遺された時間
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「「ひ、ひまごぉ!?」」
珍しく朱音と佐助が声を揃えて、身を乗り出した。
その反応は想定済みだったようだが、二人の驚きようは予想以上だったようだ。少し身体を仰け反らせた幸村は、眉を下げて微笑んだ。
あの日、あの青天下の戦場にて。
伊達・武田の同盟軍を襲った乱入者を、佐助と朱音が決死の思いで防ぎ、生命と引き換えに二人の大将を護り抜いた。
無論その後の生者の行く末は知る由もなく。尽きた先を知るには直接聞くしかなかった………ちょうど、今のように。
「本当……本当に、長生きされたのですね、幸村…」
感嘆の息を漏らす朱音は、思わず熱くなった目頭を覆った。隣の佐助は驚きを隠せないまま、『年長者』である幸村をまじまじと見つめている。
「にしても曾孫の顔まで見たって……あの旦那に子孫なんて……」
「あの、とは何だ。目の前におるというのに」
穏やかな眼差しで腕を組んだ幸村は笑みを浮かべている。普段の彼らしくない物腰ではあるが、不思議と違和感を感じない。相応に人生経験を詰んだが故の貫禄、とでも言おうか。元より偽りを得意とする性質ではないため信じる他ない。
「特に朱音は……昨年、我等が再会した齢で、あちらでは命を落としていたろう。それもあのような、成長の伴わなかった傷だらけの身体で…………改めて思う、命を差し出すには、あまりにも若すぎた。お前もだ、佐助」
感謝こそすれ、あの日の別れを悔いなかった日はない。一日たりとも二人を思い出さなかった事はなかったと、幸村は言い切った。
「そなたらに報いるには、生きて千の命を守り、繋げる事。それは戦いに生きるのみに非ず。お館様のように民の生活に目を向け、苦境に目を背けず導く事。政宗殿との協力関係も終生続き、戦乱後も我等は共に生き、力の限りそれを全うしたつもりだ」
懺悔のようにも打ち明ける幸村の深い眼差しは惑うことなく二人に向けられている。
ゆっくりと重く瞬きをし、ぐっと、様々な思いを噛み締めるように膝の上の掌を握り締めた。
「まさか…………それを直接報告出来る日が来ようとは…、なんとも数奇な運命よ」
握り拳と共に幸村の声が震え、机の上にひとつ、またひとつと、静かに涙が零れていく。
どれだけ長く生きてもずっと忘れなかった。死と隣合わせと言っても過言でないくらい危うき趨勢の中、共に戦い、傷つき、学びながら過ごした日々。
ずっと想っていた、互いに、それぞれを。
結局いつものように泣き出してしまった朱音と幸村に、佐助が甲斐甲斐しくティッシュを差し出す。それこそ学園祭の時ほど激しくはないが、揃って涙を流す二人を慰めるように背中を撫でた。そんな、いつも通りの構図に誰もが安心できた。
先に生命を散らせた二人が願い、託したかったのは、戦の勝敗よりも幸村が生き延びて、人々の標となること。
それを理解していたからこそ。一人の猛将は戦ばかりに邁進するのは留め、二人の願いに報いるべく残りの生を費やした。
*
「して、お前たちは当時から恋仲なのだろう?」
積もる話は互いにあれど、辛気臭くなってばかりも良くないな。と場の空気を変えたのは幸村だった。
それにしても突拍子のない話題に佐助はずっこけて、朱音は涙が詰まって咳き込んでしまった。
「存外初々しいな」
派手に取り乱した二人の反応を面白がりながら、幸村が麦茶をゆっくり口元に運んだ。
「だ、だから何なの!その妙に目線の高いとこからの言い草はっ!」
机にぶつけた頭を押さえながら声を上げた佐助をものともせず、幸村の表情は涼しげだ。
「お陰様で長く長く生きたからな。うむ、若い若い。あの佐助も随分と可愛気のあることよ」
確かに曾孫までいたというのなら、幸村には二人の何倍も長く生きた魂が息づいている。
普段の暑苦しいくらいの覇気が抑えられているのはその年の功ゆえか。確かに人間は歳を重ねれば相応の落ち着きを得るというが、かの戦熱心の熱血漢・真田幸村もその例に漏れず……なのだろうか。そこまでの人生経験がない2人が推し測るのは難しい。
あるいはそんな通説が許される情勢を、幸村が生きられた証なのかもしれない。
「恥じらいも若さの醍醐味。存分に楽しむと良い」
「……トザワのおじじみたいで何かやだなぁ〜。年取ると皆こんな感じになるの?」
心底参った様子で、佐助が力なく掌を振った。
確かに以前から……朱音が転入してきた頃から、幸村の『らしくない』態度は散見された。しかしながらいつの間にかその特別視の対象に佐助も該当しており、原因は本人の経験と、なにより長寿故だったとは。
戦乱を生き抜いて、穏やかに余生を過ごして貰えた結果は2人にとって本望だ。けれど想像以上に風格を帯びてしまったご隠居のような姿に慣れるはまだまだ先になりそうだ。
「朱音。佐助はそなたをしかと想うておるか?」
「は、はい!それはこの上なく……!その、幸村…………申し訳、ございませんでした」
「……何がだ?」
「あの頃、わたし達の事は誰にも話していませんでした。…………せめて幸村には、言わなければならなかった事でした…、」
「フッ……生真面目だな、やはり。それでこそだ」
「それでこそ、俺が惚れたおなごだ」