世界が生まれるまで
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心に留まるひとりを、頑固由来の諦めの悪さで願い続けた。
長く、長く、何より想いを込めて。祈るように。
どれ程経ったのか、少女の視界にひとつだけ『灯り』が現れた。
同じ状態になった己には分かる。
今現れたこの光……灯(ともしび)は、生命だ。
あまりにも小さく、今にも消えてしまいそうに震える生命が誰のものか。考えるまでもない。
「さすけ……!」
冷たい風が、この『無』へ吹き込む。
生命を導く風。しかし導く先は……。
頼りない灯は容易く掬われてしまい、少女はどうにかして見失わないように追いかける。
『きらいだ、みんな、きらい』
『いらない』
『どうして』
『こわい』
『くるしい』
『だれか……』
微かな光から思いが流れ込んでくる。こんな小さな灯では、どこへ辿り着く前にも尽きて消えてしまいそうな予感がした。
少女は知覚できないままの自らの手を、腕を灯へ伸ばす。
守りたい。護りたい。
その為にこの命は在る!
「さすけ!」
まだ使える命があるのなら、ここに来ても燃やせるのであれば諦めない。
必ず孤独の魂を護り抜いてみせる。
(何を……代償にしても!)
そんなの己の得意技だ。削り、差し出して、手に入れる手段は人生の大半を費やして身に付けた。
捨て身の意思を構えると、目の前が朱く弾けた。
望み通り、少女の魂に痛みが走る。瞬時に灼けるような朱い熱に蝕まれていく。こんな微睡みのような危うい場所で力尽きれば、今度こそ次が無い事は本能でわかる。
それでも、それでも構わない。愛しい人を助けられるのなら……!
『それがきみの望み?』
『大切なひとがいるんだな』
『お前にとって誰でも無い我らではなく、』
『心から想うひとりが』
突如無数に響く声が割り込み、朱い痛みを遮った。
瞬間、少女の視界が開け、完全に使い果たそうとひび割れた生命が鎮まっていく。
今話しかけてきた者達は……一体、何者だろうか?
掌と膝が地について、息が切れたまま、まだ身体に残る痛みに抗いながら、声の正体を探そうと全身の神経を尖らせた。
『覚えてない?』
『わからないの?』
『そうだろうね』
『あんたはそれくらい必死に生きてきた』
『ずっと見てきた』
自分の身体が知覚、視認出来るようになって、真っ先に小さな灯を抱え、傍へ引き寄せた。
存在するのは己と消えそうな灯りのみ。あとは隙間なく塗り潰された漆黒だ。真っ暗な世界に何重にも響く規則性のない声に恐怖心は不思議と抱かなかった。
『生きるのが怖かったはずなのに』
『1人でも同じ目に遭う人間を見過ごせなくて』
幼い男の子、しわがれた女性の声。
『私達が気に病まないよう嘘もついて』
『一番自分に嘘ついてただろ』
同じ齢くらいの女性、大人の男性の声。
「この声は……まさか……」
覚えがない。
覚えていられないほど、沢山干渉してきた。
少女が戦場に干渉して生き長らえた魂達。魂の欠片が幾つも集まり、意思の光となって頭上を覆う。さながら夜空のように散らばった。
『代価をきみに渡したい』
『他人に尽くしてきたあんたに』
『お主が救ってきた人間が、生き延びた時間を全てを集めて』
『お前に返す』
「な、何を言って……!わたしは人を殺しました!自分で選んで!たくさん、たくさん……!」
慈悲の気配を察した少女が声を荒らげた。頭を押さえた手に力が入り、髪を引っ掻くように握り締める。
父の意志を裏切った。散々拠り所にしたのに、父のせいにしてきた癖に、結局それすらも自分の都合で棄て去った。
だから今も迎えに来てくれないのだ。こんな親不孝な娘の元になど。そんな己に代価……褒美など!
『大切な人を助けたいのでしょう?』
少女の耳に、声が響いた。
その響きは神楽鈴のように澄んでおり、聞き覚えがないはずなのに、懐かしいと真っ先に知覚した。儚くも、芯のある女性の声。
思わず辺りを見渡し、弱々しい灯を縋るように更に引き寄せた。
『助けられた恩返しをさせてほしい、と、皆願っているのです。そう思った魂だけがここに居て、あなたが消えるのを防ぎました』
「違います、わたしは誰も助けてなんかいません…!本当は相手の事なんて全然見てなくて……!わたしが干渉したせいで、生き延びたせいで泣いて嘆く人だって沢山いました!」
『……困りましたね。筋金入りの頑固者ですね。どなたに似たのでしょう?』
必死に叫ぶ少女の気質などとうに承知済み、そんな雰囲気で淑やかに話す女性に、どうしてか油断すると少女の気が緩みそうになる。
『全く受け取る気がないのならこう考えましょうか。《これを好機》とし、手っ取り早く望みを叶えてしまえ、と』
都合よく利用してしまいなさい。『私達』はどう捉えられても、あなたの望みが果たされれば何でもよいのですから。
女性の声に呼応し、賛同するように、頭上の光達が瞬く。
「あなたは……何者……、誰なのですか…?」
他人にしては少女の気性を熟知しているかのような物言いだ。
『知りたいですか?それならこの者達の想いを受け取って差しあげなさい。あまり首を横に振っていると、そろそろわたしの殿も泣き出してしまいます』
「な、泣く……?どこのお殿様がそんな……」
『ああもう、ほら……本当に泣かないでください。…………それはなりません。あなたは信じて見守ると約束したではありませんか』
傍らにいる誰かを宥める様に、女性の声が和らいだ。それから一息吐いた音がすると、再び少女へ語りかけた。
『この方、ぐずり出すと長いのです。拗れる前に巻いて行きましょう。いえ、もう行っちゃいましょう。あなたなら大丈夫でしょうから………皆様、よろしいですね?』
丁寧に諭す口調のまま、話すべき内容が随分とすっ飛ばされたようだ。
少女がリアクションを取る間もなく、女性が呼びかけると頭上の『星空』が瞬いた。
混乱の最中の少女でも、一瞬見惚れてしまうほど生命の光達は眩く輝いた。すると、光の粒達が少女目掛けて降ってきた。さながら流星群の様に次々と降り注いでいく。
『あなたが再会を求めるその魂の元へ、わたし達がお送りします。ただし、これは本来人には成し得ない、理を捻じ曲げた強硬手段です。あなたの魂が砕けてしまわぬよう、気をつけて行ってきなさい』
無数の光に囲まれて慌てふためく少女を他所に、女性はどんどん話を進めていってしまう。
少女の懐にいた小さな灯も、光に取り囲まれながら少女から離れて行く。必死に伸ばした指先が灯に触れると、一際強く瞬いて光が大きくなった。
漆黒の空間を裂くように生まれた亀裂から、新たな景色が少女の前に広がった。
「木の葉……山……?」
無数の枯葉の散る景色から、清々しくも乾いた風が吹き込んで来る。