようも無い事だ。イゾウさんが私の事を気に入っていたら何だというのか。どこを気に入っていたら何だというのか。気に入っている所を聞いて、それをどうするというのか。……だって私は帰りたいと思っているのに。聞いたって、気に入ったと言われたって、私はいつか帰るというのに。
「おめえさんの欲しいものは何だ」
「……今は、帰り道が一番欲しいです」
「そうか。俺はずっと欲しいものがなくてな。いや……一度だけあったんだがその時欲しいものだったと気づかなくて、手に入れ損ねた」
手に入れ損ねた物と私は少し違うらしいのだけれど、イゾウさんは今欲しいものは私だと言った。だから気に入っていると言っていると。
私が欲しいものだと言うのはとても横暴だと思う。人を欲しがるなんて、どこのキザな恋愛小説の一文か。呆れつつもキザな人云々かんぬん以前に、この人は海賊だったと思い出す。余りにきれいだし、どちらかと言えば落ち着いているし、他の人の様に余り肌をさらすような服装もしないし、体格も他の人に比べれば私の世界でもいるほどの体格だからあまり気にしたことはなかったけど。海賊なら欲しいものが人であっても奪うのかなあとぼんやり。
とくとくとイゾウさんの心臓が動いているのが伝わる。肌に耳がくっついているから響く声は少し籠もっていて、理由のない心地よさにうっつらうっつらと瞼が揺らぐ。眠りに落ちてしまいそうで、眠ってしまったらまた夢を見るだろうか、と思って。母の『いい人は見つかった?』と言う言葉を思い出した。
「イゾウさんは私の事が好きなんですか」
気に入っている、というのは即ちそういうことなのだろうか、と尋ねれば、くつくつと笑い声。
「それを本人に聞くところ、おめえさんだよなぁ」
しみじみとと言う様子でつぶやくイゾウさんは優しい目をしていた。イゾウさんも少し眠くなってきたのか、ゆっくりと瞬き。頬に手が滑って、そっと包み込まれるように上を向かされた。
「たとえ俺がお前のことを好きでも、お前が俺の事を好きになる必要はねえ。俺は俺の勝手にする。お前も好きにしろ」
そっと唇が額に落とされた。驚いて思わず肩を跳ねさせ目を見開くも本人は既に寝息を立てていて。
『いい人は見つかった?』
ねえ、母さん。いい人ってどんな人のことを言うの?見つかったとしてどうすればいいの?
真っ赤であろう顔を隠す様に胸に顔を埋めた。寝ているはずなのに抱き込むように腕を回されて、こんなの、眠れるのか……と思ったが眠気は正直で。
ストンと落ちた眠りの中、母が優しく笑っていた。
父がパソコンを打つ音が好きだった。狭い畳4畳ほどの部屋で父はいつも仕事をしていた。父は物書きだった。そう有名ではなく、細々と書いているような物書き。いつも叔父の形見だという着物を着て、カタカタとパソコンに向かっていた。私は小さなころからその狭い部屋に押しかけ、父の背を背もたれに絵本を読んでいた。たまに父が物語を読んでくれて、続きが気になっていつも続きをせがんだ。
物書きなど稼げぬ仕事だ。母も働いていたが、それでも裕福ではなかった。私は早く楽をさせてあげたかったが、大学には行けと言われて奨学金まで借りて通っていた。正直なところ早く働いて稼ぎたかったのだけれど、両親とも行け、と言うのだから仕方がなかった。
『どこにも連れて行ってやれなくてごめんな』
父はよく困ったように笑っていた。私は全然気にしていなかったというのに。一度も旅行には出かけたことはなかったけれど、その分家で家族と過ごすことができて私は幸せだった。だから大学に行けと言われて、一人暮らしをしなくてはいけなくてすごく寂しかった。
母は電話でも帰ってきた時でもいつも「いい人は見つかった?」と私に聞いてきた。見つかるわけがないのでいつも私は苦笑いしていたけれど、母は何度でも聞いてきた。
一度だけ、どうしてそんなに聞いてくるんだ、と尋ねたことがある。そしたら「親はいつでも子どものことが心配なのよ」と笑われた。
意味が分かるようで、分からなかった。それなら子どもも同じだと思ったから。でも、確かそう言ったとき、母は―。
『親は子供より先に逝くのよ』
