9.引き留めたのは白檀の
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9.引き留めたのは白檀の
Side: izo
「寝たのかい?」
ユリトが寝たのを見計らってかマルコが俺の横に座った。手に何も持っていなかったから酒を進めればマルコは遠慮なくそれを煽った。
このうるさい宴の中で俺にもたれかかって眠るユリトはすがるように着物を掴んでいて、深い眠りについているのか少し体制を変えても身じろぎ一つせずすーすーと穏やかな寝息を立てていた。春島の近くだから比較的暖かいが、甲板では風が通る。冷えないようにと抱き込むように抱えなおせば、マルコが目を瞬かせた。
「部屋に戻さないのかい?」
「それでもいいが、うなされても気づいてやれねえだろ」
こちらに来てからあまりよく寝られていないのは知っている。間を空けているとは言え、横並びに布団を敷いているのだから寝ているか寝ていないかなんてすぐに分かるに決まっている。今日は外にもでて、災難ではあるがエースに全力疾走までさせられて疲れが出たんだろう。ほんの少し強めの酒を進めればうっつらうっつらと船をこぎ始めるのは早かった。
自分の肩に寄りかかっている小さな頭。肩ほどまで伸びている黒髪を縛っているゴムを外してやれば、はらりと解けて流れた。そこにそっと唇を寄せれば、半ば呆れたように息を吐いたのはマルコだ。
「……ずいぶん気に入ってるねい」
「可愛いだろ?」
「おめえさんが言うと本気かわかんねーよい」
探るような目にくつっと笑って、何が知りたい?と目で聞けば肩を竦められる。
「全部だい」
「そりゃ欲張りじゃねえか」
「海賊だからねい」
「間違いねェ」
けたけたと笑えば溜息を落とされたが、気にせず酒を煽る。すっきりとした清酒がうまい。こいつには強かったみたいだが、と視線を落とせば「ん……」と吐息が聞こえた。眉間に皺なんて寄せてやがるからそこにもそっと唇を寄せれば、マルコがまた溜息をつく。
「会ってそう経ってねえだろい」
「気に入ったんだ」
「どこに」
「可愛いだろ?」
「だから本気か分からねーよい」
半眼で酒を飲むマルコにそうだろうかと首を傾げた。自分としては、つらつらと気に入ったところを並べるより、「気に入った」とただその一言を吐いた方がよっぽどらしいと思うのだが。
まあ、他人がそういうのならそうなのだろう。なら、聞き方を変えてやろうと俺は「なら」と。
「俺はどんな奴だ」
「……は?」
間抜け面に肩を揺らせば機嫌を損ねたようでめんどくさい男だと睨まれたが、言われたどころで今更だ。薄く笑って言葉を待てば厚めの唇はしぶしぶ開く。
「……食えない男だい」
「それで?」
「……人を手玉に取るのがうまいねい。それで遊んでやがる」
「ああ」
「意外に真面目だい。書類はおめえさんのが一番見やすいし、隊員とのつながりも一番うめえ。だが、」
どこかに行っちまいそうな男だ、その言葉に俺は笑った。どこにでも行ける翼があるのはお前なのにな、と軽口を叩けばにらまれた。分かっている。お前はそんなことをしない。俺じゃあるまいしな、とは言わないが。
「こいつはしばらくここにいるだとよ」
身じろぎしたユリトを抱えなおす。
こいつに俺の手を拒まれなかったのはたまたまだ。きっと俺の纏っている匂いがこいつにとって馴染みのあるものだったから、藁にもすがる思いで俺の手を取ったのだろう。こいつにとってはたまたまの、ただの偶然で俺だったのかもしれないが、俺はすがられた時なぜか――。
自嘲した。やめておこうと首を振ってマルコを見れば怪訝な顔で。まあ飲めよ、と徳利を傾ければ拒まれはしない。
生きるために死ね、と言われる矛盾。それにこいつがどれだけ悩んでいるかは知らないが、俺はこいつに「急ぐことはねえだろう」と言うことで思考を止めさせた。いや、引き留めたと言った方が正しいかもしれない。
