遺された時間
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もっと泣き叫ぶものと思っていた。
全身で驚きを表現し、なりふり構わず混乱に陥る事も十分に想定出来た。
「何でもよい……。すまぬが、今しばらく、こうさせてくれ………、」
積年の後悔が融けたように。
静かに涙を流し続ける幸村を、佐助と朱音は意外に思い、視線がかち合った。
***
「昨晩は取り乱してしまい、すまなかった」
「あんなの取り乱した内に入んないってぇ〜、全校生徒の前で大号泣するくらいド派手にやんないと〜!」
「さすけ」
黒歴史をピンポイントで掘り返すな。
そう言いたげに朱音が低い声で睨んだ。
サッカー部打ち上げの明くる日。
朱音は再びお館様のお屋敷へ向かうべく、ひとり駅を降りた道を歩いていた。
日傘や帽子で遮ろうが、昼前からギラギラ照りつける日光のせいで何度も汗を拭かされる。熱を帯びたアスファルトの陽炎に思わず溜め息を吐いたが、ふと1年前の事を思い出す。
ちょうど去年のこの時期、婆娑羅学園転入の為に引っ越し準備をしていたものだ。9月から仕事で海外に行ってしまう両親を寂しく思いながらも、高校2年で転校かつ、まさかの兄との二人暮らしが決まって存外ワクワクしていた覚えがある。
(あれから、もう一年。本当に色々あった)
文字通り、『人生が変わってしまうくらい』に。
そうして今日も、同じようにその転換点を迎えた彼に会いに向かっている。
昨夜、花火の最中に泣き崩れてしまった幸村の事を知ったお館様も心配して、厚意で一晩泊めてくれたのだ。事情を知る佐助も付き添いとして一緒に泊まったから、落ち着いて過ごせたとは思うが、今日改めて三人集まって、様々な話をする事になった。
実は朱音も泊まって行かないかと誘われはしたが、流石に部員でもない者が泊まるのは忍びないと遠慮した。最後まで『お泊まり会』を諦めなかったひかりへの説得はちょっと骨が折れたが、これは嬉しい類の苦労だ。
「おはようございます、朱音様。暑いなかのご移動、大変でございましたね。涼しい中へお上がりくださいませ」
この時代ではお館様の姪であるひかりが、やはり今日も出迎えてくれた。夏休み期間であるため、ひかりもお館様の屋敷に暫く滞在するのだそうだ。
昨晩、三人に何かあった事はお館様もひかりも勘づいているはずだ。けれど二人とも敢えて詮索はせず、本日も朱音達の話し合いの場所に屋敷を使えるよう準備をしてくれた。そっと見守るような優しさに、懐かしさと安心感を覚えつつ、朱音はひかりに案内された部屋の襖を開けた。
「おはようございます。幸村、さすけ」
「おはよ、朱音。旦那も元気だよ」
「……暑いなか、苦労をかけたな」
落ち着いた様子で迎えてくれた二人に安堵の息を付いた朱音はひかりから受け取った麦茶のグラスと共に部屋の中に入った。
***
「暫くさすけとはお話しません」
「あ〜ごめんごめんってば!まだそんなに気にしてるとは…!」
「気にしますよ!あんな大失態は!」
「そう?今思えば かわいかったけどな〜?泣く勢いがもうちょっと大人しかったら」
謝りつつも、真面目に取り合う気のない佐助の服の袖を朱音が引っ張っている。
今にも涙を浮かべそうな勢いであり、去年の失態をほじくり返された事でひどく不機嫌になってしまった。
軽口ひとつで喜怒哀楽が飛び交い、実に感情豊かな日常の一場面だ。
「………若いな」
ぽつり、と。
不思議な感想を零した幸村に二人の視線が集まる。幸村はそれを気にした様子はなく、二人を交互に見詰める。
「若くて、幼い。何より愛らしいな」
「ど、どういう視点……?それ」
気の立った朱音を抑えながら、佐助が疑問そうな視線を向けた。
体育祭の帰りの電車でも感じたあの違和感を思い出す。幸村とは思えないくらい落ち着いていて、物の見方も多少大人びていたように感じたのは……、
「長く……生き長らえたがゆえだ。あの日のそなたらの覚悟によって」