忘れ物の日
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ちゃんとやらないと、とは言ったものの。
まぁ集中できなかった。
三年生同士だからって相手校の三年生総当たりの試合稽古を行ったが、特に主将と当たった際の佐助はそれはそれはボコボコにされた。
休憩時に、長い長い縁の想い人が近くまで来ていた。その兄が相手となれば諸々の思いがせめぎ合い勝負どころじゃなくなってしまった。
(真田の旦那だったら、いっそ闘志に切り替えて戦えたりしたのかなぁ……)
オマケに帰りに今度は佐助が忘れ物だ。
言い逃れ出来ないレベルの心ここに在らずだ。
校門を出る前に頭に巻く手拭いを忘れた事を思い出して、幸村を待たせて一人また武道場へ取りに来たところだ。
重い扉を押し開けると、無人のはずの武道場に人がいた。
「……ぁ、……っ、」
佐助の思考は全て停止する。それだけの衝撃に襲われた。
夕陽が差し込み、熱が篭るワックスが塗られた板張り。その熱気に揺れるように佇む姿。
佐助の知っている姿は微動だにせず、こちらに背中を向けて一人立ち尽くしていた。
癖の強い下ろし髪の女性。
道着姿の懐かしすぎる姿。
(朱音……!)
驚きのあまりまともに声が出せない。息を詰まらせる音が聞こえたのか道着姿の背中が少しだけ揺れた。
するとパチリ、と微かな音がして彼女の服装が変わっていく。
それは記憶の佐助が最後に見た時の格好だった。幸村のように軽装ながらも纏っていた甲冑だ。
長い髪ごと巻き込んだ黒色の、今で言うマフラーはきっと表情をぼかす為の物。
けれどその形がどこか記憶の中の佐助自身の忍装束と似てて、ひょっとして真似したのかとからかった事もあった。
一瞬より短い時間で、走馬灯のように記憶が駆け巡る。真っ先に思い出したのがそんな他愛もない出来事であったことに感謝する。
お陰で幾分落ち着いた心地になった。
「………何してるの?」
慎重に、声を掛けた。
カシャンと鎧が揺れる音と共に彼女が振り返った。
彼女は笑顔を浮かべ駆け寄ってきた。
自然と差し伸ばしていた佐助の腕に迷わず飛び込んで来た。
けれど彼女の身体の重さは殆ど感じない。
つまり目の前の彼女は……あの枯山の時のように。
それは本人も承知しているようで、困惑する事もなく、佐助の頬に手を添えた。
至近距離で目が合うが、彼女の向こうに武道場の風景が掠れて見える。
『ひとりじゃありませんか?』
穏やかな表情で話しかけられたのがわかった。彼女の口も動いているのだけど、どうも声が聞こえる感じがしない。所謂、脳内に直接意思が伝わってきているみたいだ。
「うん……、小さい頃から真田の旦那もいるし、ここでは親もいるよ」
『よかった。さみしくありませんね』
「でも、おねーさんがいない………ねぇ、朱音」
真似するように佐助の手も朱音の頬に触れる位置に持っていく。
「俺様、振り回されるのには慣れてる方だけどさ……待たせすぎ、」
朱音は苦笑している。
世にも珍しく、何の皮も被らずに打ち明けているというのに、佐助はもどかしい気持ちになる。
だが理解もしている。穏やかな物腰、慈愛の篭った視線は枯れ山のおねーさんと同じ。けれど同時に、あの記憶の時代を駆け抜けた雰囲気も窺える。
故に、幼かった佐助に別れを告げた後の朱音でないかと推測する。
道理で必要以上に抜けてる一方で達観したような雰囲気もあるはずだ。
『会えてよかったです』
「会いたいって言ってんの」
この絶妙に噛み合わない感じは正しく『おねーさん』だ。ここに本当の意味で存在していないせいだろうか、どうにも遠い場所からの言葉に聞こえる。
「散々追いかけてきたくせに……」
完全に立場が逆転してしまった。
寂しくも悔しくて、感触も体温もほぼ感じられない朱音の頬に更に手を寄せる。
「朱音にも、会いたいんだっての」
『……嬉しいです』
「会いに来てよ。そう言ったじゃない、必ず会えるって」
『それは、記憶喪失になった時のわたしの事で…』
目の前の朱音は曖昧に微笑むばかりで、はっきりと答えない。恐らく人を殺め、命を散らせた記憶がまだ鮮明で、別の人生にまで考えが行かないのだろう。
それでもずっと執着してきた想いを空振りさせてなるものかと佐助は食い下がる。
「おれ、待ってるから。ちゃんとまた朱音に会えるの。だから、信じてよ。また追いかけて来なよ、もう置いていかないから」
『……かっこいいですね、やっぱり』
「惚れ直した?」
朱音は眉を下げながら笑った。もう一度腕を伸ばし佐助の背中を抱き締めた。
『ありがとうございます…』
「こっちのセリフ。また無茶してここまで来たんでしょ」
『どうでしょう……ちびちゃんと別れて……気づいたらここに。ちっちゃなさすけに、今はちょっとちっちゃなさすけ。色んなあなたに会えて大満足です』
「それは結構だけど、ちゃんとした姿で会いに来てよ?」
『できるのなら、そうしたいです』
「大丈夫だから。皆いるから、これから沢山会えるんだ」