生きるために理由はいるかなんて海賊なんかに聞いても頭はよくねェやつばかりだからはっきり答えられる奴なんていないだろうが、うちの家族に聞けば「親父がいる限り、海がある限り、生きるに決まってる」と笑うだろう。俺も親父の名のもとにこの船にいるのだから、親父がいる限りそれを生きる指標にしているのは言わずもがなだが。
そっとユリトの顔にかかっている髪を避けてやった。こいつがこの世界で生きるか死ぬかを迷うのは、こいつの生きる理由は元の世界にあるからだ。死ぬのは怖い、けれど生きる理由は死ななければ戻ってこない。それでふらふらと迷うのならば、こちらに生きる理由を作ってやればいいと俺は俺が「帰るな」と言うことでこいつにこちらで生きる理由を与えたのだ。
表向きは、だが。
悪い男にすがったものだと思わず笑った。
昔親父に『欲しいものはねェのか』と聞かれたことがある。確か俺があまり宝だとか金だとかそういうものを欲しがらなかったからだったと思うが、その時から俺はあまり素直な人間ではなかったから自分は答えずに「親父の欲しいものはなんだ」と問い返した。そうしたら親父は笑って『家族だ』と言った。俺は確か「そいつはいいな」と言ったと思う。それは本心だったが親父には『馬鹿息子だなァ』と笑われた記憶がある。
『おめェはもう少し海賊らしくならねェとなァ』
その時は俺もガキだったから身なりのことを言っているのかと思ったが……まあ違うわな。
マルコがいつの間にか頬杖をついている。その様子からもう察したことが分かるが、わざわざ言えと言う態度を取るのは宣言しろと言うことなのか、「なんでそいつを帰さねえ」とわざとらしく聞いてくるから思わず笑った。
海賊は物を奪う。時には人も。そして「なぜ」と叫ばれた時、決まって口にする言葉がある。
「欲しいと思ったからだ」
引き留めた理由はそれだけで十分だ。
Side: izo
「寝たのかい?」
ユリトが寝たのを見計らってかマルコが俺の横に座った。手に何も持っていなかったから酒を進めればマルコは遠慮なくそれを煽った。
このうるさい宴の中で俺にもたれかかって眠るユリトはすがるように着物を掴んでいて、深い眠りについているのか少し体制を変えても身じろぎ一つせずすーすーと穏やかな寝息を立てていた。春島の近くだから比較的暖かいが、甲板では風が通る。冷えないようにと抱き込むように抱えなおせば、マルコが目を瞬かせた。
「部屋に戻さないのかい?」
「それでもいいが、うなされても気づいてやれねえだろ」
こちらに来てからあまりよく寝られていないのは知っている。間を空けているとは言え、横並びに布団を敷いているのだから寝ているか寝ていないかなんてすぐに分かるに決まっている。今日は外にもでて、災難ではあるがエースに全力疾走までさせられて疲れが出たんだろう。ほんの少し強めの酒を進めればうっつらうっつらと船をこぎ始めるのは早かった。
自分の肩に寄りかかっている小さな頭。肩ほどまで伸びている黒髪を縛っているゴムを外してやれば、はらりと解けて流れた。そこにそっと唇を寄せれば、半ば呆れたように息を吐いたのはマルコだ。
「……ずいぶん気に入ってるねい」
「可愛いだろ?」
「おめえさんが言うと本気かわかんねーよい」
探るような目にくつっと笑って、何が知りたい?と目で聞けば肩を竦められる。
「全部だい」
「そりゃ欲張りじゃねえか」
「海賊だからねい」
「間違いねェ」
けたけたと笑えば溜息を落とされたが、気にせず酒を煽る。すっきりとした清酒がうまい。こいつには強かったみたいだが、と視線を落とせば「ん……」と吐息が聞こえた。眉間に皺なんて寄せてやがるからそこにもそっと唇を寄せれば、マルコがまた溜息をつく。