飛び起きるように目を覚ました。呼吸が乱れて息が苦しい。ここはどこかと視線を動かして、イゾウさんの部屋であることにほっと息を吐いた。いつ布団に入ったのかと考えて、宴の途中で抜けたのだったと思い出す。今日の宴はすごく盛り上がって、悪酔いし始めた人もいたために、イゾウさんがそっと部屋に戻るようにと目で促してきたのだ。
酔っ払いを相手にする趣味はないので、イゾウさんの気遣いはとても嬉しかった。けど、こうなることがなんとなくわかっていたから、内心は複雑で。
目を開けても暗い室内にまだ夜だと言うことが分かる。まだ朝が遠いことが分かってそっとため息が出てしまった。
「眠れねえか」
どうか夢を見ませんようにと目ぶろうとしたら落とされた、低い落ち着いた声に肩をびくつかせる。布擦れの音がして、そちらの方へ寝返りを打つとイゾウさんが起きていた。
「起こしてしまいましたか……?」
「たまたまだ」
肩肘を付いてこちらを見るイゾウさんの髪が白いシーツの上に流れている。薄暗い室内だけど、目がぱっちりと開いていて日中の様な穏やかな、それでいて隙のない光が宿っていて。おそらく布団に入ったばかりだったか、彼の言うようにたまたま起きたのだろう。
「何か飲むか?」
「いえ、寝ますよ」
「うなされた後はいつも起きてるだろう」
ろくに寝てねえくせによく昼間動けるな、と小さく笑う声に驚く。気付いていたのか、と聞けば「全部じゃねえと思うがな」と。すべて出なくてもすごいし、申し訳無い話だ。
こちらに来てから寝付きが悪かった。寝付きの悪さは環境の変化だったのだけれど、夢見の悪さはどれだけ船の生活に慣れても治らなかった。むしろ、慣れれば慣れるほど夢が鮮明になり、さっき見た夢を繰り返し見るのだ。……父と母の夢。
最近は特に酷かっただろうから、毎回起こしていたのかなと萎縮していればイゾウさんは身じろぎをして自分の布団の半分を空けるとポスポスとそこをたたいた。いや、それは。
「……行きませんよ?」
「うん?くるだろう?じゃなきゃ俺が寝られねぇからな」
雑な屁理屈。でも、イゾウさんは嘘を言わないから、そう言われてしまえば恐る恐るでもそちらに行くしかなくて。そっと布団から這い出て、膝立ちでそばに寄れば軽く手を引かれて、ぽすん。貸してもらっている布団とそんなに変わりない感触。違うのは匂いだ。
「寝ろとは言わねえが目はつぶっておけよ。それだけでも休まる」
毛布をかけられ、ついでと言わんばかりにイゾウさんの腕も絡み付いてきた。されるがままでいれば向き合うような形で体を引き寄せられて、そのまま上に流れて髪をゆっくり梳かれた。
子どもの面倒を見るようなそれであるのに、どこか違う。そう感じてしまうのはきっとエースのせい。
『おまえのこと好きなんだろ、イゾウは』
思い出してしまった言葉に思わず眉を寄せればくつっと上から笑い声。
「何ですか」
「いや、目を閉じてるのに百面相なんて器用だと思ってな」
どうした?とささやくように声を落とすイゾウさんを見上げた。肩肘を立てているから私を見下ろすように見ているイゾウさんは化粧をしていなくて。それでも十分美しく、そのきれいな顔から下へと視線を移して行けば、すっと通った顎のライン、男らしく凹凸のある喉元、緩い寝間着から覗く胸元。
「見てても何にも出ねえぞ」
じいっと見ていたからか、イゾウさんはそう言った。私は首を横に振る。
「いえ、やっぱりきれいだなと思いまして」
素直に口に出しただけなのだけれど、切れ長の目が一瞬見開かれてくくっと大きめに喉が鳴った。それからきゅうっと目元が細くなって。
「おめえさんに言われるのは気分が良いな」
心臓に悪いとはこのこと。私はため息一つ。
ただの意識しすぎだ。エースが適当な事を言うから、と悪態をつく。でも本人がいないから八つ当たりも出来ないので、私はとりあえず開き直った。
「いつもきれいだと思っていますよ。」
「そうかい。言われたのは初めてだな」
「あと、気遣い上手ですよね」
「おめえさんもな」
「あと、甘い物が好き」
「物によるがな。おめえさんはどちらかと言えば苦手か」
「それから、」