「会ってそう経ってねえだろい」
「気に入ったんだ」
「どこに」
「可愛いだろ?」
「だから本気か分からねーよい」
半眼で酒を飲むマルコにそうだろうかと首を傾げた。自分としては、つらつらと気に入ったところを並べるより、「気に入った」とただその一言を吐いた方がよっぽどらしいと思うのだが。
まあ、他人がそういうのならそうなのだろう。なら、聞き方を変えてやろうと俺は「なら」と。
「俺はどんな奴だ」
「……は?」
間抜け面に肩を揺らせば機嫌を損ねたようでめんどくさい男だと睨まれたが、言われたどころで今更だ。薄く笑って言葉を待てば厚めの唇はしぶしぶ開く。
「……食えない男だい」
「それで?」
「……人を手玉に取るのがうまいねい。それで遊んでやがる」
「ああ」
「意外に真面目だい。書類はおめえさんのが一番見やすいし、隊員とのつながりも一番うめえ。だが、」
どこかに行っちまいそうな男だ、その言葉に俺は笑った。どこにでも行ける翼があるのはお前なのにな、と軽口を叩けばにらまれた。分かっている。お前はそんなことをしない。俺じゃあるまいしな、とは言わないが。
「こいつはしばらくここにいるだとよ」
身じろぎしたユリトを抱えなおす。
こいつに俺の手を拒まれなかったのはたまたまだ。きっと俺の纏っている匂いがこいつにとって馴染みのあるものだったから、藁にもすがる思いで俺の手を取ったのだろう。こいつにとってはたまたまの、ただの偶然で俺だったのかもしれないが、俺はすがられた時なぜか――。
自嘲した。やめておこうと首を振ってマルコを見れば怪訝な顔で。まあ飲めよ、と徳利を傾ければ拒まれはしない。
生きるために死ね、と言われる矛盾。それにこいつがどれだけ悩んでいるかは知らないが、俺はこいつに「急ぐことはねえだろう」と言うことで思考を止めさせた。いや、引き留めたと言った方が正しいかもしれない。
生きるために理由はいるかなんて海賊なんかに聞いても頭はよくねェやつばかりだからはっきり答えられる奴なんていないだろうが、うちの家族に聞けば「親父がいる限り、海がある限り、生きるに決まってる」と笑うだろう。俺も親父の名のもとにこの船にいるのだから、親父がいる限りそれを生きる指標にしているのは言わずもがなだが。
そっとユリトの顔にかかっている髪を避けてやった。こいつがこの世界で生きるか死ぬかを迷うのは、こいつの生きる理由は元の世界にあるからだ。死ぬのは怖い、けれど生きる理由は死ななければ戻ってこない。それでふらふらと迷うのならば、こちらに生きる理由を作ってやればいいと俺は俺が「帰るな」と言うことでこいつにこちらで生きる理由を与えたのだ。
表向きは、だが。
悪い男にすがったものだと思わず笑った。
昔親父に『欲しいものはねェのか』と聞かれたことがある。確か俺があまり宝だとか金だとかそういうものを欲しがらなかったからだったと思うが、その時から俺はあまり素直な人間ではなかったから自分は答えずに「親父の欲しいものはなんだ」と問い返した。そうしたら親父は笑って『家族だ』と言った。俺は確か「そいつはいいな」と言ったと思う。それは本心だったが親父には『馬鹿息子だなァ』と笑われた記憶がある。
『おめェはもう少し海賊らしくならねェとなァ』
その時は俺もガキだったから身なりのことを言っているのかと思ったが……まあ違うわな。
マルコがいつの間にか頬杖をついている。その様子からもう察したことが分かるが、わざわざ言えと言う態度を取るのは宣言しろと言うことなのか、「なんでそいつを帰さねえ」とわざとらしく聞いてくるから思わず笑った。
海賊は物を奪う。時には人も。そして「なぜ」と叫ばれた時、決まって口にする言葉がある。
「欲しいと思ったからだ」
引き留めた理由はそれだけで十分だ。