思いつく限りイゾウさんの事を口にすれば、イゾウさんは律儀に返答してくれた。
私とイゾウさんしかいないと言うのに、ささやくような声でする会話。話せば同じだけ返ってくるから、面白い。
父と同じ匂いの人。だけど違う人。家族と一緒にいるときのように安心するけれど、家族といるときとは違う安心感な気がして。甘えているだけなのではないかと思いながらも、この人の手を取ってから居心地が良くてずっとそのまま。
「イゾウさんは、」
何度目かの言葉。続けた言葉は聞くべき事じゃなかったかも知れない。
「私の事を気に入っているんですか」
一瞬私の髪をなでていた手が止まった。すぐにまた梳かれたけれど。
「気に入っているさ。じゃなきゃ部屋にいさせるなんてしねぇ」
ゆっくりゆっくり髪を梳かれる。こちらを見ている黒い目は穏やかで、けれどその奥にとろりと優しい色を見た気がしてそっと目をそらす。
「なに、取って食いやしねえさ」
「それは信用しています」
「それはそれでどうかと思うがな」
髪を梳いていた手が背中を滑った。ぽすんと軽い音がして、イゾウさんも横になった。引き寄せられて、イゾウさんの顎が頭の上に乗る。鎖骨と胸元が間近にあって何故か心臓が音を立てたような気がした。
「……どこに気に入る要素があったんですか」
「さあな」
高鳴る鼓動をごまかすように尋ねたというのに返ってきたのは適当とも取れる返答で。思わず浴衣の襟を引いた。大胆だな、なんてからかわれるが今はどうでもいい。
どこが気に入ったのか聞きたいと思いつつ、どうして聞きたいのだろうと思う自分もいる。だって、聞いたってどうしようも無い事だ。イゾウさんが私の事を気に入っていたら何だというのか。どこを気に入っていたら何だというのか。気に入っている所を聞いて、それをどうするというのか。……だって私は帰りたいと思っているのに。聞いたって、気に入ったと言われたって、私はいつか帰るというのに。
「おめえさんの欲しいものは何だ」
「……今は、帰り道が一番欲しいです」
「そうか。俺はずっと欲しいものがなくてな。いや……一度だけあったんだがその時欲しいものだったと気づかなくて、手に入れ損ねた」
手に入れ損ねた物と私は少し違うらしいのだけれど、イゾウさんは今欲しいものは私だと言った。だから気に入っていると言っていると。
私が欲しいものだと言うのはとても横暴だと思う。人を欲しがるなんて、どこのキザな恋愛小説の一文か。呆れつつもキザな人云々かんぬん以前に、この人は海賊だったと思い出す。余りにきれいだし、どちらかと言えば落ち着いているし、他の人の様に余り肌をさらすような服装もしないし、体格も他の人に比べれば私の世界でもいるほどの体格だからあまり気にしたことはなかったけど。海賊なら欲しいものが人であっても奪うのかなあとぼんやり。
とくとくとイゾウさんの心臓が動いているのが伝わる。肌に耳がくっついているから響く声は少し籠もっていて、理由のない心地よさにうっつらうっつらと瞼が揺らぐ。眠りに落ちてしまいそうで、眠ってしまったらまた夢を見るだろうか、と思って。母の『いい人は見つかった?』と言う言葉を思い出した。
「イゾウさんは私の事が好きなんですか」
気に入っている、というのは即ちそういうことなのだろうか、と尋ねれば、くつくつと笑い声。
「それを本人に聞くところ、おめえさんだよなぁ」
しみじみとと言う様子でつぶやくイゾウさんは優しい目をしていた。イゾウさんも少し眠くなってきたのか、ゆっくりと瞬き。頬に手が滑って、そっと包み込まれるように上を向かされた。
「たとえ俺がお前のことを好きでも、お前が俺の事を好きになる必要はねえ。俺は俺の勝手にする。お前も好きにしろ」
そっと唇が額に落とされた。驚いて思わず肩を跳ねさせ目を見開くも本人は既に寝息を立てていて。
『いい人は見つかった?』
ねえ、母さん。いい人ってどんな人のことを言うの?見つかったとしてどうすればいいの?
真っ赤であろう顔を隠す様に胸に顔を埋めた。寝ているはずなのに抱き込むように腕を回されて、こんなの、眠れるのか……と思ったが眠気は正直で。
ストンと落ちた眠りの中、母が優しく笑っていた。